第33話 毒沼

 拠点の外、小雨の中でガンテイは毒沼モロトフと言う男と退治していた。

エイトビーストのモロトフ、それだけで彼に緊張が走る


(エイトビースト…か)


右手に持つ長い片手剣を肩に担ぎ、余裕を見せるモロトフに比べ、ガンテイは冷たい雨の中で熱を帯びていた


エイトビースト、只者ではない

限界まで力を出さなければ一瞬で命を刈り取られるであろう存在に冷静であれど、肉体は緊張し熱を発していたのだ


『僕はあの羊さんとやってみたいんだけどね』

『お前には無理だ』

『はぁ?』

『目の前の人間の力を見誤るとはエイトビーストもたいしたことないのだな?』

『なんだと?僕を馬鹿にしてるのかい?』

『冷静になれたぞ小僧。死ぬ気でいかせてもらう』

『死ぬんだよ』


冷たい顔を浮かべ、モロトフは一瞬でガンテイの目の前に迫る

わかっていても、ガンテイは反応が遅れてしまう


『チッ!』


舌打ちしながらも、なんとかモロトフの剣による鋭い突きを片手斧で弾く


(なんだ?)


ガンテイは違和感を覚える

手練れにしては攻撃が軽すぎると思ったからだ

決して力を見謝っているわけではない


ガンテイは直ぐにその答えを見つけた 

彼の左手がこちらを向いていたのである

ここから予想されるのは1つしかない

魔法だ


『愚作にかかるとはな!』

『ぐっ!』


モロトフの左手の先から紫色の魔法陣が出現すると、彼は素早く魔法を発動する


『ヴェノムショット!』


小石サイズの毒弾が3発

黒に近い紫色の弾は皮膚に触れると火傷を起こし、そして熟練度に応じて様々な症状が現れる


初期では眩暈や吐き気という扱いが困難な魔法の一種なのだが、モロトフの熟練度は最高峰であった。


触れた箇所は壊死し、高熱を引き起こす

人間が触れてはならない魔法なのだ


(不味い!!)


色で今まで見たヴェノムショットとは違うと悟ったガンテイはガードせず、後方に宙返りしながら避けた


これに関心したモロトフは口を軽く丸め、驚いた顔を浮かべる


『へぇ!そっから避けるんだおじさん』

『まだ20代だ!』

『僕は10代さ』

『何?』


(若すぎる!それでこの動きか)


やはり只者ではなかった

今の一瞬だけでも力量がわかるぐらいだ


『先ずは物理攻撃のテストしよっか』

『ほざけ小僧、こちとら田舎のギルマスだからと嘗めるな!』

『ギルマスなんだ?へぇ~』


目を細めたモロトフは剣を構えると、再びガンテイに襲いかかった

今度は小細工無しの武器のみでの攻撃

腕力に自信があるガンテイは攻撃を弾くことは出来ても、隙を作ることは出来ない


力で勝っていてもスピードで負けていたのだ

ガードすると直ぐに剣を引っ込めるモロトフは次の攻撃が早く、ガンテイは全てギリギリだったのだ


(少しでも遅れたらやられる!)


だが次第にモロトフの笑顔も無くなる

目を細め、徐々に攻撃速度を上げていく


『おらぁ!』


ガンテイは振り下ろされた剣を両手に握る片手斧を使い全力で弾き返すと、直ぐに跳び退いた

普通ならば隙が出来る一瞬でも、仕掛ける気にならなかったからである


弾き返すした時、明らかに攻撃が軽かったから罠だとわかったのだ。

これにはモロトフも溜め息を漏らす

ガンテイが騙されてくれないからだ


『つまらない男だね』

『そうか?人生上手くいくわけないだろ?お前の考えてるようにはいかねぇんだ』

『説法は嫌いだよ』


更に武器にぶつけあいは激化していく

次第にモロトフは余裕を失っていく、それは危ないからではない

それなりに手練れだとガンテイを評価したからだ


彼はB級冒険者止まり

しかしそれは現役時代、そこでギルドの話に乗って引退しただけだ

フラクタールのギルドマスターとなっても尚、彼は鍛錬をやめなかった

叶わぬ夢を追い続け、いつか少しでも触れるであろう時間を見つける為に


『俺は!』


ガンテイは叫び、モロトフの武器を弾き返す

そのまま両手の片手斧を振り上げ、トドメを刺そうとするが相手は只者ではない


モロトフは舌打ちをし、今までにはないスピードで体を回転させた

これにはガンテイも驚くが、避ける時間はない

鋭い剣の突き、しかしここでモロトフにも不運が訪れる


『ぬっ!?』


小雨で濡れた地面、それによって彼は主軸にしていた右足を僅かに滑らせた


(こんなところで!こんな野蛮な戦い方をする男に!)


『ぬぁぁぁぁぁ!』


彼も叫び、足を踏ん張った

その剣先は元々狙っていたガンテイの胸部ではなく、脇腹を貫く


(終わりだ)


半ば無理やりの姿勢

それでも相手の体に風穴を開けただけでも大きなダメージだ

普通に人間ならばそこで両膝をつき、倒れてしまう

しかし、モロトフは誤算をしてしまっていたことに、この時気づく


『はっ?』


ガンテイが止まらないのだ

鬼にも勝る鬼以上の形相

貫けれて倒れる様子は無く、更に彼は勢いを増したのだ


『打たれ強いぞぉぉぉ!』


両手に持つ片手斧を振り下ろす

モロトフも手練れ、直撃はさせまいとあえて倒れながらガンテイの一撃を避けるが

彼は顔を僅かに斬られてしまった


(ぬぅぅぅぅぅぅ!)

(くそ…浅かった…か…)


小雨は激しさを増した

静寂の中、戦いは止まる

終わったわけではない、1つの大きな駆け引きが終わったのだ


モロトフは血が止まらない顔に傷を抑えながら立ち上がるが、ガンテイは入れ違うようにその場に片膝をつく


普通ならばこのまま言葉を交わす事もなく斬るモロトフ

しかし、この時だけは違った


『野蛮な武技にこうまでされるとは・・・』

『馬鹿にしてるからだ…お前を中心に回っていると思ったか?』

『いずれそうなる、先ずはここからアクアリーヌの決戦前に毒を流せばどうなると思う?』


死ぬ男への冥途の土産

モロトフ率いる工作兵がここに来た理由は単純だった。


山から流れる川でフラクタールは水源を得ている

そしてその街はアクアリーヌ防衛を想定し、大きな騎士棟は建てられているのだ

騎士も人間だからこそ、飲み水は山から流れる川

アクアリーヌ決戦前に工作をするためにモロトフらは隠密に動いていたのだ


『貴様…公国民もいるのだぞ…!』

『戦争に巻き込まれるのはどの時代も同じ、勝つために他人の命なんでどうでもいい。ケヴィン王子はその点に関してはそりが合う』

『く…まだ、俺は…』

『無理さ。僕は顔を斬られたが傷は浅いがお前は違う。放置してもここからじゃ自力で帰る前に失血死で死ぬ。拠点内に入った男も無理だ。僕の部下が30人潜んでいるけどもC級に匹敵する…。お前と同等の力だとしても数で不利さ。残るはお前だけ、僕の自慢の顔を斬った褒美にお前の顔を生きたまま斬り落としてから殺すよ』


怒りと共に勝ち誇るモロトフ

だがガンテイの痛みを堪えながらのほくそ笑む顔がやけに気にかかった


(馬鹿だからか?諦めて気が狂ったか…まぁ今まで拷問した奴もたまに笑う奴はいたが、その類か?)


過去の経験を漁る

しかしどの人間にも重ならぬ事に違和感を覚え始めたモロトフは気づいた


(拠点はどうなっている?)


ガンテイに気を取られ、気にしていなかったにしても静か過ぎる

視線だけを拠点に向けて耳を澄ましても大雨が彼の聞きたい音を邪魔していた


『お前は…お山の大将だ…』

『何?僕に向かって汚い人間に向ける言葉を投げたか?』

『かはははっ、俺もまだまだ頑張れるらしい…。なんせエイトビースト相手にここまで戦えるのだからな』

『貴様!』


残忍な殺し方など必要ない、この怒り直ぐに鎮めるためにモロトフは直ぐに殺そうと左手をガンテイに向けた

剣で殺すのではなく、ヴェノムショットで胸部を狙い、そして壊死させて想像を絶する苦痛の中で殺す事を決める


『死ね山猿!』


魔法陣を左手の先に展開し、彼は叫んだ

ここまでモロトフは誤算の連続での戦いを強いられている事に気づいていない

だからこそ彼はここで一番気づかなければいけない事実を見誤った

最後の誤算は既に、彼の背後にいた


『若い獣か…』

『っ!?』


魔法陣を展開していたモロトフは背後から聞こえる声に驚き、振り向いた

それは先ほど拠点内に入っていった黒い鎧を纏いし禍々しい羊の仮面を被った傭兵

彼の左手に握られた邪悪なハルバートが雷によって反射する


(なっ!?)


何故ここにいる?何故生きている?

自分の部下はどうした?今何が起きている

モロトフは沢山の疑問が鉄砲水の様に押し寄せる


モロトフの左手は突然と現れたグスタフに向けられ、放たれる

彼は避ける素振りなど見せずに直撃し、黒みを帯びた紫色の液体を浴びた


(馬鹿がっ!…ん?、なっ!?)


壊死しない、効果が現れない

グスタフは何事も無かったかのように首を曲げて骨を鳴らす

答えが出ない様子のモロトフに呆れたグスタフは彼の為に優しさを僅かに見せる言葉をかける結果となる


『すまんが毒は効かんぞ?』

『馬鹿なっ!』


飛び退くモロトフは剣を構えてグスタフを睨む

嫌な予感が徐々に湧き上がり、それは的中し始めていく


『僕の部下はどうしたんだい?逃げて来たとか?』

『全員殺した』

『ははは、嘘だね。手練れが何人いたと思っている』

『それはどうでもいい。お前はエイトビーストか?』

『そうさ。強いからこそ傭兵の8人の中の1人なのさ』

『誰に推薦された?』

『シャンティ―さんからの…』


その言葉を聞くだけで、グスタフは理解した

元々闇が深い男であったシャンティ―の部下からの選出だと確信したからだ

それ以上は、殺してから聞けば良い


『っ!』


目の前にいたはずのグスタフが消えると同時に、彼の視線は宙を舞う

何が起きたのかは彼は死ぬ瞬間にしかわからない


(俺の…体…)


モロトフは反応出来ない速度で首を刎ね飛ばされた

呆気ない幕引きではあるが、グスタフはそれほどまでに強い

エイトビーストの人間が束になって勝てない。国が動いても動かない者

絶対的強者である武人としてその名を知らしめていた男だからである


『お前はエイトビーストの器ではない』


最後に聞いた言葉は、駄目だしであった




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