第14話 平凡

インクリットが治療施設での入院を余儀なくなれた間

アミカが経営するリミッターは平常運転、グスタフは店内の椅子に座って客の様子を見て暇を持て余していた


『グスタフさん、板についてますねそれ』

『何がだ…』


売り子にも言われ、強く言い返せない彼は頭をポリポリと掻く


リーフシルバーの小柄な片手剣や矢じり

閻魔蠍の一件で買う者が現れ、アミカが鍛冶場の中でニコニコしながら鉄を打ち、磨く


それは【生涯のお供にリーフシルバー】という売り文句を彼女が宣伝で広場の広告に載せたせいでもある

その言葉は道理にかなっており、生涯平凡な冒険者ならばリーフシルバーで殆ど永久的に使う事が出来るのだ


買い直すよりも、一撃で

そんな言葉もさらに効果をもたらし、こうして店は繁盛している


『グスタフさーん!』

『グスタフさん、アミカちゃん呼んでます』

『はぁ…査定か…』


彼は立ち上がり、鍛冶場の中へ向かう

するとそこには満面の笑みで新しく作ったリーフシルバーの片手剣を見せてくる

それはシューベルン男爵に依頼されて作った武器であり、ある程度は貴族が好きそうな装飾付きだ


『展示用か』

『一応そうだけども完成度は高い!』

『確かにリーフシルバーは予想外にも完成度は高い…』

『合格?』

『十分だ。あとはマグナ合金だな』

『あれ直ぐに熱冷めちゃう…』

『素早くだ。冷めそうになったら素早く熱し直ぐに打つ、マグナ合金はそこが面倒だ』

『ぶー!』

『あと1㎏あるだろう?』


それである程度は馴染ませろと彼が言うとアミカは『今日は終わりっ』と言ってその場に大の字で休み始める


『ベッドで寝ろ、疲れが取れんぞ』

『そだね!お風呂入る!覗いたら駄目』

『覗かんわ』


そうしたやり取りも自然とするようになり

グスタフ自身も馴染んできている証拠でもあった


こうして店内に戻った彼は再び椅子に戻り

客の流れを見ながら入口から現れた1人の冒険者に視線を向ける

それは大きめの盾を持つ盾士であり、フラクタールでは数が少ない戦闘職だ

何故少ないのか、グスタフは疑問だった


『…』


深刻そうな顔を浮かべて現れたその冒険者の名はクズリ

彼はインクリットと友人であり、別のチームの者だ

辺りを見回し、グスタフを見つけると彼は真っすぐに彼の元に向かう


『貴方がグスタフ・ジャガーノートさんですか』

『ここでは珍しい武器を持っているな』

『武器?』

『それは武器だ。まさか盾だと思ってるならばお前にその武器を持つ資格がないだけだ』


強い言葉にクズリは驚く

周りにいた客も、盾も武器というグスタフに驚いていた


『旦那、流石にそれは流石に…』

『盾士で登りつけた奴なんざ聞いたことありませんよ』


口々に聞こえる批判

盾でAランクまで結果を残した冒険者はファーラット公国には存在しないのだ

盾はヘイト稼ぎ、その印象が強い

それならばもっと補助が出来る武器職が存在していると思っているからである


しかし、それが間違いだとグスタフが告げる


『ならば…戦ってみるか?』

『え…?』

『ここにいる奴ら全員とお前で俺に挑め、攻撃出来たら金貨100枚やるぞ?』

『っ!?』


客は冒険者7名に傭兵5人そしてクズリ

計13人が名乗りを上げる


リミットの店前

そこにはちょっとした開けた道であり、グスタフは13人を前に腕を組む

何事かと野次馬が現れ始めると、警備兵も駆けつける


『隊長…グスタフさんが』

『あぁ稽古か。知らぬ振りをするしかないだろう』

『ですが決闘的な事は…』

『だから決闘じゃなく稽古って事にしろ、黙認しろとこの前シューベルン男爵殿から言われただろう。』

『でも…』

『どうした?』

『見たいです…』


頭を抱える警備兵の隊長


しかし時間は進む

グスタフは1人でも当てれば1人金貨100枚だと言うと、その場が盛り上がる

それもその筈、彼の懐からパンパンに膨れた布袋を取り出すと、中身を見せたのだ


全て金貨、それも言われた額が余裕で入っている

全員がその約束が本気だとわかると、13人はいつも以上に真剣となる


『旦那、マジで本気で行きまっせ?』

『怪我とか…気にせずですかい?』

『魔物だと思って全力で来い、クズリお前もだ』

『は…はい』

『さて…と』


グスタフは両手を広げると、その先に何かが現れた

武器収納スキルにより発動する武器展開

彼の両手には鬼の模様が描かれた盾が現れたのだ

片手に盾ではなく、両手に盾という光景に誰もが動揺を隠せない


そもそも武器収納スキルに皆は驚いている


『他に野次馬で参加したい奴は襲い掛かってくればいい、盾の有能性をその体で感じてもらう。』


その声に、5人が名乗りを上げる

中にはアンリタもおり、グスタフは羊の仮面の中で苦笑いを浮かべた


『いつでもいいのかしら?』

『こい。あと野次馬はあと5メートル離れないと巻き添え喰らうぞ?』


巻き添え?

巻き添え?

皆は首を傾げる

そして嫌な予感をいち早く感じた野次馬は一斉に下がると、参加した冒険者や傭兵は戸惑いを顔に浮かべる


何をされる?何が起きる?と


『来い。』


その声で皆が一斉に飛び込んだ

だが嫌な予感をバチバチと感じていたアンリタはあえて下がった

クズリはそんな彼女を見て盾を前に出し、少し下がると腰を低くして足場を固める

2人の予想は的中していたのだ


両手に盾を持つグスタフ

その盾が白い魔力を帯びると、彼は盾を同時に強くぶつけて唱えたのだ


『クラッシュ』


甲高い音と共に発生する衝撃波は飛び掛かる参加者を吹き飛ばした

これには野次馬も驚きの光景だ


『盾二つは魔法と併用して使う際に最適、そして攻撃は…』


右手の盾を消すと、今度はその手に現れたのは鉄鞭という鬼が持っていそうな鉄の棒だ

小ぶりな鉄鞭だが、人間が振り回しやすい最適な重量のため、そう見えるだけだ


倒れて動けない参加者は6名、そして起き上がり更に挑む彼らをグスタフは盾で攻撃を防ぎ、そして武器を鉄鞭で弾くと、次に盾で殴って吹き飛ばしたり、逆に鉄鞭で殴ったりして倒していく


(こっわ…)


アンリタは別にお金に誘われたわけではない

どういう戦いをするか、興味があったのだ

だが予想外な光景を前に彼女は驚くしかない


こんな戦い方、あるか?

動けない参加者や野次馬はそんな考えがよぎる

予想外過ぎる立ち回りだからだ


『さて…残りは二人』

『あはは…あたしパスよ~』

『ふむ、ではクズリよ…来い』

『う…』

『盾だけ、しかも俺のより大きいがお前はお前のやり方がある。その盾では決して無理だ』

『そん…』


クズリは口を開いた途端、目と鼻の先にはグスタフが一瞬で現れた

あまりにも早く、そしてあまりにも重い一撃が襲い掛かる


『少し強めに殴るぞ』

『っ!?』


振り下ろされる盾を盾で受け止めるクズリ


しかし直ぐに力負けし、地面に叩き付けられた


『がっ…』

『まだお前は見つけてないから道を歩んですらいない。魔法か物理か何を活かすかお前は自己解決すらままならぬならば見つければ良い』

『ぐ…』


立ち上がるクズリはゆらゆら揺れながら彼の言葉に耳を傾けた


『今のチームでは、残念だがお前は何も叶えられん』


こうしてちょっとした騒ぎは解散となり、グスタフはリミットの店内でアンリタの話し相手とされた


クズリと言う男はメスの閻魔蠍討伐に参加

しかし彼のチームメイトは不参加だった


『クズリだけよ?しかもほぼ無傷って聞いて後方にいたのかしらと思いきや閻魔蠍の前でヘイト稼ぎちゃんとして仕事したってガンテイさんが誉めてた』

『ほう…単純に能力値が高かったか』

『小太りよどうみても』

『装備が小さいだけだ、悲しくて買ってやりたくなる』

『買う金無いってさ』

『ふむ…』


そして夜

クズリは自宅の自室にて寝付けずにいた

それは日中での出来事が頭から離れないからだ


お前はまだ道にすら歩んでない

その言葉が何度も脳内で再生されるのだ


(盾だけじゃダメなのか?)


寝返りをうち

壁に立て掛けられた盾を見つめる

それは父が冒険者時代に使った盾であり、体が大きかった父にとって調度良いサイズだったのだ


今は怪我で引退、役所で働いている父の意思を継いで盾をクズリが握り直している

両手で握った盾で歩んでいるつもりの道は、グスタフによって否定された

だから彼は今悩んでいたのだ、どうするべきかと


そしてその悩みは彼の冒険者生活に響く

グスタフに打ちのめされてから2週間、彼はチームでの役割をこなしながらも答えを求め続けた


快晴、風は暖かく心地よい

そんな天候にでも魔物は現れるのだ


『ギュピピ!』

『クズリ、来たぞ!』


剣士2人、双剣1人そして盾士のクズリ

女性は双剣だけ


赤猪2頭に挟み撃ちされ、クズリは後方から突進してくる個体を盾で受け止めた

自慢の馬鹿力で踏ん張り、そして弾き返してバランスを崩すと仲間がその隙にトドメを刺す


しかし、彼は満足いく戦いとは感じなかった


(ここに入って半年か…)


彼は空を見上げ、頭の中でそう呟いた


その頃、治療施設にて入院生活を余儀なくされていたインクリットはアンリタから差し入れで貰ったホットドックを頬張り、ご満悦だ

持ち込み厳禁であるが、それでも彼は無理強いして彼女に頼んだのだ

食べたい、と


ガツガツ食べる彼の姿に呆れた顔で椅子に座って眺めるアンリタ

個室の為、治療員は呼ばなければ来ない


『病院食は味が薄いし量が少ないしでさぁ』

『一応健康とかあんたの体を考えて管理栄養士が作ってる筈だけど?』

『で…でも買ってくれくれたじゃないか』

『まぁね』


素早く平らげ、満足げにベットに寝そべるインクリットは窓を眺めた

外を飛ぶ鳥を見て穏やかな空気を感じていると、彼の元にガンテイも訪れる


『大丈夫そうだな』

『そちらも』

『がははは!まぁ今日は空気読んでるから簡潔に話して帰るさ』

『なんの空気読むのよ…』

『大人はわかる!まぁ簡潔に言おうか。インクリットの冒険者ランクを正式にFにする事にしたのだ』


これには本人も驚きだ

試験をしなければ昇格はしないが、今回は異例

Fランクでありながらも閻魔蠍相手に勇敢に立ち向かった実績が、そうさせたのだろう


驚く顔を見れて満足したガンテイは椅子から立ち上がると、その場を去ろうとする

しかし1つだけ、気がかりな事があった

真剣な顔を浮かべ、それは彼らに向かって問われた


『あいつは何者なんだ?』


あいつ

それだけで2人は誰の事か理解できた

オスを一撃で倒すだけじゃなく、その弾道の先にいたメスの閻魔蠍をも貫いたからだ

常人ではありえない芸当を見せつけられ、ガンテイも彼の存在に関して興味を深く持った


『確か以前、閻魔蠍と相対したと言っていたな?』

『はい、師匠はそこらの魔物と変わりない様子でしたので何故か僕もある程度落ち着いてました』

『まぁそれは一先ず置いておこう。今回の閻魔蠍の件を考えるととんでもないんだ』

『どういう事?』

『単純な事さアンリタ。公国内に存在するSランク冒険者でもあんな芸当出来るかわからんのだ』


Sランク冒険者

実績を積み重ね、強さを手に入れた存在

ここで2人はとある勘違いをしていたのだ。

そんな存在ならば閻魔蠍相手に戦えるのでは?と


ガンテイは違うと否定した


『Sランクだからと強いというわけじゃない。強さよりも功績を称えて与えられることが多いんだよ。Aランクの魔物を倒すにしても。彼らはソロでは立ち向かう事は困難だ。』


各国でSランクの称号は別名ではこういわれている

勇者職という言葉だ

公国内にいる最上位ランクでも、閻魔蠍2体相手に苦戦は必須

その事実に2人は驚く


『ならグスタフさんは何なのよ…』

『今回の件、実は彼の存在は伝えていない』

『何でです?』

『存在自体をそこまで浸透させたくないと思える。だから俺達の前に現れずに仕留めたのだ。そういう意味が込められていたんじゃないかってな』

『…シドラード王国の戦争傭兵よねあの人』

『そうだとは聞いてるさ』

『まさかだが…』


彼らの読みは途中まで正しかった

しかし最後は大きな勘違いをしたおかげで、グスタフは明日ものんびりフラクタールで過ごす事を保証された


だがフラクタールの街にいる冒険者や傭兵達は彼の存在を知っている

閻魔蠍での件では姿を確認できずとも、薄々勘づいていた

誰が倒したのかと



ガンテイは帰ると、アンリタも頃合いを見て部屋から出ていく

1人になった彼は欠伸をすると、仮眠するために目を閉じた


(それにしても…)


閻魔蠍との戦いでのスピード強化

自身でも抑えられないくらいの速度であり、今思えばありえないのだ

普通は僅かに強化されるだけなのに、インクリットの場合は違った

音速に近い速度だったと、今気づいたのだ


(風魔法か…)


お前は風だ

グスタフに言われた言葉は今になって頭をよぎる

あの人は自分の才能に気づいていたのだ、と


(まだ強くなれる…だろうな)


完治したら一度村に帰ろう

そう思うと彼は夢の中に入っていく








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