第47話 自分でつかんだ幸運

「不思議なお話ですね、にわかには信じられないな…」


 あまり高くないバー。分相応にね、無理したってしょうがない。


 山下さんとお付き合いできて二か月ほど。休日に数度映画に行ったぐらいだけれど、ほとんどアフターファイブばかりのお付き合いだけれども、ガブちゃんのお話、してもいいかな、面白い話だしね。


 全部は長いからね、ちょっと話してみた。

 そりゃあ信じられないよね~、たぶん。僕だってもし同じ話を人から聞いたら、たとえその人がどんなに信用できる人だとしても、信じられない。

「うん…、そうだと思う。信じられないかもしれない。だけど、ほんとうなんだよね…」

 本当なんだ…。


「確かに小杉さんが考えたにしては、かなり思い切ったお話だし…、ほんとうなのかな…」

 笑っている山下さん。あいかわらずかわいい。


 それから僕はね、ちょっとだけ人生の舵を切ったんだ…。ちょっとだけね…。

 舵を切るのはヨットなら簡単だけど、人生はたとえ5度でもそれは大変だったよ。

「そうでしょ、僕一人じゃとても考えられないよ…、ね…。ほんとうなんだ…」

 一部を除いて。そう、山下さん、高梨さん、と移っていった女性関係のことはあえて伏せました。なんか…、気分よくないと思うし。


「惜しい感じがしませんか…? だって幸運ばっかりで悪いことが起きなくて、きっとそれってある意味人の夢ですよ、理想です」

「ある意味そうだと思うよ…。思うけれどね…」

 かわいい山下さんは大きい目で僕を見つめている。バーのカウンターって落ち着くよね。雰囲気やお酒も味方にできるし。


 同じような男女のふたり組が向こうにもいるな…。まだ二人はそんなに親しそうじゃなさそうだね。


「思うんだ。これって自分の人生じゃないんじゃないかな。ガブちゃんにも言ったけれど、『魂を売り渡すようなもんだ』ってね。それに…」


 小首をかしげる山下さん。仕草もかわいいよね。

「それに…、山下さんとも付き合えなかったかもしれないよ…」

 まずいか…、いや、大丈夫だ。

「そうそう、そうだ、海外に出向したりしてさ…、出世はするかもしれないけれど、そんなのは嫌だし…」

 にこって笑う山下さん。


「いや、海外が嫌だって言うんじゃなくて、その、僕はね、今ね、山下さんとこうしているのがすっごくさ…」

 さらに笑顔が優しくなる山下さん、いい人だ。

「すっごくね…」

 手を握るタイミングだよな、そうだよね。僕はちょっと汗ばんでいるかもしれない手を出して、山下さんの手に触れた。


「うれしいんだ…」

「それは本当ですか…?」

「それも、ほんとうです!」

 そう、そうですよ。


「よかった…」

「え…?」

「もしかしたら、今、私、小杉さんと同じ状況かな…?」

「え…?」

 それは、ちょっと…、ガブちゃん、ガブリエル君を知ってるの?


「幸運がきたのかな…、なんてね…へへ…」

 思わず手に力が入った。ぎゅっとね、握っちゃったよ、山下さんの手…。

「それじゃあ、僕もまだ継続していることになっちゃうよ…。ガブちゃん、天使さん…、ちゃんと打ち切ってないのかな。なんてね…」


 ちがうよ。これはさ…

「だけど、今の、なんていうかな…、山下さんとこうやって会えている幸運はね…」

 僕はあらためて、山下さんを見つめた。まつ毛も長くて綺麗だね。


「勝手にガブちゃんがくれた幸運じゃないんだ…。ちゃーんと、自分でがんばって…、どきどきしたけれど、がんばって勇気をだして、自分でつかんだ幸運なんだ」

 軽くうなずく山下さん。


「勝手にもらったものじゃないんですよね…」

 強くうなずく僕。

「うん、僕がね、自分でね、山下さんが、その…さ、好きで」

「へへ、照れます…」

「うん、照れる…」

 照れるよ、でも自分でつかんだ幸運はね、もらったものとは全然違う、違うんだ。

 山下さんの腕が僕の腕に巻かれた。


「重い…?」

 見上げる山下さん…。

「全然…、うれしい…」

 うれしいね、二度目だけれど、前とは違って、もっともっとうれしいな…。

 ドライブでまた、いやいや、またじゃないね、最初は城ケ島に行こう。うん、風が急に吹いてくれないかもしれないけれど、その前から腕を組めるさ…、きっと。


 やったね。

 バーは静かで、相変わらず向こうの男女はこちらと違いあまり親しそうでなく何かを話し込んでいる。

 女の子はカクテルを、男の人はビールばかり飲んでいる。


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