第4話 希望

カンテラ村から出る馬車

戦牛という力持ちの魔物を使っての移動だ

魔物ランクCだが、大人しくて人を襲うことはない


まぁ攻撃すれば怒るけどな

馬よりも足は遅いが、群れで大移動する魔物なので馬車を引きながら長い距離を進む事が可能なのだ


『モッ』


馬車内に聞こえる鳴き声がなんとも可愛い

乗客は俺の他に、何故かこいつがいる


『あんたもフラクタールか』


カンテラ村で出会ったインクリット・ヴィンセントだ

道中、暇だから話の相手になるだろうかと思い、俺は椅子で寛ぎながらも彼に耳を貸す


『お前はフラクタールに何の用事だ?』

『冒険者ギルドさ、まだ最低ランクのFだがEの試験を受けたいんだ』


冒険者ギルド運営委員会という協会は冒険者のランクは試験にて決める

ある程度、依頼をこなせば試験を受ける事が可能だが

どうやらこいつは試験を受ける条件を満たしたらしい


『カンテラ村にも冒険者ギルドっぽい建物はあっただろう?』

『だけど試験はフラクタールじゃないとダメなのさ』

『なるほどな』

『あんたはランク高そうだなぁ』

『本当に興味津々だな』

『まぁね!』


まだ若い

しかしその後、行く手を遮るゴブリン2体の襲撃を彼は剣で危なげ無く斬り倒した

無理せず攻撃を誘い、飛び込んできた所を回避してからの素早い反撃

予想より身軽な身のこなしだった


『ゴブリンなら良いんだけどね』


満足そうに椅子に座る彼

試験は楽勝そうに見える

だがどうやら試験は以前、不合格になっていたらしいのだ


『どうしてだ?』

『ちょっと緊張しちゃって…』

(あぁなるほどな)

『それは場数が足りないからだ。試験の条件を満たせば誰でも合格するわけじゃない。』

『ですよね…』


うな垂れつつも深い溜め息が聞こえる

試験内容は魔物に関しての知識を検査する筆記と軽い実技

彼は実技で落ちたと小声で話す


『新しい武器を買え、お前のフットワークに合わない重量だぞ』

『あと半年貯金すれば買えるさ。確かにちょっと重い』

『軽鉄製は小振りな片手剣でも重いからな。飽くまで振り回せるレベルの鉄であって軽いわけじゃない』

『名前が詐欺だぁ』

『しかも錆びやすい』

『それですよ…錆びやすいから手入れが細かくて』


幸先が怪しい男だな

だが身を守る防具は軽装備である革にしているのは正解だ

攻撃を受け止める手甲も利き手の逆であり左腕、悪くない


(あとは武器か)


『街を案内してくれるなら、良い物をやる』

『へ?』

『試験はいつだ?』

『3日後ですが』

『後悔はさせん、到着したら軽くで良い』

『あぁわかりました』


と、いうことで

一時間でフラクタールの街に辿り着いた

大きい街とは言えないが、田舎みたいな雰囲気だ

レンガの家が目立ち、冒険者よりも商人の馬車が多く見受けられる


近くに山があるからか、街中には水路が通っていて橋が多い

都会と違い、田舎の特権である自然を活かした街だ


(傭兵らしい者は…)


見当たらないな

もっと奥に傭兵ギルドがあるかもしれない

まぁ足を運ぶ用事はまだ無いがな


『あなたはどうしたかったんです?』


家を買おうと目論んでいたが

一先ずは宿で当分を過ごす予定さ

まだここに住むと決めていないからな


『街全体の地図はどこで見れる?』

『南区広場ですね』


彼の案内で南区広場に向かう

ベンチが立ち並ぶ殺風景な広場だが、オッサンが横になって寝ているのを見ると都会と変わりないなと感じる


『あれが地図です』

『ふむ』

『これが宿、んでこのマークが鍛冶屋でですねぇ…』


彼は親身になって色々教えてくれたよ

案外助かっているが、宿はどこも安いが夜食付きだと割高になると教えてくれた

鍛冶屋も1つ、女ドワーフが経営していて可愛いんだとか凄い細かく言ってくるんだが

女ドワーフを聞きたいわけじゃないんだ


『住むなら静かな住宅街がオススメだ。宿は大通りに面しててたまに外がうるさいぜ?』

『やかましいのは慣れてる』

『なら大丈夫か』


彼は軽く笑い、各施設の場所を指さしながら丁寧に説明していく

案外、教えるのが上手いんだなと思いながらも彼に耳を貸す俺は今日の宿をどこにしようかと悩む


まだ住むと決まったわけじゃないが、都会みたいに賑やか過ぎても嫌だからこの街のような田舎も良いかもしれない


(もう少し、様子でも見るか)


『インクリット、お前は何故カンテラ村に住んでいる?』

『え?まぁ単純に出身がカンテラだからですよ』

『なるほどな』

『面白くなかったかな?』

『いや、普通な答えが一番良い。ある程度は把握できた。感謝する』

『大抵の事は答えらますが?多分』


わからないうちは頼るしかないようだ


彼は冒険者ギルドに向かい、試験を受ける為の受付だけは済ませておきたいと言うので、俺はついていくと話す

するとインクリットは不味そうな顔を浮かべる


『大丈夫です?』という言葉が飛ぶが、どうやらここの傭兵は冒険者と仲はよろしくないような感じだと彼は遠回しに話す

たまにそんな街はあるが、ここはそうらしい


(予想外だ)


心の中で頭を悩ませる

一緒にいくと、彼が不味いからだ

ならば行かない方が良いな


『それにしても、凄い武器ですね』

『メェル・ベールだ』

『斧槍か、ハルバートって名称でもあるのは知ってますが初めてこの目で見ましたよ?』

『どちらでも良い。気になるか』


ふと、インクリットは軽く辺りを見回した

近くを通る人々が不思議な物を見る目でこちらを見ていたのだ


気になるのは彼だけじゃなかったようだ

冒険者がちらほら見受けられる街だから目立たないだろうと思っていたが、どうやらそうでもないか


『だいたいは覚えた。感謝する』


あまり彼の時間を奪うのも悪い

教えられた事は十分覚えたつもりさ

ならば解放してあげたほうがいいだろう


俺は収納袋を取り出す

インクリットは物珍しそうに目を丸くしてみているのが面白い


中から取り出したのは小柄な片手剣

リーフ・シルバーで作られた武器だが、彼にとってはとんでもない宝に感じるだろう

軽い鉄だから振りやすく、受け止めやすい

彼が持つ軽鉄製の片手剣よりも、こちらのほうが圧倒的に良い


『こりゃなんだ・・・今何から出したんです』

『お前にやろう、リーフ・シルバーで作られた小柄な片手剣だ』

『はぇ?』


彼は受け取りながらも、信じられないといった雰囲気だ

まぁ街の説明だけで本来は貰える代物じゃないからだが、なんとなく渡すべくだと理由もなく思ったのだ


『やる。大事にしろ』

『う…嘘じゃないですよね?』

『粗末に扱うな?それと何かあればまた呼ぶぞ』

『勿論さ兄貴!』


(兄貴はやめてくれ…)


口には言えないな


こうしてインクリットと別れた俺は街を適当に歩く

メェル・ベールを肩に担ぎ、人並みを見渡す

すれ違い様に視線を何度も感じるが、これは慣れている

どこにいってもそうだったからな


(俺を見ているというより)


武器が気になるのかもな

容姿を見てから直ぐ視線が上がっているからわかりやすい

街中を巡回する警備兵なんかギョッとし過ぎだ。


『さて、先ずは…』


鍛冶屋だ

ここに住むと決まれば一番通う事になるから見ておかないといかん

確かインクリットは可愛いドワーフがいるとかなんたら口走っていたが、あそこまで言われるとこちらも正直気になる


目的の建物を前に俺は首を傾げた


(鍛冶屋?)


見た感じ、鍛冶屋に見えない

猫の頭部に似た建物であり、一応は火事場らしき裏から見える煙突からは煙が見える

奥行きはそこそこだが、火事場のスペースはそこまで広くはないとわかる


『人の出入りはまずまず』


それなりに普通に冒険者らしき者の出入りがある

不人気ではないならば安心だ

俺は店内に足を運ぶと、そこは普通の鍛冶屋だった


壁一面に飾られた剣や槍

装備品は革装備が点々とあるが、鉄製は置いてないのかもしれない

身軽である程度の耐久性を持つ革は馬鹿には出来ないからな


(剣が殆どか)


武器は片手剣や短剣が大半であり

槍はあまり見ない

そしてカウンターのショーケースにはアクセサリー等の魔道具が展示されてる

店員は二人、若い女性だが人間だ


店内の冒険者らが飾られている武器を物色室つも唸り声、値段と戦っている

金で悩んだら買うのが武器防具だ

命を買うに等しいからな


『いらっしゃいませ』


(きっと奥か…)


インクリットの話していたドワーフの女はカウンター奥の火事場だろう

今日は品揃えを見るだけにするか


『お客様、あまり見ない顔ですね』


気さくに話かけてくる店員

雰囲気も良く、笑顔も悪くない

こういう集客も、有りかもな


『気になって寄った。ここの職人はドワーフか?』

『はい。アミカちゃんがいます』

(ちゃん…ちゃん…)


名の呼び方に多少の違和感を覚えつつ、どのような職人なのかを店員に聞いてみた所、一長一短な感じらしい

店内に剣が多いのは彼女が唯一手慣れた武器らしく、槍や弓といった武器はあまり触れたことがないから出来栄えの良い品を作れてないとの事だ

勿論、俺の斧槍なんかも全然らしい


(まぁ全武器種を作れるまでは確かに…)


若いと最初の壁だな

武器を作る為の良い鉄に出会わなければ、作成過程に触れる事も出来なければ名前を売る事も出来ない


苦笑いで話す店員をよそに、俺は奥に見える鍛冶場を覗き込んだ

先ほどまでは気配がしたのだが、今はいない

はて?と首を傾げた途端に俺の真横から声が発せられる


『それ何ぃ?』


身長はあまりない、ドワーフの女性は何故か小さい

まぁそれでも成人女性は160はいく、しかし俺の真横にいて目を輝かせながらも両手で腰のマントを掴んでブンブン振るこのドワーフはどう見ても身長は140あるかどうかだ


振りほどきたいが、可哀そうだな


『小娘、迷子か』

『違うっ!ここのボスッ』

『…』


多分そうだろうなと思ったが、そうらしい

僅かに褐色の肌、ショートボブの髪型

しかも鍛冶場にいたからか、多少汚い手で俺の黒い腰マントをまだ掴んでブンブンしている

今は許そう


視線で店員に助けを求めるが、彼女は笑顔を顔を反らす

なるほど、自力で何とかしろという事か…疲れそうだ


(ドワーフにしても…若いな)


20年も生きていないだろう

まぁまだ俺が年上だが、今までみたドワーフの鍛冶職人は大人が多かった

初めてここまで若い女性ドワーフ職人を見ただろうな


『それ何っ!?』

『…俺の武器だ』

『見してっ!』

(まぁいいか)


一応は横繋がりとして今後付き合って行く事にはなる

だからこそここには来たのだが、まだ未熟な鍛冶職人だったらしい

背に腹は代えられないな…。ならばそれなりに今後を見越して触れさせることも重要課題となるだろう

お互いの為に


『重いぞ?』

『大丈夫っ!』


メェル・ベールをアミカの前に出すと、驚いたことに彼女は両手で掴んだのだ

どこにでもいる大人の冒険者でも手にするとふらつくのに、彼女はちょっと重そうな顔をするだけだ


(流石はドワーフの娘…か)


『わぁ…』


周りの冒険者の視線も集まる

だからこそ俺は場所を変えようというと、アミカは二つ返事で了承したのだ


応接室、俺とアミカの2人だけだ

彼女は俺など気にする様子もなく、手にしたメェル・ベールを吟味している

その目はとてもキラキラしており、色々な部分を見ては軽く小突き、跳ね返ってくる金属音を耳で堪能している


多分だが、初めて目にする品物だろうな

インダストリアルゴールドという地球上に存在する鉄の一つ下のランクであるフラスカシルバーで作られたメェル・ベール

実際はどの国でも国宝級の武器を作る際に使われる鉄だ

混ぜ物はない、純度100%のフラスカシルバーだ


鉄のランクはこうだ

インダストリアルゴールド

フラスカシルバー

マグナ合金

リーフシルバー

ミスリル

軽鉄


『これって何の鉄なの?見たことない!跳ね返る鉄の音が凄い綺麗で心地よいのっ!』

『質問を質問で返して悪いが、お前はどこまでの鉄を触ったことがある?そして斧槍の作成プロセスに携わった事はあるのか?』

『リーフシルバー!斧槍は…その』


アミカ・アンリエッタ・ファウスト

彼女の家系は昔から剣や弓の鍛冶職人として生きてきたらしく、槍などの類はあまり得意ではないから教わったことがないそうだ

普通のドワーフの鍛冶職人は全てをこなせるが、どうやら彼女の家系はそうではないらしい


話を続けていくと徐々に彼女の目の輝きは色あせていき、か弱い雰囲気を見せてくる

落ち度を感じているのか、しかしドワーフとして生きているならばそう思っていても仕方がない


(言葉は悪いが…三流鍛冶職人の血筋か)


でも手先は器用そうだ


『でも物覚えは良い家系っ』と胸を張る彼女

ならばそれに賭けてもいいのかもしれない


『1つ取引をしよう』

『取引?』


首を傾げる彼女、俺は懐に隠していた収納袋からとある物を取り出した

鉄に加工する前のマグナ合金の鉱石である

僅かに半透明な鉱石に彼女は見たことがあるのか、身を乗り出してマジマシと俺の取り出したマグナ合金の鉱石を見つめる


彼女の目には周りなんてもう見えないだろうな

頭の中にも、これに夢中の筈だ


『マグナ合金の鉱石500g、これよりランクの低い鉄とは武器の製造過程、すなわち温度調整が難しい。これで他の武器を打つスキルを付けてもらいたい』

『…』

『お前には家系の名を上げる経験を与える、その代わりにどこか衣食住が安定した場所を提供してもらいたい』

『あ、なら住み込んでいいよ!何の鉄で出来た武器なの?!』

『これはフラ…はえっ?』


意表を突かれ、俺が変な声出しちゃったよ

ここに住めと申したか!?


彼女は悩まなかった

だがハッキリとしたい事がわかっているという証明と捉えてもいいかもな

ならば流れに俺は乗らせてもらう


『フラスカシルバーだ』


店内で見せたあの目の輝きが再び彼女に目に戻る

どうやら殆どの鉱石の扱い方は頭に無駄に叩きこんでいたらしく、あとは経験だけといった感じらしかったのだ

そのチャンスが向こうからやってきたとなれば、断る理由もないのだろう


『簡潔に話す。俺の武器のメンテナンスが出来る職人はこの辺りにはいないだろう?』

『いない!王都じゃないといないっ!遠い!』

『なるほど、自分でメンテナンスは出来るが場所が今はなくてな』

『でも…触れるまで少しかかるかも…』

『頑張れ、鉄ならまた打ちたい時に提供するが無駄打ち禁止だぞ』

『ホントっ!?』

『お前の家系の名を国内に刻む気でいるならば、嘘はつかぬ』

『頑張る!』



最初は3年以上かかるだろうと思ったんだ、だけども感覚的に出来そうだった

店内に入った時に聞こえた鉄を打つ音、遅くもなく早くもなく良い響きだった

打つ力も均等だからこそ均等な音が俺の耳に届いていた、器用だからこそ強弱のない音だったのだ


(剣を打つのはきっと得意だろうな。ならばそれを土台に出来る筈だ)


『できるっ!』

『ならばマグナ合金の鉱石を1㎏与える、先ずは単純な槍を作って見せよ。』

『1か月あればっ!』

『槍は作れるのか…』

『何度も作ってみた!でも練習用に使うにも鉱石が高くて…』


練習で鉱石を駄目にしちゃう時は多い

お金に余裕があればいいが、そこまで無かったのかもな


『マグナ合金の鉱石1㎏あれば槍ならいけるだろう』

『その…剣でも…』

(まぁ剣の家系だから自然か…)


『わかった…。剣には何が良い?』

『マグナ合金…』

『…仕方がない。何本作りたい?店内の飾り用のか?』

『小柄な剣なら絶対失敗しない!1㎏あれば!』

『あると予想して言っているだろ?』

『きっと沢山持ってる!』

『まぁ持っている。だがこれは内密だぞ』

『わかった!グスタフさんは最近ここに来たの?』

『移住先を探していてな』

『お家に部屋一つ空いてる!やったね!』

『おいっまだ返事してないぞ?』

『今すぐ部屋掃除して住めるようにするっ!』


ビュンっとドアに向こうに消えていくアミカ

断る時間を与えぬその後ろ姿を俺は見守る事しか出来なかった

僅かに伸びる俺の左手が、彼女を止めようとしていた名残


(あぁ…なんでこうなるの)


この鍛冶屋、店というか…

どうやら2階は家として使っているんだろうなぁ


『今から断るにも悪いか…』


頭を抱え、俺は溜息を漏らす

確かに宿を見つけなくて済んだが、こんな筈じゃなかった

まさかここに居候の身に無理やりされるとはな…









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