第27話 英雄

振り向き様に放たれた女の魔法は水属性アクアショット


魔力の強さで放たれる弾数は決まる

2、3発が平均的だが彼女は8発の水弾の連射さ

そりゃ驚くよ、久しぶりの数だ


(チッ…)


飛び退き、そして俺はその場から逃げる

音速で飛んできた為に甲高い音が鳴り響く

下位魔法だとしてもかなり熟練しているようだから、当たるとかなり痛そうだ


『何なのよあの魔物!?』

『なっ!?なんだあるりゃ!』


驚いている

どうやら俺は判断を間違ったらしい

3人は血相を変え、武器を構えると遠くの俺に向けて警戒し始める

見た事もない魔物に対し、人は一先ずどのような魔物なのか探る必要がある

彼らはそれをしようとしているのだろう


構え方がいっぱしだ

相当の修羅場を潜り抜けたと思える

となると、それなりの手練れという事さ


『スタンフィー何だと思う?』

『知らねぇ!あんなバチバチにやべぇ魔物見た事ねぇって!』

『とりあえずヤバい。こんなパペット種がいるのか!』


ふと、自身の体を見る

薄く魔力が漏れているようだが、Aランク以上の魔物となると強さからそのような現象が起きる

だから警戒しまくっているんだろうな


普通の冒険者は相手せず逃げる

それはAランクの冒険者でもだ


(凄い顔してるなぁ…1人以外)


女だけは好戦的な顔だが、あれは何故なのか…

その答えはあちらが教えてくれた


『待てフェリシア!!』


フェリシアという若い女は魔法剣を強く握りしめ、一直線に俺に突っ込んできたのだ

あまりの無謀さに俺は驚いた

ここは逃げる為に動くべきだからだ

だからほかの二人は慌ただしく、彼女の後を追い始める


(蛮勇か…勇気か…)


試してみようと思った俺はボタンを赤く光らせ、爪を伸ばす

釘で出来た歯をジャキンと言う音を響かせて多少伸ばすと、彼女は険しい顔を浮かべる


『剣聖千手』


とてつもない剣技を持っている

秒間で千の突きをする事が出来る高級技だが、これを覚えているという事は蛮勇ではない

魔法剣が輝かしい光を放ち、彼女の体から緑色の魔力が噴き出す

その時に彼女の首にから見えたネックレスに俺は見覚えがあった


剣を咥えたワシ、それはファーラット公国にいる王族から認められた者だけに与えられる称号、勇者の証であったのだ


(蛮勇ではない!)


となると後ろの情けない男2人も相応の力を持っている


千の攻撃が目の前を覆った

地面を多少抉るレベルでの広範囲、普通に逃げ場はない

彼女の最大最強の切り札を一発目で出したのだろう

しかし、今回はただのAランクのパペット・アクマではない


『ニー!』


気合の入った声を出し、真上に飛んだ

森を超え、真下に見える3人を見下ろすのは良き風景

だが上に飛ぶくらい、きっと考えている筈だ


(だろうな!)


飛んだ瞬間に飛んできた物体

あれは水龍という水属性の上位魔法だ

龍の形をした大きな水が真っすぐ俺に飛んでくるが、放ったのは気弱そうな顔をした男だ

千里眼を持っている奴じゃない、トゲトゲしい鉄製の杖を持った悪趣味な男だ


(飛べば逃げ場はないのは当たり前だ)


しかし、水属性となれば問題は無い

噛みつかんと水龍は口を開け、目の前に迫ると爪を大きく振ってその魔法を両断

斬撃は龍の先まで届くと、綺麗に2つになる


『そんな馬鹿な!?』


驚いている顔を見ながら地面に着地

こんなチームと出会えるとは暇しない日になりそうだな

流れるような追撃、それはもう俺の目の前に2人が迫る

フェリシアとスタンフィーの2人が飛び込んでくると、俺は彼らの攻撃を爪で何度も受け止めながら飛び退き、魔法剣が振り下ろされるとその腕を掴み、真横にいるスタンフィーに向かって投げた


『ぐおっ!』


仲良く吹き飛ぶのを眺めている時間はない

背後に回っていた魔法使いがいるからだ

この追撃さえも囮?いや違う…


(よい連携だからこそ…)


全部の攻撃が俺に攻撃するための隙作り

しかし、そのどれもが切り札と言っても過言じゃない威力を持っていたのだ

当たらなければ、それは囮で次が本命

本命が当たらないならばそれも囮、次の攻撃が迫るのだ


短期決戦、彼らは話し合いもろくにせずに雰囲気でそれを合わせてきたのだ

だから強いのだろう


(これは受けるか…)


振り向くと目の前には水の壁が迫っていた

これは攻撃の威力は無いが、バランスを大きく崩す為の水属性の中位魔法

足を踏ん張ってみても、吹き飛びはしないが多少は仰け反ってしまったぞ


『ニッ…』


『もらったぜ!』

『終わりよ!』


真横から声が聞こえた

どうやらあそこから直ぐに態勢を立て直し、魔法使いの攻撃を活かそうと飛び掛かってきたと見える

ここまでは良い、しかし駄目な点が1つある


『無言で襲い掛かるべきだったな!』


唐突に俺は声が出てしまう

声を出したことに、2人は驚愕を浮かべた


俺は口を大きく開け、そこから強力な衝撃波を放つ


『ニッッッ!!!』


声と同時に放たれた衝撃波に2人はなす術もなく、後方に大きく吹き飛んでいく

直ぐに魔法使いの男に間合いを詰め、杖の攻撃を受け止めてから腹部を蹴って地面を転がるように吹き飛ばす

ここで、彼らの猛攻は止まったのだ…いや止めてみた


あのまま調子よく動かしていたら、もっとすごかっただろうな

本当の魔物相手ならば焦って判断を間違えてしまうかもしれない


『化け物ね…こいつ』

『こりゃ体勢を建て直さなきゃ不味いな』


(早く帰ってくれ…)


首を回し、骨を鳴らそうとしても鳴らない

パペットはオモチャだ。鳴る筈がない

綿が擦れる音が虚しく響くだけだ


(それにしても…)


あの女が勇者の称号か…

確かにBランクの魔物ならば初手の技で蹴りがつくのは間違いない

しかし知能を持つAランクの魔物の場合、そうとは限らない


勇者の称号といえど、Aプラスは人間が越えられない強さを持つ化け物であり

単騎で勝つとなると選ばれし者が妥当だ


たまに勇者で勝てる奴もいるが、このチームはまだ無理なようだ


『喋ったよねこの魔物…』

『マティーニも聞いたのね』


(魔法使いの名か)


スタンフィー

フェリシア

マティーニ


この3名がファーラット公国の勇者チーム

そして魔法剣を持つこの女が勇者だ

国の代表冒険者、確かに無駄な動きもなく変形し、スピーディーだ


(まだ未完か)


圧倒的に足りない物がある

だから詰めが甘いのだ


(遊び過ぎたか…)


一応は公国の勇者チームとの突発的な交流もできたが、まぁそのうち出会いそうだな


『ニィィ!』


慣れない鳴き声を上げ、俺は彼らから逃げ出した。

暇潰しに森に来ただけであって、彼女らと戦うのが目的ではない


『あっ!待ちなさい!』


後方から声が聞こえる

しかし、追うのは自殺行為に近い

だから男二人は彼女を引き留めているのを俺は軽く振り返り、その場から姿を消す



こうしてマチの近くで魔法を解いてから街に入ると、そのまま泊まる予定の宿に直行さ

なんの変哲もない普通の宿だが、それが一番良い


2階の部屋、窓から表通りが見えるけども眺める趣味はない


『こんな時間か』


外は薄暗く、カーテンをしていても外の明かりが多少入る

ちょっとこの部屋は失敗だったかもしれないと思い始めた頃、ドアをノックしてジキットが姿を見せた


彼はノア王女の護衛騎士だが、聖騎士に所属しているエリート騎士だ

そして俺が嫌いだから汚い物を見る目を向けてくる


『いたのか』

『いる。どうした』

『明日の朝に迎えに来る。寝坊するなよ?』


すっごい嫌そうな顔!

酷いなぁと思いつつも頷くと、ジキットは溜め息を漏らしながらカーテンから溢れる街の明かりを眺めた


聖騎士の中でもトップクラスの実力らしいが

まぁ魔力袋を覗けば納得もいく


『何者だ、お前は』

『はて?もっと親密になって知りたいなら一緒に寝るか?』

『冗談言うな、尻から羊でも産めってか?』

『くっはっはっは!』


面白い男だ

メンチきって言い放つセリフにしてはよく出来ている


すると外が少し騒がしく、俺とジキットはそれに気付く

何が起きたのかと気になり、仕方なく二人でロビーまで降りたのだ


そこには宿主が慌ただしくロビーを小走りに回っていて不思議な光景が広がっている

頭を抱え、ぶつぶつ何かを言っているが…


『どうしたおっさん?』

『あぁ聖騎士様、大変なんです!緊急避難指示ですよ!街の半分が!』


ジキットが彼を落ち着かせ、説明させたときに俺は汗を流す


森にパペット種の災害級レベルの魔物が現れ、公国政府が大半に避難指示を出したのだと言うのだ

ランクA以上の魔物らしいけど、俺は知らない


(汗が止まらん!)


やらかしたか!?俺が!?

だがしかし、この混乱も無理もない

公国の勇者チーム相手に圧倒してしまったからだ


(普通に考えれば戦闘せず逃げ出すべきだったか)


勇者チームを圧倒した

それだけで警戒レベルが最大まで引き上がるのは必須

公国は大変な時期だというのに、俺が同じくらい大変な事を起こしてしまったようだ


どうすべきか俺は考えた

しかし最適案は1つしかない

ノアに泣きつくしかないのだ


『ジキット、ノアはどこだ?』

『は?今日は貴族らと会食で北区にある多目的ホールに…』


俺は居場所を聞くと、全力で走った

すれ違う冒険者や傭兵の顔が凄い深刻そうだ

多少の罪悪感を抱きながらも人混みを避けながら向かう事5分でもう目的だ


(久しく全力だ)


大きな多目的ホールだな

確かに貴族らの会食の場に相応しい

大きな入り口の前には豪華な馬車がいくつもあり、次々と貴族が慌ただしくドアを開けて出てくるのがわかる


『逃げろ!逃げろ!』


うん、逃げろ

お前らはアセるのは仕方がない

だが俺も焦っている


(軽率だったか)


ふと、聖騎士がワラワラと入口から出てくるのを見て俺はノアがいることを確信した

何気なく近づくと、当たり前に聖騎士らに警戒されて武器を向けられてしまったよ


『なんだ貴様!?』

『待て、こいつは…』

『武器をおろしなさい』


やはりノアがいた

俺はようやく安心したのだが、彼女はそうではなかった

真実を知らない為、いつもは見せぬ真剣な表情だったのである


『今は緊急事態です。話は街にも流れている筈』

『その事なんだが…あれは…』

『勇者チームの報告からパペットアクマという凶悪なAプラスの魔物だとわかりました。直ぐに動かないとこの街も危ないのよ』

『その…大丈夫なんだ』

『は?』


首を傾げていた

しかし、彼女だからこそ物分かりが良い

何かを考えると、目を細めて俺を見てくる

これは正直に言わないと不味いだろうな


『なにやら知っていそうですね?』

『遊び半分で化けていたら勘違いされた』







数時間後、街の慌ただしさは消える

そして俺は多目的ホールのメインフロアにて、ご馳走に囲まれながら彼女に怒られている


『馬鹿じゃないですか!?あんなのに化けれるのは貴方なら納得しますが街は大騒ぎだったのよ!?』


『す…すまぬ。体を動かしたくて調度良い相手だなと…』

『パペットアクマに成り済まして勇者チームをボコボコにした件もそうです!国の宝ですよ!?』


1時間、この調子だった

聖騎士はそとで待機してくれていたから、傷は浅い


溜め息を漏らし、近くの椅子に座るノアは頭を抱えながらテーブルの上のリンゴをかじった


『まず二点、きっと超位魔法だとわかりますが次が問題です。あの3人相手に負かす貴方は本当に何者なんですか?死神ギュスターヴ並みの実力の持ち主なんて今まで聞いたことが…』


彼女はシドラードに死神がいると思っている

それはシドラード王国側で俺が出ていった情報を流してないからなのだ

だからまだバレない


『聖騎士たちに沈静化を頼んだので今日はもう大丈夫でしょう。』

『ふむ』

『1つ貸しですが?』

『……』

『嫌な顔してますね?でも仕方がないでしょう?』


(バレているな)


まぁ仕方がない。

何かと頼まれたら動くしかないだろうな


『何を企んでいる?』



とんでもない頼み事を言われたよ

しかし、断れないのが悔しい

俺はただただ話を聞き、そして頷くと彼女はようやく笑ったのだ

そこで俺もホッとするのとが出来た


『やっぱり人ね』

『?』

『いえ、何でもないわ。もう貴族は帰っちゃったし…食べましょ』


すると彼女は気品なくテーブルの上の豪華な料理をガツガツと食べ始めた

王族なのか疑いたくなる光景だが、こっちの方がこいつは似合う

何故かそう思うのだ。美しいくせにな


『食べないの?』

『わかった。食べる』

『エビはやっぱりタルタルね』

『口についてるぞ』

『つけてるのよ』

『意味がわからん』

『貴方なんて顎よ?どうやってつくのよ?』


本当にわからん女だな

アミカ同様に、楽しませてくれる


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