第30話 正義
稽古場は24m四方の小さな空間、いや室内では大きい部類なのだろうな
聖騎士らは壁際で腕を組んでノアと共に見物客と化していた
窓は一面にしかなく、天井付近に点々とあるのが見える
床は砂であり、戦場をイメージしているのだろう
『木武器はいらなそうだな』
ロイヤルフラッシュ第2将校が鋭い目つきを向け、そう言ってきた
確かにそうだなと思い、単純に頷くと彼は僅かに笑みを浮かべてからノアに視線を向ける
『本気でいかせていただきますぞノア様』
『見定めなさいロイヤルフラッシュ』
『御意』
見定める気なんてこいつにはない
目を見れば俺はわかる
明らかに命を刈り取ろうとしている獣の目と化しているのだ
そんじゅそこらの魔物でも逃げ出しそうなギラつかせた目
『その余裕そうな様子、気に食わぬ』
彼はそう告げると、驚くべき事を見せてきた
武器収納スキルを使い、武器を出現させたのだ
使える者がいたとはな…。シドラードには大将軍くらいだったが
(鉄鞭…か)
細長い鉄鞭、しかし腕力が無ければ持てない武器
彼はそれをいとも容易く肩に担いだ
『腕力に自信があるようだな』
『力なら公国で誰にも負けぬ自負がある。一撃で武器もろともぺしゃんこにしてやろう』
開始の合図は無い
ノアはその役目をしようと口を開きかけたその時、既にロイヤルフラッシュは一瞬で距離を詰めてきたのだ
身構える動作も極小、彼は僅かに身を屈めただけでそのような所業を見せつけてきたのだ
先ほどまで彼が立っていた足場はヘコみ、その脚力の凄さがわかる
そして既に彼は鉄鞭を振り上げており、まさに彼の全力の一撃をお見舞いせんと次の動作に差し掛かろうとしていた
(純粋な一撃か)
彼ならば身体強化魔法くらい持っている筈
してこなかったという事は生身の力での勝負を望んでいるという事
それに答える義務が俺にはあるようだな
俺の持つ武器はメェル・ベールというハルバート
この間合いでは下がらなければ刃は当たらない、受け取るしかないか
ロイヤルフラッシュは鬼にも勝る形相を浮かべ、その鉄鞭を振り下ろすと同時に入れは左手に握るメェル・ベールで彼の一撃を受け止めた
甲高い鉄の鳴り響く音、そして振動する室内
見ていた聖騎士やノアが耳を塞ぐほどの凄まじい音さ
(おっ?)
足元が少し沈んだか…かなりの腕力を持っている
しかもちょっと左腕が痺れてしまっていた
これは彼の生身の力だけでは出せない一撃だ
場数を踏み、そして将軍級という意地を乗せているからだ
『なっ!?』
受け止められて驚愕を浮かべるロイヤルフラッシュは静かに離れていく
両手に握る最大の攻撃を左手だけで受け止めたことによる驚きだろう
でもこう見えて結構強く握ったんだ、本気に近い
『マジか…』
『嘘だろ!?ロイヤルフラッシュ第2将校の鬼殺しだぞ!?』
ジキットや他の聖騎士が呟く
あの一撃の名はそうなのか
確かに鬼も当たりたくないだろうなと思うと、少し口元に笑みがこぼれそうだ
『貴様…何者だ!』
『戦争傭兵グスタフ・ジャガーノート。今回だけは貴様らの為に戦争に加担してやる』
こうして稽古場を後にし、俺はノアと共に公爵城の応接室
テーブルを挟んで向こうの椅子にはノアが呆れた顔を浮かべ、俺を見ていた
彼女の背後にいる聖騎士らだが、妙な物を見る目で俺を見ているのが釈然とせんな
ジキットだけは変わらぬ不貞腐れた様な表情、お前はいつもそれだな…
『エイトビーストは皆、貴方のように強いのかしら?』
『悪いが俺が一番だ。ロイヤルフラッシュの一撃に耐えれる者ならばザイツェルン・ル・アンカーとチャーリー・デルミールしかいない』
『そうですか』
『嬉しそうだな』
『シドラードの将軍級でもサシでは挑まぬ存在と父から聞いてますので。』
ロイヤルフラッシュの評価が高いと感じて、なのだろう
慕っているからこそ、他人でも嬉しいのは良い性格だ
すると彼女はとある冒険者数名を紹介したいと言ってきた
俺は断りたかったが、今後きっと関わる事がある筈だと言うので渋々それを了承すると、後ろのドアから現れた3人の者に俺は仮面の奥で驚く
森で遭遇した、いや…
遊んだ勇者チームだったのだ
『こいつだ!こいつ!』
スタンフィー
フェリシア
マティーニ
パペット・アクマの姿で対峙した時のチームだ
ノアは開いている席に彼らを座らせるが、女だけは俺を怪しげに見ている
解せん、まだ何もしてないぞ
『私が紹介します。彼らが公国の勇者の称号を持つ冒険者チームであり、唯一の特Sランクの冒険者達です』
軽く説明しよう、冒険者ギルド運営委員会では最高ランクはSまでしかない
その協会の長が認めた者だけがSとなり、そのSの中から優れた者だけを王族が特別なSランクの称号を与える事が出来る
まぁあれだ、王族が勝手に決めたランクだ
でも強さや貢献度は確かなものだから実力は折り紙付きなのだ
『フェリシア、マティーニ、スタンフィー』
『はい』
『彼の情報は口外禁止です。もし他人に教えた場合。国で対応は出来ません』
『ど…どういう事ですか?』
フェリシアが困惑しつつノアに問う
すると彼女は簡潔に答えた
『貴方達3人でも森で遊び相手にされるほどの実力者です。彼は表に出る事を毛嫌うので気に食わない事をすれば命はありません』
ノアの言葉を一瞬で理解し、3人が同時に綺麗に俺を驚いた目で見てきた
にわかに信じられないといった様子
戦って確かめたいなんて言ったら俺は帰るぞ?
『パペット・アクマと戦った筈よ私達』
『そうだぜ…でもその前にこの野郎に出会って…え、マジか!?』
『そうですスタンフィー、彼が化けた姿です』
千里眼スキルを持つスタンフィーはジッと俺を見てくる
普通に見てもらいたいが、無理そうだ
『彼は戦争傭兵グスタフ・ジャガーノート。公国で随一の実力者です』
買い被った言葉、しかし嘘かと言われると確かめる事も難しい
この国の選ばれし者がどういう者かだがな…
『ジャンヌより強いとは思えないわね』
ふとフェリシアがとある名を口にする
それがノアを険しい顔にさせていまう
『その名は口にしない約束ですが?』
『申し訳ございません』
選ばれし者の名だな?とは言えん
こいつらの立場もあるからな
まぁしかし…ノアなら俺が悟った事ぐらいわかってるし、それを口にしないからこそ汲み取ってこれ以上はチクチク言う事もない
雰囲気を良くしないと俺も居心地が悪い
『グスタフ、貴方からみて彼らはどうですか?』
こいつ…評価聞きたいだけか?
笑顔で首を傾げるなと言いたいが、チーズケーキがこのあと食べれるから我慢するか
『シドラードの若造よりは出来が悪い』
『何故ですか。』
『戦ってから勝てない相手だと悟るのは死ぬ奴の特徴だ。シドラードの勇者チームはそんなことしない』
その言葉にその場が静まる
事実とは時には悲しき言葉を突き付けられるが、知らなければいけないことを言わないと駄目な時がある
それが今だ。ノアの狙いはこれか
『私達が弱いですって…?』
『本当のパペットアクマなら逃げるなど無理だ。人間の頭を食うのが好きな魔物だぞ?俺では無かったら今ごろ貴様らは首無し帰還だ』
『魔物相手に私達が負けるなんて…』
フェリシアは頑な、そしてノアの視線は俺
考え方を改めさせたいのか…疲れる役目だ
『人間は弱い、Aプラス以上の魔物は化け物の中の化け物。国家存亡の危機レベルの魔物相手に人間の勇者チームに勝てるわけはない。選ばれし者だけが五分で渡り合えるのだ』
事実を前にため息を漏らすスタンフィーやマティーニ
しかし負けず嫌いなのかフェリシアは口をモグモグと何かを我慢しながら少し顔を赤くしている、嫌な予感だ
『選ばれし者も人間よ!なら私達だってその高みに『無理だ』…!?』
彼女は間違っている
それは全ての人間がそうだろう
だからこそ俺はここで選ばれし者に関して話した
『別の星、もしくは過去か未来から飛ばされた存在は神からギフトと呼ばれる人が持ちえぬ能力を持ってこの世界に現れた人間だ。神の与えた能力に勝つのは無理なのだ。人として扱うな。彼らはこの世界に来てから自我を忘れた人形なのだ』
彼女だけじゃなく、ノアも驚いた
誰も知らぬ事を俺が知っているのは聖獣に聞いたからだ。
選ばれし者の話は長くなるからしない
これくらいで一先ずは終わりだ
『貴様らには力ではなく知識と判断力が足りない、力ない者でも立ち回れる奴は状況判断が上手い。戦争でもそんな兵が生き残る。もっと広く世界を見るべきだ』
ノアは満足したのか、その後に勇者チームを帰すと、疲れた顔を浮かべたまま大胆に欠伸だ
これにはジキットも勘弁してくれといった様子
『ノア様、それは自室で…』
『ここ私の家、家!』
『自室で…』
『家』
『わかりました』
(面白いな…)
頑固さは評価しよう
まぁ先ほどのはノアの目論み通りになったか
公国の勇者チームの目標もそうだが、シドラード側の情報を多少与えてしまった
(知っていたがな)
『不満ですかグスタフ』
『別に』
『ならばチーズケーキを食べますか』
『ふむ』
デザートとなれば、チーズケーキだ
フラクタールでも食べるけど、あれは上手い
そういえばあの魔族の男、何をしているのだろうか
時間が答えを出すか、導かれるか気になる
しかし俺が関与することは無い、自然に任せよう
『お待たせしました』
メイドがチーズケーキと紅茶を運んできた
俺の分とノアの分だけだが、ジキット達は食べないのだろうか
いや、絶対無理だろうな…多分美味しいのに
『ここだけの話を食べながらします』
彼女はそう告げると、残念なくらいに気品など忘れて美味しそうにチーズケーキを食べ始める
ノアもチーズケーキが好きなのだろうが、もう少し王族である事を自覚してほしいものだ
『ジャンヌという言葉は忘れて貰えますか?』
『いいだろう、しかしだ』
俺はチーズケーキを左手でつまみ、仮面を僅かにずらして一気に食べる
とても上手い、言葉に出来ないほどにデザートという言葉が頭に押し寄せるほどだ
満腹でも食べれそうな気がする…
『もしその女が俺に牙を向くなら、遠慮なく殺す』
場が静寂と化す
先ほどまで美味しそうに食べていたノアでさせも真剣だ
そういう顔ができるなら、いつもしていてほしいものだ
『選ばれし者相手ですが』
『強力な武器を持った赤子、倒せないと思うか』
『にわかに信じられません』
『それを見ない未来を俺は求める。選ばれし者は救世主と言われているが、実際は違う』
『先ほどの話では自我を忘れた存在と言ってましたね』
確かに人間であることに変わりはない
しかし、住んでいる時間と時代そして思想が違い過ぎる
それの比べ、俺達は何前年もこの星の中で遺伝子を繋いで生きてきた人間
力だけを与えられ、数年だけこの星にいる人間と何前年も遺伝子を受け継いで生きている俺達とはまったく作りが違う
間違った正義を胸に秘め、奴らは染まりやすい
正義と言う最悪に
『面倒を見ないと、寝首をかかれるぞノア』
彼女は大きく驚いた
そこまで感情的になるようなことを言った覚えはない
しかし小さな理由であった
『初めて名前で呼びましたね』
『まぁ僅かに気を許してやらんでもない。お前は面白い王族だ』
『あら、失礼な言い草ねぇ』
『そう言うな。だがしかしお前は戦争になればきっと俺を恐れる』
『何故ですが?』
『…アクアリーヌの件が終わったら勝手にゾディアックは潰しておく、そこでお前とはおさらばだ』
俺はそう告げ、椅子から立ち上がる
皆、恐怖と言う感情を持つからこそ身を守る為に離れていく
最初は誰かを助けるために、純粋な気持ちで戦っていた
しかし、それは幻想だった
(うんざりだ)
他人とはある程度の距離で良い
行き過ぎると、後悔することが多い
だから俺は本当は戦いたくはない
『何故悲しんでいるのですか?』
『何?』
何故こいつはそう言葉を口にできる?
俺の顔を見ている?無理だ、羊の仮面をしている
雰囲気?そこまで感じれるように訴えてはいない
彼女に背を向けて歩いていた俺の足が止まる
するとノアは何かを感じたのか、とある事を口にする
『それでも必要な力はきっとあります。背負う覚悟と戦う覚悟というのは互いに一つでもあれば分かれている場合もあると思います』
『何が言いたい?戦場の真ん中を見た事もない者がわかる筈もない。血を浴びて生きていた俺に残っているのは力だけだ』
無意識に訴えたけてしまった言葉
これが彼女に何かを悟らせるきっかけとなった
振り返ると、彼女は悲しそうな顔を浮かべていた
お前がそんな顔をする必要はない、したいのは俺だ
弱い者の為に戦い、武功を上げて裏切られた俺の何がわかるのか
言うだけなら誰でもできる、お前もきっとそうだと思うと怒りがこみ上げて来そうになる
しかし、彼女は俺の隠れた過去を射抜く言葉を口にした
『貴方は仲間に裏切られて、ここに来たんで『違う!!!』』
怒号で軽い衝撃波が起きる
これには聖騎士も驚き、すぐに彼女を守るようにして囲む
皆は剣を俺に向けているのは当たり前の行動なのだが、1人だけしない者がいた
ジキットだけは腕を組み、眉間にシワを寄せて俺を見ているだけだったのだ
『最初から仲間などおらん!勝手に近づいてきて勝手に去っていっただけだ!』
『ノア様!おさがりください!』
『大丈夫です。戻りなさい!』
聖騎士を振り切ってノアは声を大きくし、後ろに下がらせた
少しカッとなったようだが…さて、どうしようか
(仲間が…)
いなかった。そう思えば気分も楽になる
あれだけ頑張ったのに、返ってくるのは声援ではなく、恐怖の目
強すぎたからこそ人として見られなくなったことは呪いに近い
シドラードの国王でさえ、手に余ると判断して俺を殺そうと目論んだくらいだ
だから俺はあいつを殺した。
(どこから歯車が狂ったんだろうな)
平凡に生きたいと思っても、結局はこういう状況に俺は戻ってくる
正直、気が進まないのは王族と絡みたくないからだ
だがこの女は少し雰囲気が違う、それは初めて会った時からわかる
『落ち着きましたか?』
『…最初から落ち着いている』
『理解する者を探す事はとても難しい。貴方の場合はその力の理解者、アクアリーヌの戦場ではきっと見つかります』
『適当な事を言うな』
『なら賭けてみますか?』
聖騎士は大慌てだ
どこぞの戦争傭兵相手に賭けなど聞いたこともないだろうな
だからこそ彼女は面白い
『ノア様!』
『勝手が過ぎますぞ!』
『静かにしなさい!彼にとって大事な話です!』
『アクアリーヌで何かを見出せると言ったなノア』
『もし貴方の納得のいく結果じゃなかった場合、この身を差し出してもいいわよ?』
俺も聖騎士も驚いて一瞬、時間が止まる
何をいっているんだ?こいつは馬鹿か?と俺は言いたい
でも何故か面白くて小さく笑ってしまった
その場しのぎ、ではないようだな
『戦場の本陣には私も向かいます。終わったら来ればいいわ』
『面白い。ならばこちらも何かを差し出そう』
『1つ確認よ?勝てるかしら?』
本当にできるの?みたいな表情で言うな
いつもしてきた事だし、シドラード相手となると知り尽くしている
『勝たせてやる、まぁお前との賭けはこれとは別だが…報酬はのちほどだ』
『もう考えてるわっ!』
彼女はテーブルを両手で軽く叩き、前のめりになると俺の顔を覗き込むながらとある言葉を口にする
本当に、わからない女だ
こいつのせいで結果がわからなくなった
勝てる勝てないじゃない、その後の俺がどうなっているかだ
何かを企んでいるに違いない、それが気になる
(見る価値はあるか)
『いいだろう。』
俺は彼女の提案を飲んだ
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