第25話 生存


『デュラハンマスター…』


インクリットは小さく囁く

目の前には自分達の行く手を遮るアンデット

足元に落ちた双剣を拾い、彼はじっとデュラハンマスターを見つめた


少しでも気を緩めたら確実に気を失いそうになる負のオーラ、そして威圧感

確実な死がそこにはあった


『……』


長めの片手剣を肩に担ぐデュラハンマスターは依然として彼らを眺めるのみ

これにクズリは僅かに疑問を浮かべた


(何で襲ってこねぇ…)


アンデットの騎士王と呼ばれるその存在は馬上から3人を眺める

出会ったら死という言葉が相応しい魔物であり、有名な冒険者でも最高のベストコンディションでチームで挑んで倒せるか五分五分と言われるのだ


最後にデュラハンマスターと遭遇した人間の歴史上、500年前だ

それはとある王国を半壊させ、姿を消すという悲劇的な結末を迎えている

ここにいる個体は、それと同じ個体であった


(体が動かない…)

(汗がやべぇ…心臓がバクバクしやがるし)

『これが…』


強さである

だから動けないのだ

どう足掻いても結果は変わらない、目の前にいる化け物次第なのだ

そして、その化け物が動き出す


『…神聖、必然、選ばれたか』

『しゃべっ…たの?』


3人は驚愕を浮かべる

声はデュラハンマスターの体から発せられており、声は低く二重に響く


『あ…』

『潮時、発見、我は傍観せん』


驚くことに、それまで威圧を放っていた目の前の化け物が彼らに背を向けると、歩きながらその場から消えていったのだ

何故見逃してもらえたのか、3人はわからない

だがしかし、飽くまで取るに足らない者だったのかもしれないという思惑もある


発した言葉の意味など理解できるはずもなく、消えた瞬間に3人はその場に座り込んだ

ドッと汗を流し、呼吸を乱した


『なん…なのよあの化け物…!』

『マジでやべぇ…グスタフさんは生きてるのかよ』

『わかんない、でも…』


最悪の事態を脱した

同時に背後から感じる魔物の気配

3人は最後の力を振り絞って立ち上がると、ひたすら走り始めた

急な坂道を登り、過ぎに可笑しい道に出る


辺りには木箱の様なものが点々と設置されており、3人は嗅いだことがある匂いに首を傾げながらも1本道を駆け抜けた


『ここってもう鉱山だよ!辺りに道具がある!』

『たしかにそうね!抜けたんだわ!』

『なら走ろうぜ!これグスタフさんがもう設置し・・』


途端に背後から飛び込んでくる魔物に3人は振り返る

それはサイファーウルフであり、先ほど交戦した個体よりも大きい

Cランクではなく、特殊個体と言うワンランク上に匹敵する程の稀な存在だったのだ


『グルァァァァァァァ!』


脱出した途端の油断

インクリットは驚愕を浮かべながらも、彼だけは足を止めてサイファーウルフに飛び込もうと地面を深く踏み込む

逃げるには誰かが一瞬でも隙を作らないといけない、しかしそれは犠牲という意味だ

彼はそれを選んだのだ


『インク!』

『馬鹿!!』


助けるほどの余力はない

それでも2人は無意識に彼の後を追うかのように飛び込んだ

クズリは苦笑いし、アンリタは呆れた顔

そしてインクリットだけは必死な顔を浮かべていた


『ゴールだ』


聞き覚えのある声に3人の足は止まる

その瞬間、炸裂音が響き渡ると同時に彼らの背後から何かが光速でサイファーウルフに飛んでいく

とても小さな球、それは3人の目には見えない


飛び込んでいたサイファーウルフに命中し、その体はもの凄い勢いで吹き飛ぶ

断末魔すら上げる事も無く、即死したのだ

こんな芸当できる者は1人しかいない事を彼らは知っている


ようやく帰ってこれた、と実感できただろう

振り返るとそこにはグスタフ・ジャガーノートが腕を組んで立っていたのだ


『師匠…』

『生きるために藻掻くのは大事だ、そこにお前らに必要な信頼が見えたはずだ』

『え…?』

『まぁ良い。鉱山内の魔物は全て殺しておいたからあとは脱出だぞ?ここはあと3分で爆発するから急がないと生き埋めだぞ?』

『疲れてるのに鬼すぎじゃない?』

『帰るまでが依頼だ』


アンリタの言葉にグスタフはそう返した

必死の思いで彼らは走り、鉱山の入口に近づくと後方から大きな爆発音が鳴り響き、そして地響きが起きる

道が崩れる大きな音であり、魔物の地下洞窟がそれによって閉じたのだ


大きな爆発だったため、噴煙が彼らの背後に迫る


『うわぁぁぁぁぁ走れぇぇぇぇ』


クズリは目が飛び出そうなくらい驚き、皆を追い越していく


こうして鉱山を抜けると、3人は外で大の字に倒れた

もう動く事も出来ないくらい体力は底を尽き、気力もゼロに近い

そんな状況なのに、3人は夕暮れの空を見て僅かに笑ったのだ


『帰ってこれたね…』

『もう無理動けないわ、帰ったら2日は休むわよ馬鹿』

『俺も筋肉痛必須だぜ…あはは。でもアクアライト鉱石欲しかったぜ』


『ほう…アクアライト鉱石を見つけたか。あの鉱山はアクアライト鉱石が沢山眠っているからフラクタールはかなりの価値がつくぞ』


3人はこの時、初めて気づく

初めからこの人は知っていたのだろうと

貴重な資源があれば国として街の価値は当然上がり、街が危険に脅かされると公国政府は当然この街を守る


この為なのかと知る


(一石二鳥って事だったんですね)


自分らの稽古の他に色々な意味がある鉱山だったという事だ


こうして、3人は街の医療施設に真っ直ぐ向かったのだが、1日入院を言い渡された

クズリとアンリタは極度の疲労

インクリットに関しては右肩の怪我が骨まで達しており、菌が入っていて彼だけ治療に3日


クズリと同室の部屋にて、インクリットはまた入院で機嫌を悪くしてすね始める

消灯時間を過ぎた深夜に痛みで起きると、看護師に鎮痛剤を傷口に塗って包帯を巻き直す


そしてまたすねる繰り返しにクズリは笑う


『くふふ…』

『なんだよ』

『まぁ怒るなって。でもお前凄いよな』

『何がさ』 

『普通、あんなでっけぇサイファーウルフに無意識に飛び掛からないぞ』

『咄嗟だよ』

『それがお前の良いところだろうな』


(どうだろうな…)


確かに彼は咄嗟に動いた

それは今考えてみるならこそなんとなく自分でわかるのだ

仲間の為に逃がそうとした事なのだと


(リーダー…か?)


彼にはまだ自覚がなかった

しかし、1つわかった事がある

ハンドハーベンの持続時間が予想より長かった事だ

自分が持つ魔力量が大幅に上がっている事に気付くと、いてもたってもいられなかった


早く動きたい、早く戦いたい

早く強くなりたい、早く新しい戦い方を覚えたい

色々な思いが彼の胸にある


付与魔力の風、強風、ハンドハーベン、スピード強化を土台に連携して戦えるようになれば、来年には更なる成長の保証がある

それはグスタフの存在があるからだ

彼がインクリットに言い、この世界に招いたのだ


(今日は大人しくしておくか…)


『ハラドキハラドキだったな』

『ハラハラドキドキだろクズリ』

『いいじゃねぇか。てかハンドハーベン凄かったぞ?サイファーウルフ相手に通じたんだし極めればやべぇぞ』

『それは師匠との稽古次第さ』


危険な冒険をする日もある

彼らの成長は力だけじゃなく、もっと大事な物も生まれ初めていた


『頑張ろうぜ』


クズリの言葉に、インクリットは頷く


こうして彼らの傷と疲労が癒え、3人は報酬を受けとる為に冒険者ギルドに向かう

ガンテイの指示で応接室に呼ばれたのだが、3人はその時のガンテイの険しい顔にソワソワしながら部屋で待つのであった


椅子に座り待つこと数分

奥のドアからガンテイが現れると真剣な表情を浮かべたまま、テーブルの反対側の椅子に座る


『本当にやってのけるとは…』

『あの…ガンテイさん?』

『すまんな、驚いていただけだ』


ホッと胸を撫で下ろすインクリット

無意識に何かしてしまったと勘違いしていたのだが、見方を変えればしでかしている

70年、誰も解放出来なかったラフタ鉱山を復活させたからだ


『報酬ってだいたいしか聞いてないけど、どのくらいなの?』

『金貨500枚だ』


これには3人の時間が止まる

聞いた話以上の大金だったのだ


(あれ?アンリタが虚無な顔してる)


彼女の思考は停止し、『500、500』と何度も小声で囁くのみ

クズリに関しては口を半開きにしたままヨダレを垂らす始末

インクリットだけがマシだった


『ガンテイさん、マジですかそれ』

『当たり前だ。フラクタールの1つの産業が復活したんだぞ?今後は武器に関して大きく変わってくだろうが…。ミスリルの買値が大幅に下がるだろう』


他の街から仕入れると当然、物の値段は上がる

田舎街に来るまでに相当な額がかかっていたため、この街の冒険者はミスリル以上を買うのが難しかったのだ


それが解消される事は大きな事だ

彼らはその意味をハッキリと知ることが出来た


『500…』

『アンリタ?大丈夫?』

『お金大事、お金大事…』

『おいインク、そっとしとこう』

『んでお前ら今すぐ欲しいか?それともこちらで保管しとくか?』


話は直ぐに決まる

それぞれが金貨50枚ずつ貰い、残りはギルドに預けた

金貨50枚でも大金のため、やはり誰もが用意された3つの布袋を手にしてから落ち着きはない


『あとグスタフから聞いたがデュラハンマスターがいたのは本当か?』 

『いました。あれを倒すとなるとこの国はどう動くんですか?』 

『勇者の称号を持つ冒険者チームか呼ばれし者のどちらかで倒さなければならんだろうな』

『その2つの手段がないとどうなります?』


ガンテイは小さな溜め息を漏らすと、腕を組み、そして大きく背もたれにもたれかかりながら答えた

『魔物1体に公国は戦争だ』


そこまでの強さを持つ魔物なのだ

だたのAではなく、そのランク内では最上位クラスを意味する+Aに認定されていることを3人は知る


(生きててよかった…)


インクリットはホッとし、気疲れを起こす

そこでふとアンリタがおもむろに口にした言葉に誰もが興味を示す


何故グスタフが交戦してないのか

彼はあの化け物と戦えるのか、と

これにはガンテイは首を傾げながらも考える


『もしあいつがエイトビーストだと仮定する。それでも無理だ』

『無理なんですか…』

『この世で+Aに勝てるのは各国で王族に認められて称号を授かった勇者の称号を持つ冒険者チーム、そして呼ばれし者、あとは…』

『あとは?』

『死神ギュスターヴだ』


3人の頭に疑問が浮かぶ

何故あの人は助かったのかと






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