第15話 衝撃


インクリットの退院が近い日、グスタフはアンリタと共に東の森に来ていた

シドラード王国との国境が大きな川を境に存在するファーラット公国領土の森である

ここを通ってフラクタールに訪れたグスタフは僅かな懐かしさを感じつつも、アンリタの冒険者稼業につきそう


『ギャヒィ!』

『バトルゴブリンね』


Eランクの魔物が2体

小柄なゴブリンよりも大きい人型であり、身長はアンリタと変わらない

武器は小柄な片手剣を持っているが、飛び掛かると同時にアンリタの槍でめった刺しされて地面に沈む


『槍相手に飛び込むなんて…』


彼女は口を開いて言うと、途中で背後の茂みから飛び込んでくる別のバトルゴブリンの胸部を貫き、倒してから言葉の続きを言い放つ


『馬鹿よね』

『槍を買ってから少し良い感じだな』

『でも金欠なのよ金欠っ!』

『閻魔蠍の報酬はどうした?』

『貯蓄よ貯蓄、お金貯めてるのよ。きっとさらに強い武器を買わないといけないしね』

『またアミカに打ってもらうんだな。今は急ぐよりも場数を増やせ』

『言われたとおりにするわよ。ていうか…』


彼女は森の奥に視線を向ける

すると彼らの前に現れたのはクズリとそのチームメイトだったのだ

偶然、彼らもここに森を選んで狩りをしていたのである


『あ、アンリタ』

『クズリ…冴えない顔ね』

『あはは…』


グスタフは他の冒険者に視線を向けるが、放たれるのは無関心という気だ

妙な感覚に首を傾げてしまうが、それは素直にアンリタとグスタフに興味を持っていないことから現れた雰囲気だ


『行くぞクズリ、まだノルマ達成してないんだ』

『あぁわかった』


すれ違い、アンリタは振り返り彼らの背を見守る

挨拶もない事にムスッとする彼女だが、グスタフは気にするなと言葉をかけた


『まだ若い。何かをきっかけに気づくのが良いだろうが…なければ進むことは無い』

『もう難しい事言わないでよ…クズリが勿体ないわね。』


(ほう…無意識にも感じているか)


才能同士は惹かれ合う、グスタフはそれを知っていた


すると先ほど去っていったクズリが小走りに戻ってくる

2人はどうしたのだろうと顔を合わせると、立ち止まったクズリは真剣な顔を浮かべた


『グスタフさん』

『どうした?』

『俺は盾士だ。力に自信があるし父の意思を継ぎたい』

『ほう…』

『俺の型は何なんですか』

『……まぁお前は特殊だな』

『特殊?』

『使い古した武器をやる、扱えるようになれば道を教えてやろう』


グスタフは武器収納スキルでとある武器を彼の前に出現させた

それはアンリタやクズリも見たことがない形状の盾

剣盾という攻防一体型の武器だった


ミスリルの鉄板で作られ、上部には長さ1メートルの槍状の刃

そして下部には長さ30㎝の槍状の刃が装着されていた

手甲が装着されているため、装備する時はハメ込むだけになっている


クズリはその武器に目を奪われた

音も景色も彼の頭には入らない

ひたすら目の前に現れた武器に意識を取られていたのだ


『重量はお前が持つ盾より軽いが、振り回せるようになれば望む道を示してやる』


クズリはグスタフから盾を受けとると、元々あった彼の盾を没収してしまう

『使えるようになるまでこれは人質だ』と告げると、クズリは僅かに微笑む


『何故こんな武器を俺に…なんの得が貴方にあるんですか?』

『いずれお前はいるべき場所を見つける。そうすればわかるさ。変わりたいときっと願う。さっさといけ、遠くで仲間が待っている』


『おいクズリ、早くしろ!』


仲間の声で彼はハッとし、グスタフに深くお辞儀をすると走りって言ってしまう

アンリタはニヤニヤしながら見ているのをグスタフが気づくと『どうした?』と口を開く


『きっかけは必要だろう。お前は話しやすいと思わないか?』

『確かにそうねぇ。そういえばインクリットもそうだったし…』

『惹かれ合う存在ということだ。そのうちわかる』


彼は森を歩き始めるとアンリタは『ちょっとちょっと!途中で話止めないのっ!』と焦りながら彼についていく


低ランクの魔物は彼女が対応しながら更に奥に進むが

何故ここに来たのかというと、彼女の試練前の練習なのだ

アンリタはCランクなのに魔法を覚えていないのである

それは、致命傷だとグスタフは判断し、ここに連れて来たのだ


『休む暇はない、魔物の気配がする方向に歩くぞ』

『鬼畜ねぇ』

『付与魔法の火は大変だぞ?疲れても冷静に戦えないと落ちる』

『体力勝負ね、はいはいわかりました』


途端に木の影から現れる灰犬3頭

アンリタは溜息を漏らしながらも飛び込んでくる低ランクの魔物を槍で貫いていく

反射神経は文句なし、攻撃も素早い事にグスタフは小さく頷く


(まぁ楽勝だろうが、念押しの散歩だな)


試練という言葉に気圧され、不安で受けれなかったアンリタだが

今回はなんと『2つ取得しろ、とりあえず金は出す』という言葉に彼女が負けたのだ


『本当に出してくれるの?』

『次からは自費で出せ』

『当り前よんっ』


上機嫌のアンリタだったが、次に現れた敵に顔色が変わる


忍び寄る気はなし

堂々と正面から現れた魔物はボロゴーレム

ゴツゴツした人型に近い姿の岩の魔物である

ランクはD、彼女なら楽勝であるレベルの魔物の筈だが、今の状態では苦戦を強いる事になる


『ボロゴーレム…』

『物理は殆ど効かん。打撃か魔法だ』

『面倒…』

『だろうな…火魔法火矢』


伸ばした右手の先から小さな赤い魔法陣が現れ、そこから放たれたのは1発の小さな火矢

下位魔法であり、威力も抑えた火力だ

しかしボロゴーレムは魔法に滅法弱い


『ボロロッ…』


体の中心を撃ち抜かれ、いとも容易く核を破壊して倒した

魔石が顔を出すと、グスタフはアンリタに投げ渡す


どうだ?みたいに両腕を軽く広げて見せるグスタフにアンリタは頭を掻く

確かに覚えたい、しかし金の出し惜しみが続いてしまっていたから彼女は今の今まで魔法ゼロでここまで来てしまったのだ

しかし、覚えれるチャンスがあるならば乗るしかないことぐらい彼女はわかっていた


『これなら楽勝ね』

『・・・・』

『グスタフさん?』


彼は森の奥に視線を向ける

いつもとは違う様子に彼女は息を飲み、槍を構えた

だが魔物じゃないとグスタフが告げると、槍は下がる


現れたのは3人の冒険者

街では見ない顔ぶれの為、2人は流れ者かと思い始める

遠征か各街を転々と歩き回る流れ者か


しかし、グスタフはどちらでもないと気づく


3人の腰には片手剣、剣士3人

攻撃に特化した珍しい組み合わせの彼らはアンリタとグスタフに顔を向けると。足を止めた


『近くの街の冒険者かい?』

『そうだ。お前らはシドラード王国の冒険者か』

『まぁな。ファーラット公国名物のモツ焼きを食べに大遠征さ』

『なるほど、近くの街はフラクタール。モツ焼きは冒険者ギルド近くの店が美味いぞ』

『なるほど、感謝する』


話していた男が小さく頭を下げ、フラクタールがある方向に歩き出すと他の2人も歩き出す

しかし、ここで少し厄介な事が起きたのだ

1人の男がアンリタをナンパし始めたのだ


面倒くさがる彼女、それを見てグスタフは止めてやろうと手を伸ばす

普通ならば問題を荒げない事が冒険者同士の鉄則なのだが

この時は違っていた


『っ?』


グスタフは顔の前に刃が突きつけられていると、ナンパしていた男に顔を向けた


『悪いな羊の旦那、反射でつい…な』

(…いや違うな)

『おい!』

『わかったわかった、今行くよ』


3人の冒険者はそそくさと2人の前から歩いていってしまう

グスタフは男がすれ違う時に口元に笑みを浮かべていたのを見ていた

明らかに試しており、小馬鹿にした感じであったとわかると、口から溜息が漏れる


『どうして反応しなかったのよ』

『するべきではない。面倒なことになるからだ』

『わからないわねぇ』

『ではあと2体ほど倒したら戻るか』

『はいはーい』


手軽な魔物を槍で倒し

二人はフラクタールに向けて歩く

ふと、グスタフはアンリタが何故冒険者になったのかが気になり、聞いてみた

答えは単純だ


彼女は流動と言う槍の道場を営む男の娘であり、流派を広めて門下生を増やす為だという

安直な理由だが、グスタフはそれが調度良いと感じた


大きな夢を見る者ほど、積み重ねを苦に感じてしまうからだ

誰でも大きな夢を持つものは軽い一言から始まる

それが人間なのだ


『門下生は少ないのか?』

『去年は8人だったけど今は11人!』

『少ないな』

『だから増やすのよっ!』


(流動…か)


対人用の流派だとグスタフは思う

アンリタの槍さばきは独特だからだ

直線的な攻撃というより、槍のしなりが混じっているから生きた槍のように曲げて貫く芸当をたまに見せる時がある


あれが彼女の流派だ


(魔物よりもやはり対人だな、言うと怒られそうだが…)


魔物にも通用すれば、彼女の道場のマーケティング規模は冒険者にまで達する

それに気づき、グスタフは口を閉ざす


『あの稽古は続けてるか?』

『馬鹿みたいに思い石の槍を持って構え続けろって奴?リミットの裏で一時間やってるわよ』

『地味だが必ず役に立つ。冒険者は武器が下がると死ぬと思え、構えられる間は活路があるのだ』

『他にマシな稽古はないの?師匠さん?』

『急に呼び方を変えるな。今はそれだけでお前は大丈夫だ』

『なるほどね』


そしてフラクタールに戻り、冒険者ギルドで魔石報酬を得るアンリタの顔は笑顔だ

取り分は自分だけ、しかも魔物を探すのはグスタフだったから彼の気配感知能力で間髪いれずに稼ぐ事が出来たのである


『今日は大量!』

『ならば先にアミカのとこに戻っていれば良い、俺はいくとこがある』


行き先は大通りの裏路地

夕方だと更に薄暗く、人通りは皆無に等しい

若者がたむろしていたり、酔っぱらいが寝ていたりする横を彼は歩きながら橋の前で足を止めた


そこには二人の男が立っており、グスタフに真剣な眼差しを送っている

彼らはファーラット公国ノア大公の聖騎士であり、名はオズワルドとジキットという若い騎士だ


二人はグスタフの監視役としてフラクタールに滞在している

それは信頼が無いからではなく、別の意味としてノアが残したのだ


『遅いぞ』

『悪いな。お前らの仕事に付き合う時間を作る余裕はないのでな』

『嫌みな野郎だぜ』


舌打ちをし、オズワルドはグスタフを睨む

そこをジキットが仲介に入るのが最初の流れだ


『若い連中を育ててるみたいだが?』

『問題でもあるか?』

『いや、聞いただけだ。本題だがノア様からの伝言だ』

『なんだ』

『昨日、シドラード王国からの使者がとんでもねぇ事を言ったんだ』

『ほう、面白そうだな』

『公国の一大事だぞ。アクアリーヌを返してもらうだとよ』


水の都アクアリーヌ

このフラクタールから北に100㎞先にある街

川に囲まれた豊かな資源に恵まれた街だが

シドラード王国領土に一番近い街だ


100年前、アクアリーヌはシドラード王国の保有する街だったが

それをファーラット公国が戦争で勝ち取った記録がある

その内情をグスタフは十分理解していた


(アクアリーヌは確かに多くの資源を生む生産性の高い街だ。穀物や酒そして魚…)


当時のシドラード王国の資源の20%も賄う程であり、将来は更に期待された街でもある

だがシドラード王国は間違った政策をした


戦争の為に多くの税をアクアリーヌで補い、街の発展を妨げていた

そして当時のファーラット公国王は国の繁栄に必要な街、そして救済を求む人々を上手く味方につけて内と外からの攻撃で奪い取ったのだ


そしてアクアリーヌを奪い返されぬよう、北と南に中規模の騎士詰め所がある街が作られたのだ。

その1つがフラクタールなのである


『今さらアクアリーヌ奪還とは面白い話だ、酒のつまみに良いと思わないか』

『他人事じゃないぞ!』


怒るオズワルドに困るグスタフ

だが他人事じゃないのは確かだ

数秒の静寂に耳なりだけが響き、話の重大さに色がつき始める


『目的はなんだと思う?』

『それを俺に聞くと?』

『ノア様からの言葉だ』

『今さら奪ってもシドラードに得はない。他にも良い街があり、昔以上に栄えた事でアクアリーヌを奪還せずとも問題ない筈だ。別の目的だろう』

『別とは?』 

『セドリック王は数ヶ月前に他界した。ならば残された後継者候補3人の権力争いにアクアリーヌが巻き込まれただけだろう』

『……』


オズワルドは真剣な眼差しをグスタフに向ける

何故今になってアクアリーヌなのか?


権力争いなのは間違いはない

しかし、威力が足りないのだ


(裏があるか…)


『ケヴィン王子に気を付けろとノアに言っておけ。』


グスタフは告げると、彼らに背を向けて歩き出す

平和が徐々に崩れていく

その引き金をグスタフは知っている

誰が?何のために?


知っているからそこ、彼は他人事じゃなくなってしまった


『後始末か』


赤き空を見上げ、彼は囁いた



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