第36話 披露会
フラクタールでは良い作品はあまり生まれていない
いや、街で出来てからから生まれていないというべきか
アクアリーヌの為に作られた隣接する街の一つがこのフラクタール
そしてシューベルン男爵の為にもなるから彼も街全体の宣伝に手を貸した
今日はアミカの新しい作品が出来て3日目、この日が一番人が多かった
俺はいつも通り椅子に座って店内でのんびりしているが、俺の周りにはギッチギチに人が溢れている
俺の背後の壁に飾られた剣を見ているからだ
アクアライト鉱石で作られた魔法剣、名前はマリーンアントワネット
綺麗な青い剣身は水に特化しており、その魔法の発動速度が飛躍的に速くなる
そして威力も勿論上がるが、使用者の魔力量によってどの程度上がるかが決まるのだ
1日目に来店した武器防具類の評論家みたいな貴族が来た時にこんなに客が来る羽目になったんだ
価値は金貨300枚はくだらないと言い放ったのだ
『すげぇ…アミカちゃんすげぇや』
『凄い綺麗…ずっと見てられるわ』
そんな心地よい声がカウンターにいるアミカの耳に入っているだろう
彼女はある程度、世間に評価され始めている
これが終わりじゃない、ここからだ
(そして俺は警備だもんな)
当然、剣に近づく事は俺に近づく事と同じだ
『素晴らしい剣だね。』
シューベルン男爵が横から現れ、剣を見てうっとりしている
欲しいだろうが、それは口が裂けても言えない
それくらい貴族はわかっている
『良い感じの均衡を保っていると思わんか?』
『さて?』
『こう仕組んだのは君だろう?この街には4つの鍛冶屋がある』
ここは南区、各鍛冶屋は得意とする武器がある
アミカは革装備類の製造や剣や双剣
他の店では斧や槍そしてハルバートや弓と様々だ
ここに来てから彼女にはとある事を言っていたのだ
剣に集中し、他の武器等はあまり製造しないほうがいいと
アミカは直ぐに意味を理解したからこそ槍やハルバートも殆ど表立って売らない
だからほかの鍛冶屋はここを問題視しない
均衡を保つのは大事だ。アミカはちょっとそれがまだ理解していなかったようだから結構前に話していたんだ
『さぁな』
『面白い男だ。披露会が終わったらアミカ嬢と君を呼んで今後の話をしながら会食したのだが』
『それは嬉しいお誘いだな』
『嬉しいよ。あとは無事に終われば…だな』
シューベルン男爵は不安そうな顔を僅かに浮かべた
良い作品は盗まれる事はあまりない、しかし田舎街となると馬鹿な輩は稀にいる
それを彼は危惧しているだろう
(…地元民ではない者もいるからな)
客の中にはそんな遠出をしてまで見に来る者はいる
怪しい奴はいないが、一応は用心しておくか
『この剣は売りものじゃないのか…』
遠出の中にどこかの街でランクBの冒険者である剣士もいる
良い剣を求めて探している男らしいが、交渉の余地なしの非売品と書いているのを見て残念そうにしているのだ
『結構いい剣売ってるじゃん、売り子も可愛いな』
こういうイベントをすれば、この店も名が街の外に知れ渡る
鍛冶職人はたまに出来の良い作品があれば、こんな披露会をするんだ
『いらっしゃいませー!ミスリルの剣、色々揃ってますよー!』
売り子2人は披露会の手当てで懐がホクホクになるからと張り切る
俺はアミカの始まりの作品を守る為、椅子に重く腰かけて腕を組んで座っていた
誰も近づいてこないから楽で良い、普通は剣に触ろうと近づく者はいる
だが近所の客の声もあり、その行動を起こす者はいない
『旦那が守ってんだ。この場の人間襲い掛かってもボコボコにされるだろうな!』
『戦争傭兵だから加減なんてしねぇ人だぞ。気を付けろ?』
(釈然としないが…)
まぁ良いか
3日目が終わり、薄暗い店内
いるのは俺とアミカ、そして帰ってきたインクリットだ
アンリタは今回のイベントで張り切っていて夜のご飯作るとか言ってるから2階だ
飾られた剣を眺めるアミカ、いつもとは違う顔だな
何を考えているのかはわからない
不安、高揚、歓喜、恐怖、色々な感情が彼女の脳裏をグルグル回っているような気がする
『お前は機会に巡り合わなかった職人だ』
俺はそう告げ、軽く振り返って剣を眺めた
確かに綺麗な青い魔法剣、決して彼女はこれを誰にも売らないだろう
今まで色々な武器を作ったが、披露会は今回が初
アミカはこの作品が自分なりの最初の作品だと確信したからだ
だから彼女の物だ、これからもな
『変哲もなく店を経営すると毎日思ってた。叶わない夢を持って、でも無理と思わないようにずっと鍛冶場で鉄叩いてたの』
『最初に言った筈だ、なりたいならば力になる。その代わりに俺の武器をメンテできる腕くらい上げろと』
『きっと大丈夫。ありがとうグスタフさん』
休めと言わないと決して休まない女だった
最近彼女は言われずともグッスリ寝るし顔色も良くなった
笑顔で最初は疲労を隠していたが、今は隠す必要もない
目指していた道は透明で、手探りだった日々はハッキリと見え始め、正しき道を見つけたのだ
俺のおかげじゃない、彼女が勝手に解決したんだ
『毎日が上手くいきすぎて、逆に不安だったけど。きっと大丈夫』
『心配し過ぎですよアミカさん』
『インクリットの言う通りだ。何も起きない』
そう、お前らの周りでは何も起きない
深夜、皆が寝静まった頃合いに俺は店内の椅子に座って剣を眺めた
俺のコレクションになる価値のある作品だが半年でここまで店が変わるとは驚きだ
だからこそ脅かす者は排除しないといけない
(…5人か)
店の入口の施錠を外そうとする音、俺は入り口に移動して入ってくる者が何者かを見ようと足を止める
鍵の解除も早く、気配も小さいから手練れだろうな
音もなく開いたドアから流れる風、そして目の前には顔を黒い仮面で隠した者
目の見開きは驚きから現れているのだろう
『田舎者めが』
俺は即座に黄色の魔方陣を彼らの足元に展開し、感電で痺れさせた
きっと腕には自信がある人間なのだろうが、それは俺の居ない世界での話
『がっ…』
『うぅ…』
バタバタと倒れていく侵入者を俺は静かに見下ろす
雇い主がいるだろうが、こいつらの消息不明が抑止力となる
だからこそ存在も肉体も未来に残してはならない
『悪いがお前らに明日はない。レヴナントの餌になってもらう』
まぁ、雇い主が誰かぐらいはこいつらの記憶を覗いて知っておくけどな
翌朝、何事も無かったかのように起きる者達
アミカは寝ぐせ全開で跳び起きてきたようであり、元気よく挨拶しながら居間に現れた
『おはようだよー!』
その声でインクリットも起きてくる
アンリタは丁度朝ご飯が出来たようであり、ちゃぶ台にベーコンエッグの入った皿を並べ始める
『元気良いですねアミカさん、おはようございます』
『ベーコンエッグ!』
『良い肉ですよこれ。シューベルン男爵さんがおすそ分けで昨日置いていったやつですし』
『ふむ、良い肉で一日が始まるのは良いな』
『早く食べよっ!インク君も寝ぐせ直して食べよ!』
『アミカさん、貴方も…』
(面白い朝だ)
これが俺には一番良い
普通に暮らす人間は贅沢だ
本当の幸せは普段の日常が訪れる事を知らない
変化ある事も必要だが、俺の過去にあった変化は裏切りの毎日だった
だからこそ今を大事に行こうと思う
皆で手を合わせ、いただきますで食べ始める
ベーコンは肉厚で、噛めば噛むほど肉汁が舌を通り抜けそして脳を刺激する
『うんまー!』
アンリタも気に入ったようだな
『師匠、黙々と食べますね』
『グスタフさんは美味しい物食べると無言で食べるよねっ!』
『確かにそうね。』
『美味いからな。今日はお前ら森か?』
『師匠、もしや一緒に森に?』
『俺は警備だ馬鹿』
1週間の披露会はこの後、何事も無く終わった
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