第46話 前日
戦争前日の夜
ノアの眠るテントの周りには多くの聖騎士が取り囲み、刺客を警戒している
俺は近くで焚き火しながら肉を焼く騎士と暢気に間食だ。
『鹿肉か』
『流石ですね。美食家と聞いてます』
小声で答える騎士
持ち込みは禁止だったからなお前ら
(誰から美食家って言われたんだか)
どこから持ち込んだ鹿肉かはわからないが、内緒にしておくか
しかしだ…あちらの出方がハッキリする
超位魔法保持となると、確実に1日目で戦力を投入なんて出来ない
あっちは本当か嘘か疑心暗鬼になってる
何故言ったんだ?と初めはノアに思っていた所はあるけど結果的には彼女の目論み通り1日を無難に終わらせる計画に出来そうだ
『ここにいたか』
背後から声、これには共に肉を食う騎士がギョッとしていた。
振り替えるとそこにはグラスを持つロイヤルフラッシュ第二将校だった。
大将が現れると、皆が姿勢を正す
鹿肉を食べる騎士はやってしまったと思ったのだろう、固まったまま
しかしロイヤルフラッシュは彼を見ても怒らなかった
『私も良いかね?数年、鹿を味わってない』
『あ…はい!』
ロイヤルフラッシュも鹿肉会に参加
予想外で俺は少し驚いたが、彼はそこまで頑固というわけではないようだ
『戦争前くらいは、ワシとて好きな事をしたくなる。懐かしい匂いがして来てみたら案の定、鹿の肉』
『ロイヤルフラッシュ殿、匂いでわかったんですか?』
恐る恐る鹿肉を焼く騎士が口を開くと、ロイヤルフラッシュは近くに置いてあった酒をグラスに注ぎ、話し始めた
『ワシは田舎村で育った。自給自足の村じゃから鹿肉はよく食べていたのだ』
『将校となってからは?』
『まったくだった。だからたまに鹿肉を食べて自分を思い出す』
思い出す記憶、それは頭にではなく物に宿ると彼は近くの騎士達に話す
『ワシの場合はこの鹿肉じゃ、懐かしい』
焼けた鹿肉を騎士から貰うと、鉄串に刺さったまま美味しそうに食べ始める
その様子に、将校らしさはない
(物に宿る、か)
理に叶っている
普段思い出さない記憶は急に呼び起こされる事はあるからな
彼の言う物でもあり人でもあり、そして言葉でもある
『親父が誕生日にいつも鹿肉だらけの食卓にするために山に行っていた。まぁワシも狩りを教わりながらついていったのを思い出すわい。美味しい物は心を落ち着かせる。そう思わないかグスタフよ』
(俺かよ)
『確かに美味しい物は心の安定に丁度良い、美味い酒にも合う』
『じゃろうて。まぁ貴様はまだわからん点が多いが…ディバスターを頼むぞ?』
『1日でポックリ逝ってもらっては困る。相手の出方を見ながら守ってはやるが、あいつの側近らなら多少問題はない』
『ビシビシ鍛えたからなぁ、はっはっは!』
どうやらディバスターを鍛えたのはロイヤルフラッシュだ
雰囲気的に、ここにいる者全てがそうなのだろう
美味しく肉を食べる彼は酒を飲みながらも次第にその顔色を変えていく
溜息は小さくも悲しげが感じられる、戦場の武人らしさはないが
それは傍から見ればの話でしかない
『手塩にかけた部下にも帰るべき場所がある。死んでしまっては意味がない、しかし誰かが国も守らねばならぬ時代に名乗りを上げて稽古を耐え抜き、ここまで来た奴らじゃ』
隣に座る騎士に自分の酒を出し、彼は飲めと言う
遠慮なく飲む騎士を見て、ロイヤルフラッシュは『死ぬなよ』と告げる
誰だって死にたくはない
だからと言って逃げる事も出来ない
誰かが戦わなければいけない時代と言うのは生きづらい
戦争の前日、後悔しないように誰もが思い出に浸る
次第に鹿肉が欲しくなり、焚火の近くに座る騎士が点々と現れると、ロイヤルフラッシュが笑みを浮かべ、空を見上げた
『美味い物を食べ、明日に控えよ!』
俺はその場を離れ、傭兵詰所のテントへと向かう
入口から中を少し覗いてみると、殆ども者が酒を飲んで宴会みたいに楽しんでいる
が、これで良いのだろう
気張るよりも、いつも通りだ
そう考えると、俺が動かそうとしていたのもここでは間違いなのかもしれないな
場所によって違う思想がある、無理に口で説得するのは浅はかか…
『グスタフ殿?』
背後から声をかけられる日なのかもな
振り返ればミルドレット騎馬大隊長、白い馬を引き連れてこちらを見ている
どうやら人を迎える為に待ち合わせ場所に向かうとの事で、何故か彼女はちょっと悪魔的な笑みを浮かべているのが気になる
『大隊長が勝手に外部を引き入れるのはいいのか?』
『外部でも別に傭兵なら問題ないわよね?』
確かに、問題は無い
他に傭兵で頼もしい人間なんて俺は知らん
『なんか期待してない顔ですねぇ?』
歩きながら彼女がそう呟く
横目でこちらを見ているから、俺に訴えている
だが今から手練れの傭兵なんて呼べる筈がない
アクアリーヌの戦争傭兵でそんな人間いなかったのだ
あまり期待せずに俺はアクアリーヌの入口へと歩いていく
藁をもすがる思いという言葉がある、それに近い行為なのかもしれん
でも入口で待つ人間を見ると、俺は次第に笑みが浮かび、笑ってしまう
『絶対期待してなかったですよねぇグスタフさん???』
『はっはっは!確かに期待していなかった。まさかこいつとはな』
ミルドレット・フラッター
彼が呼べる傭兵は元傭兵の兄、ガンテイ・フラッター
彼も妹にギリギリまで内緒にして驚かそうとしていた感じがあり、ガンテイも気持ちよさそうに笑っていた
『良い反応だ!俺だって戦争に参加していた時期があるぞぉ?まぁ小競り合い程度のレベルしかないがな!』
『兄さんなら問題ないでしょうグスタフさん』
『問題などない。ガンテイ、馬術に覚えは?』
『妹よりも上手いぞ?』
これなら俺の配置に問題は無い
やれるカードが増えるという事は大きいが戦場の中では小さなカード
問題は火の様に小さい物から起きるのが現状であり、それには十分な面子でもある
1日目はこれで問題は無い、俺よりガンテイの方が近隣の街に名もあり、そして傭兵にある程度指示しても彼らは動く
俺達は傭兵詰所で寝ていたムツキを起こすと、ミルドレット隊のテントに向かった
彼女の部下30名ほどがテントの周りを警備していたが、彼女の号令で隊列を組み始めた
『兄さん、傭兵の統率は出来る?』
『やはりグスタフだと警戒したか、俺なら大丈夫だ』
(…解せぬ)
『となると我がミルドレット騎馬隊200に歩兵200が加わる可能性が出てきたという事ね。グスタフさんはどう考えてますか』
『ミルドレットの指揮の下で傭兵大隊長ガンテイとして動かすしかあるまい。ムツキもガンテイの横につけ』
『わかりました。馬術は苦手なので傭兵に混ざりますよ?』
『わかった』
今日中にガンテイは酒で傭兵をまとめてくると意味わからん事を言って陽気に傭兵詰所テントに歩いていくが、まぁあの様子だと出来そうだな
ミルドレットが明日に控え、部下に色々と話している様子をムツキを眺める
俺にはいつも通りの日常だが、彼らには違う
生きるか死ぬかという大きな問題がチラついているからだ
だからこそ、誰もが今日という日だけ命の灯が強く感じられる
(ノアの方は…)
怪しい人物らしき者は辺りを歩いても見当たらない
しかし、念のために真夜中は警戒すべきでもある事は話している
ジキットがいれば大丈夫だ
シャンティが来るとはと思えない
(謎な男だったな)
底知れぬ者、何者なのか素性が不明だった
しかし、ケヴィン王子の下にゾディアックがいることは確定に近く、そしてシャンティが中の人間であることに間違いはない
モロトフも脳を調べたらゾディアックだったしなぁ
『グスタフ殿、部下に一度声を』
ミルドレットがこちらに話を振ってくる
前にもやっただろ?的に思ってしまうが、前日だし仕方がないか
俺の言葉でやる気出る騎士とは珍しいなと思いながらも、俺はメェル・ベールを肩に担いだまま騎士達の前に出る
命の取り合い、その前の日なのに不安を目に宿す者はいない
強くても弱くても覚悟くらい出来るからだ
『先も言ったが、強者がいる方が勝つ。それはシドラードからファーラットに時代は変わった。明日それを奴等に叩き込め、突撃の際に俺が前にいる以上誰にも止められぬ』
手に持ったメェル・ベールを空に向かって振り上げた
甲高い音、それは風が切れた音に近い
その場の者は俺の行動に驚いたが、空を見上げればもっと驚くだろう
曇り空、月が見えない夜空は二つに裂け
綺麗な満月がこちらを覗きこんでいたのだ。
人間離れした技に騎士達は興奮し、空を指差す。
凄いの見るだけでやる気出るなら、見せてやる。
皆で全力で挑まないと、意味がない戦争だ
『グスタフ殿…空が…』
『鬼哭斬鉄というスキルだ。大隊長ならわかるだろう?』
『知ってますが威力が…』
(強かったか)
『これでわかった筈だ、明日は皆…俺とミルドレット大隊長を信じてついてきてほしい』
最後に、騎士らにそう告げると彼らは歓声を無駄に上げ始めた
ファーラット公国万歳という歓声は数分続いたせいで、寝ていたノアからクレーム来たのは笑ったよ。
いちいち聖騎士をこっちに寄越してきたし、なんだか聖騎士も申し訳なさそうだし
まぁこうして俺はムツキとガンテイと共にミルドレットに用意してもらった特別テントだ。
風は強いが、布が厚いからなびく音は気にならない
横になって本を読むムツキ
静かに酒を飲んで干し肉を食べるガンテイ
んで俺はガンテイの世話だ。飲まされてる
『頑張ったんだから付き合えよグスタフ』
そう言いながら用意されたグラスに酒を注がれる俺、しかし断れん
彼は傭兵と交渉成立させちゃったんだよ。
俺より言葉の説得上手いよね
『わかっている。しかし本当に来るとはな』
『妹から早馬が来てなぁ。手紙持ってきたんだ。』
『手紙?』
『案外あれだ。俺の妹は空気読むぞ?』
どうやら俺の話をミルドレットは変に捉えたのか?いや違う
俺は確かにガンテイの話を彼女にしたが…あぁそうか
確かに俺は思っていたな、傭兵200よりも目の前にいる男がいたほうが遥かに俺は動きやすい、と
それがどうだ?来ただけでも内心ホッとしていた
傭兵までもこいつはまとめあげたのだぞ?これ以上、我儘は言えない
絡み癖は面倒だが、その反面やはり今までの経験が活かされている
ここでは俺なんて無力だ、力でしか動けない
(頼ろう)
『助かった。ガンテイ』
彼はキョトンとした顔を浮かべる
意外だったのだろうが、お礼はもう言わんぞ
『悪い気分はしないな!だが明日は怖いな。てかムツキもいるのは驚きだぞ?確かに冒険者崩れの魔兵というのは聞いていたが』
『ガンテイさん、詳しいですね』
『まぁな。まさか参加するとは思っていなかったがどうした?』
『ストロベリーチーズケーキをいつも食べてる人の戦う姿を見たくてですね』
超単純だが、まだ理由はあるだろう
しかし彼はきっと言わない、それでも良い
『妹から1日目を聞いてるぞ。エイトビーストは来ないのか?』
『あいつらは自身に奢る馬鹿ではない、ちゃんと下見してから動き出すから強い。』
『という事は…1日目を様子見に徹するから最悪な事態は訪れないということですね?』
『その通りだ。相手の戦力予想は飽くまで予測でしかない。強者がいれば倒す為にどう動くべきか考える時間も必要だ。だから奴らは来ない』
『となると…1日目はボトム将校さんですが。きっとグスタフさんの言っている事が本当なら彼は…』
『ムツキ…場慣れしているな』
『腐っても元魔兵の魔兵器技師。となるとグスタフさんは力を抑えて迎え討つか、全力で討つかですが…どうする予定です』
『魔法を使わずに倒す。それでいい』
あちらは俺を魔法使いだと思っている
ならばあえて武で仕留める、底を見せずにしておけばエイトビーストも出るに出れなくなる
別にここまで考えなくても、俺なら全員倒せるが…それでも無駄に命が消える事になる
なるべく彼らには出てこないように俺が出るしかない
『明日ですね。』
『だなぁ!まぁグスタフがいれば問題ないと思うが…』
ガンテイは少し変わった顔色を浮かべてこちらを見てくる
お前も、思っているのだろう…
かつての仲間、お前は討てるのか?と
すまない、わからないのだ
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