第35話 幸福

面倒臭い女に出会った次の日、俺は早めに起きて店の前のホウキ遊びだ。

いや掃除だ掃除、夜は風が強くて色々飛んできたからだ


(眠い)


だが今日は朝の掃除当番

居候と化しているインクリットは気持ち良く寝ているだろう

ちなみにアンリタは今日は実家だからいない

簡単に言うと今日彼らは冒険者活動が休み


『おはようグスタフさん』


朝の散歩するじいさんが声をかけてくれば俺は勿論挨拶さ

たまに警備兵も通ると挨拶してくるが、こいつら朝早いな


(まだ6時半だぞ…)


そういえば、面倒な女はあれから会わない

まだ昨夜の出来事だけどフラクタールを練り歩くのではと内心ヒヤヒヤしてたのだ。

ちょっと安心した。


『早寝したのにな…』


早起きは眠い

どんなに早く起きてもまだ寝てる筈の時間と思えば、体は怠いな

だが今日の朝飯は馳走だから楽しみだ


(ネギチャーシューご飯)


ガンテイがチャーシューをお裾分けに昨夜来たのだ

だからアミカは『明日の朝食はネギチャーシュー丼軽めの!』と元気良く言ってくれた


案外、俺は楽しみにしている


(それにしても)


まだ風があるし朝だからか、めっちゃ涼しくじゃん!

夏は駄目だよ、暑くて倒れそうになる

そう、俺は暑がりなのだ


『おはよーグスタフさん』

『おはよう』


アミカが店の正面ドアを開けて姿を見せるが寝間着でどう反応すべきか悩む

可愛らしい熊の絵がついた服、君は大人だよね?


『店は売り場か』

『今日はカウンター勤務ぅ』


売り子らは休みだ

アミカがカウンター、俺は店内で椅子に座ってのんびりさ


『ご飯作ってくるねー』

『顔洗ってからにしとけ』

『あーい』


起きてるようで起きてない

まだ目が空いてなかったからな


(困った店長だな…)


さて、葉やらゴミとかまとめて中に入るか。



こうして2階の居間、アミカはちゃぶ台にネギチャーシュー丼を並べた

俺の隣にインクリットがいるが、お前…


(本当に目、閉じてない?)


まだ寝てるぞこいつ

完全に座ったまま寝てる


『インクリット君?』

『そこは違う』


寝ぼけてなんかほざいてる

頭を叩いたら一気に目覚めたらしく、目の前のグラスに入った水を飲み干しちゃったよこいつ


『あ、おはようございますアミカさんと師匠!』


『……』


何か言いたげなアミカ

ツッコむべきかやめるべきか、かな


(見てると面白いな)


こういうのが日常なんだろうな

毎日武器を振るのとは偉い違いだ

なかなかに面白い生活だと思う


『いただきまーす!』


アミカの元気な声と共に俺達は朝食だ

ネギとチャーシュー、何故こんなにもマッチするのか謎なほどに美味い

それを後押しする米があってのネギチャーシュー丼、侮れん


(ガンテイめ、いい肉で酒を飲んでるな)


朝は軽めの筈が、脳に伝達された美味が軽めという計画を半ば強制的に取り下げた

新たな指令は【たらふく食らえ】だ


『おかわり』

『グスタフさんはやーい!噛んでる?』


噛んでるよ


こうして店は開店

俺は店内の椅子に座ってのんびりさ

インクリットは村に戻る日だからと昼にはここを出る

それまで暇だからと俺の隣に椅子を用意して座ってるのは解せん


『暇じゃないです?』


インクリットよ、真似しておいてそれか

客は殆どおらず、傭兵が3人いるくらいだ

眺めながらも俺は『暇ではない』と答える


『そういえば森にドレットノートの死骸があったの知ってます?』

『知らん』


即答したら苦笑いされたよ

きっと俺だと思われてるが否定しても信じてくれないと思う


『師匠、珍しいお客さんですよ』


ふとインクリットが驚いた顔を浮かべながら口を開く

確かに珍しい客、彼は軽食屋でバイトしてるムツキだ。


仕事中と変わらず落ち着いた風貌であり、何やら武器を眺めているようだが…


『やはりいますか』


こちらに気付いたムツキはそう告げると歩み寄ってくる

気になって用事は何なのか聞いてみると、細長い鉄鞭がないか見に来たらしい


『裏に2本あるが…』

『見せて頂く事は可能ですか?』

『聞いてみろ。カウンターに店長がいる』

『おや、珍しい』


ムツキはその後、穏やかな様子でカウンターに向かうとアミカと話し始めた

元冒険者、しかし何故やめてしまったかはわからない

インクリットも理由は聞けてないらしいしな


『鉄鞭か…』

『力持ちなんですねムツキは』

『お前もあと少し筋力はつけろ』

『あはは…』


笑って誤魔化されたか


来店する者や出ていく者

最初来た頃よりは明らかに多くなっている

平凡だなと感じたとき、俺は少し心が落ち着いた


(今までとは違う、世界が・・・)


風景が違う、感情が違う

ここには平和がある

俺がいた場所にはとても平和があるとは思えない場所だった

国が違うから?いや違う


『人間の本性…』

『師匠?』


首を傾げるインクリット

俺は誤魔化してから武器や防具のアドバイザーとして客の対応をし始めた


途中、インクリットが村に帰るために店を出るが、明後日には帰ってくるそうだ


『ふう…』


今日はミスリルの剣2つ、槍が1つ売れた

午前中にしては上出来さ


『疲れたぁ』


カウンターでぐったりするアミカ

まだ午前しか終わってないのにな


『金勘定で疲れるな』

『計算は頭疲れるじゃーん』

『まぁな』

『あ!そう言えば前に作ったハルバート予約入ったよ』

『マジか』


驚いたな

重量を軽めに作られたハルバートはアミカが以前作った作品であり、どうやら冒険者が買う予定だとか


『力に自信ある新人冒険者だった』

『適当に売ったら駄目だぞ?』

『結構振り回してたよ?』

『なるほど』


試しに振らせてみたのか、なら大丈夫だ


『新人冒険者か…』

『てかハルバート使いが現れた事にビックリだよー』

『確かにここにいないもんな』


アミカと話していると、武器を見ていた客である冒険者二人が何故か頷く

お前らも聞いてるんかい…


(試しに聞いてみるか)

『おい、新人冒険者の話しは聞いてるか』

『直接見たことはないっすね。でも真面目な奴って聞いてますよ?』

『真面目とな?』

『面倒臭がって受講しない冒険者ギルドの学科と実技を最後まで予定いれてるとか聞いてますね』

『偉いな…』


みんな面倒だからと最低限の実技や学科を受けて終わる

まぁそれが致命的だがな


『お前は受けたか?』

『あ……いや…その』


こいつ、サボった系冒険者だな


まぁしかしだ

最後まで受ける新人冒険者か

そのうちインクリットから聞けば良し!


『あ、アンリタちゃんだ』


店の入口から登場したのはアンリタだ

休みなのに冒険者の格好とは珍しい

入ってそそくさと俺に近づいてくる様子は嫌な予感しかないがな


『グスタフさん、溶け込んでるわね』

『ほっとけ。何か用事がありそうだが?』

『新人冒険者に武器のアドバイザーお願いしたいのよ。連れてきたわ』


ほう……

先程の真面目な冒険者ではない、別の冒険者か

同じ時期に新人冒険者の話が舞い込むとなると、同じチームやもしれん


アンリタが外から連れてきたのは若い女の子、しかも流動槍術の道場で見たことある門下生なんだが!?


『お前の後輩だろう?』

『バレちった?』

『見たことあるぞ?』


ボーイッシュな黒髪の若い女性

アンリタの1つ下だとか言われたが、きっと俺は忘れるだろうな


『よ…よろしくお願いいたします!』


名前を口にした後、ハキハキとした声が店内に響く

お辞儀も深々で緊張してそうだが、何でだろうな


『アンリタ、この女は何故緊張している』

『そりゃグスタフさんだからよねぇ』

『過剰だぞ。たかが鍛冶屋の居候だ』

『そう思ってるのはグスタフさんだけよ』


フラクタールでは既に知れ渡っている話がある

閻魔蠍2体を一撃で葬った事がだ

公国のトップレベルの冒険者でさえ、圧倒的な力でBを倒すのは難しいからだ

異形な者として少し思われてるかもだが、多少は仕方がない


『槍ならアンリタがアドバイスできるだろう?』

『それが斬擊も可能な槍が良いってさ』

『なるほどな』


攻撃手段を増やしたいか…

時には突きよりも斬った方が良い場合もある

しかし槍の刃は剣のように大きくないために限界がある

ハルバートなら別だがな


『基本的には突きです』


女は少し小声な感じで教えてくれた

ならばおまけ程度で大丈夫だろう


『アミカ、この前なんか標準的な槍を作ってただろう?』

『作ってたけど地味でボツ!』

『あれしかないぞ?』

『可愛くないもん!』


可愛くない?

アンリタが苦笑いしてるが、俺もそんな顔したいよ

納得してない作品なのは理解しているが、だからこそ言い値交渉も出来るのだ


『ミスリルの槍』


どうやら作品の名前はそうらしい

アミカは鍛冶場からそれを持ってきたが確かに普通の槍であり、たいした装飾もない

だからこそ良いんだよ


刃の長さは20㎝、突く事も振って斬る事も可能だ

どこにでも売ってそうなミスリルの槍は店で決めた規定の値の半額と定時されると、2つ返事で彼女は買うことを決めた


『これで金貨20枚…』


俺があげたミスリルだから高めに設定できないもんな

命を守るための買い物だとアンリタがちゃんと説明したからこそ彼女は迷わず買えた

アンリタもちゃんと先輩してるんだなと思うと、面白いな


『私の槍…』


凄いニヤニヤしてる顔を見ると新鮮だな

俺もあんな頃な存在してたからなぁ


『何人チームだ?武器構成は?』

『3人です。剣と槍とハルバートです』

『ハルバート?ここで購入する予定の?』

『はいそうです。彼も流動槍術の門下生です』


(期待の新人か)


アンリタの後輩たちか

この女の名はメリー、青色の魔力袋だ

一応は槍に関しては俺が口出しできないな


(出来ることとなれば…)


『メリー』

『は…はいっ!』


『今年は無理せずチームで冒険者に関しての座学に集中しろ。金が貯まったらお前はアクアショットを覚えておけ』

『あ、青なんだ』


アンリタは俺が魔力袋の色を見れることは薄々気付いてる

気を使って小声で言ってるが俺には聞こえるぞ


『水魔法…大丈夫でしょうか私』

『お前次第だ。』


あとはアンリタがフォローするだろう

俺だけじゃなく、その周りにも変化が起き始めている

とても充実し、とても心地よい


(良き休日だな…)


『ありがとー!』


武器をお買い上げした冒険者がいたようだ

アミカが嬉しそうに声を出しているのがわかる


『こっちが良い…』


俺は無意識に口にすると、アンリタとその後輩は不思議そうな顔を浮かべた

深い意味はない、気のせいだと言ってから俺はまた椅子に座って寛ぎ始めた


アンリタは後輩とムツキのいる軽食屋に向かうと言って去ると、俺はウトウトし始めた

いつもはこうでないんだが、何故だろうな


『グスタフさん、眠そうすね』

『そうか?しっかり休んだんだがな』


近くにいた客の傭兵が口元に笑みを浮かべ、話し掛けてくる

用件は剣の切り替え時期かどうかということで、彼の剣を見る


『ミスリルならば大丈夫だろう。劣化も無いが切れ味か?』

『ですね。研磨すかね』

『緩くなった部分などは?』

『特には』

『まだ使えるからアミカに研磨依頼しておけ。あとお前の指なしグローブの劣化が気になるがな』

『あ、あはは』


少しボロボロ

その少しは致命的過ぎる

滑る時が多くなるからなぁ


『研磨したら半額にするよグローブ!』


アミカが元気に告げると、傭兵は半額に負ける

商売は勢いも大事だが、今回のは成功だな


客も落ち着き、俺は更にウトウトだ

気づけば小雨が降っているけど、知らなかったな


『そういえばアミカ、新しい剣を作ったとか?』


ガンテイが言ってたのを思い出した

するとアミカはアッとした顔を浮かべたんだ

俺に話すの忘れてた!だってさ


どうやらシューベルン男爵から鉱山の件での進展があり、魔物掃討後の内部調査にてやはりミスリルやリーフシルバーがそれなりに残っていたようだ。


その中にあった貴重な資源で作品を依頼されていたのだ。


『アクアライト鉱石の剣!力作!』

『魔法剣に手を出したか…難しくなかったのか?』

『得意だよ?』


ドワーフだしな

魔法剣の製造は彼女の種族が秀でてる

出来ないイメージあったが、できたか


『鍛治場か』

『うん!見たら眠気覚めるよ!』


本当に覚めたら褒美でもやるかと考えてながら椅子を立って鍛治場に歩く

俺はそこまで期待はしていなかったが、どうやら彼女の努力の凄まじさを忘れていたようだ


彼女の鍛治場の奥にある壁にかけられた剣

絶対にあれだ、間違えるはずがない


『……お前はこっちだったのか』


長めの剣身は僅かに青く、そして美しい

ガードという部位の左右は羽のように綺麗だ


(魔法剣は非常に作るのが難しい、なのにこの出来栄えか)


リーフシルバーより少し良い素材

十分過ぎる作品に俺は少し笑いが溢れた


『明日から展示!シューベルンさんも見に来るの!』


アミカが鍛冶場に顔を出して口を開く

披露会は明日から1週間か、なるほどな


『これは確実に欲しがる人間が出るだろう』







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