第18話 亡者

時間は17時、夏なのに空が暗いのは雨雲が空を覆い隠しているからだ

クズリの所属するチームは空を見上げ、これ以上は進むのを諦めて戻ることに決める


『戻るか』

『そうね』


クズリはリーダーの指示で彼の隣を歩き、先頭を進む

太陽の光は殆ど森を照らしておらず、夜と言っても過言じゃないほどの暗さだ

普通ならばこうなる前に帰る事を冒険者ギルド運営委員会は推奨している

なのに何故ギリギリまで森にいたのか?


単純にギリギリまで稼ぐためだ

ノルマを超え、それでも稼ぎに目がくらんだ結果だったのである

一度、クズリは早めに帰る事を相談したが、それは直ぐに却下されてしまう


(暗いなぁ)


そう思いながらもクズリは前を歩く

するとリーダーが『不満そうだな』と前を見ながら口を開く


『そう見えるか』

『早めに帰れば良かったと思っているだろう?』

『まぁ確かに違うと言えば、嘘だけど』

『…まぁ否定はしない』


いつもとは違うリーダーの様子にクズリは首を傾げる

彼は思い出す、最近そこまで否定的な様子をクズリに見せなかったことに

その理由を彼は口にしたのだ


『盾士というには荷物職とも言われていたが、最初はお前を小馬鹿にしていた』

『お…おう』

『だけどもその奇妙な盾になってからか、お前は頭一つ飛びぬけていることぐらい俺でもわかる』

『だがまだ扱いなれてないぞ』

『…お前は俺達と違う、確かに夢を見ていることは共に同じだが…。きっと違う』


いつもとは違うリーダー

クズリは少し彼が心を開いたと感じ、微笑んだ


それは遠回しに、ここにいるべき人間じゃないと言っているようにも思えた

しかし、クズリは嫌な気持ちにならなかった

色々な見方があるが、クズリはプラスにとらえるのが妥当だろうと理解した


『そろそろどうするか考えておけ。他の仲間は良い奴らさが、お前とはきっとそりが合わない』

『…そうか』


すると、そこで不気味な音が森の中から小さく響いてきた

カタカタという音、そして金属がこすれる音

これには全員が険しい顔を浮かべる


『ちょっとこれ…』

『不味いぞ…』


仲間の声が漏れ始める

音は周りから聞こえてくると、皆が背中合わせで武器を構えた


普通の魔物の筈がない

誰もが日暮れに森に入らない理由、その存在が姿を現したのだ


『カカカ…カカカカ』


骸骨剣士、ランクFのアンデット種

見た目は裸の骸骨、手には錆びた片手剣だが動きが鈍く

成人した一般人でも倒せるぐらいに反応が遅い魔物だ

しかし、その弱さは数で補う


(やば…多いって!)


周りから現れる骸骨剣士の数は15体

しかし、それだけじゃない


『オォォォォ』


ゴースト、ランクFのアンデット種

白く小さな霧状の魔物だが釣り目が特徴であり、物理的攻撃は効かない

しかし、対するゴーストの攻撃も物理的な物は無く、恐怖状態を増幅させるブレスを吐き出す事しか出来ない

倒すためには魔法でしか倒す事が出来ない厄介さを持っている


『くそっ!』


それが骸骨剣士に紛れて7体


数で圧倒するにしても、これは異常だ

普通ならばこれの半数で押し寄せるからである

クズリは嫌な予感を感じながらも、数が多い魔物相手に盾を構えた


(こりゃ不味すぎる…。きっと)


もっといる

彼の予想は当たっていた


『グルァオォォォォォン』


数が多い理由は鳴き声で彼は察した

あれがいる、最悪な状況であることを理解したクズリは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、盾を構えたまま骸骨剣士の群れに駆け出した


『うおぉぉぉぉぉ!』


唐突な体当たり

骸骨戦士は反応する事も出来ず、その軽い体躯がクズリの体当たりで宙を舞う


『カカカ!』


勢いが止まった瞬間に真横から襲い掛かる骸骨剣士

クズリは盾で防ぎ、弾き飛ばすと腹部を蹴り飛ばしてから道を作る為に骸骨剣士を盾で殴り、吹き飛ばしていく

その道を大きくするためにリーダー率いる皆が周りの骸骨剣士を倒していく


しかし、あと少しで囲みを抜けれるという所でクズリは予想外な敵を前にしてしまう


『アァァァァァ!』

『なっ!?』


リッパーというEランクのアンデット種の魔物だ

人型であり灰色の体をしているが、爪は鋭く、顔は無い

アンデット種では動きが早い方であり、クズリは不意を突かれてしまったのだ

盾で爪を防いでも、体重を乗せた攻撃に転倒してしまう


リーダーが果敢に道を開こうと剣を奮うが、クズリの事など気にする事など出来ず、彼を置いて包囲を抜けてしまった

我に返ったリーダーは振り返り、顔を真っ青に染めた


どう足掻いても、戻る事は出来ない

また更に数が増えていたからである


『ぐっ!クズリ!』

『無理だ行け!助けを呼んでくれ!俺は逃げるのは得意だ!』

『だが…』

『早くしろ!本当に死ぬ!』


こうしてクズリを置いて、4人は休むことなく帰還したのだ








ギルドにこの事態が伝わった頃、クズリは運良く包囲を抜けていた

だが逃げた方向は街ではなく、森の奥だ

戻ろうとした彼はアンデットが道を阻んでいる事に気づき、敵が薄い奥に逃げるしかなかったのだ


息を切らしながらも足が遅いアンデット種の群れを振り切り、茂みの中で彼は地面に座る


(くそ…もう走れねぇなこれ)


一度息を整えないと次の攻撃を耐えられない

どこに敵がいるかわからない状況だと隠れるのが良い、という事を彼は知っている

教えて貰ったからだ


『身を潜める事は大事だ。動けば魔物はそれに反応して動く、態勢を整える為に体力を回復しないと何もできないからな。特にアンデットの場合は』


彼に盾を与えた者の声を思い出し、辺りに耳を澄ませる

不気味な音は遠く、それだけで彼は安堵を浮かべた


(ちょいとマジで休まねぇと)


彼は冷静だった

息を潜め、小さく長く呼吸をする


近くに魔物が来ても、動揺せずに呼吸を整えた

焦りがあるとアンデットは感知する

今はまだ回復していない彼は最大限に心を落ち着かせる


(しかし…)


彼は腕に装着した剣盾を眺めた

まだ不慣れではあるが、それでも扱えるだろうという感覚があるからである

攻守ともに完成された武器、不遇とは何なのだと彼は自問自答した


わからないことだらけ

誰もが盾士には限界はあると言っても、グスタフはそうじゃないと言う

それには希望を乗せる価値があるからこそクズリは今死ぬわけにはいかない


『カカカ!』

『チッ!』


茂みに隠れていたクズリは真上から覗き込む骸骨剣士に気づく

振り下ろされる錆びた剣を盾で防ぎ、そして弾いてから盾の上部についた刃で頭部を貫く


1体にバレると、近くのアンデットにもバレる

だからこそクズリはその場を離れる為に小走りで移動を始める

走り過ぎず、疲れないようにだ


(今は戦うべきじゃねぇ!まだダメだ)


体力が回復しても、戦わない

時間を稼いで助けを待つ

自身はまだ弱いからこそ、彼はそうするしかない


悔しい気持ちと僅かな焦りが汗となり、クズリは川辺まで辿り着く

既に雨雲は無く、月が見える

それが彼のための唯一の明かりだ


川の水を飲み、何時もよりも美味しいと感じながらも近づいてくる不気味な音から逃げる

何時まで逃げれば良いのか?

クズリは木の影に隠れながら考えた


しかし、そこで最悪な魔物が彼を見つける


『グルァ…ガララララァ』

『……魔物の本で見たことあるぜお前』


肉体が腐りかけたグランドパンサー

しかしその両前足の横からは人間のような腕がある

目は頭部に複数、ギョロギョロとクズリを見つめ、口からは大量のよだれを地面に垂らす


アンデット化したグランドパンサー

その名はコンペールというランクCの魔物

遠吠えはアンデットを呼び寄せ、生きる者の逃げ場を無くす


『お前だけか…』

『グルァァァ…』

『そうかい、逃げ切れないならやるしかないな』


心臓の脈打つ事が彼の耳に響く

視線はコンペール、しかし不思議と彼は落ち着いた様子で盾を構えた


『やべぇ時のために魔法を1つ手にしたんだ。お前に見せてやるよ』


その声に呼応したのか、コンペールは動き出す

生前のグランドパンサーのような俊敏さを活かして縦横無尽にクズリの周りを駆けると、背後から飛び込んだ


『付与・雷』


彼の足元には放電する魔法陣、そして盾は雷が走り出す

そして間一髪、クズリはコンペールの噛みつきを盾で防いだ


バチン!と音を響かせると、コンペールは直ぐに離れた


『ぐっ…』


フラつくクズリは態勢を直し、様子を伺うコンペールが向かってくるのを待った

アンデットは魔法に弱く、無意識に距離を置く


危機的状況なのはクズリだが、コンペールも魔法持ちと知って迂闊に攻めるのを一撃でやめてしまう


(万全でも荷が重い、もうちょい扱えれば…)


放電する盾を見せるだけで嫌そうな様子を見せるコンペール

しかし遠吠えをし、クズリの背後に骸骨剣士を呼び出す


一番されたくない事をされて舌打ちする彼だが、それでも迫り来る骸骨剣士を盾を使って一撃で倒していく


その合間に飛び込んでくるコンペールの攻撃を大袈裟に飛び退いては避け、骸骨剣士を倒す


体力を消耗させ、付与の魔力が切れるのを狙っている事にクズリは嫌気が差した

アンデットのくせに、そんなこと出来るのかよと


『脳味噌も腐っとけよ犬っコロ!』

『カカカカ!』

『お前じゃねぇ!』


骸骨剣士の頭部を殴り飛ばし、地面に沈める

だが長くは続かない


アンデットは疲労を感じないが、人間は直ぐに疲れるからだ


(くそ……)


魔石だらけの地面に膝をつくクズリ

息が絶え絶えとなり、コンペールが静かに歩み寄る


『ただじゃ終わらねぇぞコラ』


疲労困憊、立ち上がる事も困難な彼は最後の力を振り絞る

コンペールが飛び飲んでくると、大声を上げながら盾を大きく振って空中でバランスを崩したのだ


『あぁぁぁぁぁ!』


体を回転させ、刃で斬り飛ばしたのはコンペールの右腕


『グャオ!?』


驚き、飛び退くコンペール

奇跡なのか実力なのか

そこまで考える知能をこの魔物は持っていない


最後の力を見せたクズリは地面に大の字で倒れ、息を大きく吸う

やることはやった、あとは数秒だけ信じて待つだけだ、と


『俺は大声に…自信がある』

『グルァァァ…』

『だから…最近気になってるあいつらなら…気付くと思ってる』


魔物にはそんなことわからない

目の前に生きる馳走があるだけだからだ

勝ちを確信し、無防備に倒れたクズリに近づくコンペール


希望と恐怖の入り交じる空間

それなのに彼は妙に落ち着いていた

諦めたのか?否、その目にはまだ希望が差し込めており、彼は最後の力を振り絞る


『くそったれ』


中指を立てた

その意味をコンペールは知らなくとも、小馬鹿にされた事ぐらいは気付く

牙を剥き出し、彼の頭を噛み砕かんと駆け出した


だが駆け出したのは彼だけじゃなかった


『ギリギリ!』


茂みの奥から飛び出してきたのはインクリット、そしてアンリタだ

二人はギルドで救援部隊を編成する前に飛び出してきたのだ

だから間に合った


『ぬぁぁぁぁぁぁ!』

『グルァ!?』


驚くコンペールは足を止めた

だがそれは隙となり、インクリットより格上である魔物は付け入る隙を与える結果を招いた


『はっ!』


コンペールの残る片腕を頭上スレスレで前方宙返りしながら双剣で斬り飛ばしたのだ

足を止めなければ、防ぐことはできただろう

そして次なる追撃も、コンペールは驚きで回避出来なかった



『付与・火!』


アンリタは槍の先に火を灯し、素早く頭部を2回貫いた

アンデットは火に非常に弱く、そのダメージは動きを鈍くさせる


甲高い鳴き声を上げながらその場でジタバタと暴れて頭部の火を消そうとするが

この時点で勝敗は決していた


強い敵だからこそ一瞬で決めろ

インクリットは教えを胸にし、コンペールが立ち上がるタイミングを狙って飛び込んだ


(まだ動けるのか!?)


『グルァァァ!』


コンペールの最大の抵抗

猛獣のように姿勢を低くし、飛び込まんとインクリットに狙いを定めた


だがその目は彼に全て向けられており、一番コンペールが警戒すべき相手を見ていなかった


『あら?私は無視?』

『!?』


声に反応し、その場から飛び退く

獣たる反応速度は火によって鈍くとも、アンリタの槍を回避するくらいは残っていた


(チッ!) 


『逃がさない!』

『ガァァ!』


コンペールは驚いた

飛び退いた先にインクリットがいたからだ

きっと言葉が話せたならば、こう言うだろう


何故そこにいる?と


『付与!風ぇ!』


双剣に風が纏い、インクリットはすれ違い様にコンペールを切り裂いた

風属性付与により、2回の斬擊は倍となってコンペールの体に深い傷をつける


『ギャウン!』


初めての悲鳴

だが終わりではない、相手は強敵であるランクCのアンデット種コンペール

体からどす黒い血を流してもまだ死ぬことはない


『まだ死なないのか!』

『アンデットのコンペールよ!?油断した瞬間に死ぬわよ!』

『でも弱ってる』 

『まぁそうね。一気に行くわよ!』

『わかってる!』

『グルァァァ!』


決死の戦いをクズリは穏やかな気持ちで見守る。

自身のいるべき場所がどこなのか、彼はここで知ることができた


(あいつも強くなったなぁ、アンリタはもともと素質あったし)


僅かに体力が戻り、ゆっくりと体を持ち上げた。

鉛のように体は重く感じているものの、彼は立ち上がる


『カカカカ!』

『骸骨剣士かよ』


コンペールだけじゃない

夜の森にはアンデットが蔓延っており、コンペールが呼び寄せた魔物がまだ近くにいたのだ


クズリに狙いを定める複数の骸骨剣士やゴーストは徐々に近づいていく

だがここまでの時間稼ぎが状況をより良くしていたのだ


『クズリ!』

『お?』


救援で駆けつけた冒険者たちが彼の前に現れたのだ

彼らはクズリを守るように布陣し、アンデットをなぎ倒していく

その中には、彼のチームリーダーもいたのだ


(間に合ったようだな…)


クズリはそのまま冒険者の肩を借り、足早に街へと運ばれていく



『グル…ガフッ』


全身からどす黒い血を流すコンペール

既に満身創痍であり、立っているのがやっとだ


インクリットやアンリタも息切れを起こしているが、武器を握る手にはまだ力を残していた


『これが…Cランク…』

『片腕無い状態で良かったわね』


(もともと怪我したコンペール?いやでも血は流れていたし…あいつが?)


アンリタはそう考えながらも、前に飛び出すと動けぬコンペールに最後の一撃をお見舞いした


『鬼突き』


火を纏う槍の一撃はコンペールの頭部を容易く貫き、甲高い鳴き声を上げさせた

そして戦いは幕を閉じる












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