第3話 送迎

俺は玄関の床に寝転がって朝を迎えた

屋内ならば床が固くても横になれる

外じゃなければ余裕だ。


だがリビングに向かい、窓を見るとまだ薄暗いから朝というべきか悩ましい


(早かったか)


しかも眠い

ノアの様子を見に行かなければ早く寝れたのだろうが、過去を悔やんでも変えることは出来ない


『追っ手はもうこないか』


一先ずは彼女が心配していた夜を越えた

あとは本当に仲間と呼べる者がくるかどうかだ


(む?)


吹き抜けの2階の廊下、どこかからドアの開いた音

顔を見上げると、あの村長が起きてきたのだ

老人は起きるのが早いな


『早いな。お前さんがいるということは終わったという証拠だろう』


階段を降りながら口を開き、ソファーに深く腰掛ける

今にも寝そうな雰囲気を出しつつも、村長は欠伸をしてから窓を眺める

唸り声が聞こえるが、何を考えているのだろう


『お前はどこからやってきた?何者なのじゃ』

『教える義務は無いが、シドラード王国からだ』

『少し話してくれたか』


僅かな笑み

ある程度の情報を与えないと、意味の無い疑わしき存在のままの印象だろうと思い、口が開いてしまう


また欠伸

こちらもつられそうになる


『事情を聞く気はない、悪人そうには見えんでの』

『短期間での判断は後悔するぞ?』

『わしゃお前さんより生きてる。意味無く人を斬る奴じゃないさ』


なんとなく、見透かされている

長年の勘なのだろうか


『女の様子を見に行く』


俺は立ち上がり、ノアの寝る部屋に向かう

女の寝る部屋に向かうのは無作法だと思うかもしれない

しかし、飽くまで依頼者でもあり護衛対象だ

つまらない理由で躊躇うくらいなら依頼なんて受けてない


2階に上がり、ドアを軽くノック

起こすと不味いと思い、小さく叩いた

寝ていれば気付かないだろうが、起きていれば気づく筈だ


『ん?』


足音だ

まさかと思ったが、彼女は起きていたのだ

静かにドアが開くと、ノアはアッとしたかのような表情を顔に浮かべる


何故起きていたかは知らないが

タイミングが良かったな


『入るぞ』

『ええ』


こうして彼女は再びベットに腰かけた

俺は椅子に座り、様子を伺う

逃げていた身だからか、体の至るところに怪我の応急措置が施されてる


かなり無理をして歩いていたらしい

やはり犬の背中に乗せて正解だったな


『貴方がいるということは終わったのですね』

『全員掃除した。スキンヘッドに蛇のタトゥーに見覚えは?』

『レイド…』

『どこまで知ってる?』

『ゾディアックの幹部にそのような男がいるのは知ってます』

『安心しろ。死体すら残しておらん』

『後続の有無はどうですか?』

『無い。それよりもだ…』


俺は立ち上がる

彼女は僅かに首を傾げ、こちらを見る

何をしようとしているのか、考えているようだが彼女にわかる筈もない


(応急措置か)


首や手首の包帯が目に止まる

直ぐ処置していれば傷痕は残らないが、今回は難しいだろう

綺麗な状態で引き渡さなければならない案件だ


『女、悪いが頭を触る。』

『え?』

『嫌だろうが、我慢しろ』


狼狽える彼女をよそに、勝手に右手をポンと頭に乗せる

目を強く閉じるのは少し面白いな


何をしようとしているか?

傷痕を残さぬよう、治せば良いのだ


『オール・ケア』


緑色の魔力が俺の右手から彼女に流れていくと、彼女は驚いて目を開ける

その状態のまま視線を外す事無く、緑色の魔力は彼女の体の傷を完全に癒していったのだ


上級回復魔法だ

各国の大神官クラスか、名のある聖魔法師ならば使えるだろうと思っていた時期が俺にはある

しかし、実際の所は俺の他に1人しかいない


『これは…!』


すごい体のあちこち見てる彼女が面白い

初めて見たのだろう、少し興奮気味だ


『貴方は本当に何者なんですか…』

『そんなことは気にするな。まだ起きるには早い…。無理してでも寝とけ』

『ですが…』


くどい

だから勝手にスリープという状態異常の眠りを誘う魔法で眠らせたよ

魔法耐性は少し高いらしく、最初は【寝てたまるか!】精神でちょっと耐えていた


『あとで誉めてやるか』


ベットでぐっすり眠る彼女を見ながら、俺は呟いた


こうして9時

村長の家のちょっとした階段で座って行き交う村人を観察していると。ちょうと不機嫌そうな彼女がドアから現れ、隣に座る


清楚な服となり、体の汚れを落としたからか昨日よりも綺麗だな

早朝は朝日もまったく無かったから気付かなかった


『面白い顔をしているじゃないか』

『寝る時は自分で寝ます』

『魔法耐性が高い、誉めてやる』

『嬉しくないですね』

『ほう不機嫌になるな…。身分の高い女ならば綺麗な状態で引き渡したほうが先方も心配しないだろう?』

『ありがとうございます』

『拗ねてるな?』

『拗ねてません』

『女は難しいな…』


こちらが頭を掻いてしまう

女は大迷宮、そう思っているが本当にわからない生き物だ

もう切り替えてほしいな…


『む?』


彼女はふと、とある方向に指を指す

何だろうと顔を向けて直ぐに理解したさ

小さな広場があり、そこにポツンと屋台があったんだ


何の店かなと思ったら、カツサンドだ

まさか…この女


『あれが食べたいです』

『本性を表したか?』

『本性言わないでください』

『仕方がない、朝は食べさせてもらった筈だろう?』

『結構食べるので村長さんに気を使ったんです』

『なるほど』


食べたりない、と

早朝の強制スリープをここまで引きずるのも大概だが、食べ盛りも中々かもしれないと予想した


(まぁ、問題はないな)


『良いだろう。ついてこい』

『私は3つです』

『3つだと?』

『はい、貴方は?』

(馬鹿な…俺でも3つ。こいつは食後でも俺と同等量を平らげるというのか?)


見定めてやる


『来い。食えたら褒美をやろう』


ボリューム満点のカツサンド

ここから見てもわかる

あれを3つ食べるなんて無理さ、俺を試してるに違いない


俺が歩けば彼女も歩き出す

オール・ケアの回復もあってか、足取りは軽い


(いや…まさかな)


大人でも1つ食べればそこそこ腹が膨れる大きさ

彼女はそれを3つ食べれるというのか?

俺の中では疑いと同時にちょっとした期待が入り混じっている

もし平らげれたならば、本当に面白い女だ


『らっしゃい!カンテラカツサンドどうだい!』


俺達が近づくと、屋台の店主が気さくに声をかけてくる

笑顔は満点、味もきっと満点の筈だ

近くで見ればわかるさ


(見ただけで美味いとわかる)


さて、ここまで来た

彼女はどうするのだろうかと顔を向けるが、狼狽える様子はない


『カツサンド6つお願いします』

(堂々と口にしたか…)


本当に食べる気か…

店主はニコニコしながら注文されたカツサンドを紙袋に丁寧に入れている様子を見ながら俺は彼女の様子を伺う

しかし、緊張した面持ちは無い

こいつも笑顔満点だ。どうかしてるぞ…


『銀貨1枚、銅貨2枚だ』

『これで頼む』

『毎度ありぃ!』


買ってしまった

近くのベンチに座ると、彼女は膝に3つのカツサンドを置いて機嫌よく紙袋を開け始める

彼女は戦う様な人間じゃない、ならば小食であると思っていた

だが…それは俺の間違った考えだった


『いただきます』


落ち着いた声を口にし、彼女は食べ始める

食いつきが冒険者の如く、良い食いっぷりに俺は圧巻された

身分の高い女性がこのような食べ方をするのは初めて見た

俺の手は止まる、何故か目を離せないのだ


(あの調子じゃ、本当に完食するだろうな)


『凄い美味しいですよこれ。食べないんですか?』

『食べる。こちらは気にするな』


俺も食べながら彼女を見続けた

気づけば俺よりも先に彼女はカツサンド3つをペロリと平らげてしまう


『ふぅ~。美味しかった』

『よく食べる女のようだな。』

『食べたいから食べてるんです。私は案外結構食べるので』

『なるほどな。それと…』

『はい?』

『来るのはお前の護衛か』


彼女は少し驚いた顔を見せた

何故かはわかるが、それを口にすることは無い


『護衛の方です。自慢の騎士ですが、連絡魔石を紛失する前にカンテラ村で合流する事を話していたんです』

『お前の事情は深く聞くつもりはない。だが今後は用心するんだな』

『そうします。私がここで死んでいれば夢ついえる所でした』

『夢か…』

『興味はないのでしょうから話しません。貴方にもあるでしょう?』


夢か

あった筈だが、それはとうの昔に忘れてしまった

いや違う、諦めてしまったんだ

理想は空想、現実は非情だ


(…傭兵か)


俺にはこれが一番合っている


『俺にも夢はあった』

『あった?』

『しかし、無理だった』


それまで笑顔を見せていた彼女の顔色は一変する

哀れみなのかどうかはわからない、そういう顔をされても俺は気にしない


『絵本の様な物語は現実には起きません。何事にも犠牲があり、それは他人から見ても理解が難しい場合もあります』

『む?』

『ですが、それでも誰かがやらないと変えられない事は人の世界には多く存在していると私は信じてます。だから私はまだ死ぬわけにはいかないんです』


的を突かれた気がした

俺に足りない言葉を、この小娘が口にするとはな

綺麗ごとで物語は進まない、それは知っていてもそれを受け止め切れなかった俺がいる

だから諦めた夢がある


(本当に面白い女だ)


遠回りに説法された気分だ

しかし悪くはない。世の中にはわからない事は多くあるからだ


『持ちつ持たれつ…か』

『え?』

『いや、何でもない…それよりもあれはお前の仲間か?』


俺は正面から必死に周りを見渡している私服の男5人に顔を向ける

国民に見えても、俺にはわかる

相当の手練れ、剣術の熟練度も中々だろうな


『はい』


彼女はホッとした面持ちを見せ、立ち上がる

ようやく依頼が終わり、彼女と別れる時が来た

でもまた会う事になるだろう。それはわかり切っている

だからこそ、保険はかけておかないといけない


『こちらを向け』

『え?』


俺は立ち上がり、彼女の肩に右手を置いた

抵抗する様子はない、首を傾げているだけだ


『マジック・アトラクション』


彼女の肩付近に浮かび上がる青白い魔法陣、それは徐々に服の中へと消えていく

何をしたのか、彼女はわからずに困惑しているのがこれまた面白い


『これは一体…』

『もし危機的状況に遭遇したら、使えば良い…。唱える言葉を教えよう』


耳元で彼女に伝えると、驚いた顔を見せる

同時に彼女を見つけた男達は名前を叫びながら走ってきたのだ

相当不安を感じながら来たのだろう、普通ならばこの女は死んでいたからな


『ノア様!』

『よく来てくれました。』

『その不気味な男は…』

『私を護衛してくれた傭兵です。』

『傭兵…』


5人の視線が集まる

最初は警戒されていたが、今は少し柔らかい雰囲気を出してくれたよ

俺の武器を凄い見ているけども、そんなに珍しいだろうか


『感謝する。傭兵』

『ありがとうございます。フラクタールの街に移住する気ですか?』

『多分な…。じゃあ俺は行くぞ』


こうして俺は歩き出す。次の街に行くために

フラクタールの街、のんびり暮らしたいというちょっとした夢があるから期待が膨らむ

しかし、失った夢も僅かに光りを強くし始めた事も、気づいた


(さて…どうなるか)


俺は足を止め、振り返ると最後に彼女に伝えたのだ

それはこれからの始まりを意味する言葉だとは、俺も思わなかったがな


『俺の名はグスタフ・ジャガーノート。』








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