第16話 流動

夏が近づき、インクリットは退院すると一度村に戻るために朝方馬車で村に戻る

そのため、アンリタと共に作ったジ・ハードという冒険者チームはお休みだ


今日、アミカは完全な休息日

最近また勝手な多忙をしてしまい、寝不足なのを知ったグスタフが注意して彼女は大人しく休んでいるのだ


そしてグスタフはとある建物の前に立つ

小さめの道場、木製の看板には流動派槍術と書かれており、中から聞こえるのは稽古中の掛け声だ


『流動槍術…か』


アンリタの実家であり、槍の流派である流動槍術の道場である

あれから彼女の成果もあり、門下生が15人と増えているようだが、全盛期だと50人近くいたという話だからまだほど遠い

しかし、増えていることは事実だ


グスタフは門の中を通ると、直ぐに広い中庭で槍を奮う門下生の姿を目の当たりにする

彼らは集中し、グスタフに気づかない

だがそんな彼らを教える師範は彼に気づいた


『ぬ?』


白髪の長髪、それは背中まで伸びている

鋭い目つき、腕には幾多の死地を乗り越えたと言わんばかりの古傷

全てを見定めたグスタフは小さく頷く


(中段を中心に…か)


基本中の基本

突く際のブレは門下生によってあるが、それなりに仕上がりつつある者も彼の目には見受けられていた


『其方は娘が話していた男かな?』


小さな声、しかし力強い圧を放つ声にグスタフは小さく頭を下げ、彼に告げる


『グスタフ・ジャガーノートと言う。アンリタに言われて足を運んだ』

『…』


以前として、師範と入れてる男はグスタフに近づきながら視線を外さない

獣よりも鋭く、刺々しい視線を放ちつつも彼はグスタフの前に止まると、驚くことに一気に雰囲気を変えた


『よく参った!』


こうして道場の内部に入り、和室と言われる部屋に連れてこられたグスタフは武器を壁に立てかけ、腰を下ろす

庭からは門下生の盛んな声はない、休憩中なのだろうかと思いつつもグスタフは襖から現れた先ほどの男が目の前で腰を下ろすのを見届けた


『ワシはガルフィー・モリアート。流動槍術3代目師範じゃ』

『3代目ということは…』

『まぁそこそこ槍術道場としては続いている感じじゃな』


様々な武器の流派は続きづらい

しかし3代目となるとそれなりに名のある類に数えられる

この道場はその中の1つなのだ


『子を産むのが遅かったのはわかるじゃろう?』


ガルフィーはグスタフに茶を入れつつ、口を開く

槍に意識を取られ、家族を作るのを後回しにしたのだろうとグスタフを感じ取る


何故グスタフが来たのか

理由は簡単だった

既にグスタフはフラクタールという街では武人として名を轟かしている

全ての武器に精通する者というのは、彼がアミカの鍛冶屋で色々な客に指南したからこそ生まれた話でも合った


ガルフィーはそんな彼に興味を抱いた

実際にこの目でそういわれている武人を前にしたいと


(・・・・)


グスタフは羊の仮面の下部を外し、お茶を飲みながらガルフィーを見た

笑顔だが、違う


『まるで蛇に睨まれている感覚だ』

『かっはっは!バレましたか…気分を害されたならば申し訳ない』

『良い、久しぶりな感覚で暇しない』

『では単刀直入に聞いてもよろしいですか?』

『ふむ』

『この私と決闘をしてもらいたい』


笑顔で言い放つ言葉ではないが、体は本気だとグスタフは感じた

正座している姿、少しでも動けば何かされそうなくらい圧を放っていたのだ


(・・・・)


首を傾げ、グスタフは考える

だがアンリタの父でもあり、流派となると少しは触れなくてはと答えが出る

小さな溜息を漏らし、静かに立ち上がるグスタフに視線を向けるガルフィー


互いに損得があるかどうかと言われると、あるのはガルフィーの方だ

グスタフには大きな利益は無い事は本人も理解している


『今日は門下生の稽古は終わりにしております。庭へ行きましょうか』

(元々俺がやると見込んで帰らせていたか…)


一本取られた、と思ったグスタフは心の中で笑った

そして廊下を歩き、2人は庭に向かう

言葉は無く、足音だけが響き渡る


庭につくと、ガルフィーは門下生が使う槍に見立てた木の棒を2つ手にし、1つをグスタフに投げ渡す

受け取ったグスタフは木の棒に違和感を覚えるが、直ぐにそれが何なのか理解した

通常の槍は棒部分が堅いが、この棒は槍に見立てたとしても僅かにしなるのだ


『なるほどな…』

『お気づきですか』

『アミカが作った槍も棒部分は鉄ではなく、非常に硬い木材で作られていた。それは昔槍に使用された素材』

『それと同じでございます。』


しなりで突きを湾曲したように見せ、生きているかのように見せる

だからこそ流れて動くと書いて流動槍術なのだとガルフィーは話す


『試合前に2つ、聞きたい事があります』

『どうした?』

『1つ目は戦争傭兵とお聞きしましたが。戦争とは何なのでしょう?私は道が違えど、ファーラット公国の槍兵として幾つもの小規模戦を経験しました。しかし槍を使って敵を倒しても、良心が次第に傷ついていくだけ…死ぬ親善の敵兵の顔は今でも忘れられません』


悲しそうな顔を浮かべ、ガルフィーは訴えた

元槍兵、公国を守る名誉ある職だとグスタフは答えるが、その後に言い放つ言葉にガルフィーはうな垂れた


『残念だが戦争とは政治の成れの果て、政治戦争だ。王族は王族たる権力の中で生きるために人を大きく動かさねばならぬ呪われた人間だ。我らはただの道具に過ぎぬ』

『…明日がある人間も、道具ですか』

『そうだ。道具になりたくなくば力をつけるしかない。まぁしかし、今のお前のように力を世代を渡って伝える生き方も、悪くはない』

『なるほど、では2つ目です』

『ふむ』

『一撃与えれたら、流動槍術道場に投資してくれますかな?』


笑顔に戻るガルフィー

気づけば建物の廊下からアンリタ、そして彼女の母親であろう女性が固唾を飲んで見守っていた


稽古用の広さに申し分ない、しかし実践訓練用の防具類の事を言っているのだ

丈夫なものを用意するとし、金貨500枚はくだらないとグスタフは考えてる

先を見越せば、アンリタの成長は間違いない

ならば数年後の為にそうした話を承諾しても問題は無い


だからこそグスタフは頷いた

しかし、それは試合の合図となる


『っ!!』


ガルフィーは槍を軽く横に振り、グスタフに飛び込みながらしなった槍を前に突き出してくる

一瞬の出来事、しかしグスタフは見えていた

それでも彼は驚きの光景に目を大きくさせていた


(流れるというよりも、蛇か…)


しなりを利用したガルフィーの突きは流派の全てを乗せた一撃

アンリタが繰り出す突きとは決して比べられないほどのうねりを見せていた


うねりは形に戻る為に超高速で振動を起こす

その現象を上手く操作すれば生き物のように見せる事が出来るのだ

万年筆の中央を人差し指と親指でつまみ、緩やかに揺らせば起きる錯覚と同じように


それをグスタフは槍で見せられていた


『見事っ!』


グスタフは素早く槍でガルフィーの突きを払おうとした

その反応速度にガルフィーも驚きを隠せない


(化け物め!)


瞬時に軌道を変え、グスタフの払いをしのいだ

そして生き物の様に動く槍の先は払いを抜け、グスタフの目のまでに迫る


『ふっ』


狙いは顔面、グスタフは顔を横に向けて間一髪回避に成功した

強化魔法のない、一撃はグスタフの背後の木の枝を揺らし、その一撃の重さを物語っていた


(弾でも放ったのかと思ったな…)


2人には永く感じる時間だが、それは2秒すらない一瞬

一撃だというのに、酷く疲労を見せているのはガルフィーだ


『はぁ…かはは…、あれを避けるのですか…』

『残念だが避けておらん』


膝をつくガルフィーは首を傾げる

だがグスタフの肩の防具が突きによって僅かに削れているのに気づいたのだ

木の棒で傷をつけるほどの威力にグスタフは小さく笑う


『普通の槍ならばどうなっていたか。約束通り投資してやろう…先ずは打ち込み稽古を十分にできるように金貨500枚を用意しよう』

『それは本当ですか…?』

『驚くな、私の防具に傷をつける者は久しぶりだ。もう少し現役でいれば面白う傑物になれただろうに』

『その言葉で十分です。その傑物になる権利は次の世代に託しました』


彼は報われたと思ったのだろう、顔は穏やかだ

視線はアンリタに向けられており

グスタフはそんなガルフィーを見て、羨ましいと一瞬思ってしまった



そして昼

グスタフは広めの居間にて、昼食を誘われて畳の上に胡坐をかいて座る

テーブルを挟んで向こうには笑顔のガルフィーそして面倒くさそうなアンリタだ

この組み合わせに居心地が悪いなとグスタフは感じつつも、平常心を保つ


『アンリタの調子はどうでしょう』

『今年中に必要な魔法を会得させ、来年には成果を出させる』

『そうですか。そういえば蕎麦はお好きですか?』

『どう答えても出す気だろう?』


グスタフの言葉にガルフィーは勝手にツボにハマって笑ってしまう

変わった男だなと思いつつも、グスタフはテーブルの上に置いてあるグラスを掴むと、その中にある水を飲む


風が居間を通り抜け、少し暑さを感じる今日でも涼しさを感じる

木々には鳥が止まり、鳴いているだけでも暑さが遠のく


『お父さん、絶対に殺す気で突いたでしょう?』

『なんじゃ?当たり前だろうに』

『馬鹿じゃないのっ…』

『はっはっは!加減無しで行く方が馬鹿じゃぞアンリタ』

『まぁ…そうだけど』


納得を浮かべてしまう娘のアンリタ

ふとグスタフは思い出す

彼女も槍を持たせて実践稽古する時は容赦なく槍で突いてくる

蛙の子は蛙という事だとグスタフは納得し頷く


『てかグスタフさん、シドラード王国の戦争傭兵って大変じゃなかった?』

『まぁかなり過酷だ。何度も防衛などに参加したが、凄い数の敵が山岳地帯に集まってきたときは驚いたぞ』

『もしやグスタフ殿、それは3年前に起きたシドラード鉱山地帯防衛戦のでは…』

『よく知っているな』

『まさか生き残りですか!?』


ガルフィーが驚くのも無理はないのだ

当時、山を下りての奇襲をしてきたシドラード王国の北に位置するイドラ共和国

夜に1万の兵を動員し、シドラード防衛拠点にいる者だけで死守したのだ

シドラード王国兵1000人、そして戦争傭兵100人

結果として、シドラード王国側の防衛勝ちだった


その驚異的な記録での生存者は28名

シドラード王国兵が10名、そして戦争傭兵が18名である

ガルフィーとアンリタはその生き残りがグスタフだと知り、驚愕を浮かべた


『あれって本当の話なの?』

『…これを話したのは迂闊だったか』

『あぁなるほど、本当みたいねぇ』

『いやはや…生き残りだとは』

『まぁあまり触れ回るな、名を売るのは好きではない』

『そうでしょうなか、なんせ生き残りの傭兵は皆、ランクがSですから』


化け物を意味した傭兵のSというランク

そのランクに位置する者は当時の防衛戦で生き抜いた18人のうち9人だけだとガルフィーは知っていた

そしてその中に彼がいる事も


『…あの死神もおりましたでしょう』

『さてな』


こうしてアンリタの母親が来ると、グスタフは蕎麦を振る舞われた

食に五月蠅いグスタフは蕎麦つゆにネギとワザビがある事に笑みを浮かべ

その中には用意された小さな氷を入れて直ぐに蕎麦を食べ始める


(美味、氷が解ける前に…)


溶ければ味が薄くなる

そして冷たさからくるさっぱりな感覚も消えてしまう

二重にデメリットを背負う氷だが、急がなくても氷は急には溶けない


(美味しそうに食べるわねぇ)


羊の仮面の下部を外しても、アンリタにはそれがわかった

味噌汁はエンドウ豆とジャガイモが具となり、シンプルな味だ

しかし懐かしさを感じる事が出来る味噌汁にグスタフは満足した


『良き味だ。』

『食べたくなったらまたくればよろしいのじゃ』

『ならばそうしよう』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る