第40話 魔兵

感情が高ぶっていたシャンティ―にファントムソードを振り下ろす

普通ならばここで終わりなんだが、相手はあのシャンティ―だ

不利な状況を回避する手段くらい持っているだろう…


『チッ!』


彼は舌打ちをする

両断したと思いきや、別れた胴体は直ぐに黒く染まり

一瞬で粒子となって消えていったのだ

身代わりの術という彼の持っているスキルの一つだが

やっぱり使うよね…


(ほらな)


アウェイの効果が解け、そして煙も晴れた

先ほどまでいたいつもの厨房に戻ると、俺は溜息を漏らしてから倒れている椅子を直し、座る


あれは暗殺に来たのか?否

やるならもう少し何か策を持っていたはずだ

最初から彼は別の目的で来ただけだ


『…様子を見に行くしかないが』


そんな事も容易ではない

アバターという超位魔法でドウケを作り、視界をジャックしたままシドラードの様子を見る事は難しい

色々気取られるだろうな…


シャンティ―も俺と同じで、シドラードの王族が嫌いだ

この結果を見ると暗殺する気があるかと言われると、まだ無いだけだ

さて、戦争までに何かわかればいいんだがな


数分考えていると、保管庫からノアが静かに顔を出した

何用かと首を傾げたが、お花を摘みにとか言い始める。


『中でしろ』

『女の子によく平気で言うわね…』

『命を狙われてるんだぞ?あぁそれと』


俺は話そうとすると、彼女は限界だからと無理やり厨房を出る

女聖騎士を捕まえ、彼女のトイレのお世話を頼んでから俺はノアが戻り次第、本来の部屋に戻した


場所がバレていたからな、厨房は却下だ

それにもう来ない

部屋にはジキットが椅子に座り、寝ているが無事のようで少し残念だ

もう少し苦労してもらいたかったな


ジキットが見張りになり、俺はドアを背に床に座って今日を終える

一応、二人には何が起きたかは話したさ

シャンティーが来たと言ったら驚いていたな。


そして朝、今日はノアの護衛ではない。

日中なら彼女の聖騎士らがいる

何があったとしてと、大抵は何とかなる

俺はアクアリーヌ大平原に来ると、広大な平原を眺めた


沢山のファーラット騎士が遠くに見えるシドラード兵に警戒しながら防衛するための塹壕や杭の柱を作っている

そんな彼らの近くにいたのが、ファーラットにいる傭兵達だ。


『300ちょい…か』


集まった方だろう

シドラードがこちらに送り込んだ工作員がエイトビーストがいる情報を垂れ流したからこちらの傭兵は少なくなっている

極端に少ないのは、それほどまでにエイトビーストは人間離れした力を持った集団だという証明でもあった。


『面倒な姫様だ』


人目に出れるようになったのには理由がある

俺はファーラット公国に昔からいる傭兵だという記録に偽造してもらえたからだ。

その手筈はガーランドが仕組んだが、ナイスだ


だがしかし。俺の存在記録が不満しかない

Sランクの傭兵はファーラットにも数人だけだが、俺はその一人にされた

そして王族の依頼を昔から請け負い、そして守ってきた実績を持つとか聞いて目眩がしそうだった。


『集まらんなぁ!』

『当たり前だ。あっちにゃエイトビーストだ』

『こっちに来ないことを祈るか』

『倒せたら報酬が上手いらしいぞ』


そんな会話が耳に入る

倒せたら良いが。エルマーはやばいぞ?


『選ばれし者と死神もいるんだろう?出てきたら逃げるか』


選ばれし者…か

色々な名前が頭に浮かぶ、俺が逃げ出した時の者もその類

しかし今思うと、名前が上手く思い出せない


俺はその場に座り込み、選ばれし者の不幸な末路を思い出す

奴らは死ねば人の記憶から消える、儚い存在だ


(ある程度は思い出せるのだが…)


誰でも、この世界に呼ばれた者は成功するわけではない

不相応と感じれば、生きているだけで犠牲が出る

能力に奢って死ぬ者もいれば、欲に負ける者が出た

そういった奴らは、消さないと駄目だったな


(確か2人、シドラードにいた…男女で1人ずつ)


男は追手で来た時、半殺しにしたが記憶が薄れている

きっと彼はもう…

しかしもう一人はまだ生きているだろうな


『スズハ・アララギ』


こういった戦場で正義感強く出てきそうで面倒だ

出てこない事を祈るか

そしてここの勇者はどう動くか、それが知りたい


ジャンヌと言う名前だったか

どういう女なのか興味はあるが、いつか会えるだろう

そんな事を考えているうちに、ノアの側近である聖騎士が俺に近づいてくる

傭兵をまとめてもらいたい、そういうノアの伝言だそうだ


『なにせ我が国の戦争傭兵は…』

『わかっている。ご苦労だった』


気難しい顔を浮かべる聖騎士の男

彼が言いたいのはここの戦争傭兵は気分屋が多いからだろうな

シドラードの傭兵は生きるために死ぬ気で突っ込む馬鹿が多い

しかしここはそういった思想はない、名誉を求める者は少ないのだ


(さて…)


立ち上がり、近くに見える傭兵の集団に歩いていく

数は300ちょいだが、手練れはいるかはわからない

戦争開始では義勇軍のような動き方を強いられるが、最低限みんなで固まらなければ全員の力など発揮できない

だからまとめるしかない


『おい』


座って休んでいる傭兵の群がりで口を開くと、誰もがこちらに顔を向けた

俺の姿を見て一瞬驚く者がいたが、直ぐにそれは警戒へと変わる


『なんだあんた?』

『現在の頭領は誰だ?』


トップを決めなければ、烏合の衆

しかし彼らの様子を見ると頭を抱えたくなる思いだ

誰もが互いに顔を見合わせ、首を傾げているのだ

これが答えだな…


『なるほど…いないか。ならば俺が頭領となりお前らを指示する』

『勝手なこと言うじゃねぇか羊の旦那よぉ』

『どう思おうがお前らの勝手だが、今まで通り半人前で居続けるつもりならば適当に暴れて帰るんだな』


俺はそう告げると、彼らに背を向けた

あえて煽った言葉には意味がある、釣り針がデカいが連れる奴はいる

馬鹿なのか、チャンスを掴もうとする馬鹿なのか

2つに1つだ

しかし、俺の予測は大きく外れた


『おや?グスタフさん』


振り返ると、そこにはフラクタールの軽食屋でアルバイトをしている魔族のムツキがいたのだ。

いつもの作業服ではなく、黒光りした胸当て

冒険者というより傭兵に近い格好だ

涼しい顔をしながらも、右手に握る細長い鉄鞭が黒く光っていた


(何故やつが…)


本当に驚いたよ。

冒険者をやっていたのは聞いたが、傭兵業にも覚えがあったのだ。

緊張した様子はない、慣れているのか?


『ムツキ…』

『稼ぎに来ただけですよグスタフさん。私は貴方の指示に従って動いていた方が狩り場を提供してくれそうなので、賛成しますがね。』


稼ぐ為に狩り場を求める

それは傭兵の考え方だ。


魔族の登場にざわついた傭兵達

だが彼らの心は動かない

もともと思想が違う、生きるために稼いでるからだ

シドラードの傭兵は野望を持つ者が多いからこそ戦争傭兵が多い

この国ではそんな存在、現れるにはきっかけが必要だろうな


『駄目そうですね』

『こいつらは勝手に動かすか、お前はどうするムツキ』

『良い機会ですので、グスタフさんの武勇を見る為に従いましょう』


あぁ良かったぁ…

誰も従わないとかショックだしさ

彼だけでも問題ないが、聖騎士の期待に応えられなさそうだ


『シドラードの傭兵とは思想が違います、仕方ないかと』

『確かにな、暇か?』


俺は彼を誘う事にした。

まぁ簡単に言うと、飯である


聖騎士にはあの傭兵たちは手に余る事を話し、俺はムツキを連れてアクアリーヌという水の都を歩く

水路が多い街で橋を何度も渡り、騎士が多い大通りを歩く

予想外にも街の人らは普通に暮らしているようだが、道の端でたむろしている者らは今回の戦争に関しての会話をしている者は見受けられた


『ガーランド様なら何か考えているだろうが、ちっと不安よな』

『かなりの兵力差らしいからな』


耳に入る会話はそんな内容ばかりだ

誰もが数日後の事ばかりを考える、しかし俺は違う

この街には美味が蔓延っているのだ。

それを考えると、ちょっとウキウキだな…


『それにしても、シドラードがアクアリーヌ…ですか』

『お前もそう思うか』

『ある程度なら予想してますが、グスタフさんは答えに近い事をお知りのようで?』

『確定ではない。だがこの場で言えることはアクアリーヌ目的ではないという事だけだ』

『でしょうね。今更あちらが欲しがる理由なんてありません。街を口実に裏で何かをするためでしょう。何なのかは検討もつかないですがね』

『…楽しそうだな』

『え?』


話しているムツキはアルバイトしている時とは違い、活き活きとしていた

もともとはこれに似た事をしていたのだろうな。

それが何なのかわからないが、俺は少し予想をたてようとすると彼は口を開く


『小さい頃、魔族兵器技師をしていたのですよ』


これには流石に驚いたよ

このハイペリオン大陸の北にある大きな島にある魔国連合フューベリオン

魔族だけではなく、そこには亜人と呼ばれる人間主以外の種族が反映する国家だ

売りは彼が言い放った魔族兵器という人間の使う兵器と違う魔道具で作られた兵器さ

その技師ということは、昔から相当な知識を持っていたに違いない


しかし、彼の見た目からは想像は出来ないのが現状

戦う技師なんて見たことが無いからな

まぁそれは俺の記憶の中でしかないし、あの国との知り合いも僅かだから決めつけは良くないな…


『戦う技師か』

『そうですね。直ぐ北にあるシドラードの船団が上陸した時には何度か交戦してましたが、貴方とは会わなくて幸運ですね。』

『船団…3年前の上陸作戦の時か』

『ですね。その時は何を?』

『宿で寝ていた。侵攻に興味はないんだ』


彼はキョトンとした顔を浮かべたが、直ぐに笑った

攻められた時にしかやる気が出ないと話すと、彼は『それはよかった』と答えてから笑いを止める為に深呼吸をする


ここまで入った会話は久しぶりかもな。彼とは初だが

彼の言う上陸作戦はシドラードの失敗に終わっている

海岸線に設置された魔族兵器の攻撃で殆どの船が沈んでいるからだ

上陸できた船は前線の魔兵によって追い返されたらしいけどな


『ちゃんと捕虜は丁重に扱って返しました。そこからシドラードは懲りたのかわかりませんがちょっかいを入れてこなくなりましたね』

『思い出してきたぞムツキ。確かこっちも馬鹿国王が魔族兵器の輸入を求めて対談したら揉めたとか聞いたぞ』

『それだけならいいのですが技師100人の派遣付きで言っておいてあちらの差し出す物がたかが5年程度の停戦協定とかみんなが怒ってましたよ。多分あの武人がいるから受け入れると思ったのでしょうね』

『大変だったんだな』

『かなり』


彼は笑みを浮かべると、気になる飯屋を見つけて俺と共に入っていく

他の客はいない、昼時を過ぎているからだろうが、ちょっとお高い店だからかもしれない


赤い絨毯は歩くと高級感を思わせるように柔らかさを足に感じさせる

どのテーブルにも茶色いテーブルクロス、そして壁には色々な風景が描かれた絵が額縁に入って飾られていた


『いらっしゃいませ』


店員も落ち着いた様子で俺達を誘導し、近くのテーブル席に案内する

厨房から漂う匂いで期待が膨らんでくると、ムツキはメニューを見ながら店員が持ってきた水の入ったグラスを手に取る

一気に飲み干すのにはこちらが笑ってしまったがな…


『ずっと歩いて先ほどついたので』

『徒歩で来たのか、フラクタールから』

『はい』


お前凄いな

クズリっぽさがある

案外、脳筋なのかもしれない


そして料理が来る前に、何故フラクタールに来たのか聞きたくなった俺は勇気を出して聞いてみたのだ。

少し考え込む様子を見て後悔しそうになったが、彼はおかわりの水がくると一気に飲み干してから話してくれたのだ。


フラクタールに来てから2年

その前は大都市アルカトラで魔族兵器の技師をしながら魔兵として両立した生活を送っていたのだ。

しかしとある事件の罪を着せられ、彼は亡命してきたと言う


『内乱が起きていた時でしたから。』


どことなく切ない顔に、拳を強く握っているのを見て怒りもあるのがわかる

彼のフルネームを聞こうとしたら、彼は答えなかった。

濡れ衣を着せられた事件の内容に関してもだ


『何故、話した?』

『貴方は何故か同じ匂いがしました。』

『同じ匂い…か、確かに否定できないな』


魔族も人間と同じ時間を過ごし、同じ寿命で生きる

彼はまだインクリットらと違って20ちょいだが。ずいぶんと大人びた様子なのは初めて会った時から感じていた


野望も夢も見た感じではわからなかった

しかし、彼の心の奥底にはそれらが潜んでいる。

引きずり出せばあるいは…


『魔兵か、階級は?』

『秘密です。凄いのが見れたら考えますよ。』


彼は笑みを浮かべて答えた。


こうして運ばれた料理は互いに同じ

美骨鶏の唐揚げ定食という高級食材を使った料理。

今回は俺の奢りだが、戦争では唯一従ってもらう部下になるから奢る羽目になるのは仕方ない!


『戦争前に良い物は食べないとな』

『奇遇にも同じ考えですね。私もそう思います』

『食べるか』


そしてお待ちかねの堪能タイム

ここまで輝いて見える唐揚げなど見たことがない

まるで今から宝石を食べるかのような期待を胸に唐揚げを口に運ぶ


(むっ!?)


肉汁の鉄砲水が口内に押し寄せる

一瞬で味は口の中に広がり、香りが鼻から外に溢れる


(柔らかい!)


サクッとした食感はこの柔らかさを活かすためのフェイク!噛めば溶けていくような錯覚に陥る程に柔らかい


『これは凄い』


ムツキも絶賛している。

どうやらこの点も俺たちは似てる

食べ始めると、無言だった

味を堪能するために必死に食べているからだ。

今一番大事なのは、目の前の唐揚げだと言わんばかりに無言で食べたよ


完食すると、二人同時に水の一気飲み

戦争なんでどうでも良いくらい美味しかった。


『やる気が出る美味しさでしたね』

『そうだな。』


良い味を堪能できた

心地よい気分のまま、俺達は店を出ると彼を連れてとある場所に行く

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