第39話 深夜

『本当にお前ずっとここにいたのかよ』


夜になり、厨房に来るとジキットが馬鹿にしたような笑みを浮かべてそう告げる

悔しいけど言い返すのはよそう

彼は近くの椅子に座ると溜息を漏らし、天井を軽く見上げる


『今日、どう思う?』

『夜襲か』

『他の聖騎士には内密な事だがな』

『お前は信頼されてるんだな』

『当たり前だ。ノア様を守る為に尽くしてきた…。暗殺なんかさせるか』

『お前はどういう形でノアの元にいるのだ』

『様をつけろよメェメェ野郎』


酷い…睨まないでよ…


ジキットは王都アレクサンダーにいた元傭兵であり、独学で若い頃から家族の為に無茶をして稼いでいたのだという

その時に居酒屋で飲んでいる時に女性店員に酔っぱらって迷惑をかけていた聖騎士数名相手をボコボコにするという面白い事をしちゃったんだとさ


普通ならば重罪になる所をノアがその力を活かすために拾った

今まで独学だった彼は環境の整った聖騎士という新しい場所でみるみるうちに成長を遂げ、ここまでのし上がったのだ


『何年だ?』

『3年だ。家族も良い金で良いもん食ってる筈だ。うちは貧乏だったからな』

『家族がいるのは良い事だ。当たり前の事を当たり前に思うな。毎日を噛みしめないと死ぬときに後悔する』

『ならお前は毎日噛みしめてるのか?そう見えねぇけどよ』

『俺には最初から誰も近くにいなかった』


生まれながらにして俺は家族は誰もいなかった

気づけばどこかの街の裏通りを弱弱しく歩く孤児だったのだ


『この話はやめようぜ。糞怠ぃ』


その言葉で俺は顔を持ち上げた

昔の自分を思い出していたらしい


『お前はノアの寝る予定の部屋で寝るんだよな』

『あぁ、お前しくじったら10回殺すぞ。あと全部終わったらノア様って呼べ』

『考えとく』

『ケッ!絶対言わねぇだろうよ』


ジキットは舌打ちをすると、近くに落ちていた床のゴミを拾い

俺に投げてきた

そのまま厨房を出ていったが、入れ違うようにしてノアが来る

何やらこそどろみたな感じで笑いそうになるが、実際面白い

気付かれずに来なきゃだめだからだ。


『ベットある?』

『あるわけないだろ馬鹿』

『お姫様に馬鹿とかお父さんみたいな事言わないでよ』

『やはり言われるか』

『まぁね。』


さて、今日は何事もなく終わってほしいが無理だろう


どこまであちらがこっちの情報を得ているか、だな

殆どゾディアックは消したが、闇組織はゴキブリみたいなもんさ

きっと本腰を入れてくるだろうな


『グスタフ』


彼女に呼ばれ、顔を向けた

いつもとは違う、切ない表情を見せている

この顔には色々な言葉が詰まっているからこそ、彼女は言葉を口にしない

それだけで、俺は全てわかる


『わかっている。全てが終わってから報酬は貰う』

『わかりました』


ジキット、お前も頑張れよ




こうして真夜中となった

ノアは厨房内にある食材保管室と呼ばれる食材を保管する部屋の中で寝ている

俺は厨房で寝るという事で聖騎士の1人が気を使って毛布を持ってきたが、それを彼女に与えた


『懐かしい雰囲気だな』


真っ暗な厨房の中、俺はど真ん中で椅子に座りながらファントムソードを左手に握りしめている

黒い刃、それは俺の持つ魔力に反応し黒光りしながらも血を吸いたいと訴えていた


(いずれたらふく飲めるぞ)


ゾディアック

それはシドラード王国に拠点を置く組織だという事はわかる

本部を知っている者はきっとトップの者だけだ

殺した奴らは幹部だというのに、脳の中にそれは無かった

もっと上位幹部クラスじゃないと、わからないだろうな


『ケヴィンの手下?いや違う』


あの馬鹿にそんな芸当出来ない

あいつの手元に誰かがいる筈、俺がいなかったときの誰かがだ

そいつが、繋がりを作ったんだ


(誰だ?)


小物集団と油断すればきっと痛い目を見る

戦争というのは気楽でいい、しかし闇組織と言うのは骨が折れる

奴らは闇の底で生きる人間だからだ

光で照らしても、その光は届かない

深海のように暗く静かな場所で生き、人目に現れる時はゆっくりと姿を見せる


意識を向けるのは、彼らだろう

消すためには、実態を叩かねば意味がない

普通のシドラード兵ではここまで辿り着くなど到底不可能

ならば来る者は誰か決まっている


水が落ちる音が耳に響く

それほどまでのこの空間は静かだという事だ

息遣い、これは俺だな…

心臓の音、これも俺だ…


僅かに宿の中の音が聞こえる

真上にある廊下を歩く騎士の金属音、これはノアの側近である聖騎士だ

それほどまでに、俺は意識を感知にまわしていた


(今は…何時だ)


生き物として動かず、空間に同化し訪れるその時を待つ

裏口は鍵を閉めているが、あんなのそこらの不良でも開けれるだろうな


カチャっという音が耳に響く

食堂のドアではなく、それは裏口のドアの鍵穴からのメッセージ

針を落とすレベルの微弱な音、俺は僅かに顔を持ち上げた


(…数は)


5人、気配を完全に消しているようだが

かなりの手練れ、しかし俺は生体感知というスキルを発動している為、隠密スキルを相手が発動していても気づくことができるのだ


あちらは気づかない

いかなる感知スキルを使ったとしても隠密スキルを最大限に活かしている俺の気配を気取ることなど不可能だ


話声は一切ない

ここからならばドアの向こうにいたとしても聞こえる

まぁ声なんて出す馬鹿じゃないだろうな


(開錠)


鍵が開く

そして風で押されたかのようにドアが静かに開いていった

僅かに涼しい風が俺の顔をかすめるのがわかる、心地よい風だ

開けた時の音もない、開け方も中々に上手いのは後で褒めないとな


『っ…』


少し驚いたような雰囲気が風に乗って届いてきた

息が一瞬詰まったような音、と言ってもわからないだろうな

俺は顔を上げ、目を細めながら足を止める侵入者に視線を向けた

黒い服を身に纏う者が5人、顔も黒い仮面をしていて見えない

しかし、彼らの目はハッキリと見えている


『ようこ…』


そ、を言う前に彼らは物音ひとつ立てずに飛び掛かってきた

一瞬で詰め寄る技術を無音でやるとは流石と言いたい

全員、双剣使いであり、俺の目の前には闇の中でも不気味に光る銀色の刃が無数襲い掛かってきたのだ


何かを言い放つ時間はない

暗殺とは一瞬だ。

数秒も命取りである彼らは一撃で俺を屠る気だろうよ

まだ座っている俺を見て5人同時に飛びかかるとはな……


(相当な手練れだな)


彼らが武器を振り下ろす瞬間に閃光が走る

それは一瞬であり、俺の左手に握るファントムソードが彼らを切り裂いた瞬間に起きた


『っ!!』


斬られても声を上げず目の前で落ちていく侵入者は床を血で染めると、一人また一人と息絶えていく


一人だけ、まだ息がある

出血死寸前だからか、酷い痙攣だ

立ち上がる俺を目を大きくして見ているようだ。


『本体ではないか』


俺の声を最後に、最後の一人は死んでいく

拷問しても吐く内容を持っていないだろうな

今日ここに訪れた侵入者の誰かが知っている筈だ


(本体は……)


待て、2階に不穏な気配が…無い

普通なら分かれて動くのがこの場合だと基本的なのだ。

しかし、変わった様子を感じない


『確かにかなりの手練れだが…』


首を傾げた瞬間にそれは起きた

一瞬で耳から音が消えたんだ

肉体が危険だという信号を送っている


『ぬっ?』


振り向きながらファントムソードを前に出し

いつの間にか背後にいた者が振り下ろす双剣をガードしたのだ。


『っ!?』


俺は二重に驚く

1つは金属同士がぶつかったのに音が響かない。

俺の聴覚が麻痺してるのもあるが、違う

音の振動が皮膚に伝わらないのが可笑しい

特殊な武器だということはわかる


そしてこれが一番驚いた


『アウェイ…か』


上位魔法アウェイ

それは闇属性の魔法であり、指定した空間のみ外に音や振動、そして気配もバレないようにするのだ

小さい空間だけだと思ったが厨房全体とは度肝を抜かれたよ

しかもこの空間にいると術者以外は身体能力の低下効果を受ける

体が少し重いが、大丈夫だろうな


まぁ驚くほどでもないが目の前にいる者

それは知り合いだったよ


『シャンティーだな』


顔を黒い包帯で巻き、隙間から赤い目

身軽な装備だが、小道具を体中に隠している夜襲を得意とした傭兵

彼はエイトビーストだ。


来ると思っていた

彼以外、やってのける猛者はいない


『叫ぶ、無駄』


片言のような掠れた声

その目は不気味なまでに赤く、俺を凝視する

こいつに届く依頼の殆どが暗殺だ。

そして、大金で動く男でもある


体を脱力させ、僅かに左右に揺れている

飛び掛かる瞬間に一気に距離を詰める時にこうした体の使い方をするが、彼のは独特だ。

左右に揺れるなんて俺はしない


(恐怖心を煽る、そんな感じか)


只者ではない相手

シドラードは本気でノアを消す気でいる


『グスタフ、ハルバート、ない』

『残念だがお披露目会は終わってる。見たいなら日を改め…』


あぁ聞く耳持たず、か

彼は一瞬で俺の目の前に来る

久しぶりにこのレベルでの距離の詰めは驚く

本当に人間かと思いたくなるくらいに、だ


(速い!)


心臓を狙う双剣をファントムソードで弾きながら飛び退く

普通ならここで互いに様子を見るのだが、彼は違う


『ハルバート、ない』

『っ!?』


俺が着地する前に目の前だ。

ありえん身体能力だが初めてここまでスピードある者だと気付いたよ

いつも戦場では手を抜いていたか…


『王族直属、傭兵』

『何を…』


双剣の攻撃にファントムソードで応戦しているけど、少しでも遅れた一気に千切りにされそうな勢いだ。


(こいつ…)


秒間に何回攻撃してるのかわからん

その秘密は彼を見てわかったよ

こいつは無呼吸運動で攻撃しているのだ。


こちらの隙を与えぬ為に体力を著しく消耗する諸刃の剣でもある戦術をとっている

いつかはヘバるとは思っていても彼は止まらない。

1分経過しても勢い衰えずだ


『ぬん!』


双剣を弾き、そのまま回し蹴りで退かせようとしたが無理だった。

体を反って回避とは実践で初めて見たぞ


『シャッ!!』

『ぬぅ!』


体を前に戻す勢いを利用した双剣の振り下ろしをファントムソードで受け止めた

か細い体の癖に、力はあるようだな


(……)


アウェイでパフォーマンス低下していても攻撃を受け止めるくらいは可能だ

それにしても、無呼吸運動が長いな…まだ息を止めている


『グスタフ』


奴は俺の名を口にする

あぁなるほど、歯応えのある相手がいるとわかって依頼を受けたか

という事は俺の存在はあちらに知られているようだ


(なるほどな…)


腹部を狙う蹴り、それを双剣を弾き返してから飛び退いて避けると

彼はそこで呼吸を始めた。

両手をだらりを垂らし、揺れる姿に次の攻撃の予測をさせない為

そして一瞬で間合いを詰める為にある


ノアを殺し、その後にシドラードに起きる利益

それはファーラット公国の衰退でしかない

今、ガーランド公爵王の跡継ぎとして有力なのは彼女なのだ

長男と次男がいるのは聞いていたが、それでもガーランドは彼女を推している


(ノアがいるとどの程度、あちらに影響するのかわからない以上は…)


下手に動けないな


『フッ!』


シャンティ―が息を止めてから一瞬で詰め寄ってくると、俺達は武器を互いにぶつけ合う

聞こえる筈の金属音が僅かしか聞こえないのは、聴覚麻痺が治り始めているからだろう

しかし、そう考えていると彼は突然右足で強く地面を踏む

面倒な事に、足の裏に煙幕玉の起爆装置があったのだろう

俺は白い煙の中に包まれていく


こうなると、あちらは断然有利

ある程度の聴覚が戻りつつだとしても、この状況では後手過ぎる


『っ!』


真横から双剣が姿を現す。

武器を動かす時間はない、顔を反らして避け、そしてファントムソードを振る

その時には既に姿はない、煙の中に消えていったようだな


(この煙に乗じてノアを狙う事も可能だろうが…)


その気配は無い、僅かに感じる彼の生命という気だけは俺に感じる

匂いのように辿っているから正確な位置は掴めないが、離れる様子はない


『そろそろ俺に告白したらどうだ?花束くらいあるだろう?』


こいつは俺を好いている

依頼は確実に彼女の暗殺なのに、俺に意識を向け過ぎているのだ

多方向から来る煙の中からの奇襲ばかりで答える素振りはない

ならばそれなりにアクションを起こすしかないのだろうな


『毒舌のボケカスだったか?あの出来損ないはお前の部下か?』


その言葉で、シャンティ―の攻撃の嵐が止まる

答えが状況で何となく察せるが、まぁ推薦されてどうとか確か言ってたもんな

お前の部下でしかない、あいつの動きは暗殺者特有の極度な脱力があったからだ


『お前、あいつ!殺し…っ!?』


口を開かなければ、居場所を知らせることも無かったろうに

俺は素早く突っ込むと、煙の中で双剣を構えて跳びかかろうとするシャンティ―を視界に捉える事に成功したよ

こちらは既にファントムソードを振り上げて攻撃する準備は終わっている

避けるには難しいぞシャンティ―


『死神だけが傑物と思うな!』


そう叫びながら、ファントムソードを振り下ろした





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