第13話 絶戦
閻魔蠍のメス、それはガンテイの想像を絶する巨体だった
彼だけじゃなく、他の冒険者もその姿に圧巻され、そして足を止める
(ば…化け物め)
『キキィィィィ!』
全長15メートル、閻魔蠍はメスが大きい個体となるが
産卵期となるとそれは最大サイズの可能性が高い
彼らは、その確率を引いてしまう
『怯むな!俺が前に出る!魔力切れるまで魔法撃ちまくれぇ!』
彼は叫び、火属性のパワーアップ、風のスピード強化、水のガードアップ
3種の属性を纏い、先陣を切って駆け抜けた
(死ぬなよ!お前ら!)
そして同時刻、別の討伐隊は壮絶な苦戦を強いられていた
誰もが手にしている武器が閻魔蠍の皮膚を通らず、弾かれるのだ
これには流石の冒険者達の顔色が悪くなり、足取りが徐々に重くなる
致命的な点を彼らは知らなかったのだ
オスの閻魔蠍は非常に硬いという特徴がある事を
『キィィィィィ!』
『やべぇ逃げろ!』
『ぐはっ!』
周りで取り囲む冒険者に向かい、尾を振り回す閻魔蠍
その長いリーチに誰もが近づけなくなっていた
1人、また1人と徐々に冒険者の中にも戦闘継続が困難な怪我を負う者が増えていき
100人近くいた人間は今では半分にまで減っていったのだ
(くそ…どうすれば…)
インクリットは一歩前に出ると、閻魔蠍に目に睨まれて動けないでいる
先陣を切った際、大きく暴れる閻魔蠍を前に彼は足を止めてしまったのだ
驚き?危険?いや違う
大きな巨体が大きく動き、その多くの目で睨まれたことによって畏怖したのだ
本当の化け物という威圧を目の前で当てられ、攻めあぐねていた
『これじゃジリ貧ね…』
『近付けない…』
『それよりも相当ヤバいわよ』
それは、2人も武器以外はダメージを与えれてない事だ
リーフシルバー以上の鉄でなければ閻魔蠍にダメージを与える事が出来ないのである
その武器を持つのは、ここにいる2人
運良く隙をついてインクリットが尾につけた傷
そしてアンリタがそのあと直ぐに槍で突いた右側面の貫通傷
2点からは僅かに緑色の液体、そう血が流れていた
それにより閻魔蠍が怒りを増し、更に暴れ出したのだ
(まだ扱えてないのか…)
インクリットのスピード強化はまだ未完成だった
覚えて間もなく、練習する暇もなくここに来た彼は強化されたスピードに注ぐ魔力が不安定であり、彼が持つ本当の力を引き出せないでいた
『インクリット!』
アンリタの声に彼は我に返る
意識の余所見、彼は考えすぎてしまい
目の前で右鋏を振り下ろす閻魔蠍に気づかなかったのだ
(やばい!)
全力で飛び退き、間一髪だとしても地面を叩いた時に起きる衝撃波によって彼は地面を転がる
ヘイトが彼に向いていると見るや、遠距離魔法での火矢が閻魔蠍の目に近くに命中すると、閻魔蠍は僅かに狼狽えた
隙に隙を重ね、ようやく得れる一瞬を見切ったアンリタは真横から飛び込み、背中に向かって槍を突き刺した
『キィィィィィィィィ!』
『グッ…!』
大きく暴れ、アンリタを背中から振りほどこうとする閻魔蠍
ここでようやく、他の冒険者達も前に出て攻撃に転じた
しかし、その手に握る武器では刃が通らず
暴れる体に触れて吹き飛ばされていく
(駄目!もう無理!)
手に力が入らなくなったアンリタは吹き飛ばされ、木に背中を打ち付けてしまう
咳込み、上体を起こした時には目の前にはあの閻魔蠍
無視だからと馬鹿ではない
アンリタが厄介な存在だと気づいていたのだ
だからこそ先に倒すべく、奴は目の前にいる
(武器が…)
閻魔蠍の背中に刺さったまま
どうする事も出来ず、彼女は逃げる隙が無いと見て半ば諦めた
しかし、インクリットはそんな事させまいとがむしゃらに背後から飛び込んだ
『やめろぉぉぉぉぉぉ!』
逃げを考えぬ馬鹿正直な飛び掛かる攻撃
しかし彼の無意識とは反し、そのタイミングは閻魔蠍にとって都合が悪かった
背後の気配に気づき、振り向いた瞬間にインクリットが振り下ろす双剣を顔面に受けてしまい、緑色の血が拭きだしたのだ
『ギュピィィィィィィィ!』
初めての断末魔
冒険者達は驚き、攻撃の手を止めてしまう
活路が生まれ始めたのだ
だからこそ起きた足を止める行為は、致命的な行為でもある
しかし、そこで動いた者が1人いた
『アンリタ!』
『ちょっ!』
無我夢中でインクリットはアンリタの腕を引っ張り、その場から跳んで離れる
それは間違った行動ではなく、あと少し遅れていれば尾で潰されていたのだ
多くの目を持つ蠍の目
しかし彼の攻撃で半分となり、蠍は怒り狂う
そんな化け物を前に、インクリットは周りを見渡した
『うぅ…くそ』
『足が…足が…』
ヒヨッコ冒険者と言われ続けたインクリット
それでも優しく接してくれた熟練の冒険者らが周りで倒れ呻き声を上げている
動かぬ者もいたことに、彼の体が震えた
もう話す事も出来ない存在などを目にし
彼は耳鳴りと共に色々な考えが脳内を駆け巡る
アンリタの武器は奴の背中
あとは自身の武器しかない、と
仲良くしてくれた者が倒れていく、そして死んでいく
気づけば半分もいない事に彼は体に徐々に熱を帯びていった
(僕しかいないんだ)
弱いけども、やれることはやらないといけない
ここで逃げると、一生何を得る事も出来ず、守る事も出来ない
僕しか前に出れないとわかり、彼は怖さよりも興奮が増す
『避ける事をすれると、小物でも大物を脅かす事もある…窮鼠なんとやらというだろう?』
インクリットはその言葉を思い出し
全てを賭ける覚悟が決まった
ドクドクと耳で聞こえる鼓動
そして魔力の流し方など不慣れな彼は風魔法のスピード強化の効果が切れると同時に、叫んだ
『風魔法・スピード強化!』
ここで死んでもいい
生きるために逃げれも、家族にどんな顔して話せばいいのか
彼は目の前の閻魔蠍よりもそれが怖かった
逃げて生きるか、倒して生きるか
彼は後者を選んだ
不安定な覚悟により、最初のスピード強化は微弱な恩恵だったが
今発動したのは格段と違う恩恵となった
風が強く彼に纏い、彼は体が浮いたように軽くなったと錯覚するほどに効果が現れたのだ
『インクリット、あんたまさか』
『僕しかいないんだ。みんなを助けれるのは』
『あんたまだFランクなのよ!私無しでどうする気なのよ!』
『でも今はこれしかないんだ!僕が出るからアンリタはその後頼んだよ!』
助かりたい、そのためには倒すしかない
だからこそ彼は僅かな恐怖心を叫び声で払拭し、駆け出す
その速度に誰もが驚愕を浮かべる事となる
インクリットは何故グスタフの弟子となれたのか
それは素質があったからだ
風という属性に愛されている事を、グスタフは知っていた
『キッ!?』
先ほどの速度とは違う事で対応が遅れた閻魔蠍は襲い掛かるインクリットに鋏で応戦しようと振り回すが
その前に彼は側面を横切り、足の一部を斬り飛ばしたのだ
本能的に、閻魔蠍は感じた
死ぬことに恐れを失くした者だと
『あのインクリットが!?』
『小僧やりよる!』
剣を持つ冒険者は口々に言う
しかし肝心のインクリットは速度を抑えきれずにそのまま吹き飛ぶ形で転がる
(やった…やったぞ!)
立ち上がり、彼はその事実に興奮する
だが相手は化け物級、時間など与えない
閻魔蠍はインクリットに向かって顔を向けるが、させまいと魔法使い質が下位級魔法で目を狙い、足を止める
そしてその隙にアンリタは背中に乗り、槍を抜こうと握りしめる
『っ!?』
途端に閻魔蠍は彼女を無視し、インクリットに向かって襲い掛かる
させまいとアンリタは槍を抜くのではなく、更に奥に刺そうとするが、それでも閻魔蠍は止まらない
『インクリット!』
『あっ』
逃げる隙はあった、しかし出来なかった
多くの魔力をスピード強化によって吸われたせいで、彼は身動きが取れなかったのだ
体が鉛のように重く感じ、回避できなかったのだ
尾で叩かれ吹き飛ぶインクリットはそのまま木に体をぶつけ、動かなくなる
そこでアンリタは槍を抜き、その場から飛び退く
彼女は一瞬、彼が死んだかと勘違いしたが
近づくと息がある事に気づく
『あんた…』
『もう無理だ。体中が痛いし力が…。君だけでも逃げて…』
『馬鹿言ってないで立ちなさい!』
言葉で言っても、彼女は彼に触れない
明らかに人体に大きなダメージを受けており、下手に動かすと非常に不味いからだ
インクリットは叩かれると同時に、体内で多くの骨が折れる音を聞いている
彼は何カ所も骨折しており、動けないのだ
『キキィィィィ!』
『来るわよインクリット!動きなさい!』
迫りくる閻魔蠍
だが明らかに動きが鈍い、それはダメージの蓄積で弱っている証拠でもある
もし2人がまだ無傷ならば?きっと彼らの望む結果を得る事が出来ただろう
だが現実としてそれは無理であった
アンリタも無傷ではなく、どちらも戦闘継続が困難だ
それは切り札がなくなったとも言える
『やることはやった。生きてたら一緒にチーム組みたかったけど無理そうだ、あはは…』
『なってあげるから立ちなさい!早く』
彼は立ち上がる事は無い
喋るだけでも激痛が走るからだ
だからこそアンリタは叫ぶことしかできない、そして逃げなかった
『お前ら逃げろぉぉぉぉぉ!』
『駄目だ間に合わねぇ!』
冒険者が近寄ろうにも、時すでに遅し
インクリットとアンリタの前には既に激高し、鋏を振り上げる閻魔蠍がいたのだ
(きっと…)
これ以上は奇跡は起きない
インクリットはここまでやれたことが奇跡だと感じた
Fの冒険者がBという存在に一泡吹かせたのだ
それは誰にも馬鹿にされることのない事実
冒険者として彼は真っ当出来たと感じ、口に笑みを浮かべる
そして、この後の結果を望まない者がようやく口を開く
『上出来だ』
その声は森の奥から聞こえた
閻魔蠍は声だけで動きを止め、狼狽え始める
何が起きたのか、冒険者達は度惑う
だが誰の声なのかわかったアンリタは力が抜けてしまう、その場に座り込んだ
『キ・・・・キキキ!』
明らかに様子が可笑しい閻魔蠍にインクリットは力が抜け、意識を失う
その瞬間、戦いの終わりを告げる言葉が唱えられる
『銃魔・アハトアハト』
甲高い炸裂音と共にアンリタの直ぐ横から何かが一瞬で通過する
それは閻魔蠍の鋏を貫通し、破壊し、そして胴体を貫くと僅かに肉片を飛び散らせながら大きな巨体は後方に転がる
断末魔すら鳴く事も出来ず
動かなくなる閻魔蠍、これにはアンリタも苦笑いを顔に浮かべてしまう
(規格外過ぎるわ…。)
だが声の存在が彼らの前に現れる事はなかった
その日、警備兵や街の残った冒険者達が森にくると
死傷者を運び始める
2体の閻魔蠍は同時に絶命、それはオスを貫通した何かがメスをも貫通し、同時に倒した事だ
何者なのか、誰もが疑問を浮かべるが
それを知る者は3人だけだった
『う…』
インクリットは意識を取り戻す
そこは天井が白く、緑色の仕切りで覆われた小さな部屋
起き上がろうにも、激痛で体が動けずに溜息を漏らす
(助かったんだ…だよね)
上出来だ、その声に彼は安堵を覚え
気を失ったのだ
『起きたわね』
『アンリタか』
仕切りの向こうから椅子を担ぎ、彼女が現れるとベットの横に椅子を置いて座る
どうやら討伐の日から次の日の昼
インクリットは沢山寝ていたのだ
『生きてるね』
『まぁ奇跡ね』
彼はクスリと笑うと、彼女も笑う
生きた心地を肌で感じ、僅かに流れてくる風に心地よさを覚えると
そこに別の者が現れた
『元気そうだな』
『師匠…』
『グスタフさん…』
『まぁ1か月は休んでてもバチは当たらない、大事なのは経験したことであり。訛った体はいつでも取り戻せる』
『心配してくれても…』
『生きてるだろう?何を心配してほしいのだ?』
『グスタフさん、あの魔法何?』
『俺は知らんぞ?森など言っておらん』
『絶対嘘!あの声まんまだもん』
『誓って違う、あとアンリタ…』
『な…何よ?』
グスタフはインクリットが大丈夫だと知ると、その場を去りながら最後に告げる
『そいつは生きてるから約束通り、チームは組めよ?』
『やっぱりあんたじゃんっ!!!!』
インクリットは笑い、そして激痛に苦痛を浮かべる
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