第42話 亀裂
今はミルドレット騎馬中隊長のテント内
中には部下が10人ほどいるが、テント内の外側で待機状態だ
そして安易テーブルを囲むように俺とムツキそして彼女が椅子に座る
色々とミルドレットから話を聞いているが、手紙で俺の事をしつこく書いているから嫌でも覚えたらしい
あの馬鹿、勝手に色々書いたな…
『確かに兵職は傭兵を汚い遊撃隊としか見ていないが、今回は事前に兄から聞いているから互いの職は置いて話そう』
『わかった。俺の下につくというのはどういう経緯で決まったのだ』
『私はディバスター第5将校殿の配下、相談された時は驚いたが断る理由など無かったぞ。閻魔蠍を魔法1つで2体同時に倒す豪傑と聞いている』
『グスタフさん。やはり貴方でしたか』
『ムツキ、俺は飽くまで知らないぞ』
『そんなこと言っても遅いですよ。凄まじいですね』
『それに兄を助けてくれた事、感謝する』
マシな中隊長で良かった
ガンテイの妹となると、無下に出来ないな
あとでガンテイから何を言われるかわからんしなぁ
(先ずは…)
『悪いが今回の戦、かなりの激戦となる』
俺がそう告げると、彼女は真剣になる
覚悟は当然出来ているようであり、緊張している様子はない
経験はそれなりに積んでいるということだろう。
風でパタパタとなびくテント内、少しの静寂が長く感じる
勝つためにディバスターの左陣にかかっているのは明らかだ
失敗は敗戦を意味し、甚大な被害を出す事になる
しかし、圧倒的な兵力差だから被害はこちらが大きくなるのは当たり前かもな
最悪な事態さえ避けれれば、の話さ
『どのように動かしても大丈夫だ』
『良い面構えだ。あやつと似ている』
『兄は脳筋だ。私はちゃんと考える』
『ふふ…すまぬな。1日目はギリギリまで温存だ、突っ込む時は覚悟しろ』
『わかっている。馬はどうする?こちらで用意するか?』
『良い、俺は持っている』
眷属召喚魔法だけど、シドラードにいた時は使ってなかったしバレない
騎馬傭兵という感じで素早く動けるようにしないとな
飽くまで、俺達は300弱の騎馬隊
2日間の戦争で持続できる兵力ではない、突撃隊としてならば何度も場を荒らせるとは限らない
単騎ならば別だが、今回はそうじゃないから難しい
(俺が兵法を使うとはな…)
似合わぬ戦術、仮面の下で苦笑いを浮かべた
過度な期待をするガンテイの妹ミルドレット、良い所を見せないと駄目だな
『1日目は敵に変化が無い以上、後方で待機だ』
俺はそう告げると、彼女に説明した
最初はムツキと2人で傭兵の遊撃隊として左陣の端で前衛で戦う
外から中の敵を飲み込めるように動くためだが、そこで敵がどう動くかでミルドレット騎馬隊をどう動かすが決まるのだ
『空に向かって火の龍を放つ、それを合図に左の端から突撃して来い、俺がお前らと合流し、指示をするがスピード勝負になるから部下にもその事を伝えておけ』
『魔法の狼煙ってわけですね。わかりました。動くという事は…』
『あちらはあっちはこっちの思惑を潰すために強めの1000人規模の大隊を突撃させてくる筈だ。』
敵の中央は確実にルーファス第1将校
そしてディバスター第5将校と相対するのはきっとボトム第4将校
ボトムは突撃隊を多く持っている為、きっと数の少ない左軍に配備される
そうなるようにノアはあえて情報が漏洩するように密偵を動かしていた
大平原もシドラード側の標高が高く、あちらからこちらを見やすいのもあるがな…
『1日目は大隊長狙いですか』
『ボトムは武術に優れているわけではない、精鋭と言われるレベルの突撃大隊を4つ持っている』
『個々の力はそこまで脅威ではないと』
『その通りだ。部下が強い』
きっぱりと俺は言い切った
精鋭1000規模の大隊とぶつかる、それだけで普通は億劫になる
しかし彼女はそうならなかった
自信に満ち溢れた様子は、俺に何か信頼を寄せているようだ
それが、言葉となって帰ってくる
『返り討ちにする自信はどうですか?』
『俺が先頭にいて崩れるなどありえん。お前らは俺が取りこぼした敵を倒せば良い』
俺に不安がないように、彼女にも無い
だからこそ俺はここにいる騎士にも聞こえるように、話す
『臆した奴から死ぬ。蛮勇を奮う者から死ぬ。それは強い者であっても更に強い者がいると起きうる戦場で起きる小さくも大きな物語だ。今回それがどちらの国に傾くか』
今まで強い者が弱者に変わる事はよくある
今までの経験が通じぬ者が現れれば、強者は突如として蛮勇として打たれるのが戦争だ
『あちらに強者は多い、圧倒的に多いのは間違いないが…』
普通ならば士気が下がっても可笑しくはない状況
しかし、今回は違う
ノアは諦めておらず、配下たちも同じだ
だからこそできる事は沢山あるのだ
『俺がいれば、今回はあっちが弱者だ』
同刻
シドラード陣営のテント内
周りのテントよりも大きく、シドラード王国を象る鷲の刺繍の旗が立てられている
その中では今回の戦争で重要人物であろう者たちがテーブルを挟み、椅子に座って静寂の時を過ごす
ルーファス第一将校、リングイネ第3将校、
エイトビーストのエステ・リエ・リリー、エルマー・ヤハ・カリオストロ、ザイツェルン・ル・アンカー
そして王族であるケヴィン第一王子にシャルロット王女
誰もが勝てる戦、そう思っていたのに空気は重い
それは何を意味しているか、それぞれは思っていても決して口にしない
個々で戦争の目的が違うからである
グスタフの目論見通り、ケヴィン王子はシャンティに大金をつぎ込み、本命であるノア王女暗殺を試みたのだが
1日目にして失敗したことに苛立ちを募らせている
眉間にシワが寄る様子に、ルーファスは溜息を漏らした
『ケヴィン様、あちらにも手練れがいるようで』
『言われなくてもわかっている。シャンティもエイトビーストというわりに失敗するんだな』
『それは口にしない方が良いかと』
『依頼主だぞ!これでは戦争の意味がない!結果を出さねば俺が次期国王に遠のくのだぞルーファス!』
怒号が飛び交う中、ケヴィンはテーブルの上に乗っていた書類んを手で振り払う
国王が死んだ今、権力争いの最中にいるシドラード王国はファーラット公国の王族らが思うよりも深刻であった。
(シャンティめが!)
殺してさえいれば2つの証明ができると彼は睨んでいた
しかし、そこまで彼は馬鹿ではない
密偵からの報告を確実にするためにエイトビーストを使うしかなかったのだ
動かした結果、戦場での情報にはなったのだ
(シャンティを返り討ちなんて…)
エルフのエステは余所見をしながら、そう考えた
全ての人間やエルフでさえも見ほれるほどの美女、女帝エステ
(まさか…いやでも)
しかし、彼女の思惑はガーランド公爵王が偽造した情報により砕かれる
『傭兵グスタフ・ジャガーノートはハルバート使い。彼がシャンティを撃退したようですが、戦場では警戒すべき相手でしょうね』
シャルロットは書類を見ながら口を開く
昔からいる傭兵であり、王族を守り続けた存在
今まで無かった情報だが、ガーランドは城内にスパイがいると睨んで重要機密が眠る部屋の監視を薄くしていたのだ
それを複写した密偵の情報で彼らはその事を知る
不自然な点はない、公開して知ったわけでもない
隠されていた情報だからこそ彼らは騙されていた
『ギュスターヴの情報はないのでしょうか』
シャルロットが口を開くと、皆が沈黙となる
彼女は肩を落とすが、何としても知るべきことがあった
(何故ですか、何故私の父を殺したのですか…)
グスタフの良き理解者であり、師の行方を捜す王女
怒りよりも動揺が彼女の頭を駆け巡っていた
『敵の左軍が薄いのは罠かもしれない。そこはボトムの騎馬の突撃隊で押しつぶす』
『ケヴィン王子。提案があるのですが…』
ケヴィンの言葉にルーファスがとある提案をした
これには誰もが驚くが、1日目だからできる事だということに皆が否定しない
『私はロイヤルフラッシュがいるであろう中央軍とぶつかりますが2日目で仕留めます。グスタフという男に関してですが数で潰せば問題は無いにしても被害を最小限にするために私の提案を飲んでもらいたい所存です』
『良いだろう。一先ず俺も1日目に仕留める』
『あまり期待をしないよう、頼みます』
『どうしたルーファス?エイトビースト2人を相手に戦える傭兵がいると思うのか?』
『飽くまでシドラード内での称号。ガーランド公爵王は軍略家であり、戦争貴族を多く持つ我が国が一番とは限りません。類に見ない傑物やも』
(…傑物ですか)
シャルロットは小さな溜息を漏らすと。天井を見上げる
ファーラット公国領土に向かった探すべき者がいない
ただの傑物なのか、彼女の探す傑物なのかは戦争になれば答えが出る
飽くまで彼女はケヴィンの目論んだ戦争の後方支援
工作兵や補給を担う為に加担しているだけに過ぎなかった
戦争目的ではない、彼を探すためだ
『エステさん。2日目は頼みます』
シャルロットが小さく告げると。エステは美女に似合わぬ欠伸を見せる
これには誰もが驚くが、無礼だという将校もいない
それが彼女の性格が物語っているからだ
『2日目迄気分が乗っていたらの話よ。私は私のやり方で動くから口を挟んだら将校だとしてもその醜い体に穴を開けるから覚悟しなさい』
高圧的な言葉と同時に鋭い目で彼らを睨む
エイトビーストは権力とは別世界に生きる存在であり、服従する気などさらさらない
この場で暴れても困るケヴィンは好き勝手言うエステに舌打ちで我慢するしかないのだ。
今消えて貰っては困る、それほどまでに彼女が強いからだ
『おっほっほ、エステお嬢様はいつにも増して怖いですな…』
『エルマー、あんたも邪魔したらボコよ』
『これは恐ろしい。こちらは楽しく1日目から魔法という科学を堪能するだけ』
『グスタフと会ったと言っていたけど、どうなのかしら?』
これには将校や王族が驚く
実は彼は部下を全員殺して1人だけ生還してきたのだ。
だから今日初めて聞かされる事となる
『貴様、黙っていたのか』
『怖い顔をなさりますなルーファス君。まぁ一応面白くなりそうなので公言はしません、せいぜい頑張ってください』
『貴様っ…』
テーブルを叩いて立ち上がるルーファスが激怒し、剣を抜く
その速さは意表を突かれたとしても間に合う程の速度だ
一瞬でテーブルの上を駆け抜け、エルマーの喉仏に剣先を突き付けるルーファス
しかし、傑物は彼だけじゃない事を彼は知る
『避けれなくとも反応は早い自信がございましてな』
エルマーの右肩上部に真っ赤に燃える魔法陣
それは完全にルーファスに向けられた攻撃魔法だった
少しでも動けば、発動する
何の魔法なのか得体の知れなさにルーファスは険しい顔を浮かべ、静かに剣を納めた
『ルーファス!おやめなさい』
『無礼をおゆるしくださいシャルロット王女』
『流石は国内随一の剣術使い、ヒヤッとしましたぞぉ?』
(嘘つきめが…)
『茶番は良い、ルーファスお前は戦場に意識を向けろ。』
『はっ!申し訳ありませんケヴィン王子』
『悪いが任せたぞ。俺はやることがあるからそっちに集中したい』
『わかっております』
(ぐちゃぐちゃ)
エルフのエステはそう思いながらも、また欠伸をする
団結などという言葉はここには無い、戦争ではいつも個々の思惑が入り混じるのだ
この場にも、誰もが違う意味での結果を求めている
そんな中でシャルロットだけは、国の為に想う
(これでは衰退する一方だわ。あの人が消えてから…)
頭を抱えたくなる光景を目の当たりにした彼女はドアの外からの急報に耳を傾けた
ケヴィン王子の精鋭隊である騎士が慌ただしく入ってくると、放たれた言葉で一同が驚愕を浮かべた
『敵陣営に!エイトビーストであるドウケの姿が!』
エルマーそしてエステが僅かに目を見開く
何故彼がいる?そこで何をしている?
2人だけじゃなく、ここにいる誰もがどう思っているだろう
ギュスターブが消えた日、ドウケも姿をくらました事は皆知っていた
グスタフは敵を混乱させるため、アバターという超位魔法でドウケを出現させて前に立たせてるだけだったが、意思がある肉体ではない
グスタフが遠距離でドウケの視界をジャックし、動かしていたのだ
出現の知らせを受け、ケヴィンは怒りをあらわにするが、シャルロットは違った
(いる、あの人がどこかに…)
『へぇ…ドウケちゃんいるのね。魔導公爵エルマーはどうみるのかしら』
『エステお嬢、これは崩れますな…』
『エルマー殿、どういうことですか?』
『きっひっひっひ!シャルロット王女様、戦争が始まると崩れるのですよ。我らエイトビーストの均衡が』
誰がいて、その言葉が生まれたか
防衛戦で生き残っただけじゃない、誰もが力を欲して戦ってきた傭兵集団
無意識に1人の男の放つカリスマに魅入られ、戦場ではいつも顔を合わせていた者達がバラバラになった
ギュスターブ・グリムノートがいたから、彼らは1つになっていた
いなければ、崩れるのは時間の問題だったのである
その始まりが、起き始めていた
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