第23話 隠密

鉱山作業場は暗い

だから師匠は魔法を唱え、浮遊する光の玉を発生させた


目の届く範囲まで広範囲に照らされ、視界の確保は十分過ぎた


『にしてもよ。酷いな…』


クズリが辺りに散乱した作業道具を見て呟いた

しかも錆び付いていて使えない

ここは広いが、辺りには採掘場と見られる穴が転々と見える


『天井に小さな穴が沢山』

『叫ぶな?』


師匠の言葉でみんな口を閉ざす

奥からカタカタと不気味な音が聞こえたからね

アンデットもそれなりにいるだろうな


『あっちね、行きましょ』


アンリタが小声で行くべき道を指さす

幅5メートル高さ3メートル程の長い穴さ

ちょっと迷路みたいな道だけど、不安よりも怖さが少しある


たまに聞こえる小さな鳴き声に驚きそうになるが、僕は案外平気

でもアンリタはちょっと違った


『ねぇアンリタ、なんで掴んでるの?』

『うるさいわね、前見なさい』


太ももをつねられた、結構痛い

歩いていると、山盛りの小石や砂が目立つ

掘り進んだ形跡なんだろうな


『奥から何かくる』


僕は反響して聞こえる物音が近づいてるのに気付く

幸運にも身を隠せる岩があったから隠れたけども、奥から現れたのはアンデットじゃなかったんだ


何かを引きずるような音、それはゴーレムだった

全長2メートル、人型の岩

打撃と魔法以外は高い耐性を持つ厄介な魔物だ

ランクはD倒し難さからその位置だ


浮遊する光の玉を気にせず、ゴーレムは真っ直ぐ歩いて遠退いていく

なんで気にしないのかな…


『今ならゴーレムも倒せるのに』


アンリタが戦いたそうだった

しかし我慢だ


『っ!?』


僕は近くの小石の山から何かが飛び出してきたと思い、武器を振った

するとそれはイビルヒルと言われる虫種の吸血ヒルであり、僕らの体温に反応して飛び掛かってきたんだ


ランクはF、大きさは30センチ程の紫色をした虫だ

見事に一撃で倒したけど、危なかった


『ふむ』


師匠が頷く

きっと先に気づいてただろうね


『まだいるわ』


アンリタがすかさず素早い槍の2連擊

2匹も襲いかかってきていたんだ

彼女は槍で倒し、僕は魔石を拾う


油断できない状況だ

休息なんて絶対無理だ


『きりがない、行こうぜ』


クズリの言う通りだ

まだ後ろに数匹いる


逃げるようにして足早に奥へと進む

道の至る所に小さな穴が目立ち始めると、もう気になってしょうがない


『こわ…何いるかわかんないわ』

『起こすな?アンリタが気絶するぞ』

『私が?魔物に?』

『だから隠密に進み、隠密に倒せ』


そう言いながらも師匠は背後から飛んできたイビルバットという大きな吸血コウモリの首を跳ねた

断末魔すら上げさせないように倒さなきゃならないとなると、厳しいな


『キーーー!』


何の鳴き声なのか

僕らは驚いて身構えた

後ろから聞こえたけど、断末魔に近い

何かに襲われた感じだし、急いで向かいたい


『師匠…』

『慌てるな、急ぐと余計な事しか起きないのが現実だ』

『わかりました…』

『後ろだ斬れ』


振り向き様に双剣を振ったよ

イビルチュラという赤い斑点がある30センチ程の蜘蛛さ


運良く華麗に両断したが、死ぬ寸前に鳴いてしまったから僕は驚く

でも師匠は『まだ大丈夫』と告げた


ここでも弱肉強食はある

だから鳴き声の1つや2つくらい毎日頻繁起きているからだ

変わった事が起きない限り、魔物達は興奮しない


少し進むとちょっと開けた作業場だ

ここには穴が無い、地盤が固いからだと思う

クズリが壁を触ると、土と思えない程に固かったからだ


『こりゃ新築なんて無理だな』

『あれ何の穴なんですか師匠』

『アンノウン』

『!?』


アンリタが凄い反応してた

『起こしたら殺す』と脅されたけども虫種のゴキブリだった

全長30センチ程度の黒いゴキブリ

起こすと物凄い数で押し寄せるのだ


『師匠、ここで足を止めて落ち着いても?』

『良い、気疲れ起こしそうだろう?』

『気を抜けないですよ』


音をちゃんと聞かないと完全な不意討ちを食らうのが怖い

イビルヒルも小さな物音だけだったんだ

反応出来たのを誉めてほしいくらいさ


『後ろからなぁんか聞こえるわよぉ?』

『休んでろ』


小声で話してもこの場所では響き渡る

大きな音をたてず、僕は壁によって辺りを見回す

アンリタとクズリもどうやら落ち着かないらしいな


『息が苦しい感じだぜ』

『空気が薄いのよ。送り込む装置がないんだから』

『その通りだ。長い間いると不利になるぞ』


急がず遅すぎずに向かうしかない

かなり酷な事を言われて苦笑いしたくもなるが、そんな暇はない


カタカタカタ、そんな音が奥から聞こえてくる

それは以前にも聞いたことがある音であり、複数も聞こえるんだ

明らかにそれはあいつらだと僕らは悟る

無意識に武器を構え、光の玉の明かりに照らされ現れた魔物に僕は嫌気がさした


『アァァァ』

『アアア…』


骸骨剣士がウジャウジャいたんだ

おまけ程度にゴーストも混ざってる

僕はここが正念場だと思い、双剣を強く握りしめた


アンデットは生きる者の気配を感じて動く

もう隠れても無駄なんだ


『覚悟は出来たか?』

『はい…』

『ここで暴れてから一気に向かうしかないようね』

『目論見通りにいかねぇってわけか、はっ!面白いな』

『アァァァァ!』

『行こう』


僕らは駆ける、アンデットに向かって

後ろは大丈夫だ、師匠が見てくれている

だから前だけを見ればいい


数は20体以上、しかし動きは鈍くて対応しやすい


『強風!』


緑色の魔方陣を前に展開し、魔法陣から強い風を前方に流す

会得していた魔法だけども、ここでは役立つ

強風によりゴーストは吹き飛び、骸骨剣士はバランスを崩した


『おおぉぉぉ!付与・雷ぃ!』


クズリが無駄に叫びながら魔法を唱えた

彼の盾には放電する雷、そのまま自慢の体で盾を前に体当たりだ

これによって吹き飛んでいく敵、そしてアンリタと僕はクズリが開けたルートを周りの骸骨剣士を倒しながら進む


『付与!火!』


アンリタも槍に火を纏わせ、近づく骸骨剣士の頭部を次々と貫く

僕はスピード強化で自身にバフをかけると、骸骨剣士が反応できない速度で前に立ちはだかる対象の首を斬り飛ばす


骸骨剣士は生命力が高く、胴体を斬るだけでは倒せない

首を飛ばすか、頭部を破壊するかしかないんだ


『アァァァ!』


骸骨剣士の群れを抜け、僕らはアンリタの指示する道へ走る

後方から別の音が何か聞こえてくるが、嫌な音だ

カサカサという不気味なそれはアンリタが嫌いな魔物


アンノウンというゴキブリの群れが後ろから地を這って追いかけてきたのだ

数はもの凄く、数えるのが馬鹿馬鹿しいほどの物量にアンリタは叫んだ


『ぎぃぃやぁぁぁぁぁぁ!』

『叫ぶな叫ぶな!』

『無理無理無理無理ぃぃぃぃぃぃ!』


こんなに喚き散らす彼女は初めてだ

まぁ女性はゴキブリって生き物は嫌いなんだろうね

でも…この数を見れば僕も嫌だよ


『寒気がする数だな』


囁く師匠は赤い魔法陣を展開する

強い光を放つ赤、そして微弱に燃えている

あんなの見た事もないけど、きっと凄い


『前だけを見ておけ!まだいるぞ!』

『はいっ!』

『アァァァァァ!』


前方から飛び込んできたのはリッパーと言う人型アンデット

顔は無く、大きな口をした不気味な魔物だ

歯は鋭くでヨダレがダラダラと垂れており、両手の爪は鋭い

ランクDのアンデットであり、動きは鈍くない


『くっ!』


反応が遅れてしまったが、振り下ろされる爪を受け止める暇はある

双剣を前にし、間一髪ガード

力はあちらが上であり、押し負けそうになるけども問題ない


『おらぁ!』

『ガビャ!』


クズリが盾の上部にある刃でリッパーの頭部を横から貫く

仲間がいるからそれぞれがカバーして戦えるからまだ僕らは冷静さ


『ふん!』


クズリはリッパーの胴体を蹴って刃を抜くと、再び前を走りだす

そんな彼に立ちはだかるアンデットを押しのける為に僕は更に強風でアンデットを転倒させる


かなりめちゃくちゃな状況だけど、まだ僕は周りを見れる

アンリタの見ていない部分をカバーしてリッパーの首を双剣で斬り飛ばした


着々と数を減らす魔物だが

後方を気にすると僕は驚愕したよ


大きな轟音で辺りは真っ赤に染まる

これには僕らは動きが止まっちゃったんだ

師匠が後方に向け、巨大な業火は圧巻であり、いかなる生物でも耐えることなど到底不可能だと思える


『何よそれ…』

『師匠…』

『馬鹿者が、前だけ見ておけ!』


叱りだ

振り向きざまに僕は骸骨剣士の剣を双剣で受け止め、腹部を蹴って転倒させた

流れはとても良い、しかし倒しながら進んでいてもこちらの体力切れになる


(くそ…、長くは持たない)


足元には多くの魔石が転がっている

それを見ていると、何故か力がみなぎるのは僕が単純だからなのかもしれない

ここまで強くなったんだなぁ、と


まだまだ強さの先はある

それでも十分な結果が足元に転がってるんだ

やるしかない


『行こう!』


僕は口を開くと、スピード強化が切れた途端に素早く再度スピード強化さ

そのままアンデットの群れの空いている隙間を双剣で攻撃しながら突き進んだ


そして、アンデットの群れを抜けたんだ

アンリタもクズリも僕の開けた空間を通って奥に駆け抜ける


『走るぞぉ!』

『わかってるわよ!』

『師匠!』

『良き…、身を隠せる場所を探せ』


200メートル奥まできっと僕らは来てる

まだ半分だが、まだいける

アンデットらの足は遅く、直ぐにまいたあとは小走りで進み、それは徒歩へと変わった

足を止めての休憩は無理そうだ


『ここは……』


また開けた場所、そこには小さな小屋

身を隠しには丁度良いかもな


『あそこに一度隠れよう』

『だな、疲れちまったぜ』

『ようやくね』


古びたドアを開けると、中は安易休憩室のようになっていた

ボロボロのベッドが5つ、朽ちた棚が2つ

窓は無く、とても埃臭い


『贅沢言えないわね』

『だね、一先ずは追いかけてくる様子はなさそう』


ドアから聞き耳をたてても音はない

どうやら本当に大丈夫そうだ


『まずまずか』

『師匠、さっきの魔法…』

『気にするな、それより確認だが…』


魔物の地下洞窟を掘り当てた場所まで約200メートル先、その付近に師匠が預かった爆薬を設置して爆破だ


辺り一帯は崩れ、魔物が通れないようにしてからは別の冒険者の仕事だ


『主みたいなのいます?』

『残念ながらいない』

『よかった』


本当に安心だ


数分ら僕らは休めた

かなり体力も戻ったし、水分補給すると生き返った気分さ


『キキキキ!』


(イビルバットの鳴き声か)


バサバサと羽ばたく音と共に聞こえる

結構な数がいると思うけど、真上で音は消えてしまう

ってことは?考えたくもないけど…


『なぁインク』

『なに?』

『張り付いてね?』

『小屋出ると天井に張り付いてそうだね』

『でもグスタフさんの光の玉で大抵逃げるわね』

『アンリタの言う通りだ、この光はイビルバットは嫌う』


なら安心だね


『魔石…』


アンリタが残念そうにしてる

理由はあれだけ倒して拾う暇がなかった事だろう

それを口にすると師匠は『全部拾ってる』と答える


『いつ拾ったんすか…』

『戦いながら』


凄い人だな

こうして僕らは一時の休憩を終え、小屋を出る

師匠が出現させていた光の玉が広場を照らすと僕らは口を開けて驚く


天井にびっしりとイビルバットがぶら下がっていたからね

数は50以上いるでしょこれ…


『キキキキィ!』


明かりに驚いて飛んで逃げる光景に僕は驚いてアンリタを掴む

が、しかし!掴んだ場所が悪かった


『この変態!』

『へぶほっ!?』


胸を掴んでいた

笑いを堪えるクズリは楽しそうだなぁ

僕はビンタされて痛いのに…


『ほう?珍しい魔物がおる』


進む先、少し歩いた所で師匠は口を開く

僕らには気配など何も感じておらず、明かりに照らされる魔物はいない


(気配もかなりの範囲を見れるのか…)


『一体だ。ここらは奴の縄張りらしいから頑張れ』


 何が頑張れだ?と首を傾げたくなる

でも静かに先を進むと、何かの足音は聞こえてきた


足音は重く、息遣いは荒々しい

猛獣?いや違う


師匠が溜息を漏らす

嫌な予感がしたけども、予想的中だ


『隠れろ』


戦闘回避、どんな魔物なのかわからない

僕らは小屋の中に入ろうとすると、師匠は裏に隠れろと止めた

言われたとおりに裏の物陰に隠れ、僕は何が来たのか顔を覗かる


(うっ!)


始めてみる魔物が奥から歩いてきたのだ

馬は大きく、見ただけで虜になりそうになるほどに立派な見た目

しかし騎乗している個体が異常だった

漆黒の鎧を身に纏い、長めの片手剣に大きな盾を手にしている

そして首は無い


体の周りにどす黒いオーラがあり、それは人の顔に似ている

見ているだけで、生きた心地がしない

鳥肌が全然止まらない


『息を潜めろ』


師匠が小さな声で呟いた

見ただけで鳥肌が立つということは、それくらいヤバい魔物だ

心臓の音が耳元でなり初め、体が熱くなる

自分に何が起きたのかわからず、呼吸が次第に乱れていく


(なんだこれ…)


見ただけでこれだ

あれはなんなんだ?

アンリタやクズリは見てない、僕だけだ


『リラックス』


師匠は僕に魔法を施す

次第に心臓の脈打つ音が落ち着き、呼吸がしやすくなった


『もう見るな。まだバレてはおらん』

『そ…そうですか』

『インク…あんた大丈夫なの?何を見たのよ』

『お前ら見るな。死ぬぞ』


ギョッとするアンリタとクズリ

見たら死ぬ、それだけでなんとなく察したのかもしれない


馬の足音は小屋に近づき、僕は祈る

バレたら師匠がなんとかしてくれると思うけど、今はそうすべき時じゃない

ガン!と大きな音に僕らは驚く

どうやらドアを壊した音であり、中を見ているようだ


中にいたらバレていた

ホッとしながらも足音が去っていくのを耳で確認し、僕は大の字でその場に倒れる


『何見たんだインク?』

『ねぇグスタフさん。何が起きたの…』

『アンデット種の顔と言われているディラハンマスター。ランクAの魔物だ』


想定外の魔物に、一同は頭を抱えた

あんなのがいるとなると大問題過ぎる

Aランクとなると大規模な討伐隊を派遣しなければならないほどの大事だからだ


閻魔蠍なんて目じゃないくらいヤバい

それがラフタ鉱山の中にいる事が驚きだ


『静かにしていれば去っていく』


師匠の言う通り、心を無にしてやり過ごすしかないだろう

だけども嫌な事は立て続けに起きるのが人生なのかもしれない


『ふっ…!』


クズリが埃でクシャミを我慢する際の大きな声を出してしまったのだ

それだけならまだいい、彼は力み過ぎてお尻から可愛い音が出てしまったんだ

これにはアンリタが彼にもの凄い形相でガンを飛ばす

だがもう遅い


『チッ』


師匠の舌打ちは相当だ

指示があれば直ぐに逃げられるように立ち上がったんだけど

その瞬間にそれは起きた


『破砕』


片言で覇気の無い声

しかも二重に聞こえるのが不気味だ

僕らの仲間の声じゃなく、それはディラハンマスターと思われる個体の声だった


『あっ!』


アンリタの視線は僕の後ろ

振り返るとそこにはあのディラハンマスターの馬が大きく前足を上げていたのだ

僕らにあれを回避するのは無理だ、潰されるかもしれない


人は死ぬと感じれば、体が動かない

だから僕は今動かないのだろうと感じた

しかしディラハンマスターの馬は僕らの前の地面を強く叩いた

すると何が起きたか

地面が大きく崩れ、地割れが発生したのだ


『ちょっと!』

『ありえねぇ!』

『あっ…』


僕らは穴に落ちて行ってしまった

師匠をその場に残して

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る