彼の生き方

案山子

第1話 遭遇


『国境越えは辛いな』


俺は深い森の中をひたすら歩く

ギュスターヴ・グリムノートという名が有名になり過ぎた事が悪かったかもな

最初は冒険者をしていたが……


直ぐに冒険者として成果を出し、傭兵となった俺は傭兵稼業で生活をやりくりしていたのだが


ある時不味い事が起きた

その話は今はよそうか


『ある意味、逃亡者か』


素顔を隠すため、悪魔のような羊の鉄仮面を被り

装備は黒光りした騎士のような鎧

腰マントも黒だが、ここには白い刺繍で邪悪な顔の羊の模様だ


武器は斧槍といえば良いだろうか

一般的にはハルバート系統の武器だ

槍に斧もついているタイプといえば頭に浮かびやすいかもしれない


『ここはどこだ?』


追手はこない、これる筈がない

そう読みながらも俺は深い森の中をあるく

日が沈む時間、しかし春の風が妙に温かくして心地が良い


(作っておいて正解か)


左手に握り、肩に担ぐハルバートに視線を向けた

いつも使っている武器ではなく、サブで念のために特注で作って貰ったハルバートだ

銀色に輝く斧部分の刃にも羊の模様


名前はメェル・ベール

本来使うハルバートよりランクは1つ下だが、これだけで下手したら家が買えるかもしれないから大変貴重だ

山賊に狙われないようにしないとな


刃には羊の絵が彫られているが、悪魔的な見た目だ。

案外、気に入っている


『それにしても、良い鉄仮面だな』


魔道具だからか、声を変えてくれるのだ

非常に低い声の男だが、まだ慣れない

外せば地声だが、今は止めとく


『しかし、深い森だ』


ファーラット公国領土内、見渡す限り山が連なり、森が行く手を遮る

今日中に奥に見える山を越えるのは無理そうだな


『チチチッ』


木の枝に耳が僅かに長いミミリスというリスがこちらの様子を見て鳴いている

警戒ではなく、鳴いているだけか


『ん?』


ふと人の気配に気付く

こんな深い森の中とは驚きだ


(川辺か)


奥から川の流れる音、なんとなく人の気配はそこから感じる

水が切れているため、少し分けてもらおうかと歩いて向かったのだ

冒険者だろう、そう思っていたのだが

そうでもなかった


『マジか』


川辺の岩場で寛いでいたのはみすぼらしい見た目の男ら

どうみても山に住む山賊だ


数は8人

堂々と現れてしまった俺に一瞬だけ驚いたのが見えるが、直ぐにそれはいつもの彼らへと変わる


『なんだお前?』

『迷子か?』


聞きなれた言葉だ

根拠の無い自信が彼らの原動力

数で制する以外に道を持たないから弱いままで生涯を閉じる生き物

目先の生活に満足し、体が動かなくなる未来など考えない人間の紛い物

だから山に吸い寄せられる


『山賊か』


『良いもん持ってるな、誰だお前』


(話が通じないか)


交渉は出来ない

人の言葉を話せても、理解はできない


親玉っぽい男は大きめの片手剣を手に自信満々に前に躍り出る

しかし殺気はまだ感じない、いや違う

手慣れているようにも思える


(山賊なのに、馬鹿にするような笑みは見受けられん)


親玉以外も、目を細めてこちらを警戒している

山賊にしては珍しい表情だが、興味はない


一応、直ぐ動けるように左手に持つメェル・ベールを肩から下ろすと、親玉はまた口を開いた


『ガキを見たかい?』

『さて?お前ら以外は魔物しか見ておらぬ』

『あんた誰だ?』

『戦争傭兵グスタフ・ジャガーノート』


これが今の俺の名だ

昔の名前は捨てた。


男は首を傾げると、仲間と目を合わせて何かの合図を送っている

目で何を話しているかはわからない


山賊は動物の鳴き声の真似で合図を送ることはあるが、視線は初めてだ


『本当にガキを見てないか?』

『なるほど』

『何がだ?』

『見た目は山賊でも、中身は違うようだな』


一瞬、彼らは険悪そうな顔を浮かべた

ここで殺気が僅かに感じたのだ

心が身構え出したのがわかる、目を見れば一目瞭然だ


(子供を探している…か)


俺には関係ない事だ


『悪いが行く手を阻むなら、斬らねばならん』

『なら悪いが見たからにはここから出すわけにはいかないのでな傭兵さん』


薄ら笑いを浮かべた彼が剣を強き握りしめ、飛び込んできた

同時に彼の背後にいた仲間も続いて、だ


『力量、見誤るか…』





数十秒後、周りには肉片と科した人間が散らばっていた

断末魔を出す時間もなく、痛みも感じずに死んでいっただけ幸運だと思われた


『他愛も無い』


斧槍のメェル・ベールを振り、刃についた血を飛ばすと肩に担いで再び歩き出した

残り一人の気配が近くの木の上から感じてはいたが、気づかない振りだ

面倒な事に巻き込まれたくはない


でも人生とは上手くいかないもんさ

自分以外にも人がいれば尚更だ


『あの!羊さん!』


(話かけるなよ)


若い女性の声

だいたい察しはつくが、俺は聞こえない振りを続けて歩き出す

でもその声の主の気配は木を降りると、俺の後ろを追いかけてくる


頭を掻きながら振り返ると、そこには予想通り若い女性だ

15ほどといった所だろうか、森の中を必死に走っただろう、服は汚れている

だが彼女の顔を見ただけて身分の低い女性ではないと感じた


『家に帰れ、付きまとうな』

『でも…その』

『あれは追っ手だろう?勝手に倒した、あとはお前の自力で何とかしろ』


興味はない

もう何かを守るという行為に飽き飽きだ

努力をしても、人は俺を怖がったからだ

守っても守っても、その目は変わらない


『待って、お願い』


泣きそうな声をしても、関係ない

腰の黒いマントを掴まれても振り向きはしない


昔は英雄として名を轟かせたが

そんなのは最初だけだ

強すぎると、人は理解できない能力に警戒をし始め、やがては恐れる


(昔は昔だ) 


思い出したくはないが、思い出してしまう

求めていた未来はこうじゃなかった、と

しかし、どこかで俺はこの女に期待していたのかもしれない


だからこそ、必死に助けを求める声に対して歩みを止め、振り返る


『貴様、名はなんと言う?』

『それは…』

『言えぬか。しかしそれは問題ではない』

『え…?』

『俺は傭兵だ。雇われれば動いてやろう、しかし高いぞ?』

『その…今は何も…』

『今は無理な事ぐらい承知している。全ての任務が完了したのち、請求するが…拒否すれば待っているのは死だ』


彼女は悩んだ

でもそれは数秒程度であり、今は背に腹は代えられないと悟ったのだろう

答えは直ぐに口から放たれた


『北に見える山脈の向こうにカンテラ村があります。一先ずはそこまで…』

『依頼はそこで終わりか?』

『まだ先が…』


面白い女だ


いつもなら終わりまで契約内容を確認し、請け負うか決めるのだが

今回は良い暇潰しが出来そうだからと俺は深く聞かずにしたんだ

まぁそれが後々に響くんだかな


『何故追われていた?』

『それは…』

『いや、やはり話さなくて良い』

『良いのですか?』

『聞いてしまうと面倒だ。依頼が終われば他人同士、俺の事は忘れろ』


そう話しながら北に向かって歩き出すと、彼女は慌てて後ろをついてくる

今日中に山を越えるのは無理だ。

かなり深い森であり、すでに夕日が落ち始めているからだ


辺りをキョロキョロする彼女など気にせず、俺はひたすら北を目指す


魔物も一匹でも現れてくれたら、軽い小遣い稼ぎもできるのだが

どうやら気配は近くには無い


(まぁスムーズに進めるから、良し…か)


『そういえば、お名前が聞こえなかったのですが、名はなんと?』

『聞かす名は無い』


山賊の真似をしていた追っ手との会話をちゃんと聞いてなかったらしい

木の上からではあまり聞こえなかったようだな


俺の言葉に萎縮する姿に、少し罪悪感を感じつつも溜め息を漏らす

懐から水筒を取り出して彼女に投げ渡してやると、意味を理解した途端に笑顔で水筒の中の水をごくごくと飲む姿が写る


やはり喉が乾いていたようだな


『ありがとうございます』

『山賊ごっこの追っ手とはお前の歩む道も多難なようだな』

『やはり山賊ではないとわかっていたのですか?』

『山賊らしさが無かったからな。見せかけの小汚なさじゃ見ていれば違うとわかる』

『相手が誰だかわかってました?』

『知らん、どうせ誰かの腰巾着だろう…。力量すら理解できずに前に出るということはその程度だったということだ』

『本当に何者なんですか』

『教える義理は無い、日が完全に暮れるぞ』

『あ…』

『一先ずは今日中に山を抜けるのは無理だ。あの横穴で夜を越える』


左手に持つメェル・ベールで奥に見える横穴を指す

中は10メートルも先はない穴であり、以前は魔物の巣となっていたのだろうとわかる

奥に動物の骨が散乱していたからだ


『雨が降る前に枝木を集めろ、俺も手伝う』

『わかりました』


こうして数分間、地道に燃やせそうな丁度良い枝木を集めると、穴の奥で焚き火で暖まる

パチパチと響く音を聞きながら、俺は腰をおろして女に視線を向けた


不安そうな面持ちだが、背に腹はかえられないから共にいるのだろうか


(夜になるか)


夜の森は冒険者でも迂闊に入らない

人間が住むには都合が悪いからだ

魔物に教われたら面倒だしな


『あの…』

『必要な事しか聞かん、話さん』

『その…』


何かを言いたいらしいが、話さない

トイレか?と思ったが違ったよ

彼女のお腹からクー!と可愛らしい腹の音


これには俺もうっかりだ

彼女はうつむいたが、恥ずかしかったか


『待っていろ』


懐から収納袋という魔道具を取り出す

見た目以上の荷物が入る代物であり、これまた購入しようとしても高額で貴重だ

だから所持者は殆どいない


『収納袋…』

『驚いたのか』


中を漁りながら言葉を交わせ、取り出したのは鹿の股肉

鮮度も保った状態で保存できるのは便利だと思う


『味付けは塩コショウで我慢しろ』


鉄串も取り出してから股肉を刺して焚き火の

で焼く

軽く塩コショウを振り撒いてから上手に焼き終えた時には彼女の口からよだれが顔を出していたよ


『食べろ、明日は山越えだ』

『あ、はい!』


相当、お腹が減っていたのか

ガツガツ食べる姿はそれほどまでに過酷な数日を過ごしていたのだろうと思わせるには十分だった


(外は暗いな)


入口に視線を向けて、そう思った

春だから夜でもさほど寒くない

だから野宿も可能となるが、サバイバル能力が多少ないと厳しいのが森だ

俺は裸で冬の森に放り出されても平気だけどな


『ご馳走さまでした』

『何日森にいた』

『2日です』

『そうか、今日はもう寝ろ…。無駄にカロリーを浪費する必要はない』


鉄串をしまい、直ぐに横になる

明日の歩みをどうするか考えたかったのだが、彼女は横になっても寝付けない様子だ

床が固いから?いや違うな


『羊が好きなんですか』

『好きに解釈しろ』

『わ…わかりました。それと…』

『どうした?』

『どこに行こうとしてたのですか?』

『ファーラット公国で隠居生活でもしようと思ってな。静かであまり五月蝿くない場所を探している』

『住む場所ですか』

『そうだ』

『カンテラ村から10キロ北にあるフラクタールという田舎街はオススメです』

『覚えておこう』

『それと、カンテラ村の後の件ですが』

『話せ』

『明日には私の知り合いが合流するために村に来ます。それまで護衛をしてほしいのです。』

『護衛ならば高くはない、だがしかし…この状況では支払いも困難なのは承知している』

『…』

『一先ず、ツケにしてやる。』


俺はそこで話すのをやめ、寝ようとすると

彼女は一部の名だけを俺に告げた


『ノアと言います』

『賢いな、貴様』

『貴方は教えてはくれないのでしょう?』

『知る必要など無い、羊だけを目に焼き付けておけば、お前ならわかる』

『はぁ…』


首を傾げていた


俺は懐から干し肉を2枚取り出すと、横になったままモグモグと食べ始めた

昼に沢山食べたから少し腹に入ればそれで良い

何か起きた際、腹を重くしたくないからな


(寝たか)


彼女の寝息が聞こえる

案外、根性ある女だな

この状況で警戒せず寝るとは流石に誉めたくなる


しかし、寝れる時に寝るのは正解だ

今の彼女には俺に賭けるしかないからだ


(どこぞの貴族の娘、か)


だと推測し、俺も寝ることにした

心配ない、驚異が近づけば俺は自然に起きれる

まぁ今日それは起きなかった





朝起きると、ノアという女はまだスヤスヤ寝ていたが、口からヨダレとはだらしない

多少ヨダレが入口から差し込む光でピカピカしてるのが少し面白い


(アルビノの女か)


髪の毛も、まつ毛も白い

珍しい人間の女である

かなり目立つ見た無だから人拐いに追われているのかと半分思ったんだけと…


『やはり身分の高い人間か』


囁きながら上体を起こした俺は収納袋からリンゴを取り出し、軽く投げて女の頭に当てる


『あだっ』


転がるリンゴ、起き上がる女

ポカーンとしたまま近くに転がるリンゴに真っ先に視線を向けたので、俺は口を開いた


『朝飯だ』

『あ、はい』


俺も収納袋からリンゴを1つ取り出すと素早く食べた

朝はあまり食べれないからリンゴが丁度良い


『パンケーキが食べたい…』

『我が儘言うな女、虫を口に突っ込むぞ』

『絶対に嫌』

『嫌なら立て、出発だ』


快晴、心地よい風が吹いている

俺が先頭となり、彼女が直ぐ後ろさ

会話はないが、気まずいわけではない


(魔物も起きたか)


なるべく気づかれぬよう、時には静かに近くを通りすぎる

ゴブリンや赤猪、そして山犬など低ランクの魔物ばかりの気配ばかり

しかし、今は戦う理由なんて無い

だから避けている


『少し休憩してもいいですか?』

(歩かせ過ぎたか)


気を使っていなかったな

流石に女に合わせないと不味いか


『15分休む、近くから川の音がするからそこで休むぞ』

『はい』


数分で川の中流だ

あまり流れは早くないし、小さな川だ

深さは1メートルもなく、川の幅も2メートルもないだろう

まぁ飲み水としては綺麗だし可能だろうな


『近くに魔物の気配がする、静かに休め』

『気配がわかるのですか?』

『まぁな、少しだけ強い気配だ。』

『本当に何者なんですか?収納袋を持ち、気配感知も広い。ましてやあの刺客を…』

『追っ手に見覚えがある言い草だな』

『…はい』

『興味はない。だが追っ手はあれで全部か?』

『多分、全部』

『釈然としない答えだな。』

『ですが貴方が倒した追っ手が一番強いのだけは確かです』


はて?と首を傾げたくなる

茂みの中から急に飛び出してきたランクFのゴブリン2体を一瞬で斬り裂き、俺はメェル・ベールを肩に担ぐ


こちらとしては今のは無意識での行動であり、戦ったという感触は無い

しかし、彼女は静かに驚いているのがわかる


『隠れている時、戦争傭兵…というのは聞こえました。』

『そうだ。問題があるか?』


傭兵は冒険者と違い、魔物退治以外の依頼を請け負う

身分の高い者の護衛や警備、捜索系など色々あるのだが、その中でも戦争に参加する傭兵を世間は戦争傭兵と呼ぶ


俺がいたシドラード王国から近いイドラ共和国との小規模な戦争に何度も参加していたのを思い出す

ファーラット公国とは争いはないが、互いに注意深く様子を見ているのだけはわかる


まぁ争いはしないだろうが

それはシドラード王国の王族次第だ

次世代らが癖がある奴が多いから心配だ


『なぜ戦争傭兵に?』

『教える義務は無い。それよりも足は平気か?』

『少し筋肉痛かもしれませんが、平気です』

『そうか』


まぁ今は呑気に必要以上に休み時間は無い

彼女は何かから追われている身だからだ

それを実感しているからこそ、最低限の休憩しか俺は与える事が出来ぬ


(案外、根性あるかもな)


そう思いながらもゴブリンの体から顔を出す魔石を手にし、収納袋に入れる

魔物を倒せば魔石が手に入るのだ。

これは魔石報酬になるけど、俺は冒険者ではないから価値は薄い

一応、登録はしている


『人の気配がする、悪いがもう行くぞ』

『どこからでしょうか』

『俺達が来た道からだ、スキルを使って追ってきたのだろう』

『わかりました』


僅かにぎこちない歩き方の彼女

僅かな筋肉痛とは言ったものの、もしかしたらそれ以上なのかもしれない

しかし、止まれない


木々には小鳥やリスという動物が顔を見せているが

こちらは自然を堪能する暇はない

平和な自然の中で、急を要する女という図は考えると少し面白いな


『捕まったらどうなる?』


ふと、俺は気になって聞いてしまった

予想はしていたが、その通りの答えが飛ぶ


『殺されるでしょうね』


答えに反応は見せない

そのままメェル・ベールを肩に担ぎ、俺は前を進む


『ギャオン!』


不意に横の茂みから飛び出すはランクDのグランドパンサー

見た目は体毛は無い大型犬、色は灰色で全長は1メートル半ある

Cランク冒険者の壁ともいえる魔物なんだろうが、超えた者には問題は無い魔物だ


『邪魔だ』

『キャウッ!?』


右手で飛び込んできたグランドパンサーの首筋を掴み、反対方向にぶん投げると茂みの奥まで吹き飛んでいった

死んではいないだろうが、再度こちらに襲い掛かる事は無いだろうな


『やはりお強いのですね』

『グランドパンサーを倒して強いは過剰評価だ。あれくらい倒せないと何もできん』

『ますます貴方の事が気になってきました』

『口を動かすより、足を動かせ』

『わ…わかってます!』


少し反抗的な反応、まぁ悪くはない

それくらい元気でいれば大丈夫だ


(しかし綺麗な女だな)


森を駆けまわって汚れているとはいえ

絵に描いたような美しい女性だ。

若いのにここまで整った顔は初めて見たかもしれない


(使うか)


『オール・ハイド』


紫色の魔力が右手を包み込むと、手を振って宙で分散する

それを頭からかぶった俺達は相手の探索系スキルや魔法から逃れる事が可能だ

これで時間を稼げる


『凄い魔法を持っているんですね』

『知っているのか』

『本で学んだ事があります。かなり高度な魔法だということぐらいわかります』

『ほう』

『私が知る限り、使える人間は1人しか知りません』

『お前の知識の庭がどの程度広いかわからないが、他の人間よりはあるのだろうな』

『どうでしょうね』


そこで彼女は僅かに笑った

明らかに余裕を見せたのだ


悪い、というわけではない

希望が見えたからこそ、見せた表情だろう

命を預けられている身の俺だが、依頼を請け負ったからには無事に指定された場所まで送り届けなければならない


早歩きで進み、流石に1時間立たずして彼女は足を止めてしまう

わかってはいたけども足に限界が来たらしい

膝をつき、立ち上がろうとしても根性だけではどうにもできない状況だ


『何で…まだ歩けるのに』

『無駄だ。だが女にしてはよく歩いた』


立ち上がろうと藻掻く女

一応どこまで根性があるか見たくて自力で歩かせたが、十分に合格だ


『眷属召喚・フェンドル』


俺は足元に青色の大きな魔法陣を出現させ、そう呟く

驚く彼女をよそに、そこから現れた綺麗な魔物は俺の前で座り込んだ


聖犬種フェンドル

ランクはB、全長2メートル半で全身が白い体をした犬だ

首にタテガミは青白く、それは後ろに向けて伸びている


『ワフッ』


現れた魔物に口を開けたまま固まる女

きっと初めて見たのだろう。


『悪いが女を背中に乗せて共に走れ。』


収納袋からとっておきの羊の肉400gを取り出し、フェンドルに口に咥えさせると嬉しそうに食べ始める

しかも数秒で完食という速さに女も呆れた笑みを浮かぶのが精一杯だ


『これは…』

『聞いただろう?聖犬フェンドルだ』

『待ってください。神の十六使徒の1体とされる聖犬の筈が…あぁ頭が痛くなる。絵本の中の魔物が』

『つべこべ五月蠅いぞ。フェンドル、悪いが無理やり乗せろ』

『ワフンッ』

『きゃっ!』


彼女の股下に頭を突っ込んで持ち上げるフェンドルは器用に背中に乗せた

驚く彼女なんて気にせず、俺は『ついてこい』とフェンドルに行って並走し始める


『す…凄い』


先ほどとは違い、森の景色が一気に後ろに流れる光景に女はキョロキョロする

この速度なら、頂上まで10分もかからないだろう

追手でも流石にこれに追いつくなど不可能、というか今回は相手が悪い


『女、目的の村までこのペースだとどの程度だ?』

『1時間です…』

『そうとなると、頂上から村が見える距離か』

『です。それはそうと・・・移住先は決まりましたか?』

『ふっ…。一先ずはフラクタールという街で考えるとしよう』

『平和な街ですよ。農家さん多いし果物や野菜が名産地です!』

『肉は無いのか?』

『あります。バランスよく食べるには野菜も必要では?』

『否定できん。』


こうして山を越え、村が頂上付近から見えた

小さくはない、案外大きな村だとわかる

視界に映ると、彼女はホッとした表情を浮かべた


一体何者なのか、どんな身分の女なのかは聞けばすぐにわかるだろう

しかし、あまり関係を持つと面倒な事に巻き込まれそうな匂いが香ばしいから聞かぬが吉だろうと俺は判断している


1時間ちょっとで村の入口まで辿り着くと、彼女はフェンドルから軽く跳び降りる

転びそうになる所を俺が腕を掴んで支えると、彼女は笑顔で『ありがとう』と口にした


『フェンドルさんもありがとう』

『ワフフッ!』


胸を張るフェンドルは彼女の顔を1回ペロリとなめると、俺が出現させた青い魔法陣の上に乗って姿を消していく

そこで彼女はようやく安心したようだ。


村の前で座り込んだ


『どうした?』

『安心したら力が…』

『俺が来なければお前は死んでいたからな』

『そうですね。』

『さぁ立て、根性を見せろ』


彼女は深呼吸すると、言われたとおりに立ち上がった

先ほどとは違って弱弱しい様子はなく、なんとなく力強い

始めてみるタイプの女性だ

どこその王族の女とは違って強く育ったようだな


(さて、あとは付き従うだけ…か)


『どうする女』

『村長の家に向かいます。』

『わかった』


彼女は一歩、前に進む

中に入ると、点々とレンガをメインに建てられた家を見渡しながら村の中を進む

街の人間とは変わりのない格好の村人らに異質な目を向けられるが、きっと俺の見た目なのだろう

明らかに悪魔的な格好だから少し警戒されているかもしれん


(身分が高いのは確かだ、高いのにもかかわらず)


要求が少ない

隠密な行動中だとしても、権力をかざして生きようとする者は今まで見てきた

しかし彼女はそれをしてこないのが不思議だ


(わからん女だ)


歩きながら考えていると、村長の家だろうと思われる家の前で彼女は立ち止まる

『玄関で待っていてください』と告げた彼女はノックも無しにドアを開けて中に入るという荒業を見せつけてくれ、俺は苦笑いを浮かべた

大丈夫だろうか?人の家だと思うが


『待つか』


家の前で鎮座

その間、前を通る村人に3度見くらいされる

慣れているからこちらは気にしないが、警戒し過ぎだ


『見ない顔だな』


視線外からの声に顔を向けた

若い男、どうみても村を守る冒険者ですと言わんばかりの格好

革装備で重量を軽めにしたフットワーク重視の冒険者であるのは見て直ぐにわかった

腰には小柄な片手剣、鉄の素材にした鉱石ランクは低いとわかる


インダストリアルゴールド

フラスカシルバー

ハイドラ・アイアン

リーフ・シルバー

ミスリル

軽鉄


上記が武器に使う鉱石だ

彼の片手剣は、その中でも一番下の軽鉄

それは僅かな錆びでわかったよ

軽鉄だと赤錆が目立つからだ


『他所から来たからな。』

『そうか。村長の家に用事なのかい』


何やら気さくに話しかける若者

まだ20代ではないのは確かだ

何故、俺の前に座ったのかはわからん

予想外な行動に少し戸惑う俺をよそに、彼は勝手に話し始めた


『俺はインクリット・ヴィンセント。この村で冒険者をしてんだ』

『この村にも冒険者がいるのだな』

『まぁ4人しかいないがな』


彼は苦笑いを顔に浮かべ、答えた

俺が女と共に超えた山や村の周辺の森にはランクの高い魔物はほぼいない

グランドパンサーが1年に一度、村の近くにくるかどうかぐらいだと彼は話す


『平和な村だぜ。北にフラクタールの街があるが5キロと遠くない』


確かに、山の上からフラクタールの街らしき高い防壁は僅かに見えていた

村の人たちはフラクタールの街などを行き来している人が多いと彼は淡々と俺に話し始める

案外情報にもなるため、俺は黙々と相槌を打ちながら話を聞いた


『村には魔物は現れるのか?』

『たまに近づいてくるが、交戦することは殆どないな。狩猟会の護衛で森に入った時には魔物と戦うことはあるぜ?』


狩猟会とはどこにでもある

鹿や熊などを弓や単筒という火薬で弾を飛ばす銃武器での狩りの事を言う


『あんた、凄い武器だなそれ』


彼は俺の武器を指差した

まぁ素人から見ても、このメェル・ベールは異質過ぎて凄いと思われても仕方がない


(こいつの目…)


無駄に興味津々になってる

何かしないと駄目な気がしてきたぞ

第一印象は大事だ。

だがこの状況は困難を極めた


フラクタールにいれば、きっとこいつと再び出会うだろう

その時に、どんな目で見られるかは今決まる

最適案とは何か、俺は考える


『これは斧槍、名前はメェル・ベールだ』

『装備がおっかない羊の模様だし、武器の刃の部分にも羊が彫られてるしな!羊が好きなのかあんた』

『ただなんとなくだ』

『きっと強いんだろうな』

『それは俺が決めることじゃなく、他人が決める事だ』

『なるほど、理に合ってる』


合ってる、か…


『フラクタールはどんな街だ』

『住みやすい平凡な街さ、悪い事もあまり起きないらしいが冒険者と傭兵がたまにひと悶着するぐらいさ』


どこも同じか

互いに仲が悪い、というのはどこにいっても聞くが珍しくはない

干渉し合う事もあるけど、思い出してみてもあまりないと思う


『どこも同じか』


小さく呟くと、直ぐに家のドアが開いた

静かに立ち上がりながらもメェル・ベールを肩に担ぐと、目の前にヨボヨボのお爺さんが一緒に現れる


あれが村長かと首を傾げた

周りの村人と変わりない、どこに家にでも良そうなお爺さんに見える

まぁ俺の過剰な予想だったという事だろう


『そなたが彼女を護衛した男か』


村長らしきお爺さんの目は真剣だ

弱弱しい見た目によらず、目は強さを現している

力の強さから来る目力ではなく、意思の強さから現れる目だ

こういう爺さんは嫌いじゃない、しかし頑固な所はきっとあるだろう

言葉に少し困るかもしれないな


『そうだが、何か問題でも?』

『名は何という』

『そこは重要ではない筈だ。』

『それでは護衛した依頼料をどう支払いできるというのだ?』

『来る必要はない。こちらから出向く』

『メシカ村長、さっきの可愛い女の子は誰だい!?』

『お前は職務をまっとうせいインクリットや。村の周辺に異変はないか?』

『えっ?…あぁ問題無しです!』

『今日の夜は天気が荒れる。森には入るなよ』


メシカという名か

空を見上げると、俺もつられる

確かに風は先ほどよりも強くなり、湿気を感じる

遠くから見える雲はどす黒いのがわかるよ。

確かに荒れるだろう


『失礼します』


インクリットは律儀にお辞儀をすると、何故か俺にウインクしてからその場を去っていく

変に気に入られそうで、不安だ

だが再び会うのだけはわかっている、その時にどういう対応をするか迷うぞ


『あの女は?』

『妻が対応してくれている、彼女から少し話を聞いたが…中で話さんか?』

『いいだろう。ここで帰っても困るのはお前らと村の人間だろう』

『そこまでわかっていて。彼女を守ったのは理解しているようだな』

『そこらの傭兵と違って馬鹿ではない。全体を見通して依頼を請け負っている。あの女が仲間と合流するまではいるつもりだ』

『良き判断。では入れ羊小僧』


(羊小僧だと…)


見た目で行ったわけでもない、薄々感じているのかもしれん

侮れない爺さん、というわけか


家の中に入る前に、俺は振り返ると山に視線を向ける

そこでイーグルアイという希少なスキルを一瞬だけ発動した

それにより、鉄仮面から見える俺の目の色は変わり、山の中に潜む生物を捉える


(ほう…夜だな)


こうしてリビングに用意された椅子に深々と座り、テーブルの向こうのソファーに座るメシカ村長と無言での対峙中だ

何かを話すわけでもなく、観察されているかのような雰囲気

2階建ての家からは家族らしき気配は数人感じる

普通の家、だということがわかると俺は警戒を薄めた


『あの女性が誰かわかっているか?』


先制してきたのは爺さんだ

腕を組み、溜息が聞こえる

面倒な事が起き始めている、それが遠回しに感じるよ


『知らん、知る気も無い』

『無謀とは思わなかったのか?蛮勇と勇気は紙一重と言うが…』

『俺に蛮勇と勇気は持ち合わせていない。あるのは遂行という言葉だけだ』

『戦争傭兵か…。かなりの手練れのようだが追手の正体は把握しているか?』

『残り9人、夜に来るだろうがお前らは普段通り過ごしていれば良い』

『自信家じゃな。おぬしはどうするというのだ』

『勝手に片づけておく。俺は戦争で傭兵として何度も参加し、何度も前線で敵を斬ってきた』

『ほう…』

『生きていることは力。そして生き抜く事で得る経験も力。悪いが夜が得意なのは闇組織だけではない』

『相手が闇組織の類ということはお見通しか…』

『なんとなくだ』


テーブルの上に置かれたお茶、俺はそれを手の取って飲む

結構熱い、だが一気に飲む物でもないから熱さは必要な熱なのかもな


(美味い…)


『感謝しよう。彼女を守ってくれて』

『感謝される筋合いはないが、一応受け取っておこう』

『夜を過ごす場所は必要なら提供しよう、どうする羊小僧』


俺はお茶をチビチビと飲み、飲み切ってから立ち上がると爺さんを前に言ったのだ


『森で過ごすから必要はない』


数分後、俺は村長の家を出る

ノアという女はきっと色々と手当など必要だろうから無暗に会う必要はないだろう

それならこっちで勝手に問題を解決すれば二度と会うことは無い

村長にはその事は伝えてある、全てを掃除したら依頼完了だと


日暮れまだ時間はある

それまでの時間をどこで過ごそうか、俺は悩んだ

だが答えは直ぐに出た


『向かうか』


カンテラ村の中を歩き、森の入口までは直ぐだった

森を前に首を回し、僅かに骨が鳴る


夜になれば彼らは闇に紛れてくるだろう。

しかし、夜というのは誰にでも安易に利用できる時間でもある

その場にしゃがみ込み、俺は山の中にいる顔も知らぬ者達に向かって僅かに笑みを浮かべた


一番夜で怖いのは、何が起きたかわからずに死ぬことだ

それは夜の中での最大の恐怖となり、自力を求められる

彼らにそれが可能かどうか、見定められるだろう


黒い魔法陣を出現させ、俺は顔を上げて森に視線を向けた

無事に生きてここまで来れたら、その時は褒美でもやろうと思いながら口を開く


『眷属召喚・レブナント』


黒い魔法陣から現れる黒い瘴気、それは森の木々の中へと消えていく

そのまま収納袋から椅子を取り出し、俺はメェル・ベールを肩に担いだまま目を閉じた

ここで待っていれば、済む

心の奥底では、小さな期待をしながら待つとしよう


(あれに逃れられないなら三流だ)




・・・・・・・・・・





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