第43話 哀愁
戦争まで2日となり、俺はアクアリーヌ大平原前の陣営にいる
今日、ノアは貸し切りの宿ではなく本陣後ろにある彼女用のテントで夜を過ごす
騎士を集めて鼓舞するためだが、彼女の演説中に士気を高める騎士は少ない
ノアにはまだ実績が無いからだ。
その為に俺はちょっとした策を使ったのだが、シドラードは気づいたと思う
揺さぶるには丁度良い策だが、上手くいけば戦争前にある程度あちらの幹部の士気を削ぐ事は出来る
(出来たのだろうか)
結果は本番にしかわからない
俺は必死で騎士に訴えかけるノアを見ながら、シドラードに意識を向ける
その後、ノアは聖騎士と共にテントに戻ると俺はムツキと共にミルドレットと数名の騎士と共に何度も作戦を練る
テント内では若干張り詰めた雰囲気が漂うのは、敵の突撃隊の対処が原因ではない
『どうやって守るか…』
ムツキが肩を落として呟く
予測ではシャンティは本気で来ていない
俺なら戦争で主力が出払った隙を狙うからだ。
あわよくばこちらの様子を見ながらも削る予定だったから逃げた
(一応、彼女には切り札がある)
本当に最悪な状況になったときの為に魔法を施してある
使わないで済ませたいが、そうなると少し面倒になりそうなんだよな
『グスタフ殿』
『どうしたミルドレット』
『やはり傭兵は使えませんか?貴方の言葉で動かす事が出来れば』
彼女としては、こちらでまとめれる兵の増強を欲するのは当たり前だ。
しかし、無理だった事をムツキが話すとミルドレットは深い溜め息を漏らしてから椅子に座る
そこから次々と椅子に座り始める
現在の傭兵は200ちょい、こちらに引き込めば400となればやれる事が増えるからなぁ
『一日目にあちらは民兵が前衛に多く混ざってる事が幸いですね』
ミルドレットの部下の一人が力なく口を開く
まぁ確かに最初から全力でこられると不味い
しかし、こないのは明らかだ
あっちは時間が欲しいからだ
『1日の夜ですね』
ムツキの言う通り、そこが怖い
シャンティは日中は絶対動かない
だから1日目は夕刻からの開始になっている
あからさま過ぎだろ、長引かせて日が沈んだと同時に忍び込む気だ
『傭兵…』
『ミルドレット様、残念ですがグスタフ殿が無理とおっしゃられてはどうしようも』
『1日目は動けぬ、2日目ならば希望はあるがそれでは遅い。まぁここまで微妙な傭兵ならガンテイを呼ぶべきだったな』
その言葉を口にすると、何故かミルドレットは明るくなる
『一先ず休みましょう。夜食は1時間後にここに集合でお願いします』と告げて次なる場所へ向かう
その後ろ姿はやはり軽い足取り
どうしたのか?わからん
彼女は今度はディバスターとの会議だ。
こちらの会議での進行状況の報告がメインらしいがな
『グスタフさん、たまに遠回しに素直ですね』
『どういう意味だ?』
『なんでもないですよ』
一人楽しそうに笑うムツキ
釈然としないが、忘れよう
椅子の背もたれにもたれ掛かると、天井を見上げた。
わざと左軍を薄くしたのは2日目の為でもあるが、誘う為でもある
シドラードならば気付くだろうが、乗る筈
『戦場に変化が起きるまで私らは無難に動くしかないですね』
『自信はあるか?』
『戦場は小競り合い含め、何度も経験してます。』
問題なし、か
(良い魔力袋の色だな)
時間の問題だ。お前は無意識に乗るべき道に乗る
先ずはここで力を見せて貰おうか
『ムツキ、力はあるか?』
『魔族が人間に劣ると?』
あぁそうだったな
魔族の筋力は人間以上だから彼は右手に握る細長い鉄鞭を武器に出来てるのだ
人間ならもっとムキムキな奴じゃないと無理だからな
『魔法は?』
『いくらか燃費の良い品、ございますがストロベリーチーズケーキは出せませんよ?』
『帰ったら食いにいくぞ?あれは美味い』
『デザート類は私が作ってますから当然』
胸を張るムツキ
店の開店前に作ってるらしい
確かに否定しようない美味だったな
『…凄い嗅覚だな』
『どうしましたか?』
『うちの最高司令官様の登場だ』
気配でわかる
彼女の魔力袋なら放たれる魔力が異常過ぎるからだ。
気付いてるのは俺だけだろう、いや…
ガーランドもかもな…
予測通りテント内に入ってくる者に視線を向けると、ノアと数名の聖騎士がいる
勿論、ジキットも彼女の隣にいたよ
流石にムツキでも見慣れぬであろう綺麗な女性を前に口を開けたまま自然と頭を垂れた
『グスタフ、彼は?』
『フラクタールの知り合いだ。』
なるほど、といった様子を見せてからの自己紹介
ムツキは姫様だと知っても驚かない
戦場に身を置いた者だったという事かもな
『魔族が人間に荷担していいのかい?』
ジキットがそう告げると、彼はやや遠回しな答えを口にした。
単純に、フラクタールが危ないから来た
彼はそれが理由だったのだ
俺と同じで、あの街が好きなのだ
だからアクアリーヌは取られては不味い
『グスタフ、今日は来ると思いますか?』
『来ぬ。だがジキットは近くに待機させねばもしもの時に大変な事になるぞ?』
『であればジキット、夜は頼みます』
『勿論ですノア様』
『問題は俺が戦場に出払っている時だが、ノア…あれは覚えているな?』
俺はそう告げると、彼女は真剣な面持ちで頷く
出来れば使用してほしくはないが、万が一には使わないと彼女は死ぬ
死ねば何もかもが終わる
それにしても…だ
命を狙われている身でありながら肝が座っており、堂々だ
王族は好きではないが、覚悟を決めて動けるところは評価できる
『てめぇちゃんと敵倒せよ?』
ジキットは変わらず俺にチクチクした様子を見せながら口を開く
聞き慣れると逆に心地よい、彼だけはそのままでいてほしい
『ディバスターとちゃんと話しましたか?』
『あぁ大丈夫だ。戦場に関しては気にしなくてもいい、あっちも時間をかけて戦いたい反面、こちらも2日目まで絶えないと仕留める相手が出てこないからな』
『気づかれていると思いますか?』
『当たり前だろ。こっちが大将首を狙っていることぐらいお見通しだ。ルーファスはそこらへんはちゃんと考えれる』
『では戦場は任せました。どう動くかは貴方の判断に任せます』
『言われずとも、そのつもりだ』
俺は左手にメェルベールを出現させ地面に突き刺す
不気味な形をしたハルバートだが、これなら多方向からの敵をなぎ倒せる
今までした事を、またやるだけだが…今回は違う
ここでまたしても、彼女は仮面の下の俺の表情を読み取ったかのような様子を見せる
何故、お前は心配そうな顔をしている?
失敗に関して…ではないな
『共に戦地で命を賭けて戦った仲間に向けて武器を振るわせる事を許してください』
心配し過ぎだ
皆、俺の事なんでなんとも思ってない
だから出て言ったんだ。
所詮、強くなりすぎると道具のような存在でしかないからだ
英雄は時にちょっとしたきっかけで近くにいる者を恐怖に陥れる
そうなりたかったわけじゃない。俺はその時に大事だった者を守りたかっただけだった
(強くなり過ぎたか)
『気にするな。所詮は上辺だけでつるんでいた奴らだ』
俺はそう告げると、彼女に背を向けてテントを出ていく
理由はわからないが、外に出たくなったのだ
薄暗く、そして涼しい風はシドラードに向けて吹いている
その先を見ると、遠くで野営している敵国が見えていた
(エイトビースト、何人来るのだろうか)
出来れば相対したくない者もいるが、もし剣を向けて来た場合は…
そんな事を考えていると、ふと大平原を歩きたくなったよ
散歩ではないが、足場が緩いのかとか色々見れるなら見たいなぁなんてな
『本当に広いな、ここは』
見渡す限り平原だ、シドラード側はちょっとした斜面だがあっちにとって有利だな
しかしこちらはお得意の防衛、何度も足止めを食らうように馬避けの杭や塹壕は点々とあるのだ
騎馬兵は中央から易々と来れない、1日目ならば左右に布陣させるしかあるまい
中央の敵兵が2日目の為にこちらのお邪魔設備を破壊したがるだろう
『…』
前から歩いてくる者、それはアバターという超位魔法で生成したドウケだ
そういえば忘れていた。
彼には後ろに下がらせて人目のない所で消えてもらうか
念を込めればドウケにそれが伝わる
彼は俺の前で膝をついて頭を垂れた
そういえば指示するとこんな動作するんだ!?忘れてた!
(不味いな…)
きっとあちらはドウケの存在をギリギリまで見ている
この様子を見ているだろうし、俺の立ち位置が面倒になりそう
だが仕方がない、忘れていた俺が悪いんだからなぁ
さて、出てきてほしくない将校が前に出てくることは無い
ならば普通に他の将校の首を斬ればそれで終わる
単純だが、意外と大変だ
『…まさか』
ふと遠くから気配を感じた
2つの強い気であり、将校クラスにしては派手な魔力だ
シドラード野営から向かうこの気配に首を傾げるが、あちらも下見というわけではあるまい
もう薄暗い、姿は見えないがこちらに向かっている
5分程度で目の前に現れるであろうと考えていると、それは突然起きる
『むっ!?』
正面の遥か遠くから閃光の如く打ち放たれた強力な魔力を帯びる1本の弓が飛んできたのだ。
貫通強化の魔法を施した強力な一撃、只者ではない!
(これは!)
俺は半回転しながら横にずれ、右手で矢を掴んで全力で止める
手が凄いジンジンして痛いけど、唐突に掴んで止める事が出来るなんて自分でも驚いたよ。したことないもん
暗殺?いや違う
戦争前にお互いで小競り合いは出来ないのがハイペリオン大陸にある戦争条約だ。
それを無視して平気でやれる存在、そしてこれは力を推し量る為の罠だ
唐突な出来事でしてやられてしまったが…弓…か。あの女かぁ…
(止めて正解か)
じゃないとこちらの野営陣に矢が突っ込んでいっていた
こんな狂った事が出来るのはあの女だ、絶対そうだ
矢を握り潰すと、魔力が消えて床に落ちていく
ゆっくりあちらに顔を向けても姿は見えない
今回はあっちにやられた感が凄い
『近づいてくるのかよ…』
攻撃だけじゃないの!?もっと近づいてくるよ!?
なんで!?今ので十分に俺の力を推し量れたよね?
いや待て、あいつは興味あるもんにはしつこい性格だ
もう1人の気配は…あぁ無理だ、2人とも気をブレさせて気取られないようにしてる
でも答えは数分後、目の前でわかった
右手に弓を持つ絶世の美女、それはエルフでありどんな異性でも足を止めて見惚れる存在
女帝と言われているエイトビーストのエステ
もう1人は前にも会っている
『おっほっほ!お凄いですのうグスタフ殿』
『久しいな魔導公爵エルマー殿』
『嬉しい呼び名、感謝ですわい』
不気味な見た目のエルマーは素直に喜んでいるが、隣にいるエステは不機嫌そうだ
目を細めてこちらを睨んでいるのがわかる
そしてエルマーの笑顔が消えると、静寂が訪れた
風の音が大きく聞こえるくらい静かだ
何かを話すわけでもなく、二人は真剣な顔つきだ。
俺はメェルベールを肩に担ぎ、首を傾げて見せる
それが合図となったのか、エステはようやく口を開いた
『何者なの?私の一撃を掴んだわね?』
『はて?知っている筈だろう?』
『今回初めて人目に現れたファーラットの戦争傭兵グスタフ。それはガーランドの住まう屋敷で王族を代々守ってきた兵器、何故今現れたのかしら?』
殺気をビリビリ感じる
他のエイトビーストが手を焼くじゃじゃ馬娘だからな、俺も焼いてた
我が儘女でもあるからな、いつも監視してくるのには気疲れ凄かったよ
『ファーラットの今後が決まる最大の有事、俺が出るのは必然だが怖くなったかエイトビースト』
『なに?』
『飽くまで貴様らはシドラード内で最強の8人の中の者、シャンティを再度こちらに向けても無駄だ。戦争が終われば帰ってくるのはノア様の首ではない事を覚えておけ。ギュズターヴがいない事ぐらい、こちらは気付いている。』
驚く素振りは無い
そして気づかれていない
また攻撃が飛んできそうな気がする
エステが怒ってるからなぁ
『グスタフ・ジャガーノート、ドウケは何故そちらにいる?』
『もともと俺の部下だ。』
これには彼女は驚く
僅かに目を見開いたからだ。
強いと知られた以上、堂々とするしかない
(エルマーも心配だ)
ここで試しに戦いますとか言いかねない
強い御仁と戦うのが好きな奴だからだ。
しかし、ここで戦うのは不味いと思わせないとダメだろう
『グスタフ殿はその武器で戦場に?』
『どうだろうな。本番にわかる』
『…』
彼らは何かを知ろうとして来ている
意地でも最小限に抑えようとするが、どこまで悟られているかは予想レベルだ
さて…他に参加している奴らが誰なのか知りたいが…
こいつらは戦争に関して考えていない、考えているのは別だ
だからこそ口にできるのだが、交換条件としてこちらも何かを差し出さなければならない
渡せる情報など、こちらはたかが知れている
『邪魔すれば首を刎ねる、俺は将校らの首だけ担いで帰るのみだ。』
これ以上一緒にいると、俺が口を滑らせる可能性が高い
エステやエルマーはエイトビーストの中でも随一の知能の持ち主だ
俺は彼らに及ばない点がいくつかあるからな
背を向け、歩き出す
このまま帰りたかったが、最後だと言わんばかりにエステは静かな声のトーンで口を開いた
『あいつはどこにいるの?』
先ほどまでの強さなど感じさせない、どこどなく切なさが漂う
結構お前とはつるんでいた、大変だったが楽しい事もあったな
エルマーにも作法とか細かく教わったし、思い出はある
彼らは戦いの為にきたのではない、俺はここで彼らの目的を知った
シャルロットと同じなのだ
『…決して癒えぬ傷を負った。そう聞いている』
『待ちなさい!あんたどこで会っ…』
俺はこれ以上、話せない
ファーラットの為でもあり、彼女の為でもある
そして俺の為でもある
こうしてファーラット陣営に戻った俺はノアのいるテントに足を運んだ
色々と考えなければならない事があるが、今は明後日の事に集中しないと駄目だ
戦場ではきっとあの2人は俺の前に現れる、どう対応するのか決まっているからこそ
お前らは現れてほしくはない
ノアの休むテントの前、聖騎士が大勢護衛をしているが俺は何故か彼らに挨拶されるだけで取り調べ的な事はされない
信じすぎるのは駄目だぞ
『偽物かもしれんぞ。一応調べておけ』
『え?偽物何ですか?好きなデザートは何でしょうか』
『チーズケーキは至高だろう?何故美味しいかわかるか?料理人の手によって甘さを丁度良くしつつもチーズの…』
『わかりましたわかりました本物です』
少し苦笑いしている、彼だけじゃなく近くの聖騎士もだ
こんな力説するの俺だけだもんなぁ
『異常はなかったか?』
『今のところは』
『戦争が始まったら死ぬ気であいつを守れ、絶対にここにエイトビーストのシャンティが来る』
『わかっております。』
覚悟を決めた顔、それならば安心できる
ジキットもいるならば良くて五分五分、しかし俺の見誤りがあれば…
中に入ると、彼女は安易ベットに横になって本を読んでいた
近くの椅子にはジキット、そしてハイドがいるが…ハイドは久しぶりだな
『ハイドか』
『あ、グスタフさんお久しぶりですね』
『あぁん?お前どこ行ってた?』
『ジキット、そんな絡まないの…』
いつも通りの2人、無駄に心地よいな
俺はエイトビーストにあって来たことを告げると、ノアはベットから起き上がる
4人で外に漏れないよう、何が起きたかを話したんだ
彼らは戦争が目的ではない為、戦力外にする事が出来る
だがそれは俺次第、わかりもしない確率に身を委ねるのは馬鹿げている
『それは貴方に委ねます。』
『ふむ、俺が配置される左軍だが…、後方に控える騎士は殆どいないのは確定でいいな?』
『2日目を考えると変更できません。1日目はあちらの将校達も前に躍り出る事はあまりないと思われますから。こちらの精鋭隊らも殆ど前には…』
『ならばなるべく右軍と中央軍は最低ラインまでは絶対に下がらないように強く言っておけ。左で押し上げるがタイミングは言わなくても将校ならばわかるだろう?』
『こちらの将校も伊達じゃないです』
僅かに笑った。ならば信じよう
『圧倒しても2日目に響く、相手には押し込む隙があると思わせる程度に戦う』
『わかりました。その事は他の将校らにも話しておきます』
『頼むぞ。』
そしてこの場を去ろうとしたんだけど…
突如として帰れない理由が生まれたのだ
テントに入ってくるのはムツキ、だが恰好が料理人なのである
彼の手に乗っているのは銀のトレー、しかもデザートが4つ
『お待たせしました、特製ストロベリーチーズケーキです』
ノアがはしゃぐ
その姿を見てジキットが頭を抱え、ハイドが苦笑い
ムツキよ、お前はいったい何をしているんだ…
俺も頭を抱えてしまいそうになるが、デザートには勝てなかった
『美味いっ!』
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