第6話 散策

4月、俺がアミカの鍛冶屋に住み始めて数日後、ドワーフの勤労感謝の日ということで鍛冶屋は休み

彼女は森にリザードマンの革が欲しいと言うので同行することとなる


アミカは魔法職の為、一人では危険でこれない

俺がいるから丁度良いと思ったのだろう


快晴の空、森の中は鳥の鳴き声が響き渡り、町にいるより居心地が良い

しかしアミカの格好に俺は違和感を覚える


『本当に魔法使いか?』

『そだよ?』


隣を歩くアミカ

防具は魔法使いの女性らしさはある

しかし、両腕に装置した小さな盾が気になる

ドワーフは力があるからか、防御に徹した変わった装備をしていた


『革は何故に?』

『それがそれがだよグスタフさんっ!』


生き生きとし始めるアミカ

展示していたリザードマンの革の軽装備、上半身防具の注文がフラクタール学園中等部から来たらしい



彼女にとっては稼ぎ時、というわけだ


『なるほどな』

『でも最近この森も物騒なの』

『物騒?』

『たまにランクCの魔物も出るってさ。店に来る冒険者が言ってたの』


どうやらこの森はD以下の魔物しかでないのが普通らしいな

まぁ生態系が僅かに変わる程度ならば気にはしない

極端な変化が無ければだが


『あと5人分の革装備が必要だからリザードマン3体かなぁ』

『川の中流を探すしかないだろうな』


まだ先だ

途中、ゴブリンや灰犬などの最低ランクのF魔物が転々と姿を見せては飛び込んでくる

灰犬とは文字通り、灰色の毛並みの犬であり、額には小さな魔石が埋め込まれている


ゴブリンはゴブリンだ

身長が1メートルしかない鼻が人間より僅かに長い緑色の人型の魔物さ


飛び込んでくるから蹴り飛ばして前に進むのも飽きてきたなと思っていると、アミカが大人しくなっているのに気付く

目をまん丸にし、こちらを見ながら横を歩いている様子に俺は首を傾げた


(何が可笑しい?)


わからん


『ガゥ!』


正面の茂みから飛び込むはランクEの角犬

両側頭部の角は前に向かって伸びており、爪は鋭利だ。


『わっ』


驚くアミカだが、俺は歩きながらタイミングを合わせて角犬を蹴り飛ばした


『ギャン!』


後方に大きく吹き飛び、木に体を打ち付けた角犬はそのまま地面に落ちると、ぐったりしたまま動かなくなった


その様子を伺うアミカは角犬の体から小石サイズの魔石が現れると、素早く回収したんだ

これは冒険者の討伐報酬になるから無駄には出来ない


半透明な青い魔石にはうっすらと魔物の姿が写し出されているから何の魔石かは一目瞭然だ。


『本当に何者なのグスタフさん?』

『急にどうした?』


俺の周りを歩き回るアミカ

どうやら先ほどから現れた魔物全てを蹴りだけで倒しているのが珍妙だったらしい

急に足をコンコン小突き、『人間だもんね』とボソボソ独り言を言い出す


(そこまで凄くはないだろうに)


『メェル・ベールは使わないの?』

『これを振るより、足を上げた方が楽だ』

『いや、確かにそうかもしれないけど…きっとそうじゃない』

『お前も試してみるか?』

『いや絶対無理ぃ…』

『そうか…』

『てかその武器をブンブンしてるのが見たい』

『今は宿泊費を稼がないと駄目だからそのうちな』

『ぶー!』


(拗ねたか)


無理やり移住先を決められたが、協力はしてやるつもりだ

川の中流まで彼女はほとんど俺のメェル・ベールを見つめていた

見て何を感じるかは、そいつ次第だ


『ついたぁ』


川辺で座り込む彼女

どうやら体力には自信がないようだ

バテるのが早い気がするのは気のせいだろうか


(魔物の気配か)


リザードマンではない

川の向こう側に見える茂みの奥から感じる気配はお目当ての魔物以下だ

現れたら蹴り上げるか


『少し休憩だな』

『うんうん!』


アミカは背伸びをし、その場に座り込む

辺りを見回す様子もなく、持参した水筒の中の水を飲んでいるが、警戒心が無さすぎる

多分、いつもはこうじゃないと思うがな


『ドワーフにはそれぞれ夢を持って生きる。お前はどのような形の夢を持っている?』


彼女の種族には種族らしさがある夢を持つ者は多い

大半が名のある武器を産み出す事を夢にしているんだけど、彼女は独特だった


『叶うかどうかはわからないけど、近づけるかもしれないかな』

『ほう?国宝級の武器を作るとかか?』

『それよりも大きいの』

『それよりも…か』

『夢を口にするとたまに笑われたりしたけどね』


笑いながら話すアミカ

しかし表情がぎこちないような気もする

どんな夢を持つかは自由だ

そこに縛りがあれば夢とは言わない、それはただの目標でしかない


(川の向こうから感じる魔物の気配が遠ざかったか…)


『グスタフさんは夢はあるの?』

『普通に暮らす事だ』

『夢なのそれ?』

『夢だ。だがそれが難しい』

『やっぱり変わってるね』

『ならお前はなんの夢だ』

『私はハイペリオン大陸の戦神武器を作るの』


ハイペリオン大陸

今、俺達がいるこの大陸名である

戦神とはハイペリオン大陸で名を轟かせた者に与えられる戦いにおいての最高級の称号であり、それを決めるのは帝国キングドラムの帝王だ


(確かに笑われても可笑しくない夢だな)


今の時代の戦神は二つ名が存在しており

戦神の称号が生まれてからは歴代最強と言われているらしい


彼女は空を眺め、囁くように夢を風に乗せるかのように口にする


『死神ギュスターヴの武器を作りたいの』


死神、それは戦場で俺を見た敵が告げた言葉だ。

見たら死ぬ

出会えば死ぬ

悪魔以上に残忍


言われた言葉を思い出すときりがない


(……死神)


何故、そう呼ばれてしまったのだろう

幼い頃に夢を見た、しかしそれは叶わなかった

確かに強くなれた、だが結果は俺が求めた形ではなかったんだ。

原因はわかる


『グスタフさんっ!!』


ふと、俺は気づいた

どうやら考え事をしていたらしいな

顔を上げると、そこには俺より僅かに大きなリザードマン1体が飛びかかってきていたんだ


人型の蜥蜴であり、冒険者みたいな軽装備だ

盾そして剣、弱い魔物ではない


『ゲェェェェ!』


大口を開け、不細工な鳴き声

舌も長いのがわかる


(あぁ、見つけた)


リザードマンが右手に持つ剣を振り下ろした瞬間、右手の手甲で素早く弾き返した

普通こんなことはしない、人間の力で勝つのは難しいからだ


『ゲァ!?』


予想外な事が起き、リザードマンは驚きながらもバランスを崩したが、建て直す暇はない

俺は溜め息を漏らしながらも体を回転させ、そして奴の首を蹴った


鈍い音がしたが、骨が折れた音だ

横に転がりながら吹き飛ぶリザードマンは最後には木に激突し、動かなくなる


『斬れば素材に傷がつくからな』


俺はそう言葉を漏らしつつ、リザードマンの体から顔を出す魔石を拾う

アミカは口を開けたまま、固まっているのが気になる


(B級冒険者ならできるだろうに)



『どうした?』

『体術で一撃なんだ…』

『練習すれば直ぐにできる』

『絶対嘘』


あと1体だ

収納袋に倒したリザードマンを入れてから森の中を歩く

ここでアミカに聞いたが、どうやらこの国のお偉いさんが近々この街にくるという話を聞いたと言うのだ


誰が来るのか、薄々とは気づいているが俺は知らなかった振りをして誤魔化した


『グスタフさん、魔法とかは?』

『覚えているが?』

『等級はどこまで?何を覚えてるの?』


魔法は能力と金が無いと覚える事が出来ない

下位から上位まではとある施設で覚える事ができるだろうが、試練を超える事が必要だ

まぁその説明は今は省こう


そしてその上の魔法

超位に神位が存在するが、人間界に存在しない

それらを持つ生物に出会い、認められなければいけないのだ。

力で示すか、知で示すか、それとも燃えたぎる野心なのかはその生物次第

その生物を人は【聖獣】【神獣】と言う


『ねぇどこまで』


かなり興味津々だが、ちょっと面倒だな


『メェル・ベールのメンテナンスが出来るようになったら教えてやる』

『ぶー!』


拗ねたな…


その後、残りの1体を片付けてから回収すると街の中にある解体屋へと直接向かった

作業現場である台の上にはリザードマン2体

解体者のおっさんは綺麗な状態のリザードマンを見て不思議そうにしているのが面白い


それを、俺はアミカと眺めた


『こりゃ無駄なく使えるだろうなぁ…』

『グスタフさんがやったの!』

『…彼か』


白髭のおっさんは俺を見ると、近くの椅子に座り、葉巻を吸い始めた


『あまり見ない黒い鎧の者が街に来たと冒険者に聞いてたが、確かに名前はグスタフとも言っていたな。羊のような仮面ってのも聞いてる』

『余所者は嫌いか?』

『そうじゃない』


彼は溜め息を漏らすと、俺を見て僅かに微笑む

ふと、何かを見透かされた気がしたが…


『いや、ダチに似た雰囲気だからよ…気にすんな』

(似た雰囲気…か)


『俺の名前はフィンネルだ。解体なら任せろ?こっちじゃ一番の自信だ』


先程の変わった空気を彼は気さくな笑顔で変えた


フィンネルは『明日には届ける』と告げると、アミカは俺と共につれていきたい場所があるからと解体屋を出ることとなる





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