第34話 面倒

『グスタフ、悪いが急患だぞ…』


お?地べたに倒れてガンテイが苦笑いで何か言っている

まぁ普通ならば動けないほどの大怪我、そこであれほど最後に動けたんだから凄い根性だよ


雨のせいで血が流れるのは早い

だからこそ早めの処置が必要だ

フラクタールに戻っていたら最悪死ぬ、だからここで治すか


『やったなガンテイ』

『あと少しだと思ったがなぁ…』

『あれだけ動ければまだまだ現役だ』

『そういってもらえると、嬉しいぞ』


緑色の魔方陣を足元に展開し、俺は片膝を立ててガンテイの傷口に触れる

風魔法のハイ・ヒールをそこで唱えると、彼の傷はみるみるうちに癒されていく

普通にヒールならば無理だ、ハイ・ヒールだ


『回復魔法くらい、やっぱ持ってるよな』

『当たり前だ。拠点内は片づけたぞ』

『だろうな。まぁ今は帰って報告するべきだ』

『一応拠点内にあった書類は手にした、降りるべきだ』


こうして俺達は下山したのだ

深夜までかかってしまったが、ガンテイはフラクタールまで戻ると徹夜で今日の件に関して動く羽目になった

ケヴィン王子の指示というのはガンテイからも聞いていたが、あいつならば他国民などどうでもいいと思ってるからやってのけるだろう


『ふう』


アミカの鍛冶屋リミットの前で一息つく俺は入り口の屋根の下でのんびり空を眺めた

新参のエイトビーストであるモロトフ、謎に包まれているシャンティ―の部下だということは確かだ


(あいつは黒い噂が絶えぬ男だったな…)


会って聞きたい事がある

シャンティ―ならばわかる筈だ。知らないとは言わせない

下山前、モロトフの持ち物を調査しようと装備を脱がした時に気づいたことがある

背中に黒い魔法陣のタトゥーがあったのだ

それは闇組織ゾディアックの者の証明であり、モロトフは一味だという事さ


『戦っている様子は見た事はあるが…』


動きに余裕を感じられる戦い方であり、まだ力を秘めている可能性があった

顔を見たことは無い。

いつも黒い仮面をしていたから誰もわからない

不気味な黒装束だし、あいつが死神なんじゃないかと思うくらい暗いイメージのある傭兵だ


(まぁ、そのうち会えるだろう)


そろそろ入るか







次の日、昼過ぎに起きた俺は誰もいない事に気付く

インクリットらは森に出掛け、アミカはオーダーが5件あったから打ち合わせとかで応接室から出てこない

多忙という事だ


店は売り子二人に任されており、何やらいつもより機嫌が良い


『今日は二人とも、やけに機嫌が良いな』

『バイト代アップ!』

『アップアップ!』


(そりゃ嬉しいだろうな)


『グスタフさんは今日はプー太郎ですか?』

『ですかですか?』

『おいやめろプーじゃない』


勘弁してくれ…

俺は逃げるようにして店を出ると、腹を満たすために魔族がバイトしている軽食屋に入る


昼時は過ぎている為、客は少ない

しかし若い女性客がちらほらいる

まぁあいつを見に来たのだろう


『いらっしゃいませ。』


ムツキという魔族だ

今風に言うと、イケメン男

側頭部から生える角の1つが折れており、髪で隠している


『ふむ』

『昼過ぎとはお珍しいですね』

『寝坊だ。』

『なるほど、では料理はどのように?』

『軽めでいく。魔族風オムライスとストロベリーチーズケーキだ。デザートは食後で良い』

『軽め?』


不思議そうな顔してこないでくれ

ムツキはクスリと笑い、『ごゆっくり』と呟くと厨房に歩いていく


(ふぅ…)


彼を見るのは面白い

俺やノアのように、見た目とは似合わない素質を持つ者は存在する

ムツキもまた、それと同じだ


(最近インクリットらもここに顔を出しているようだが)


無意識だろう。面白い事になりそうだ


それにしても、だ

インクリット達の成長が早すぎる

最近ではDランクの魔物相手にも臆せず戦っているから報酬が以前よりもかなり増したと鍛冶屋で彼が話していたな


死地を越えた人間はぐんぐん伸びるが、異常だ

それぞれが惹かれ合って出会い、そして戦いの中で魔力袋の力によって更に磨きがかかっているのかもしれないな…


『少し見に行くか』


飯を食ったら森に行こう

そう決めていると、ムツキが料理を運んできた


『軽めらしいオムライスです。』

『……』


ちょっとでかい、メニューに載っているイラストではわからなかったが、そういう事か!

ムツキは察したように小さく笑う


『初めて見たんですね』

『魔族は大食いだったな』

『ではごゆっくり、デザートを出すタイミングはお知らせください』

『ふむ』


二人分ありそうな量だ

半熟の卵、そしてデミグラスソース

ケチャップだけで炒めた米が中に潜んでいると思いきや、スプーンですくって確かめると違ったのだ


『ほう』


ネギと肉、中身もしっかりとオムライスだ

銀貨1枚にしてはボリュームが良いのも魅力的


(軽めと言ったが)


ムツキめ、言ってくれてもよかっただろうに

まぁ良い、食べよう

口元に運ぶと気付くこの香ばしい匂い

バターだな…


(ほう!)


バターに包まれていた食材の味が俺の口で弾けている

様々な味の波が発生し、それに対抗せんとよだれが絡み合う


(味の暴力とはこの事か)


魔族も美味しい食べ物を知ってるのか

これも、良い経験だな


『美味しく食べますね』


近くのテーブル席に料理を運び終えたムツキがこちらに歩み寄ると、口元に笑みを浮かべてから口を開いた


否定はしない、美味かったし


『美味だ。あと聞きたいことがある』

『なんでしょう?』

『魔法が得意だった。と聞いているが』

『過去の話です。今はこのように働いてるので全然です。』


その後、彼はデザートの用意をすると言ってから厨房に戻る

全然だと言ってはいたが、そう見えない


『…元冒険者か』


俺は呟くと、グラスに入った水を少し飲んでからオムライスをペロリと平らげた


そして店を出たあとは裏通りに向かい

森に向かってワープで移動だ

夏の終わりが近づいてはいても、まだ明るい

川の近くが着地点になっていたので、近くで水を飲んでいた灰狼というランクの低い魔物は驚き、逃げていく


『1頭だけだしな…』


群れから外れて水を飲んでいたか


ここからインクリットらの気配を辿ろうとする俺だが、見当たらない

すれ違いならかなり悲しいけど、濃厚だ

飯に魅力されて時間を忘れてたしなぁ


『ストロベリーチーズケーキが美味いせいだな』


呟き、そしてメェル・ベールを肩に担ぐ

今日は風が涼しくて心地よい

このまま居間で昼寝してもいいくらいだ


(たまには休むか)


『ん?』


川の向こう岸の奥の茂みから人間が近づいてくる気配だ

そそくさと姿を隠したかったが、一人だ


(森に1人とは珍しい)


どんな奴か見ようとしていると、俺はその者の姿に驚く

男ではなく、若い女だったからだ

見た目だと俺と同じ20代の真ん中くらいか


(ノアと並ぶ美しさか)


赤い長髪の女性、立派な装備をしているが軽さ重視にしているためか、胸当てや肩以外は殆ど革に近い

そして武器、眺めの片手剣だけど絶対に立派な剣だと思う


(王族と見間違えそうだな)


彼女はこちらに気付くと少し驚く素振りを見せた

しかし、直ぐに視線は反らされると彼女は川の水を飲むためにしゃがみこんだ


見たことがない冒険者

フラクタールの者?いや遠征者だ

彼女の来た方角は北、アクアリーヌがある方向だ


美味しそうに水を飲む光景は見ていて飽きない

だがそんな彼女は俺に興味を示さない

そっちの方が助かるけどな


(黒い目?)


いや…まさかな


『何か用事でも?』


女は口を開いた

軽く微笑みながら立ち上がり、視線を向けるその姿は半端な男の時を止めてしまうだろう

俺は見慣れてるから大丈夫


(会話は怠いな)


『珍しいと思ってな。それだけだ』

『…それだけ?』

(急に不思議そうな顔したな…)

『帰り道は気をつけろ、じゃあな』


関わったら面倒なタイプだ

俺の本能がそう警報を鳴らしてる

今までの経験からそう思うよ


背を向け、その場を去ろうと歩き出すと彼女はこう言ってきたのだ


『大丈夫よ。私は強いから』

『………』

『ナンパしない男も珍しいですね』

『顔はただの武器だ。女のな』

『面白い事をおっしゃる人ですね』

『悪いが話はここまでだ。俺は帰る』


早く帰りたい

この女、確実に面倒なプライドを胸に抱いてるタイプだ。

悔しいが俺と近い


『ぬ?』


捕まったか…

川の向こう岸にいた女はすでに俺の真横

どうやら今の一瞬で間合いを詰めたか

足音も無く、そして隠密だ


(気付かなかった…)


仮面をまじまじと眺める女

俺は無意識に溜め息が漏れてしまう

これが彼女の面倒くささの引き金となっちゃった


『溜め息ですか?傭兵さん』

『何故傭兵と思う?冒険者かもしれんぞ』

『貴方からは冒険者らしさがない。どっちかというと傭兵のほうが似合うからよ』


何なんだこいつは?と思いながらも俺は無視し、そのまま森を出る為に歩き出す

すると先ほどまで興味など微塵も感じていなかったのに俺の後ろをついてき始めるのだ


また溜息だ、無意識に出るという事は苦手なタイプだからだろうな

女は不満なのかブツブツ何か後ろで呟いているけども聞こえない

どうやって逃げるか考えているうちに俺はとある事に気づくのが遅れていた

軽く振り向き、彼女を見ると頬を膨らませているがどうでもいい


(何…?)


あり得ない、こいつの魔力袋がとある色だったからだ

関係を持ちたくない色の持ち主とわかった瞬間、俺は歩みを早めた

しかしそこでタイミングの悪い事が起きる


『チッ…』

『あら、私に対して?それとも・・・』


歩く方向からバキバキと地面に落ちた枝木を踏み歩く音が聞こえてくる

足音から察するに大きい事は確かだ


『ゴロロロロロ』


喉を唸らす独特な鳴き声

それはついに姿を現す


『普通なら街は大騒ぎね』


彼女はそう告げると、大きな魔物を見上げる


鬼の様な巨躯は身長3メートル、筋骨隆々とした灰色の肉体

両腕には肩鎧という金属装備、頭の髪はトサカのように逆立っていて背中まで伸びる

右手に持つは刺々しい大きな剣、人間が振り回すには設計されていないだろう


ドレットノート、ランクはB

これを倒せる冒険者などガンテイが2人いないと無理だろうな


『動揺しないんですね』


女に話しかけられても、俺は答えない

魔物から目を外したら駄目だからな、彼女は俺を見ている

余裕だからという捉え方もありだろうが俺は違う…


『ゴロロロロロォ』


口から見える犬歯は超鋭い

そこらの獣が尻尾巻いて逃げるほどに凶悪な牙だ

呼吸をするだけで見える凍てついた吐息

氷属性を纏う魔物だからだ


(あの武器、欲しいな)


どこかで売れば良い金になる

そんな事を考えていると、横にいた女は動く


『ぬっ…』


ドレットノートの目の前に一瞬で迫る女

あの魔物は弱くはない、動体視力は獣にも勝る筈だ

それよりも彼女は素早く動いたという事さ


その手に握る剣を抜くと、僅かに光りを帯びる

彼女の目は真剣であり、あのドレットノートが出遅れてはしたが驚くべき素早さで武器を横に振って攻撃を仕掛けた


流石はBランクの鬼種の魔物、あの状況から反応が遅れても攻撃速度は流石だ

あれでは手練れの冒険者でも避けれはしない、がしかし彼女は違った

斬られたと思った矢先、それは彼女の残像

既に女は跳んでおり、ドレットノートの顔の前


『ゴロォ!?』

『危なかったわ』


口を開いた彼女は一撃で仕留める為、剣に魔力を流し込み、全力で振った


『鬼哭斬鉄』


振られた剣は風を斬り、甲高い叫び声の様な音を響かせた

まるで女の叫び声のようにも聞こえる彼女の技は剣技スキルでは最高峰と言われる技

あれで斬れない物質はない


『ガッ!?』


狙いはドレットノートの首、彼女は見事に首を刎ね飛ばした

着地と同時に地面に落ちる首、額から汗を流した彼女は右腕で軽く額の汗を拭っていた


(今のうちか)


こっそりワープで瞬間移動

見られてないから大丈夫だ


フラクタールの冒険者ギルドの裏に着地した俺は近くのベンチに腰を下ろす

空は赤く、そろそろ日が沈む頃合い

何故彼女がここにいるのか考えても答えは出ない


(なるほどな…)


また会うだろうな

その時、どんな形でなのかが大事だ

味方なのか敵なのか


『後者の可能性が高いか』


正義を持つ人間はいずれ俺の敵になる

最悪な事が起きないことを俺は願うために必要以上に目立たぬように動こうと、今決めたのであった




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