第11話 緊急
(久しぶりの感覚だな)
今、俺はアミカと共にとある屋敷の応接室にいる
そこはフラクタールの街を統治する貴族の屋敷であり、主の名はシューベルン・イド・カルテット・フラクタール男爵だ
貴族が好みそうな装飾が多い内装かと思いきや、予想よりはシンプルだ
奥の扉の前には老いた執事、白い髭が特徴的だ
『やっぱシューさんの屋敷大きいなぁ』
『シューさん?』
『うん!呼びやすい!』
凄い女だと感服したよ
貴族相手にそう呼ぶなんてな
まぁしかし、そう呼べると言うことは器も大きそうだ
俺は椅子に座って彼女と待っていると、奥のドアからシューベルン男爵と二人の貴族騎士が現れた
『待たせてすまないな』
軽い謝罪から素早く椅子に座るシューベルンは騎士を後ろにつけ、老いた執事に何かを頼むとこちらに顔を向ける
(30代か…)
若いな…
『アミカ嬢、調子は宜しいようだな』
『うん!グスタフさんのおかげ!』
仲は良好か、珍しい光景だが
あの国にはなかったな
『傭兵グスタフよ。先ずは素晴らしい贈り物に関して礼を言うよ』
『丁度いたのでな。あの毛皮ならば裸で着ても暖かい筈だ』
『確かに。銀獅子の毛皮は貴重だ。貴殿も何か用件があっての贈り物だと思われる』
彼の微笑みは自然だ
癖も無く、素直な感情を表に出してくれるとありがたい
だから彼にとある頼みをしたのだ
鉄の流通経路をどうにか出来ないかと
このフラクタールは鉱山が無く、他の街からの流通で補っている
その分やはり付加価値が付き、高くなっているのだ。
これにはシューベルンも腕を組んで険しい顔つきだ。
『鍛冶職人が生きれる環境ではない』
『否定は出来ないな、しかし流通を変えても値上げは避けられん。それよりも…』
『元鉱山か』
彼は頷いた
街が誕生して70年余り、最初の頃には鉱山があったのだ
しかしそれは閉鎖となったのである
『確か魔物の通る穴を当てちゃったって聞いたの』
『その通りだアミカ嬢。60年前に起きたラフタ鉱山閉鎖事件は魔物の対応が困難となって閉鎖となったのだ。』
ミスリルが豊富だった
しかし運悪く魔物の穴を当ててしまい、炭鉱夫たちは諦めるしかなかったのだ
『入口は頑丈に固められているぞ?』
『シューベルン男爵よ。もし魔物問題が解消できたならばどうなる?』
『勿論いま私がフラクタールを統治しているから再開の目処が立てば私がその鉱山を担う事になるだろう、こちらも潤い、ミスリルを求める者も同じくだ』
『…なるほど』
『やめておくのだ。あそこは魔物の毒素で汚染されて人間すら入れないのだ。いくら君でも無理がある』
魔物の毒素とは魔物の排泄物から放出される微量な毒素の事だ
しかし鉱山の中での大量の魔物の排泄物となると濃度がヤバいのだ
入ったら数分で肺が腐って死ぬ
だから手練れすら雇えないのだ
聖水で中和可能だが莫大な量が必要であり。予想された量すら国内で集めるのも不可能なのだ
『無理だよグスタフさん。高濃度の毒素の、中で戦えないよ』
『確かにな』
『傭兵グスタフ殿、今はまだ無理なのだ』
残念そうな顔を浮かべ、シューベルンはそう告げた
こうして街中をあるく俺とアミカ
一応ラフタ鉱山の視察の為の許可をもらう事に成功はした
だが今はまだ行く意味は無いだろうな
『ミスリルあればなぁ』
『遠方から取り寄せとなると鍛冶屋として死活問題だな』
『うん…』
『暫くは家賃代として俺の在庫から出すしかないだろう』
『ありがとうグスタフさん』
直ぐにいつものアミカだ
だが最近は鍛冶場に籠る傾向があり、寝不足な日が続く
何故そんなにも必死なのかと俺は問いただすと、彼女は納得のいく答えを口にする
『チャンスがあれば見合う努力はしろってお父さんがいってたから』
良い父を持ったな
軽い気持ちで彼女を選んだが、正解だったようだ
『だが休む事は近道にもなる、倒れたら遠退くぞ?』
『うぅ…』
渋々と納得してくれたようだ
そこへ冒険者家業が休みだった筈のインクリットとアンリタが前から歩いてくる
最近つるんでいるようだが、チームではない
『あ、師匠!』
『インクリット君とアンリタちゃんだー』
アミカはやはり顔を広いし人当たりも良い
それは彼女の努力あってこそだな
『休みだろう?』
『えへへ、実は…』
アンリタはアミカの店で買ったリーフシルバーの槍の手慣らし、そしてインクリットは魔法試練を先ほど合格してきたと言うので、同じく試しに少し森に行こうとしていたようだ
だがしかし、休息日は休息日だ
休むときに休み、万全な時に試した方が良いと伝えると二人は苦笑いしつつも行くことをやめた
『まぁわからんこともない、昔は俺もそうだったが、魔物相手に目眩を起こして危ない時が若い頃あったのだ』
彼らにそう話した
8歳の時だったか、懐かしいな
『グスタフさん、幼い頃あったんだ』
『アミカ、俺は人間だぞ?』
何故か三人に笑われた
しかし、まぁ良いか
………………
その頃、フラクタール冒険者ギルド運営委員会のギルドマスターであるガンテイは誰もいない応接室にて、連絡魔石を片手に大きな声を上げていた
『現れてからじゃ遅いのだ!今すぐ増援を!』
『しかしガンテイ…、今は調査隊が森の奥を調べているならばその後の判断で良いだろう?』
『だが…』
『B以上が出現した記録はなく、いるならとっくの昔に調査隊が発見してる筈だ。きっとCランクの魔物さ。Bが潜むような森じゃない』
ガンテイは言葉に詰まる
確かにフラクタールの歴史の中でB以上が現れた記録はない
森は近隣街に囲まれた地、警戒すべき魔物が永い間潜むなんて不可能なのだ
(確かに説明のしようがないか…)
『とりあえずは最悪の事を考えて準備はしておくが、的確な情報がない限りこちらの街から冒険者を派遣できないのを忘れるな?勝手に動けば冒険者ギルド運営委員会の上層部に何言われるなわからんのだ』
『ぐ…わかった』
『発見次第、迅速な対応を頼む』
魔石からの光が消えると、ガンテイは深い溜め息を漏らして椅子に大きく持たれかかる
グスタフからの忠告が適当じゃない事は彼が知っている
彼だけだから動けないのだ
『あの言い方はCじゃない、もっと上の…』
無意識に右足が貧乏揺すり
彼は険悪な表情を浮かべて考えた
Bならば街の冒険者だけでは不可能に近いからだ
まだ強い冒険者も誕生しておらず、成長途中
そして何よりも致命的なのが1つ
B以上の異質な存在である魔物と退治した経験を持つ冒険者がガンテイしかいないのだ
だから彼は悩んだ
夕刻、彼は森に潜む危険分子の存在が何なのかを考えながら事務所スペースの自分の机に座り、書類とにらめっこする
しかし、内容が入ってこない
『はぁ…、今日は気疲れする』
『ガンテイさん、どうしたんです?』
他のギルド職人に話しかけられ、彼は口を開こうとしたのだ
だがその瞬間に彼に答えを届ける者がギルドの扉を強く開いて現れた
これにはロビー内にいた冒険者達が視線を向ける程だ
丸テーブル席に座り、仲間と話している事すら止めてしまうほどに……
入ってきた調査隊5人の表情はかなり重かった
『ガンテイ殿!緊急事態です!』
『何がいたのだ!話せ!』
『閻魔蠍のツガイが森の奥からこちらに向かっております!』
魔物にはランクがあり
強いからといって危険視されるわけではない
たとえば将軍猪や鬼ヒヨケなどのBランクの魔物らは街には決して近づくことが無い
しかし残念ながら閻魔蠍というBランクの魔物はそれとは違う
有害生物指定された魔物であり、それは街にも近づく危険が高い事を意味した言葉だ
小さな街が閻魔蠍に被害を受けたという記録はファーラット公国が誕生してから転々と発生しているのだ
(不味い…)
『森を抜ける予想時間はいつだ!』
『……この様子だと3時間です』
(駄目だ!早すぎる!)
いかに近隣の街でも5時間はかかる
森に向かうとなると更に時間を費やすだろう
ガンテイは机の書類を払い飛ばし、立ち上がる
『今すぐ冒険者全員を集めろ!街には避難勧告!警備兵と連携し一部住民の避難をさせろ!』
ガンテイの強い声がギルド内を揺らすほどに大きく響き渡った
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