第45話 重圧

『明日か』


戦争前日、昼過ぎにファーラット陣営を歩きながら俺は呟く

隣にはムツキが鉄鞭を肩に担いで共に歩く

今日の予定はミルドレット大隊長との最後の打ち合わせだ。

しかし、彼女はディバスターのおっさんに呼ばれて俺達は暇しちゃってる


『それにしても、シドラードは何をしてるんです?』


空に響く太鼓の音、そして歓声

それはシドラード陣営から聞こえる声

大平原には数万のシドラード兵が布陣しており、こちらに睨みを利かせていたのだ。


(圧をかけるのは恒例だな)


相手の士気を削る為にシドラードが隊列を組んでやる事があるが、ムツキが気になってるのはそれさ

若い騎士なら少しビビるだろうな


『怖いか?』

『まさか、あの数と私が戦うわけじゃないので』


確かにな…


焚き火をしている騎士らが近くの川で釣ったアユを焼いてたから食べたくなって混ざったけど、塩焼きは本当に美味い!


『あちらは準備完了って感じですかね』


共にアユの塩焼きを食べる騎士が空に響く太鼓の音を聞いて口を開いた

彼は緊張する様子は無く、溜め息を漏らすと面白い事をボソッと言ったんだ


『前日はゆっくりしたいよなぁ』


(なかなか肝っ玉がある騎士だなこいつ)


生き残るタイプだ

勢いとか関係なく冷静になれる奴はこんなのが多い

彼もまた、アユを食べながら美味い美味いと言い放つ


『お前の配置はどこだ?』

『私は左陣の歩兵騎士ですよ』

『1日目は穴埋め要員と言うことか』

『ですね。話ではエイトビーストは左右に散ってるらしく、1日目は配置的に後方待機だと密偵の話を聞かされてます』

『なるほど』


初手に出ないとは予想していたが、濃厚だ

それにしてもこのアユ美味しいな

明日には戦争が始まるというのに、俺達は呑気だ。

しかし、俺達は人間だからこそなるべく気負いしてはいけない


『グスタフさん』


ふとムツキが声をかけてくる

何だろなと思いながら彼が顔を向ける方向に視線を向けると、ジキットが遠くで嫌そうにしながらも手招いていた


『仕方無い』


俺は立ち上がると、騎士に『馳走になった』と告げて金貨を1枚渡した

凄い喜んでいるが、死んだら意味ないぞ?



そしてジキットと合流し、ノアのいるテントにて彼女が俺達をとある場所につれていく

アクアリーヌ大平原の中心だ。


戦争前、互いの王族との最後の会談となる

それに俺達がいきなり参加させられる羽目となったんだ。

こちらは聖騎士10人、数としては普通だ


大平原を歩くノアを守るようにして囲む聖騎士らは冗談を言えるような様子じゃない

この話し合いで明日がどうなるか変わる場合があるからだ。


歩いている最中、会話はない

騎士が歩く旅に鎧の金属音が耳に入る

ノアとムツキは慣れたような雰囲気だが、ノアは少し緊張しているように思えた


『今さら大きく何かが変わるわけではあるまい。あちらの意思が変わったかどうかだけ見定めろ。余裕があれば何かを探れ』

『…戦争以外に手段はないのでしょうね』

『無い。人はいつの時代も争う』


向こうから歩いてくる者らを見て俺は答えた

側近が30人と過剰な数に少し驚くが、あっちは王族が二人だからだろう

何が起きても対応出来るように、俺が呼ばれたか


(普通ならロイヤルフラッシュだろうな)


久しぶりに見る向こうの女性は若き王族、シャルロットだ。

見た感じは健康そうだが、元気にしているならばそれでいい

しかし、隣のケヴィンはどうでもいい


『王族の横歩いてる将校、ありゃルーファスか』


ジキットが見ている男、その名の通りルーファスだ。

あちらの護衛に彼がいたのだ。

凍てついたような目付き、剣術ならばシドラードで右に出る者はいないと賞される将校


彼が守る王族らと、俺達は正面に向かい合った。

双方共に足を止め、静寂が続く

出方をお互い見ているのか、受けに徹しているようだ。

下手に出ないよう、王族が一番注意を払う場面でもあるからな。


まぁノアは関係無しに口を開くだろう

我慢は得意じゃない女だしな


『こちらの変更はありません。そちらは何かございますか?』


予想通りだ。

彼女の言葉を聞き、シャルロットは頷く

しかしケヴィンは苦虫を噛み潰したような表情でノアを見る

返ってくる言葉はない、あるのは数秒後に俺に集まるシドラード側の者の視線だ

シャルロットの視線が一番強い

内側を見られそうでこっちまで気が張りそうだ


『1つだけ、聞いてもよろしいでしょうか?』


シャルロットが口を開く

これにノアは頷くと、俺に関して聞いてきたんだ


『グスタフ・ジャガーノート、彼はいったい何者ですか』

『代々王族を守り続けた傭兵です。』

『それが何故いきなり表に出てきたのですか』


これはノアには答えられない、俺じゃなければ無理だ

だから彼女は俺に顔を向けるのだ

間違えれば面倒な事になる、しかし俺は焦ってはいない


この戦いは王族が思う以上に大きな意味を持つ

それを彼らにも教えなくてはならない

俺と言う存在が一度消えた事で、動く時代がある

ファーラットが勝てば、それが始まってしまう


『残念だがお前らの頼みの綱でもあるギュズターヴが消えたことぐらい、わかっている』


シャルロットやケヴィンは驚かない、隠し通してもいずれはバレることぐらいわかっていたはずさ

完全にバレた場合、どうなるか…


『死神が頂点に立っていた時代が終わり、次の時代が動く。お前ら王族にはわからん事だろうが…お前らを守っていた存在が消えた以上、悪いがお前らの時代は終わったのだ』


誰もが、俺の言葉を遮らずにただ聞いていた

夕暮れは赤く、風は冷たい


『お前らは1人の人間に頼り過ぎた。だから各国の恨みを買っている事を忘れるな?名のある武人が名を上げ、そして再び膠着状態だった国同士の均衡が崩れるとどうなるか…戦争が起きるだろう。この戦いでお前らが負けると。確実にイドラ共和国は選ばれし者を引き連れて全面戦争をするだろうな』


これにはケヴィンが舌打ちを鳴らす

深刻な事に気づいたあちらの側近騎士はソワソワし始めるが、俺は話をやめない


『お前らの王は死んだ。』


ケヴィンとシャルロットは驚愕を浮かべた

それだけはバレてないと思っていたのだろうが、もう既にこちらのガーランド公爵王は薄々気づいていたよ

ならば他の国の者もいずれ気づく、衰退した国であるシドラード


『だから俺は表に出た、我が国の有事は王族の危機。悪いがこの戦争で間接的に滅ぼさせてもらう。』

『グスタフ、もういいわ』

『…御意』


面倒だが、従うフリしないと

後ろに下がり、メェルベールを下に降ろす

自分達が負ければ危機的状況に陥ると気づいたケヴィンは焦るよりも怒りをあらわにしていた


『こちらにはエイトビーストがいる。問題は無い』

『ケヴィン、そういう問題ではありません』

『お前はわかるって言うのか?』

『各国には強者はいます。1人の存在で埋もれていたそれらが顔を出すと彼は言いたいのです。選ばれし者でも手を焼いていたあの人がいなくなれば、彼らは動く…動いてしまえばエイトビーストでも…』


その通りだ、シャルロット

エイトビーストで各国の選ばれし者は倒せない

以前の王はやり過ぎた、それをお前らは背負う


まだ力がある事を誇示するために、シドラードは負けれない

王族はその事にまったく気づいてなかったのは可哀そうだな

大人しくしていれば、時間が生まれそして対応できる問題もあった


『グスタフ殿の二つ名は』


シャルロットがそう告げる

普通ならば答えない、だがノアは彼女の今後の為だと思い

情報をあえて口にしたのだ


『鬼哭グスタフ、魔法の全てを知る者』


(知らないよぉ…)


魔法で印象がそうなったのか

まぁ仕方ない、任せたのは俺だ

でもここでノアを止めておけばよかったよ。彼女は胸を張って調子に乗った


『超位魔法沢山持ってるのよ』


仮面の下で俺は泣きそうになった

僅かにうつむいてしまうが、バレてない

それよりもシャルロットやケヴィンが驚いている

理由としてはギュスターブの時は魔法は身体強化ぐらいしか使っていない

斧のような槍をぶん回して敵を蹴散らしていたから俺と気づかない


ギュスターブに近い存在だと思ったのだろう

シャルロットは悲しそうな顔を浮かべ、ケヴィンに顔を向けた

何を言いたいのか?それは戦争の中止で間違いない

相手に力量が想像以上だと判断したならば負けたことを考えて交渉に切り替えるのが賢明だ


超位魔法を持つ人間は、ぶっちゃけいない

だからこそ脅威なのだ


『超位魔法とは面白いハッタリだな』

『ケヴィン、本当だったらば私達は取り返しのつかない間違いを犯す事になります』

『今更何を言う?ここまで来た以上、こちらも力を示す必要があるだろう?王族ならばわかるだろう。この戦いの決定権はこちらにあることを忘れるな』


権力はケヴィンが上、シャルロットは止めれない

彼女にまだ力がないからだ。

力がなくなった、と言うべきか…おれのせいだな


『では明日、変更はないのですね』


ノアは囁くように告げると、ケヴィンは口に笑みを浮かべた

まだ何か企んでいる、確かに彼が自信を持つのはわかる

シャルロットは迷っているようだが、彼女は止まれない


『戦争は戦場だけじゃないぜノア』


ケヴィンはそう告げると、皆を連れてシドラード陣営に帰っていった





・・・・・・・・・・・


その後、シドラード陣営でケヴィンはこの話を極秘扱いになってしまう

シャルロットは皆に言うべきだと言ったが、ケヴィンはそれを止める

王族だけの情報、そうなる筈だったのだが

彼らの側近の中に彼らの派閥ではない者が紛れ込んでいたのだ


黒いテント内、ファラは真夜中に机の上で溜息を漏らしてグラスに入っている酒を幹部の部下5名と共に飲む


『くそったれ王子が、停戦協定結ぶチャンスだったろうが!』

『ファラさん…少し落ち着いてください』

『落ち着けるわけないだろう!ファーラット公国も次の君主になるであろうノアに時間を与える意味で別の選択肢があったんだぞ!』

『まぁ…はい』


(ハッタリと思いたいが…)


超位魔法を持つ人間

それは彼でさえ知らない。歴史上数人しか辿り着けなかった境地

今の時代にそれが現れた、しかも1つではなく多くを手にしてだ

これがどういう意味をもたらすか、彼は知っていた

超位魔法とは人が持つべき魔法ではなく、人目から遠ざけられた力

その魔法1つで街を吹き飛ばすほどの威力を持っているからだ


『ファラさん、雲行きヤバいっす』

『ヤバすぎだろ。現実逃避したいぜ…まったくよ』

『他のエイトビーストの方には話しますか?』

『一応俺から話しておく。一先ずは戦争が始まったら様子見はメラがグスタフっつぅ野郎がどこにいるか千里眼で速攻見つけろ!いいか速攻だぞ速攻!』

『えぇ私ぃ?』

『遠くから見るだけだって。かわいこちゃんはグスタフもきっと狙わない』

『馬鹿』


緊迫した雰囲気が僅かに和らぐ

部下もホッとし、グラスに入った酒を飲む


ファラはどう伝えるべきか考えてはいたが、ふと何かを感じて椅子から立ち上がると、部下達を置いて外に出る


(だよなぁ)


エルフの耳は人間より遥かに性能が良い

テント中での会話が聞かれていたであろうとわかったファラは床に座ると、横に立っていたエステに話し掛けた


『本当だと思うか?』

『ギュズターヴより強いなら今さら表舞台に出てこない筈』

『そう考えるとまだ勝機がある。数で押し込むしかねぇだろ?』

『そうだとしてもよ。1日目はこちらからは何も出来ない』

『マジの話ならビックリンリンだぞ』

『緊張感が無い男だな』

『生まれつきだ、ほっとけ』


ボトム将校の持ち場にて遊撃隊で動く彼らは容易に近付かないで観察すると決めた

もしこちらの突撃隊が動けば、あちらはきっとグスタフが出る

見定めるのはそれしかない


(まぁボトムの旦那も強いがな)


ファラは決心がつくと、エイトビーストを集める事した。


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