第2話 ゴミステーション

僕は、日頃あまり人に会わない。稀に人にあった際には、


「何か、怖い体験ないですか?」


などと、天気や景気について話すかの様に切り出すものだから、

友人など、決して多くは無いのは、至極当然だ。


そんな僕だが、半年に一度くらいは美容室へ行くのである。

もちろん、散髪に行くのだが、それ以上に僕の目的は、怪談の収集だ。


美容師という職業は沢山の人と、接する為、色々な話をしている。

と同時にそれは、不思議な話も集まりやすいという事を表している。

それに、聞き手になってしまえば、余計なことも言わずに済む。

一石二鳥どころでは無いくらいコスパが良いのだ。

 

「こんにちは。お久しぶりね。そういえば楓くんに教えたい話があるのよ。」


席に座るや否や、Aさんは、ニヤニヤしながら僕の肩をポンと叩いた。


この、Aさんと言う女性は、もう何年も僕の髪を切ってくれている人で、僕の数少ない友人の一人だ。


 「うわっ、なに? やけに嬉しそうだな。良いことでもあったの?」


 「私じゃなくて、楓くんの好きな、ほらあの、

悪趣味なやつだよ。お、ば、け。」


僕の耳がピンと立つ。犬も歩けば棒に当たるのだ。

この際、先程の悪趣味発言は不問にしよう。


「この前、実家に久し振りに帰った時なんだけどね...」


以下、Aさんの話。


田舎の価値観なんだろうか。娘が心配なのは分かるが

実家に帰る度にこうも、結婚しろだの、孫がどうだとか言われると、家にも寄り付かなくなるものだ。


ましてや、田舎が嫌で、美容師になり都市に住んでいる私である。当分の間、母の要望には、答えられそうにない。


そんな、私でも3年前に父が他界してからは、それなりに実家に帰るようにしている。


夏のある日、単純に気が向いただけだった。

店を片付けていたら、不意に実家に帰りたくなった。

時計を見ると20時を少し過ぎたところだった。


 「もしもし、お母さん? 今から帰ってもいい?

....うん。....明日は休み。....うん。分かった。」


家までは、車で小一時間の距離だ。途中、コンビニでビールとつまみと、母のためにスイーツを買った。

あと、忘れてはいけないのは、子犬用のおやつだ。


唯一、私が実家に帰る理由を上げるとすれば、子犬に会いたいからだった。


去年、母が、一人は寂しいだろうと、私がプレゼントしたトイプードルのペロちゃん。

この子は無条件に可愛いのだ。

案の定、母は、ペロちゃんを溺愛し結果、私への電話攻撃の頻度を下げることに成功したのであった。


 「ただいまー。」


(キャン、キャン、キャン、、)


「ペロちゃん、ただいま。元気にしてた?あれっ、何か重くないあなた?」


先月、抱っこしたときよりも、確実に重くなってる。

顔も体もなんだか、大きくなった。


 「おかえり。そうなのよ。最近よく食べるからね。

ついついあげちゃうのよ。でも、ぽっちゃりの方が、

モテるのよー。誰かさんみたいに、ガリガリじゃダメよね~。」


そう言うと、私の腕からペロちゃんを奪い取っていく。

ぽっちゃりが聞いて呆れる。後ろ姿はマトリョーシカではないか。母の中から、一回り小さい母が出てくる様子を想像して、吹き出してしまった。


「ちょっと、そんなところで笑ってないで、早く来なさいよ。」


「へい。へい。わかりましたよ。」


その後、他愛のない話をして、女三人で夜食を仲良く食べた。時計を見ると、そろそろ日付が変わる頃だった。


「お母さん、私、お風呂入りたい。お湯沸かしてくれない?足を伸ばして湯船に浸かりたいなー。」


「あんたの所、お風呂狭いからね。じゃあ、準備するから、ちょっと洗い物しててよ。あと、ついでに、

ゴミ出しといて。お願い。」


「夜中に、ゴミ出して文句言われないの?私、近所の人からみたら、見かけない顔じゃない。誰かに会ったら気まずいよ。」


「大丈夫よ。お母さん、いつも夜にゴミ出してるし、こんな時間に外に人なんていないわよ。それに、ゴミステーション、家のすぐ裏だし。おねがいね。」


あまり気が進まなかったが、私はゴミを捨てに表に出た。田舎の夜は静だった。聞こえてくるのは、風にそよぐ葉っぱの擦れる音と、雨蛙の合唱ぐらいだ。


「猪がでたら、怖いな。」


私はゴミを抱えて急ぎ足で、敷地の裏手に回った。

ゴミステーションは、ちょうど、家のお風呂場からブロック塀を隔てた所にあった。

割としっかりした作りで、金属製のフレームに観音開きの扉が付いている。扉には、閂錠かんぬきじょうが掛かっている。

動物が荒らすんだろうなと、私は思いながら、閂を抜いた。


その時、不意に視線を感じ振り向くと、道を挟んで反対側のアパートの窓に掛かったカーテンが揺れていた。


「気のせいかな。」


私は、怖かったので、大きめの独り言を呟いた。


扉を開けると、中は、二段になっていた。

上段は以外とゴミ袋が入っていて、扉を開けた衝撃で、一袋落ちてしまった。

私は、屈んでゴミ袋を拾った。


「あんちゃんが、言うからさ.....あんちゃんが、ここにおれって.....言うからさ....あんちゃんが.........」


屈んで、頭を下げた状態の私の耳に、

息をふーふーと、吹きかけながら老婆が、かすれた声で訴えかけてくる。


「じょうちゃん....もお....出てもええのか....あんちゃん

...わし..堪忍して.....反省しとるし......」


私は、恐怖で何も言えなかった。

耳に伝わる、吐息は

私の精神を破壊するには充分すぎた。


「ひゃっ.....」


精一杯の悲鳴を、上げたつもりが何とも情けない声を出して、その場に座り込んでしまった。


老婆は、ゆっくりとゴミステーションから出てきた。


「あんちゃん.....あんちゃん....あんちゃん......」


そう呟きながら、私の事など無視して

一歩、また一歩ゆっくりと、歩いていく。


老婆が、角を曲がった所で、ゴミステーションが、ぼんやりと明るくなった。

 風呂場の電気が付いたのだ。風呂場の窓が少し空いている。私は、急に現実に戻されて、声が出るようになった。


「お母さん、お母さん、ねえ、お母さん!!」


私の声に反応した母が、風呂場の窓から顔を出し周囲を伺っている。


「どうしたの、大声出して、転んだの?今行くから。」


それから、二人で家に帰って母に事の顛末を話した。

落ち着いて話しているうちに、あれは、近所のお婆さんが痴呆症で、深夜徘徊をしていたのだろうと結論ずけた。


「えっ。という事は、面白い話だけど、心霊現象じゃなかったんだ。」


と、僕はAさんに、髪を切られながら言った。


「それがね、私が帰った後に、実家に警察が来たらしいの。」


「えっ?警察が?」


Aさんは、ハサミを動かしながら話を続けた。


「近所で、下着泥棒が捕まったらしいの。それで、犯人の部屋を捜索したら、窓際にカメラがセットしてあったの。」


「まさか、それって、」


「そう、あのアパートの住人だったんだ。犯人。

で、警察の人から、ちょっと確認してほしい。って、

お母さん言われたんだって。」


「そこには、ゴミ袋を持った私。ゴミステーションの前で、座り込んで、その後、急に叫ぶ私が写ってた。」


「えっ、婆さん居ないの?」


「うん。居なかったって。で、その後は、お母さんが迎えに来て、風呂場の窓を閉めた所で、映像は終わってたらしいよ。」


「じゃあ、盗撮は未遂だったんだ。」


「後半はね。」


「えっ、前半の映像ってまさか.....」


「バッチリ写ってたらしいよ。マトリョーシカ。」


僕は、背筋に冷たいものを感じた。


               ー完ー













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