第37話 交渉
今日はシューベルン男爵の屋敷でアミカと会食だ。
あの鉱山の件に関しての今後の話し合いだ
貴族の屋敷は苦手だが、そんな我が儘言ってられん
美味い肉やサラダ、そして飲み物が目的だ
アミカとシューベルン男爵は食事しながらどうしていくか話しているが、内容は予想通りだ。
他の地区にある鍛治職人の3店舗にも流すのは勿論であり。鉱山の所有権はシューベルン男爵であるから街の外に流す量も欲しい
彼の元に40%、3店舗には15%
そしてアミカの店のリミットには20%を流すのはどうかという内容だ
彼女の店に多く流すのは当然だ。
解放したのはアミカが雇っている形をとっている俺やインクリット達だからだ
長い目でみると5%はかなり大きい
ミスリルが主な資源だが、リーフシルバーも多少なりともあることが確認されているため、期待は大きい
それよりも期待が高いのはあれだ
『アクアライト鉱石、予想では100キロは下らない資源が奥に眠っている』
シューベルン男爵は昼なのにワインを飲み、そう告げた。
他の貴族が権利を奪おうとする愚行を危惧していたようだが。それはない
『アミカの店は制度によって守られている。それは上にたつシューベルン男爵に影響が及んでも効力は発動する』
『グスタフ殿が太鼓判を押すなら安心さ。少し不安だったからね』
『グスタフさん王族と仲良いもんね!』
やめてくれ、仲は良くないぞ
それよりも、杞憂かもしれないが鍛冶屋の均衡がこれで保てれば良いな
東西南北の地区にそれぞれ4つの鍛冶屋、シューベルン男爵の一声でバランスを重視することとなったが
その前は当たり前の競争であったのだ
(変な気を起こす者がいなければいいが)
客の中に買い物をせずに品を見る者はいる
それは当たり前にいるから気にはしないが、ごく稀に雰囲気が違う者もいた
きっとそれは他の鍛冶屋から依頼されて見に来た者か、関係者か
まぁどっちでも問題は無い、視察は大事だしな
『それでだがアミカ嬢、依頼を任せたいのだが』
俺達にとって先ほどの話が本題だったが、彼にとっては今から話す事は本題のようだ
少し真剣だからな
アミカは緊張した面持ちでシューベルン男爵が放つ言葉を待つが、彼はとある人間を呼ぶ
見慣れた者、この家系の長男であるアトラルという息子だ
黄色髪のソフトモヒカン、案外ハンサムな顔立ちをしている
彼はアミカに一礼すると、シューベルン男爵の隣の椅子の前に立って言ったのだ
アクアライト鉱石で武器をオーダーメイドしたい、と
言い値で支払いはすると言った以上、アミカは今後の為に断れない
だが彼女はやる気満々だ。
2つ返事でこの依頼を請け負ったのだ
『ありがとうございますアミカ嬢様』
『敬称は大丈夫だとアトラル君』
『いえ!今後の関係向上の為』
何故か彼が緊張している、何かシューベルンに吹きこまれたか
きっとそうだ。
シューベルンが横目で彼を見ながら監視しているが、目が少し怖い
『何かあった場合、直ぐに屋敷に足を運んでいただきたいアミカ嬢』
『わかりました』
『鉱山の件はのち、書面にて送らせていただく』
『はいっ!』
この後、何故かアミカはシューベルン男爵の騎士の護衛2人と共に応接室を出る
俺だけ残されたのはちょっと何言われるか心配なんですけど…
彼の息子でアトラルも緊張した面持ち、何か大事な話だろうと思うが…
凄い静かだ、先ほどまでの暖かな談話とは偉い違い
それを誰もが感じているだろう
シューベルンが小さく深呼吸しているのがわかる
(さて…貴族が言いそうな事となれば)
色々あり過ぎて困る
シューベルンは背後の騎士2人を一度下がらせると、とある事を口にする
『これからいう事は絶対に内密にする。実はアミカ嬢から君の事を聞いたのだが』
『お前を信頼して話す内容なら大丈夫だと思われるが、要件とは?』
『魔力袋の色を見てると聞いている』
『…確かに極秘な話だ』
少し唸り声を上げてしまう俺
深い意味はなく、やっぱりそれかぁ的な意味だ
『すまない。気分を悪くしたのならば謝罪しよう』
『心配いらない。今後はお前と友好的にいかねばアミカの店の安泰もない。多少の頼みは聞くつもりだ』
ホッとした様子
どうやら彼は息子の魔力袋の色を知りたいというのだ
お代は言い値で結構、との事だが貰う気はない
『アクアリーヌの件で俺は行かねばならん。その時に1人でも騎士を警備にまわしてほしい。』
『3人、君が戻るまで警備に向かわせよう』
『ふむ…ルーファスよ』
『はっ…はい!』
『偶然とは面白い。お前は水で満ちた袋、どの程度の魔力量かはお前次第だ』
嬉しそうな顔をしている
まぁ教えるだけだが、大っぴらにしたくないのは2人もわかっているだろうし
(大丈夫だろうな)
『他にもありそうだなシューベルン男爵』
『それを話すには私はまだ若い。今は忘れてくれ』
もの言いたげな顔に質問をすると、彼はそう告げたのだ
良い判断だ。今はこれで満足したほうが良い
(さて、体でも動かすか)
俺は貴族から解放されると、真っすぐ森に向かう
体をある程度は動かさないと落ち着かない性格だからな
夕方前、2時間くらいは散歩しながら魔物と遊べるとは思う
『風が強いな』
涼しい風だけど、少し強い
遠くに暗雲が見えているが、夜は荒れるかもしれない話を朝にアミカが話していたのを思い出す
『台風…だったか』
となると、明日は冒険者ギルドの方針で異常気象では森への立ち入りが禁止になる可能性は高い、高すぎる
結構どす黒い雲だし、なんか光ってるもん
(このまま寝れそうな良い風なんだけどなぁ…)
『ギャギャ!』
背後から忍び寄るゴブリン1体
風を感じていてあまり意識してなかったけども、いたのは知っていた
『今日は心地よいな?』
『ギャギャ!』
襲い掛かってきた
少しは人間の言葉に理解を示してほしいものだ
溜息を漏らしながらも振り下ろす錆びた短剣を左手で鷲掴みし、そのままビタンと地面に叩きつけるとすぐに動かなくなってしまう
低ランクは少し力を入れると脆いな…
『良い好敵手はここじゃ無理だなぁ…』
Cランク以上は滅多に現れないから仕方がない
出ないほうが、本当は街にとって良いけど
『おや?』
人の気配が近くにある
しかも街でいつも感じている者の気だ
俺はちょっと驚いたよ、なんせ森に来るイメージが無いのだから
いや違うな、本当は森に来るべき人間だ
その気配はこちらに気づいているのか無意識なのか、こっちに近づいてきたのだ
お出迎え仕様とメェルベールを肩に担いで待っていると、彼は来たよ
『おや?やはり貴方の気ですか』
魔族のムツキだ
右手に持つ細長い鉄鞭を地面に引きずるようにして持ち歩く姿は森という危険な場所だという認識を一切感じさせない雰囲気だ
1人だと油断の1つで直ぐに危ない状況に陥りやすいからだ
『お前が森とはな、どういう風の吹き回しだ?』
『大袈裟ですね?今日は休みなので運動ですよ』
『運動です。』
飲食店にいた時とは雰囲気はやはり違う
そんな事を考えていると、彼の背後から魔物が飛び出す
『グルァァァ!』
犬種の魔物、グランドパンサー
大型犬だが体毛はなく、灰色の体
見た目と違って俊敏の筈なんだが…
『まだいたか』
彼は顔色1つ変えずに振り向くと同時に素早く鉄鞭を振った
鈍い音が鳴り響き、グランドパンサーの頭部が破裂する
一撃であの石頭であるグランドパンサーの頭部を割る腕力は流石だ
相当数、倒して来たのだろうな
『苦戦せんとはな』
『犬ですから。我が国でよく飼い慣らしておりましたので』
『お前……もしや』
彼はニコッと笑う
きっと俺の予想は当たってると思うが、彼は何故国を出たのかわからない
その理由を聞くタイミングも掴めないのが歯痒い
『今の顔の方が生き生きしてるように見えるのは気のせいか?』
『気のせいですね。それよりあっちで苦戦してる冒険者がいますよ?』
彼は川のある方角を指差す
気配じゃない、耳が良いから音でわかったのだ。
魔物相手に冒険者が苦戦している音
ムツキならば見に行くだろうと思える面子の声だったが、彼はそのまま俺の横を通ってこの場を去っていった
(難しい男か…)
時間がかかりそうだな
(おっとそれより)
遠くの気配だ
距離は100メートルと近い場所
急いで向かい、茂みに隠れるとそこには毎日見る顔触れだ
『インクゥ!』
『わかってる!』
インクリットやアンリタそしてクズリだ
対峙していた魔物はランクDのグランドパンサー2頭
丁度アンリタが1頭を槍でとどめを差し、残るグランドパンサーをクズリが盾で押し倒してインクリットが駆け抜ける瞬間さ
(スピード強化はつけてないようだな)
強化魔法は施さず、魔物に慣れろと言っていたからだ
使うときは強敵の時のみだ
『グルァァァ!』
素早く立ち上がるグランドパンサー
しかし最近足腰鍛えたインクリットの方が早い
彼はグランドパンサーの横を通過しながら首筋を双剣で斬り裂いた
『ゴハッ!!!』
(浅かったか)
首から血を流すグランドパンサーは勢い余って転倒してしまったインクリットに体を向けた
動物の最後の抵抗だ。
死ぬ間際に覚悟を決めて力を出すのは人間だけじゃない。魔物も起きるのだ
『グラァァガフッ!』
お前だけでも、そんな気迫を顔に浮かべる魔物
きっとこの一撃を終えたら、あれは死ぬ
インクリットがどう回避するかだが、心配なさそうだな
顔を見ればわかる
笑みを浮かべているからな
『はっ!』
倒れたら直ぐに立て
インクリットにはしつこく教えた
稽古では押し倒して立ち上がる動作を1000回させたな
後半は凄い死にそうな顔していたが…
疲弊したときこそ、隙を見せたらダメだ
彼は瞬時に立ち上がると、間一髪で体を半回転させながらも僅かに横に体をずらして回避したのだ。
おまけに更に首筋を斬っている
『ガバッ……』
頭から滑り込む形で倒れるグランドパンサー
3人は身構えるが、そいつはすでに走りながら死んでいたよ
(魔物は恐ろしいな)
『……やったかな』
『魔石出たし死んだわね』
『うし!今日は豊作だな』
ガッツポーズするクズリは安心すると、その場に腰を下ろした
他の二人も倒れるようにして地面に座り、その場に大の字になったのだが……
(2頭……ではなかったか)
奥にもう1頭が倒れている
3頭となると、成長が早いな
『マジやばかったぜ!もう動けない』
『確かにそうだね。でも起きないと』
『大丈夫大丈夫、見てないわよ』
『見てるぞ?』
『!?!?!?』
起き上がりのがめっちゃ早い
まだ動けるじゃないかお前ら
少し笑いそうになるが我慢するか
『師匠?!』
『まぁ周りに警戒する気配が無かったなら大袈裟に休んでも大丈夫だ。アンリタが確認してくれてたが、インクリットとクズリも倒してからがお粗末だな』
『うへぇ…本当に神出鬼没だぜ先生』
『本当どっから湧いたの?』
アンリタよ
湧いたは酷い…
『休んどけ。良いものを見れたからな』
彼らは遠慮なくその場に座る
それにしても強化魔法無しで倒すとはなかなか良い成長が見れた
使うべきだったが、それは彼らが決める事でもある。
『今年は3人で戦う際の引き出しを増やせとは言ったが、一人技スキルが必要か』
技は魔法を覚えるように試練を突破する必要がある。
戦闘技能協会の建物の像で試練を受けるのだ
インクリットは連続斬りだけ
クズリはインベクトという盾で敵の攻撃を緩和させる技
アンリタは鬼突という貫通性能の高い槍技
それぞれが持つ技がそれだ
『技、高いですよ…』
インクリットが苦笑いしながら口を開く
魔法よりちょっと出費するからなぁ
今回は特別にしておくか
『俺が出そう、鉱山奪取の褒美にそれぞれにな』
すると先程まで疲弊して座って休んでいた3人は一瞬で立ち上がった
期待しまくった顔、ここから取り下げは無理だな
『俺は明後日には用事で街をたつ。明日だ』
どこにいく?
決まっている。
アクアリーヌの防衛戦が近づいているからだ
決戦は4日後、そこでシドラードの狙いがハッキリわかる
俺は喜ぶ3人を見ながらも、斬らねばならない旧友がいると思うと、複雑な気持ちになってしまった
(あのエルフ女、出て来なければな)
お節介好きなエルフを思い出しながら俺は彼らと森を出るのだ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます