第24話 脱出

どこまで落ちたのか

三人は暗闇の中で小声で無事を確かめ合い、クズリがライトという光を発生させる雷魔法で明かりを確保する


しかしそれはグスタフと比べるととても小さく、隅々までは照らす事が出来ない


『無いより全然マシ』


アンリタはそう言いながらもクズリの足を蹴る


『ぐふっ、すまね…』

『気にしないでクズリ、帰れたら夜食ご馳走になるから』


(あ、こいつ少し怒ってる)


インクリットのいつもと違う笑みにクズリは気付き、否定出来なかった

そしてどこまで落ちたのか、上を見ても光は無い


完全にはぐれてしまい、三人は険しい顔を浮かべた


『急いで戻ろう、ここはきっと…』


インクリットは辺りを見回しながら思った

鉱山と呼べる場所ではない、と

魔物の地下洞窟に皆が落ちてしまったのだと


『きっとヤバい所よ』

『んじゃ急ご…』


クズリが話している最中、地を這う音に皆が止まる

長居する訳にもいかず、アンリタは風が向かう方向に出口があると話し、三人は歩き出す


『キキー!』

『っ!』


イビルバットが2匹

バサハザと羽ばたく音が大きいおかげでアンリタは現れた途端に2匹を素早く槍で貫いて倒す。

魔石も回収しているところを見ると、三人は焦りを見せてはいない


危機に焦ると死は近づく

冷静になっていれは兆しはある

そんな事を教わったなとなんとなく思い出していたのだ

だからこそ判断を間違えない


『別れ道かよ…』

『アンリタ、風は…』

『はいはい』


服の綿埃を取り、上に投げた

それは右の道に引き寄せられたかのように飛び、そして落下を始めた


『まだ冴えてるわね』

『だが不味い状況なのは変わりねぇな』

『そうだね…小走りで行こうか』

『……』


アンリタは目を細めて槍を構えた

視線は歩いてきた道であり、インクリットやクズリは避けては通れない相手だと悟ると武器を構えた


小さな明かりの中、先ほどの地を這う音は三人を追いかけていたのだ

彼女はそれをずっと気にしていたが、戦うしかないと悟った


『シュー!』


『完全に蛇の鳴き声だ』

『だよなぁ、地下にいる蛇…か』

『クズリ、後ろ警戒頼む』

『おう、二人に任せた』


どんな魔物なのか

インクリットは化け物じゃないことを祈る

だが彼の想定するレベルの生物はそう現れるわけはない


『シュー!』

『岩蛇ね』


全長10メートル、茶色の蛇の魔物だ

目は4つであり、目は後退しているために4つの目は体温を感知して獲物を狙う

ランクEの魔物である


『シャァァァァ!』


いきなり口を開いて飛び込んでくる岩蛇

だがインクリットはやり慣れない状況での戦いに反応が遅れ、双剣で噛みつきを受け止めた


『ぐっ!』

『うん』


すかさずアンリタが岩蛇の頭部を槍で貫いて倒す。

いつもならば反応だけは自信があったインクリットだが、この場は違う

5メートル先からはあまり見えないからだ


いつもの違う場所、いつもの違う状況

彼だけじゃなく、三人の精神的な疲労はかなりのものだった


『行こう』

『そうね』

『おう』


会話はない、無駄だからだ

今はいつもの冒険者活動ではない

口を開けば聴覚に特化した魔物に居場所を教える事になる恐れがある

三人は話し合いをしなくとも、必要な事だけを話そうと心に決めていた


(地下は涼しいんだなぁ…)

(馬鹿クズリ、死ぬまで蹴りたい気分ね)

(早く合流しないと)


途中、壁から僅かに吹き出す水に気付く

両手で水を受け止め、それぞれが軽く飲むと直ぐに出発だ


魔物が近いと感じたら隠れ

避けれない魔物は倒して進む

それを一時間こなし、ようやく明るい場所に辿り着いた


『ここは…』


インクリットは驚いた

壁から顔を出す岩が発光していたからである

その数は多く、辺り一体を照らしていた

発光石という暗闇で光を放つ石、彼らはその地帯に来たのだ


『これ当分いらねぇな』


クズリは魔法を解除し、明かりを消す

魔物の気配も近くに無く、休むには丁度良い

アンリタとインクリットは壁を背に腰を下ろし、水筒の中の水を飲む


『綺麗な場所ね』

『本当に地下なのかなって思いたくなるよ』

『それよりも落ちて無傷って奇跡じゃない?』

『そういえばそうだよね…』

『なぁお二人さん?これなんぞ?』


クズリの言葉にアンリタとインクリットは視線を向けた

壁を見つめるクズリを一瞬は頭をやられたのかと思う二人だったが、違ったのだ


『発光石と違う輝きだぞこれ』

『ちょ…どきなさい馬鹿クズリ』

『ちょちょちょ…』


アンリタは他の石とは絶対に違うとわかった

石というよりは鉄に近い物質

彼女が見たことがある軽鉄ではなく、ミスリルでもない


(なによこれ……)


うっすらとした水色の輝き

アンリタはわからずとも、インクリットは思い出した


『まさか…アクアライト鉱石!?』

『声っ』


インクリットはアミカとの話を思い出した

アクアライト鉱石とはリーフシルバーと並ぶ鉱石であり、魔力を溜め込む性質を持つ生きた鉱石と言われている

アクアライト鉱石で作られた武器に付与魔法を施すと、いつも以上の効果が得られるのだ


とても貴重な鉱石に3人は驚く

しかし、彼らにそんな暇は無かったのだ


『グルルル』

『いつの間に…』


背後から忍び寄る唸り声

真っ黒な体毛は暗闇に隠れ、その赤い瞳は熱を感知する地底の獣


顎髭は長く、後ろ足の爪だけ異様に鋭く、そして僅かな光にも輝く


サイファーウルフという狼種の魔物であり

ランクはCの厄介な魔物だ


(初めて相対する魔物だが1頭…でも…)


地上に現れるのは稀、理由としては太陽の下に現れないからだ

夜の森の徘徊者とも言われている為、殆どの冒険者は見たことがない


(やばいわね…)


初見の魔物、ランクはC

3人で挑めば勝てる見込みはある

だがその為にはかなりの体力そして魔力を消費することが戦う意思を妨げていた

しかし、それは脱出するためには必要な判断だ


『逃げよう!』

『おう!』


インクリットは懐から煙玉を取り出すと、地面に叩きつけて煙幕を発生させた

人間の体温ほどの熱ならば遮断し、そして嗅覚が鋭い対象に嫌な臭いも出す為にサイファーウルフから逃げるには都合が良い小道具でもある


『グルッ!?』


3人は煙幕に紛れながらも静かに走り出した

風の流れる方向を便りにサイファーウルフと距離を稼ぐ


ここは一体どこなのか

落ちたから鉱山の下なのは間違いない

3人の心配はどこまで落ちたのかという事だ

不安は疲れを招き、冷静さを欠如させる


坂道で僅かに希望が見えて来たインクリットは皆を歩かせ、体力の回復を計る


『上り坂だね』

『行けそうね』

『後ろは何もいないぞ』

『前だ』


先頭のインクリットは気付き、武器を強く握りしめた

飛び出して来たのはイビルバットが2匹

クズリが発生させた浮遊する光の玉の光量は乏しく、インクリットは反応が遅れる


『キー!』

『くっ!』


正面から無鉄砲な襲撃に驚きはしたものの、アンリタが自慢の反射神経を活かして2匹を素早く槍で貫く


『すまない』

『いくわよ』


まだ大きな問題を抱えてはいない

しかし、危険な場に長居すればするほどにその可能性は高まる

それは突如として起きるのだ


『ばっ!!!』

『!?』

『!?』


クズリの声に二人は振り替える

そこには先ほど逃げ切った筈のサイファーウルフが飛び込んで来ていたのだ


忍びよる猛獣は決して音は出さない

仕留める距離になって初めて猛獣たる奇襲を見せるのだ


『グルァ!』


全長2メートルの狼はクズリの構えた盾を警戒し、彼の真上を飛び越えた

着地を狙って仕留めるしかないと覚悟を決めたインクリットは双剣を構えて飛び出すが、この時、彼は間違った行動をとってしまっていた


サイファーウルフに無闇に近づくな


それは犬、狼対策としての基本的な決まりでもある

速度で勝つことが困難な生き物であるからこそ攻撃を待つべきなのだ

彼は危機的状況でそれを忘れ、最悪を生む


『っ!?』


足を踏み出し、飛び込んだ瞬間にサイファーウルフが体を半回転させ下半身を見せてきたのだ


(えっ?)


嫌な予感だけが走る

あの鋭い後ろ足は何のためにあるのか、インクリットは先ほど考えていた

それはこのためにあるのだった


『フッ!』


馬の様な強力な後ろ足蹴り

狼に似合わぬパワーを持ち、咄嗟に武器でガードするインクリットをそのまま吹き飛ばした


『うっ…!』


馬よりもパワーは無くても

サイファーウルフには鋭い爪が後ろ足にある

蹴られた際にインクリットはガードごと押し込まれ、その時に右肩を深く抉られた


『インク!』

『インク!』


ゴロゴロ転がり、地面に倒れるインクリット

右肩からは血が流れ、熱を帯びる


(か…肩が…)


右肩の脱臼

しかしそれだけではなかった

深手を負った事により、右肩から指先にかけて痺れを感じ、力が入らない状態だ


『グルルル…』


『クズリ!』

『わぁってら!やるしかねぇ!』


サイファーウルフと交戦し始める二人

インクリットは上体を起こし、立ち上がった


(くそ…持てない)


右手に武器を持てないのだ

双剣は両手に持つ武器であり、今彼が使える腕は左のみ

大幅な戦力の減少を意味している


(ぐ…不味い)


普通ならば、不味い

しかし彼は最悪の場合を想定し、対策をしていたのである


サイファーウルフと交戦する仲間に視線を向けると、インクリットは覚悟を決めた

戦うには使うしかない、と

彼は双剣を左手に2つ掴むと宙に投げた


『持つだろうか…』


インクリットは足元に緑色の魔法陣を展開する

心地よい風が彼を包み、そして投げた双剣が落下をやめ、その場で浮遊を始めたのだ


風属性魔法・ハンドハーベン

それは特別な魔力袋を持たぬ者には決して覚える事が出来ない超稀な風魔法

インクリットはそれを知らずにグスタフの指示で覚えた


『ハンドハーベン』


双剣が風を纏い、インクリットの頭上でゆらゆらと揺れた

剣先はサイファーウルフを狙い、そしてインクリットの右手が敵を指差す


『射ぬけ』


自分の武器を操作する魔法

双剣だからこそ彼には必要な力だった

操作時間中、魔力は消費され続けるために術者の魔力切れか解除をしないと魔法は止まらない

いつ魔力が切れるのかが勝負となる


『あっ』


クズリがインクリットの様子に気づくと、サイファーウルフの後ろ足蹴りを腕に装着した剣盾で受け止めた


『おらぁぁぁぁぁぁぁ!』


渾身の力み、隙を作るためにクズリは顔を真っ赤に染めるほどに全身に力を入れて耐え抜く

それは見事バランスを崩すことなく、受け止めた


『グルァ!?』

『のぉりゃぁぁぁ!』


押し込み、逆にサイファーウルフをふらつかせた

あとは二人がやってくれるとクズリは信じ、押し込んだと同時にバランスを崩して前のめりに倒れた


彼の背後から迫る双剣はサイファーウルフの死角となり、最高のタイミングで最高の隙となる


『ガフッ!』


避ける暇もないサイファーウルフの首元と胴体に双剣が刺さると、初めて苦痛を浮かべたのだ

これを彼女が見逃す筈もない


『わかってるわよ!』


槍を振りかぶり、そして突きに変える

振りかぶった時の槍のしなりは生き物の様に不規則な軌道を描く


今のサイファーウルフにアンリタの流動曲線突きを避けることは不可能

それは見事にサイファーウルフの胸部を貫く


『ギャワン!』


闇の徘徊者の威厳を損なう悲鳴

決着を知らせる敗者の断末魔

サイファーウルフは大量の血を流しながらその場に倒れる

彼らの勝利が決まった瞬間だ 


『へへっ…やるぅ』

『厄介過ぎるわよこの狼』


アンリタはクズリが起き上がるのを確認すると、素早くインクリットに駆け寄る

右肩の傷は深く、直ぐに止血しなければ更に危険な状況と知る


(立ち止まる時間は…)


後ろから何かが近づいてくる音

彼女は険しい顔を浮かべながらインクリットに口を開く


『歩きながら手当てするわ』

『ごめん、油断したばかりに…』 

『いいから歩きなさい!クズリ!』

『おう!』


クズリは後ろを警戒し、インクリットはハンドハーベンを解除せずに頭上に双剣を浮遊させながら手当てを受けた


手当てを急ぐ理由

それはサイファーウルフの後ろ足の爪には弱い神経毒があり、体内に入ると軽い麻痺が起きる

今は右肩から腕にかけて起きているが、毒を消す安易的な塗り薬を塗らないと数分後に歩けなくなる危険があるのだ


幸い、アンリタは街で毒を消す冒険者用の塗り薬を持っており、それをインクリットの傷口にベタベタと大量に塗る


『いっ…!』

『我慢しなさい!』

『だよね』

『ギャギャ!』

『前!』


アンリタが叫ぶ

前方にはゴブリンが1体いたが、インクリットは素早く反応してみせた


ゴブリンを睨むと、双剣はゴブリンに向かって飛んでいく

回避の懸念が殆ど無い魔物であるためにそれはゴブリンの胴体を容易く貫く


『ギャハッ!』

『おいおいマジやべぇぞ!』

『わかってるわよブリリ!』

『ここで弄んなっ!後ろは死守してやんよ!』

『前は僕がやる』


インクリットは足を早めた

塗り薬が無くなると、アンリタは包帯を巻く

その間に前からはゴブリンの他にイビルバットやゴーストといった魔物が次々と現れ、この度にハンドハーベンで操作した双剣が敵を貫く


(本当に無理するのが好きなバカね…)


『あんた大丈夫なの!?』

『大丈夫じゃなくても限界以上にやらないとみんな死ぬ。だからやらないと』

『…少しリーダーっぽさが出たわね』

『僕そうなの?』

『…知らないわよバカ』


これで前を守る者が一人増えた

インクリットは『走ろう!』と言い出すと、二人は頷くことなく足を早めた


休む時間も考える時間も無い

後ろや前からと魔物なひっきりなし

普通の冒険者ならば既に死を覚悟していたのかもしれない


だが覚悟を決めたわけじゃない

脱出できる確信が三人の頭の中にあったのだ


危ない時こそ真価が問われる

生きる為、強くなる為に3人は諦めない


『あっ…』


インクリットは自然と声が出た

仲間と共に足が止まり、苦虫を噛み潰したかのような顔を浮かべる

開けた空間、僅かな明かりに照らし出されたのは希望ではなく、骸骨剣士やゴースト


そこはアンデットの巣窟となっており、前は彼らで埋め尽くされていたのだ


(くそ!まだなのかよ!)


クズリは盾を構え、戦う姿勢を見せた

彼だけじゃなく、他の二人もである


『アァァァァ』

『オォォ…』

『切り抜ける』


インクリットは双剣を操作し、持てる魔力を注ぎ込む

円を描くようにして2つの武器は回転し、彼は突き進んだ


『離れるな!』


叫び、前方に群がるアンデットを蹴散らしながら仲間を先導する

その魔法はアンデットに有効であり、頭部を破壊せずとも活動は停止する


ハンドハーベンとは操るだけではなく、風属性を武器に付与しているため、魔力の力を受けた弱いアンデットは容易く倒れるのだ


『凄い魔法ね。あんな大丈夫なの?』

『大丈夫じゃなくてもやらなきゃならないんだ』

『まぁそうね』

『インク!倒れたら担ぐから任せろや!』

『はは…』


誰も置き去りにはしない、そんな思いが言葉の中にあるだけで三人は諦めない

しかし、そんな三人の希望を一瞬で消し飛ばす者はここには存在していた


『っ!?』


アンデットの動きが突然止まったのだ

何が起きたのかと驚き、足を止めて様子を伺うが、妙な息苦しさに気づく


(何よこれ…)

(息苦しいぜ)

(一体何だこれ)


馬の蹄の音、どこからともなく響き渡る地の底から沸き上がる様な呻き声の数々

鎧がこすれる時に聞こえる金属音

三人はその音の正体を知っていた


『馬鹿な…』


前方から黒い風、それによってインクリットのハンドハーベンの効力は消え、双剣は地に落ちる

そして、明かりに照らされる距離まで現れた正体に誰もがその手に握る武器を下げた


アンデット種のランクA

デュラハンマスター


馬の凍てつく視線

ある筈もないデュランの頭部から鋭い眼光

金縛りにあっていることに気づかぬ三人は汗を流しながらも僅かな希望を信じた





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