第29話 会食

昼の会食は珍しい

普通ならば夜になるのだが、ガーランドの予定もあるから昼にしか時間を取れなかったのだと思う


婦人がいないのはそれが理由だ

あの人は多忙だからなぁ

まぁ息子は出席させないらしく、ガーランド公爵王とノアそして俺だ


広い部屋の中央に大きな長テーブル

四方の壁には騎士がいると思いきや、部屋の外で待機

あとは執事とメイドさえガーランドが呼ばなければ入ってこれない

ある意味徹底している


貴族というより、王族のような雰囲気が漂う部屋だし、壁にはガーランドの壁画だ

テーブルの上の馳走を食べながら壁画を指さしているが、どう反応すべきだ?


『格好いいだろう?』

『わからん』

『持っていって鍛冶屋に飾るか?』

『やめろ』


酒を昼から飲んでしまっているからか、ガーランドは笑う

怠絡みに近い


(それにしても…)


幻の肉であるモー牛の肉

食べると数分はよだれが止まらなくなるほど美味な最高級食材のステーキが昼から食えるとは驚きだ


俺はナイフとフォークを器用に使い、そして目の前にあるモー牛ステーキを切り分けて食べた。


(やはりこれは上手い)


見た目以上、予想以上の肉汁の洪水が口内に押し寄せ

俺の舌は刺激的な美味でパンク寸前だ

ほのかに鼻を通る匂いも格別であり、まさしく肉の王者に相応しい味だ


『作法ができると思いませんでした』


ノアが微笑を口にし、優しく話し掛けてきた

見た目に似合わないだろうが、教わったのだ


『エルマー魔導公爵に教えてもらった』

『やはりあやつは没落貴族か』


ガーランドが興味を示すが、深くは話さない

ある程度、彼には軽い情報を与えてからコロウ山脈で出会った時には気づかれなかった事を話すと、ガーランドは答えた


『エイトビーストの中の5人が関与している』


3人いれば面倒だと思っていた

しかし5人となると無理だ

ファーラット公国は出し惜しみしたら確実に負ける


『シャルロット王女の使者からの手紙に書かれてました』


ノアがサラダをモグモグ食べながらその手紙を渡してくるが、頬張り過ぎてリスかと思った

ガーランドが頭を抱えているのがわかる


(手紙か…)


見て良いという事

そして誰が絡んでいるかで俺は驚いた



エルマー・ヤハ・カリオストロ

ザイツェルン・ル・アンカー

チャーリー・デルミール

ファラ・サハラ

エステ・リエ・リリー


『エステ…』


何故お前もアクアリーヌに関与している?

戦場に出ていた理由は戦いではない筈だ

だとすればこの戦争、きっと目的はあれだ


『ガーランド、シドラード王国は人探しの為の戦争であってアクアリーヌが欲しいわけじゃない』

『やはりか』


どうやらわかっていたようだ

まぁ誰を探しているか、それが問題だ

だから彼は先ほどはあまり驚かなかったとは思う


沢山の馳走をガツガツと食べるノアを見ながら俺もマイペースに食べるが

ガーランドの視線が気になる


(鋭い目つきだな)


あいつは全てを話していない、シャルロットと直接会談をしていたならばきっとある程度は読んでいる筈

俺の正体に…だ


『グスタフ、1か月後にアクアリーヌ大平原にてシドラード王国との戦争となる、私の頼みとなれば…来てくれるか?』

『…』



私の頼み、その含みに意味がある

グスタフという今の名に向けてではない、これは…


(昔の恩を返せ…というわけか)


断れない事を知っている、俺の本当の名を知っている

ノアの時には渋ったが、彼の場合ではそうも出来ない

深い溜息が自然と漏れてしまうよ


『好きに動く』

『ふむ!沢山食え!』


超笑顔になったガーランド

彼はそれ以降、この場では他愛のない雑談しか話さなくなった


会食後、ガーランドは私用にて公爵城を馬車で出ると、俺はノアの付き人となって屋敷内を歩く

しかし2人きりではない、彼女の聖騎士5名もいるのだ


『お前と歩くのかよ…』


ジキットもいる、今日はなんだか楽しくなりそうだな


『こらジキット、そんなこと言わないの』

『しかしノア様、こいつノア様を呼び捨てに…』

『縛られない変わった人なのよ』

『しかし…』

『だーめ!』


不満そうなジキットに俺は視線を向けると、彼は舌打ちをしてからノアの前を歩き出す。

他の聖騎士はどこどなく心を許してくれている部分はあるが、ジキットだけは違う

それが聖騎士らしいとは俺は思うがな


『どこへいく?』

『稽古場ね。戦争では貴方の事を貴族将校らに伝えておかないといけないのよ』


このまま公爵城に隣接されている騎士棟に連れて行こうとしているノア

でも俺は目立ちたくないから行きたくはない、しかし言えない

多少の顔合わせは確かに必要不可欠だからな


城と言うより、巨大な屋敷

すれ違うのは騎士爵の兵らにメイトそして執事が殆どだ

今は将校らは稽古中の為、屋敷内にはいないとの事

しかしそんな使いの者にも不思議な気配を漂わせる者が複数いたのだ


彼女が通る前、メイドや執事は道を開けてから頭を下げ、彼女が通過するまで待つ

その時に感じたのは穏やかな気ではなく、敵意を彼女に向けているメイドが数名いたのだ


(…あの手の者がここにもいるか)


ゾディアックか…

となるとこの組織は公国内で作られた組織ではない

今まで倒した幹部連中もかなりの手練れであり、そんな奴らが公国内に拠点を置いて巣くうなんて難しい


エイトビーストのシャンティ・アック

彼は裏に生きる男として噂がある戦争傭兵であり、俺でも彼の情報は未知数だ

しかし闇組織に詳しいのは知っているから彼ならばわかる筈だ

夜の戦場では彼の右に出るものなどいない、それくらい夜襲が得意だ


(シドラードの闇組織市場は広大だからな…)


そこまで話したことはない、口数が少ない男だからだ

首を横に振るか縦に振るかでしか反応を見せないからなぁ…

戦争で彼に遭遇出来たら、何かのタイミングで聞きたいもんだが、無理か


『1つ忠告しておく』

『あら?何か気になる事が?』


俺は歩きながらノアの隣に移動した

幸いなことにこの場の聖騎士は完全に白、気配でわかるからだ

ならば彼女を守る騎士として知っておかねばなるまい


『数名のメイドがお前に敵意を向けていた。歩き方の普通のメイドとは思えぬくらい重心が座っていたから腕に覚えがある者らだろう』

『…それはあの手の者の可能性があるという事ですね?』

『可能性は高い、いつも近くに聖騎士をつれて歩いておけ。俺が以前お前にまじないをかけた言葉は覚えているな?』

『覚えております』

『どうしても無理な状況になった場合、口に出して叫べ』

『わかりました。きっと戦争前に大きく動くのでしょうね』

『そこまで理解しているなら話は早い、なぁジキット』

『お前の助けなんていらん。メイドでも俺は斬れるぞ?』


その調子だ

お前は強い、それは認めている


そして稽古場、広大な庭で騎士が木剣を握り締めて模擬戦をしている

1000人以上もいるからこそ凄い光景だが、シドラードよりも練度は高いからこそ騎士達の動きも鋭い

ノアの話しては500と500で小規模戦をイメージした模擬戦をしているのだとか


『疲れても剣を降ろすな!敵は悟るぞ!』

『何をしている馬鹿者共ぉ!!疲労困憊でも顔をさげるな!その瞬間に死ぬぞ!』


怒号が鳴り響く

喝を入れる男2人は鎧を纏い、腕を組んで騎士らを鋭い眼光で見ていたのだ

1人は顔に傷を沢山つけている白髪交じりの老いた男

もう1人は若い将校だが、俺よりは確実に年上だ

どちらも生半可な貴族将校ではないらしいな


『っ!?』


ふと、老いた将校がノアに気づくとすぐに稽古させていた騎士達に更なる大声をかけた

すると彼らは一斉に動きを止め、片膝を立ててその場に座ると胸に右手を当ててひれ伏した

こういう光景を見ると、あぁこいつ王族だなと思い出す


(シドラード王国兵よりも確実に強い騎士だな…)


だから攻めたりしたくないのだろう

そして俺が侵攻的な無駄な戦争に参加しないとエイトビーストの殆どが戦に出ない為、シドラードはファーラットに戦争を仕掛けたりなどここ30年無い

明らかに守りの点ではファーラットは拠点を固めるのは早いし、崩せない

防衛拠点を作る速度が尋常じゃないと聞いている


『大事な時間に押し入ってしまい、申し訳ないわロイヤルフラッシュ第2将校』


ノアが話しかけた男はあの置いた老将校

あいつが第2とは驚きだ


(という事はかなりの手練れか…)


目力も凄く、顔の傷も歴戦の猛者に相応しい

そんな鬼の形相を顔に浮かべていた彼も、ノアの前では変わるようだ


『姫様、今日はどうしたのでしょうか』


(孫を見るジジイじゃないか…)


凄い笑顔、騎士達も視線を外して見ないようにするほどの豹変ぶりだ

個性が強いようだが、きっと忘れられない人間になるであろう


『アクアリーヌ戦にて協力してくれる戦争傭兵と顔合わせしてほしくて参りました』

『戦争傭兵ですか』


俺を見た途端、ロイヤルフラッシュは鋭い眼光をこちらに向けた

豹変し過ぎだろ、ビックリするぞおいおい


『…只者ではないのはわかりますが、信用できる者なのですか?』

『以前話した恩人が彼です』

『こやつが忌々しい馬鹿組織の幹部2名を斬ったという傭兵ですか』

『そうです』


彼はその後、俺の前まで歩み寄るとジッと目を見てきた

裏まで見透かされているかのような目、どうやら場数は本物だ

だからこそ、次に放たれる言葉も容易に予測できた

こいつは貴族にして将校ならば尚更だ


『可愛がり稽古したいが、ノア様の話だと無理そうだな』


ここにもそんな文化はあるのか

可愛がり稽古とは1人に対し、複数で何度も襲い掛かる稽古の事だ

鬼畜すぎる稽古内容なんだが、根性試しみたいなもんで行われる時が多い

ロイヤルフラッシュ第2将校はそれが出来ないと理解すると、とある提案をしたのだ


『あそこに見える騎士舎に稽古場がある、そこでお前の腕を見させてもらおう』


ノアは止める素振りは見せない

断ればノアにも俺にも不利益になる為、あえて彼女は止めないのだ


(ずる賢い女だな…)


『ラヴァルバル、戻るまで騎士らの稽古を頼むぞ』

『ロイヤルフラッシュ殿、よろしいのですか?身分の知れぬ男ですぞ?』

『こいつが本物ならば部下たちの前で武勇を見せて鼓舞させたいが、事情により見せれない事は残念だ』


あまり目立ちたくないんだ

ノアはそれを理解して人前ではあまり俺を見せないようにしている

それを不服に思うロイヤルフラッシュだが、誰がどこで見ているかわからない

シドラード王国にはギリギリまでグスタフと言う存在を悟られたくないのはあっち側が戦争する本当の目的が俺を探すための可能性が高いからだ


もし俺だとして考えてみよう

何を企んでいるのか、見当はつく

俺はノアとロイヤルフラッシュと共に歩きながら思った


(敵討ちか)

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