第14話 誰かなんとかして
今日もデート。
待ち合わせの会社から少し離れたいつもの喫茶店で山下さんを待った。
会社からもよりの駅へ向かう道の途中にあって便利なのはいいのだが、店は少々せまく、他の社員はめったに使わない。
なので、待ち合わせにはいい店となっている。
僕はいつも長く待つようだったら本を読むが、今回は約束の時間までそんなにないので、コーヒーを飲んで店から見える通りをただ眺めていた。
街はこんな時間だから帰宅を急ぐ人たちが前だけを見つめながら、少しうつむいて歩いている。就業時間後ってね、ビジネス街はこんなものだよね。
向こうから山下さんが近寄ってきた。周りに他の社員がいないことを確認して僕は軽く店の中から手を振った。でも、彼女はまったく店の中を見ず、他のビジネス街の人たちと同じく前だけを見つめて通りすぎて行く。
アレ…、僕はデートの日を間違えたのか…。あわてて手帳を確認するが、そんなことはない。なんだ、山下さん忘れているのか…。僕は携帯を取り出し電話をかけるため「や」の欄のアドレスを探す。
オイ…、なんだよ、ないぞ、山下さんの携帯の番号…。あれ、いつのまにか消された、消しちゃった…。
どうしよう、そうだ、そうだよ、落ち着け、履歴があるはずだよ。先週の土曜日に掛けたし、着信もあったし…。それそれ。
履歴を見る…。
誰だ、あ…、高梨美穂…、あの経営企画部のか…? おかしいな、こんな人と話してないぞ。あれ、この時間山下さんと話したはずだよ…。なんだよ、携帯壊れたか…。
「待ちましたか…?」
すぐそこで綺麗な女性の声がした。携帯から見上げるとベージュのスーツ姿に胸元に大きいフリルのついたブラウス、細い腰に長い脚、同じく長い黒い髪をふわりと揺らした、しかも整った顔立ちの女性が立っている。
「いや…、僕も今きました…」
なんていうこと言っているんだ、僕は…。でも自然と言葉がでてきたよ。
綺麗な女性は、これまた綺麗な眉をかわいく動かしてニコリと笑い、会社でのイメージとは違った、やわらかい声でこう言った。
「ごめんなさい、社長のスケジュールの調整がうまくいかなくて…」
そう、彼女は経営企画部秘書課の高梨さん…だよな…?
そうだ、男性社員だけの集まりだときまってその容貌が話題になる、十人中十二人が美人だっていう高梨さん…。おまけに会長の親族でもある。
「忙しいんですね…」
僕はきっと会社で経営企画部秘書課の美人社員に話すであろう話し方で言った。
「どうしたんですか小杉さん…? そんな気取った話し方して…。怒っているんですか…?」
フフって笑っている。なんだ、どうなっているんだ? ドッキリか…、おいおい。
「今日は『坐忙』に連れて行ってくれるんですよね。“また”小杉さんと行きたかったんですよ…。うれしいな…」
“また”ってどうゆうこと?会社以外で高梨さんと話すのも初めてだし、いやいや、会社でもほとんど話したことないし、当然いっしょに食事なんてしたことないし…。
とりあえず騙されておいて、あとで山下さんにTELだ…。でも番号もメルアドも消えているし、うん…、僕は携帯のアドレス帳を調べてみる。調べてみる必要性もないのはわかるのだが、調べてみる。「た」の欄にある、高梨さん…。履歴に思いっきりあったしね、そりゃああるよ。でもなんだ、なんなんだよ。
「何が食べたいですか…、ああ!え~っと、何が食べたい?みたいな…」
また彼女はフフって笑っているよ。
「麻婆豆腐かな?あれ好きなんですよ。あとはこの前食べたマンゴープリン!」
「この前…?」
「ええ、おいしかったですよね。小杉さんががんばって探してくれたお店ですからね、おいしくて当然です」
「そう…、そうだね。うん、おいしかったよね」
どうなっているんだよ、彼女は戸惑う僕にかまわず、それでいて、周りに会社の人がいないかどうか確認してから、僕の腕に彼女の腕をからませた。
まるでデートみたいだ…。いつ種明かしがあるんだろう…。その時どんな顔をすればいいんだろう…。緊張するよ、誰かなんとかしてくれよ。
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