第21話 非道
ジキットの伝言で無理矢理やらされたコロウ山脈の調査に俺は来た
今日に限って雨という事でテンションが低い
雨の音は好きさ。でも濡れるのは違う
メェル・ベールは武器収納スキルでしまってる。
今持ってるのは黒い刃をした片手剣さ
刀身は気持ち長めだが、見た目が良い武器だ
雨の森を進むが、魔物と出会わない
こんな日に狩りなんて変わった生き物だけだ
『ヒュルルルル…』
『イビルウッドか』
人型に酷似した木の根で出来た魔物だ
手足は長く、捕まると体力を吸われるドレイン効果を持っている
ランクDの植物種の魔物が2体だ
普段は地面に潜っており、湿気が多いと地面から顔を出すのだ
雨だから元気よく現れたなこいつら
『シュル!』
距離はまだあるのに、垂らした腕を上げると指先全て伸ばしてきたのだ
捕縛じゃなく、俺の胴体を貫く気だろう
『遅いな』
伸びる腕は速くない
このファントムソードで腕を細切れに斬り裂き、そして一気に間合いを詰めたら両断だ
『シュルルァ!?』
『驚くな』
残る個体は狼狽えていた
だがその隙に素早く横を通過し、剣を担いで山登り開始だ
『シュ……ル…』
バラバラと細かく地面に落ちるイビルウッドの体を見ることもなく俺は雨の中を進む
ここから山を眺めても変化はない
しかし何かしらここいらでシドラード側はアクションを起こす頃合いなのだ
調べるしかないだろうな
『シュルル…』
『鬱陶しい奴だ』
1体のみ
直ぐに両断して進んでいくが雨で点々と小さな川が出来ていた
先ほどよりも雨は強く、風が無いことが幸いかもしれない
『急ぐか…』
山の中腹地点、そこで俺は足を止める
僅かに魔力を感じ、奥に見える何の変哲もない木に視線を向けた
あそこに感知トラップだ
近くを通れば反応し、術者に信号が送られる仕組みだ
俺は腕を組み、考えた
あの魔法は中位レベルであり、手練れがいる
しかも設置された感知魔法は熟練度が高く、きっと気付ける者は殆んどいない
しかも茂みや木の上など気付かれないように設置されており、俺が気づいただけで複数ある
(珍しいな)
雨の音を聞きながら結論を出してみるか
明らかに人がいるからあるのは当たり前
しかも相当入って来てほしくない感じだ
『解除すればバレるだろうなぁ』
ならばステルスという気配遮断魔法を自身に付与し、このまま堂々と突き進む
ステルスは上位魔法だ、気配感知用の中位魔法センサーよりも俺のステルスが上だ
『通るぞ』
設置された魔法の横を通る際、言ってみた
かなりの数を設置できる魔法使いか
ある程度は絞り込めるが、ここで不覚を取る
『っ!?』
感知スキル畑を越えて直ぐに少し奥から微弱な魔力反応を感じたのだ
これには俺自身が油断から負けたと確信した
『別の感知スキル…』
飽くまでステルスは気配遮断、動く物体の魔力を感知する役目
そして直ぐ先にあったのはモーションセンサー感知スキル
ステルスなど意味はなく、見えている俺に反応したのだ
『相手に力量を教えてしまったか』
以前ならこんな不覚を取ることはない
自分に苛立ちを覚えそうだが、プラスに考えるしかない
(これで良いように先を考えるか)
しかし人の気配はない
魔法使用者には感知した時の微弱な魔力が届いただろうな
(これが可能な人間…)
シドラード王国の魔法騎士隊にいない
こんな複雑なトラップを使える奴は一人だ
何故だ?奴がいるのか?
(ありえん…国に従わぬ男の筈)
興味が湧いてくる
俺は堂々と歩き、雨の音で足音を消しつつ山頂付近を目指す
するとそこで人の気配が複数あった
動く素振りはない、森の中で身を隠して出待ちといった様子
『……』
逃げれば勘違いされそうだからな
これしか手はない
そして、隠れていた者が動き出した
『誰だ?』
冒険者のような格好をした男
目は鋭く、冒険者らしさはない
コンタクトを取りに来るだろうと思ったが、出てきたのは一人だけ…
『周りの奴は出てこないのか?』
『……』
こちらから気付いてる事を告げた
驚く素振りはない、驚く筈がないからな
すると木の影から静かに姿を現す他の冒険者の格好をした男達
数は9人とチームとしては多いだろうな
『何故山に?』
(質問攻めか…)
『近くの渓谷にて山賊らしき集団に追い剥ぎされたと言う被害があってな、依頼を受けてきたが貴様らか?』
『……ほう』
『質問攻めは好きではない、返答によっては残念だがお前らが山を降りる必要が無くなる』
彼らは耳打ちで何かしていた
考える暇を与えるつもりはなたい俺はファントムソードを肩に担ぐ
こちらが好戦的だと知ると、目の前の男は俺に視線を戻す
『傭兵か』
『山賊相手だからな。だから素直に話す奴等とは思ってない…。悪いがここで…』
話の最中にそれは起きた
更に奥から大きな魔力反応だ
これは魔法を発動したときの魔法陣から発せられる魔力
目の前の男の背後からである
咄嗟に俺は体を横にずらし、奥なら飛んできた光線を避けれたが、残念ながら目の前の男は腹部を貫かれ、吐血しながらその場で倒れる
『なっ!?』
『馬鹿な…』
驚いてる
まぁそうだろうな
あいつならお前らを駒としか見てない
だからこんな不意討ちも可能なんだ
雨の音が大きく、倒れた男の血が広がって雨によって流されていく
周りの仲間は驚いているようだが、今さらじゃないだろうか
そして奴は現れた
黒いローブを纏い、両腕部分は銀色のチェーンが巻かれている
ボタンをつけておらず、はだけたローブからは貴族が着るような良い服が見え隠れしていた
そしてフードを被り、顔は包帯だらけで目しか見えない
やはり、こいつだったか
『避けましたな?』
地面を擦るように歩き、俺の目の前でそう告げる
老いた男の顔が俺を凝視している
不気味な笑みが特徴的であり、先程まで仲間がやられて驚いていた他の者が固まっているのがわかる
『エルマー殿、何故…』
男の一人が口を開いた
が、しかし…間違った言葉を発している
動揺して冷静さが欠けたのかもしれん
エルマーと呼ばれる初老の者は口を開いた者を横目でギロリと睨んだ
凄い眼光なのは昔から変わらないらしい
エルマー・ヤハ・カリオストロ
没落した貴族の男であり、三男坊だった話は今でも覚えてる
身内で何があったかは誰も知らないが
彼の肉親は彼が殺し、屋敷もろとも燃やしたのだ
こいつはシドラード王国の傭兵
エイトビーストの一人だ
(不気味な男だ…)
睨んだ者を萎縮させる状態異常である恐怖を常に発しており、それは睨まれると耐性が無い者をそうさせてしまう
いくつもの上位魔法を持ち、シドラード国内では残虐さと魔法に関しての知識で彼に並ぶ者はいない
(俺を除いてだがな)
『犬どもが粗相をしましたが殺して詫びる事も可能ですぞ?』
ゾッとする冒険者の格好をした男達
可哀想だから首を横に振って上げると、エルマーはクスリと笑う
『お優しい武人ですな?何用でここへ?と言いたい所ですが…』
『聞いていただろう?答えはどっちだ?』
判断を間違えれば気取られる
だからこそ少し強気にいった方が良い
だがエルマーは考える素振りすら見せず
『名は何と?』と聞いてくる
今にも魔法が飛び出しそうだが、争いはまだ避けるべきだ
『グスタフ・ジャガーノート。傭兵だ』
俺は懐から金色の傭兵カードを取り出す
これはSランクのカードであり、偽装した物だ
黒のカードは出したら非常に不味い
『貴様は誰だ?』
『エルマー・ヤハ・カリオストロ、以後お見知りおきを』
『あのエルマー魔導公爵か。山賊に堕ちたか?』
『そこまで堕ちませぬ。しかし他国にも魔導公爵が轟いているとは誉れ』
彼は弱々しく笑った
雨の音が強い、しかし彼の小さな声は雨の音よりも耳に残る
首を傾げ、数秒の静寂のあとに彼は答えた
『山賊ではございませんので。出来の悪い弟子らの稽古です』
『山賊紛いをしてない証拠にはならぬだろう?』
『何故です?』
『名前が大きい程に人を騙しやすい。名前で説得などここでは出来ぬぞ?』
『本当に面白い武人ですな。』
だが疑うのはここまでにしよう
信じる事を告げると、エルマーは静かに頭を1度下げたのだ
一つ一つの仕草が不気味なのは理由がある
まるでぎこちない人形のようにカクカクしたように動くからだ
(目的はある程度、達したか)
ならば聞いてみよう、あの内情を
『かの死神の話があまり聞こえてこぬが、今何をしている』
『…花火を上げればわかります。』
エルマーはそう告げると、俺に背を向けてから男を連れて去っていった
花火というのは隠語だろうが、まだ意味は理解出来ない
紙一重の質問だったが、疑われた感じは無かったかな
先程の答えには色々な捉え方があるからこそ面倒だと思いながら俺は山を降りる事を決意した。
(エイトビーストのエルマーが騎士と何を)
工作するような男じゃない
山から見えるのはフラクタールだけだ、北のアクアリーヌは見えない
だとすると、何かをするために見にきたと思うのが妥当だろう
『ギャギャ!』
『邪魔だ』
突然現れたゴブリンをファントムソードで両断し、俺は歩いた
色々とエルマーとの会話を整理してみた
一つわかることは俺が姿を消した事を隠そうとしていること
アクアリーヌ返還を求めるならばそうすべきだ
(他にも…)
エイトビーストが関係していたら?
間違いなくファーラットは力押しで負ける
それが例え防衛戦でもだ
今回は彼らがいた事実だけわかった
それだけで充分である
だがしかし、何者かが俺をつけているのは山を下り始めてから気づいていた
数は3人、どこかで感じた気配だが…はて?
『片づけるか』
そう呟き、俺は水の流れる場所に歩き出す
数分で辿り着いたのは川の中流、幅5メートルの小さな川だ
覗き込むと魚が泳いでいて底まで透き通る綺麗な水
こうしてみると、魚が美味しそうに思える
膝をついて武器を横に置き、両手で水をすくい上げて飲もうとした瞬間に動きがあった
背後から3人の気配が一気に迫ったのである
明らかに殺気を放つその単純な愚策に溜息が自然と漏れてしまうよ
『暗殺は気配も静かにやれ』
振り向き様にファントムソードを掴み、目の前まで迫っていた3人をふと振りで斬り裂く
驚愕を顔に浮かべているが、彼らの顔を見て思い出したよ
アンリタと共にこの山の渓谷で遭遇した奴らだ
『が…』
『うぅ…』
1人は即死、だが残る2人も時間の問題だ
倒れて苦痛を顔に歪める彼らを俺は見下ろす
きっとこの前で俺を間違った意味で捉えていたと思われる
勝てると思っていたのだ、だから隠密系の魔法すらろくに使用しなかった
『無様だな。貴様らが死んだ後にその脳から記憶を奪おう』
俺は死ぬまでずっと彼らを見た
時間にして5分もなく、1人また1人と死んでいき
呻き声は消え、そして川の流れる音だけとなる
『ブレイン・タッチ』
死んだ3人のうち、リーダー格と思われる男の頭部を触って唱えた
黒い魔法陣が彼の額に現れると、最近の思い出が俺の脳裏に走る
これが俺の目的だ、馬鹿がつけてくるだろうと思っていたから助かったよ
『密かに、俺の勝ちだ…エルマー魔導伯』
こいつらもエルマーに引率していたシドラード王国騎士隊の3人だった
帰ったらジキットらに伝えておこう。そうしたほうがアクアリーヌの件では楽に動けるだろう
(それよりも…)
フラクタール鉱山の件、早急に片づけないと不味い
彼らを引き連れ、鉱山の復活をさせるしかないな…
『嫌な予感がする…』
今回のアクアリーヌの件、何かが可笑しい
だからこそ万全の準備を裏でしなくてはならん
ノアには頑張ってもらう、その為に急いで帰ろう
ちょっと俺は早歩きになっていることに気づき、クスリと笑う
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