第2話 鉄槌
夜の森、グスタフが村長に聞いた通り天候は荒れていた
風は強く、小雨が打ち付ける音で魔物や動物といった生命の殆どはいつもとは違って夜を過ごす
そこには荒れた天候に不慣れの筈の人間もいた
しかし、彼らにはこの天候をやり過ごす考えはない
あるのは指示された通りに指定された人間を抹殺する事だけだ
『ちっ』
山から村を見下ろす9名の刺客
黒いローブを羽織り、顔はフードの中に隠れていた
腰に装着する片手剣だけが僅かな光で反射し、それと同時に険悪なムードを漂わせる
『面倒な事になったな』
『喋るな、やらないと帰れねぇぞ』
『だがロンドベルがやられたんだぞ?撤退すべきだ』
『くそっ』
男は迷っていた
予想外な事に戦力とされていた男が1人、何者かに殺されていたからだ
2つの隊に分けていたものの、ロンドベルと言う男が受け持った隊が丸ごと全滅
それは作戦の失敗を意味しているといっても過言ではない
(何があった…)
レイドという男は考える
悪天候など忘れてしまうくらい深く考える
まるで何かに蹂躙されたかのような地獄絵図の答えが出ないことに僅かな苛立ちが生まれた
『レイド、魔物の仕業にしては遺体が食い散らかされた形跡はなかった』
『あれが人間の所業というのか?俺らの組織のNo.2が一方的にやられるとは思えん』
『ならどうする?ロンドベルの隊に手練れは多かった。こっちは索敵部隊だ』
『わかってるさ。だが夜なら問題は無い筈だ。村の明かりがある程度消えたら忍び込む。どう足掻いてもあの村までが精一杯だろうよ』
(女に長距離を進む力はない…、誰かの護衛があったとしても休まなきゃならないのはわかってる。あの村しかねぇ)
男は僅かに考えたのち、『降りるぞ』と告げた
天候によって彼らの足音や気配は消され、魔物も心配もなく堂々と進む9人
誰もが普段通りの仕事ではないと悟っていた
だからこそ不安な気持ちが僅かに生まれ、いつもは利用していた筈の悪天候が今日に限っては不気味に感じただろう
『魔物の気配無し』
『おう、村に入ったら先ずは村長の家から順番に調べろ。場所がわかれば派手に動いてもいいが…長引かせるな』
『わかってる』
仲間との会話
今日はいつも通りではない
ぎこちなさを感じつつもレイドは先頭を歩く
(なんだ…この感覚)
ふと、レイドはいつもの経験からは漂わない何かを察知する
状況がすこぶる悪いというわけではなく、別な何かを感じたのだ
辺りを見渡しながら進んでも、聞こえるとは雨風の音だけ
しかし、違ったのだ
『静かだ』
うるさい天候が静か
矛盾過ぎる言葉を呟いたのだ
何かがいつもと違うからこそ、第六感が警告しているかのような感覚に彼でさえ足を止めたくなっていく
だがもう遅かった
『まっ!』
『っ!?』
後方からの声に全員が武器を抜きながら振り向いた
そこで見た光景にレイドは言葉が出ない
最後尾を歩く仲間の首が宙を舞っていたのだ
何かがいる
それがわかった8人は倒れた仲間に目もくれず、最大に警戒し始める
『何が起きたレイド』
『わからん。気配すら感じなかったが、お前はどうだ?』
『まったくだぞ!』
『なんなんだよいったい!』
茂みから聞こえるガサガサという音は一ヶ所からではない
それは彼らの回りを縦横無尽に駆け回っている。
何かがいる事に気づいたレイドは舌打ちをし、息を整えた
『オオオォォォォ…』
(なんだこの声は)
地の底から沸き上がるような声に自然と鳥肌が体を支配する
息を飲み込み、いるであろう敵が何者か見定めようと現れるのを待った
『がふっ!』
『なっ!?』
隣にいた仲間の首には鋭く尖った骨
どこから飛んできたのかレイドもわからない
『タブラ!』
彼の名を口にしてと、タブラは首をおさえたまま前のめりに倒れ、出血によって徐々に弱々しい様子を見せた
『オオオォォォォ』
『くそっ!魔物か!』
『人間じゃないのは確かだが…』
『ロンドベルをやった魔物か?』
『いや違う、やり方がまったく違う』
『なら今俺たちが相手をしている正体はなんだレイド!』
わからなかった
だからこそ、夜に生きた彼らは初めて夜という闇の恐怖を味わった
正体不明な襲撃、人はわからない事に恐怖を覚える事もある
極端な例をあげると『幽霊』
どんな存在なのか、なぜいるのか
なぜ現れるのか、何が目的なのか
わからないから不気味さや恐怖を生む
『っ!?』
レイドは森の中から突っ込んできた正体を目で捉えた
骸骨の仮面、上半身はミイラの様に包帯が巻かれており、腰からはボロボロの黒いマント
下半身は錆びた甲冑
両手には身軽な片手剣を持った魔物だった
骸骨のお面から赤い目がギラリと光り、それはレイドに襲いかかる
『ぬぁ!』
横殴りに振ってきた剣を自身の剣で受け止めたが、力で押し負けて吹き飛ぶと木に背中を打ち付けてしまう
咳き込む彼は息を整える暇もなく、立ち上がるがその時既に仲間の1人が先程の魔物に斬られてしまい、地面に倒れる瞬間だった
『ヘッカー!』
避けんでも倒れた仲間は起き上がらない
既に2人がやられ、統率が乱れ始める
どう足掻いても作戦失敗でしかない
レイドでさえこの状況が可笑しすぎる事に気付き、『撤退だ!』と叫ぶ
その声と同時にまた1人、仲間の首が飛ぶ
あまりにも速い攻撃に対応できない者は一撃でやられるからこそレイドはあえて『村に向かって走れ!』と更に叫んだ
混乱した中、それは間違った判断ではない
森にいる限り、きっとこの魔物は自分達を追ってくる
ならば人気のある場所にいくしかないのだ
それでもくるならば村人を餌に突っ切るしかない
彼はそう答えを出した
『なんなんだあれは!』
『わからねぇ!だが半端じゃねぇ魔物だ』
『アンデット種にしても見たことがないぞレイド!』
『俺だって知らねぇ!』
(なんなんだあれは!)
わからない
雨に混じる汗に彼は気付かない
自分達が予想以上に危機的状況だという事に
『オォォ』
『ちっ!』
真横から現れた不気味な魔物の襲撃
レイドは首を飛ばさんと身を低くした
(ギリギリだぞ!こいつ!)
一瞬でも反応が遅れたら、首が飛ぶ
手に汗握る彼は今の攻撃を避けれず首を斬られた仲間に僅かに視線を向けると、前を走る
足を止めたら死
挑んでも死
走り続けるしか道はない
力では勝てない存在に追われながらも、レイドは仲間と共に山をくだる
まるで半日も走り続けたかのような疲労を感じながらも、彼は村の入口まで辿り着く
しかし無事ではない
周りにいた仲間は誰もおらず、そして彼の右腕は正体不明な魔物の攻撃によって斬り飛ばされていたのだ
(ありゃ…なんだったんだ)
追ってくる様子が無いと知るや、彼はその場で座り込む
息が出来ないほど息切れを起こした彼はそのままゆっくりと上体を倒す
生き延びた、僅かな安心と共に熱を帯びた体を冷やす雨が心地よく感じた
だがそこは彼の終着点だった
『おめでとう』
『誰…だ』
起き上がる気力など無いレイドは聞こえてきた声に口を開く
えらく低い声、そして嫌な予感が彼の体を駆け巡る
『全員死ぬと思ったが、すばしっこい奴だけは運良くここまで来れたようだな』
『お前の…仕業か』
『あの魔物にやられているようじゃ三流の闇組織だぞ?試しに襲わせたが蹂躙されて終わったか』
『お前が…ロンドベルをやったのか』
『はて?弱い奴を覚える暇など無いが山の向こうで何かを斬った気はするぞ』
『くそ…俺だってつ…』
グスタフ・ジャガーノートは斧槍であるメェル・ベールをレイドに振り下ろし、トドメを差した
弱いわけではない
相手が悪すぎたのだ
世界は広く、未知で溢れている
力という言葉に生きるならば、レイドも上に近い実力を持っていた
しかし、彼はこの先を見ること無く、道を閉ざす
(これで…終わりか)
もう山にも森にも、ノアを追う者はいない
ここで彼がやるべき仕事は終わり、あとは次の朝に来るであろう者に彼女を引き渡すだけとなる
『オオオォォォォ』
『レヴナント、良くやった。こいつは持っていくが良い』
グスタフが黒い魔法陣を展開すると、レヴナントはレイドの遺体を大事そうに抱き抱えながら魔法陣の中に消えていく
血は雨によって洗い流され、証拠は残らない
『任務完了か』
彼は囁き、森に背を向けた
これでノアを襲う驚異は去った
普段通りの依頼の感覚であったグスタフは雨の中、背伸びをするとメェル・ベールを肩に担いで歩き出す
同時刻、深夜のメシカ村長の家の事だ
2階の使われていない部屋で休むノアはベットで横になり、静かに窓を眺めた
かすり傷などが多く、消毒や応急措置に時間を費やしたが彼女は今こうして一時の休息を得ることが出来た
真っ暗な部屋の中、ただジッと窓を見つめる彼女は僅かに夜襲の心配をするが、時計が深夜2時を回っても静かな夜が続くだけだった
(本当に、生き延びたのね)
死ななかったのは彼がいたから
だからノアは考えた、彼は何者なのだろうと
記憶を呼び起こし、知っている限りの豪傑と並べる
しかし、明らかに異質な存在
ロンドベルという男を倒す技量を持つ男など彼女ですら数人しか知らないのだ
『アールグレイでも…あの男には』
小さく囁いた瞬間、彼女は部屋の中に突如として感じた気配に気付き、上体を上げた
ドアの横の壁を背にグスタフが立ったまま寄りかかっていたのだ
(どうやって…、それよりも)
『ノック無しとは作法が宜しいとは思えません』
『依頼者は物だ。お前の価値観など知らぬ』
『物騒な言い草ですね…』
『ロンドベル、レイド含め全員殺しておいた。お前はゆっくり休め』
彼はそのままドアを開けると、部屋を出た
ファーラット公国最大闇組織である『ゾディアック』、その幹部が二人参加してまでノアを暗殺する筈が、失敗に終わる
『あの闇組織の幹部二人を…』
(一先ずは、休まないと)
倒した、ならば起きている意味はない
彼がそう言ったならば本当だろう
何故か彼女はその点は信頼していた。
『羊の鉄仮面、黒い騎士…』
また横になったノアは目を閉じると、ストンと眠りに落ちた
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