第44話 時代
戦争まで残り1日
アクアリーヌ大平原前に拠点を建てたシドラード王国内は日中、何度も配置される隊の確認や作戦の見直しが繰り返されていた。
上官らの怒号が鳴り響き、兵は忙しそうに物資の運搬をしていたが、そんな様子をすれ違いながら女帝エステと魔導公爵エルマーは横目で見ながら前を歩く
向かい先は傭兵らが集まる詰め所であり、シドラード側から名乗りを上げた戦争傭兵は約500名
その中にいる半数はとある者の部下だが、二人はその者が到着したから顔を会わせなければならない
『お嬢、あの御仁やはり相当厄介ですなぁ』
『そんなのわかってるわよ。私の渾身の矢を掴んだのよ?馬鹿げてる』
力を推し量る為の一撃
避ける事が出来ぬ方向への矢は掴むという予想外な結果を生んだ
(弾くとかあるでしょ普通)
頭を抱えるエルフの美女は歩きながらも共に歩くエルマーに向けて口を開く
『何か他に感じた事は?』
『ビリビリと魔力を感じました。私としては戦士とは思えません』
『どういうこと?』
彼女は足を止めた
エルマーは少し歩いてから振り向き、唸り声を上げながら考える
彼にもわからない事が多かったからだ
普通ならば一度出会えばどんな者か見定める先見の目を持つエルマーでさえ、推し量れない何かがあったのだ
(戦士ならばもっと堂々としている、あの御仁には戦士らしさが前より無い…しかし魔力を見るに魔法使い寄りに思える…)
そう思うには理由があった
数ヶ月前、フラクタールに忍び込ませた密偵が街中で聞いた冒険者の言葉を耳にしていたのだ
『凄い人だよな!ツガイの閻魔蠍を魔法で一撃だってよ』
エルマーはそこから彼は魔法使いなのではと思ってしまっていた。
初めてグスタフと接触した時もそうだ。
トラップを上位魔法で掻い潜ってこようとしていたからである
戦士は戦士に寄る
均等に能力値が高くなることは無い
彼の知るギュズターヴは大きく戦士に寄っていた。
戦士として生きるか魔法と生きるかの二択が普通であり、共に欲して名を残せる者などいないのが現状
(ハルバートでエステお嬢の一撃を弾かなかった、しかし掴んだ…)
魔法を使う者ならば身軽さを重視する
避けるだけだったならエルマーの予想も固まっていたが、グスタフは掴んだ
『エルマー』
『いやはや申し訳ないエステお嬢。もし私の予想が外れていた場合、1日目は様子を見るべきです』
『まぁそうでしょうね。戦闘スタイルの情報が無さすぎて危なすぎる』
互角同士ならば戦い方や癖、そして得意な属性魔法を知っておかなければ不利な状況を生み、死を招く
しかし明らかに格上の存在だということは二人とも十分に理解している
『魔銃・アハトアハトですか…』
『あんた1日にそれ何度も呟くわね。』
『お嬢にもお話した筈です。密偵の聞き間違いかと思いたいのですが。知らぬ魔法です』
『ならもし知らない魔法だったら?』
『この戦争、あの御仁に操られるでしょうな』
『王族の側近傭兵一人に操られるなんて逆に見てみたいわ』
『お嬢はどうするのですか?』
『1日見て決めるわよ。どうせ意気揚々とあいつが出払うわ』
『あの勢い馬鹿ですか?』
『そそっ』
そんな話をしながらも二人はグスタフの存在が頭から離れなかった。
何者なのか、どう戦う者なのか
彼の存在が認知されてから調べる時間が無かった為、エステは無理やり見ようとしたのだ
(流石に不利ね)
溜め息を漏らすエステはエルマーと共に傭兵のテントに向かう
多くのテントがひしめき合い、ここだけは酒の匂いが充満している
どのテント内でも昼から酒を飲み始める傭兵が多く、戦争まで予定がないのだ
二人が向かうテントは黒く大きい
他とはまったく違う雰囲気を漂わせている
入口には見張りの傭兵が5人いるが、エステとエルマーは絡まれることもなく、入場するとこが出来た
入口から奥まで伸びる赤い絨毯
中央付近には沢山の毛布が転がっており、それは周りで寛ぎながらエステらを見る傭兵達の寝床だ
殆どの者の装備が黒く、そして体のどこかに太陽の刺青をいれている。
これは、二人が会う者の部下の証なのだ
『ファラ、そっちはどう?』
エステは奥にある机で書類を見ていた変わった男に話しかける
黒いバンダナを頭部に巻き、布は背中まで垂れ下がっており、
上半身は身軽な革装備に中にはチェーンメイルという装備の下に着込む鎖製の服だ
下半身は腰に太陽の刺繍が施された赤いマント
机に上には彼の長めの剣が置かれている
『なぁんも情報無しだ。そっちはありそうだな』
エイトビーストのファラ・サハラ
多くの部下を従える組織化した傭兵集団の頭領である
ゾンネ傭兵団、太陽神を崇める彼は首に太陽の入れ墨をしており、それを触りながらエステに顔を向けていた
『確かにギュズターブはファーラットを通っている、でもそこからがわからない』
エステは大平原での出来事を詳しく彼に話す
最初は笑顔で聞いていたファラだったが、その表情は次第に真剣になっていく
『今までファーラットにちょっかい入れてなかったからこそ俺達も知らない強者がいたとしても不思議じゃないな。タイプはわからないのは面倒だ…あっちはこっちを知っているということは不利に回る可能性が高いぜ?』
いかにエイトビーストでも、実力を奢りはしない
相手の戦い方や得意な属性を知って挑む気でいたのだ
わからない以上、戦場では様子を見る時間を設ける事になる為に1日目は迂闊に彼を討つことが出来ないのだ
『エルマーは魔法使いだと思っているのか』
『左様でごうざいますねぇ。後方でチマチマ戦うタイプではなく前線で武器を奮いながら魔法を軸に戦うと思われます』
『…魔法という点ならエルマー、あんたはいけそうか?』
『ツガイの閻魔蠍を魔法で倒した逸話が本当ならば、最低でも魔法という点では私より劣るとは思いませんね、都合よい状況次第では分があるかと』
『おいおいお前がそんなこと言うの初だぞ?マジなのかよエステちゃん』
『今度その呼び方いったら股間を撃ち抜くわよ?』
苦笑いを浮かべるファラ、しかし彼は唸り声を上げると囁くような声で彼らに言い放ったのだ
エイトビースト何人で倒せるのか、と
これには誰もが考え込む、グスタフの実力や戦い方がわからない事が原因だ
エルマー魔導公爵、女帝エステ、部族国家ファラ
この3人はグスタフのいる軍とぶつかる位置に配置されており、最低限彼を知る必要がある
しかし、飽くまで1日目は後方での待機であり、もしも前衛で何か問題が起きた際に出る手筈となっていた
(グスタフ・ジャガーノートか、それにドウケっちもいるとなるとやべぇぞ)
2人共ハルバート、それは単純に戦場で敵を殲滅することを得意としていることを示す。
それに加えグスタフの魔法に関し、確実に自分たちが配置される軍が崩れる可能性が高いのだ
それがいつなのか、彼は予想を口にする
『あっちも迂闊に公国の兵器を前に出すとは思えないな。できるだけ温存したいはずだ。でるならドウケっちだけだろう』
『しかしファラ殿、こちらが押し込めば…』
『出てくる。しかもシドラードご自慢の突撃将校ボトムの大隊らは返り討ちになる可能性が大きいぜ?』
『私は将校らに伝えるつもりはございませんがねぇ』
『私もよ』
『だろうな。確かにボトム将校の持つ突撃隊の瞬間火力は凄いが、あれの実力を見るには良い相手だ。悪いが今回は俺の指揮で動いてもらいてぇ』
『良いわよ』
『了解です』
『まさか俺があいつの役目を担うとはな、こうみえてお前ら動かすの緊張してんだぜぇ?』
エルマーは気さくに笑うが、エステは笑わない
ファラはそんな彼女を見て苦笑いを浮かべながら、とある事を考える
(反対側のあいつらは気楽だろうな。マジで何があったんだよギュスターヴ)
こうして真夜中、ファラはテントから出ると戦争が起きる大平原を眺める
遠くではファーラット公国軍陣営のテントから見える灯り、あそこに奴がいるのだろうかと考えていた
背後には部下が10人、彼らもまた同じ方向を見ていた
『ファラさん。今回の戦争は…』
『正直あまり戦いには身を置くつもりはないけどな。王族の我儘が濃いからよぉ』
『裏工作にシャンティ殿が動いていると聞いてますが』
『金で動く野郎だから俺達とは違う。不気味な野郎だが実力はある…今回の戦いで色々と時代が動くぞこりゃ』
『時代ですか』
『ギュズターヴの野郎が戦いから消えたんだ。潜んでいた野郎共が表に出る…。各国の選ばれし者もな』
1人の男がいるだけで、各国の強者は機会を伺っていた
その者が消えただけで、力ある者が表に出る時代が起きるのだ
ファラはそれを悟っていたが、自国の王族は気づいていない事に気づいていた
力に憧れる者だからこそわかる時代の変わり目、政治に身を委ねる王族にはわからない事である
力のうねりが時代で変わる、ファラは1人の人間だけで保っていた均衡が崩れる事を危惧していたが、それよりも心配な事があったのだ
『一番やべぇのはこの国だな、もし負ければバラバラになりかねん』
『怖いっすね。イドラ共和国の傭兵らも面倒なのが現れそうじゃないですか?』
『確かにあそこの戦争傭兵も化け物揃いだ、選ばれし者もギュズターヴがいたから出てこなかっただけだから今後、あれが出てくると相当キツイ』
『見守る…という感じですか』
『そうだ。焦ったら死ぬ、俺達はどう動くか見るべきだ。それは明後日に決まる』
ファラは空を見上げる
大きな月の明かりが大地を照らし、風が大平原に舞う
シドラードが勝たなければ、国は大きく衰退し時代は変わる
だからこそ、ファラだけではなくエルマーやエステも人探しと同時に見なければならない戦争に参加したのであった
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