ドロップアウト

ドロップアウト

作者 アイロ

https://kakuyomu.jp/works/16816700426441255846


 競争から逃げるように十七歳で自殺した彗は、天国で来世で良い人生を送るために自分の人生を映像編集したものを神様に見せて競うこととなり、振り返って日高愛と隣にいることが一番の幸せで救いだと気づいて映像を編集、日高愛と双子になって来世に生まれる物語。



 組織や社会などから落ちこぼれること、脱落を意味したタイトルがつけられている。読んでみてのお楽しみである。


 文章の書き方については目をつむる。


 森絵都の『カラフル』を思い起こさせるような、ある意味転生ファンタジー作品。ファンタジーといっても、大部分は主人公の生きてきた記録であり、現代ドラマである。

 異世界転生ものがはやっている中、逃避ではなく、未来に向かって明るく踏み出す本作は、地に足がついている感じがして、生きる肥やしになる作品だと思う。

 主人公の生き方を客観的に見て、どういうところでどんな感情を抱いたかを冷静に分析して表しているから、読者も主人公と一緒になって彼の人生を追体験している気になれる。

 これを高校生が書くのかと、噛みしめるように賞賛を送る。


 主人公は彗、一人称「俺」で書かれた文体。自分の人生を映像で見ていく作品なため、客観視しながら実況中継している。全体的に見せ方が映像的。

 全力を出すことを理想としていた主人公は優越感に浸り、受験に失敗して劣等感を覚えて中学に進学したとき、主人公とはちがう一位をとる日高愛と出会い、才能を伸ばして競い合っていく。一度も勝てず、一位の日高に勝つからそれまで一番でいてくれといって卒業して別れたが、彼女は一位になれず自殺してしまい、主人公も道を失い自殺する。人生を振り返り、全力を出して競い合って日高と一緒にいることが幸せで救いだったと気づき、新たな人生を掴み取る。


 前半。

 一度でいいから一番になりたかったと、競争から逃げて高校の校舎の屋上から身を投げた主人公は、薄暗いシアタールームで目を覚ます。

 座った状態から動けず、軽く周囲を見渡すことと手元のリモコンを操作することしかできなかった。電源ボタンを入れると、モニターに無機物的な天使が現れ、「天国へようこそ。私は天使。天国の管理をしている者です」と天国システムの説明を始める。

 神を楽しませるために、自分の人生をテーマに面白い映像作品を制作しなければならない。素材は現世で産声をあげた瞬間から心臓が止まるまでの映像。編集はカットのみで、制作時間は無制限。完成した作品は神が点数評価し、報酬として評価点の高い魂から『来世の転生先の選択権』が与えられ、転生する際には以前の魂は初期化される。


 神を楽しませるという発想が、面白く、有り得そうに思えてしまう。

 編集がカットのみ、というのもシンプルで面白い。録画番組をCMカットするみたいな手軽さを感じる。


 再生ボタンを押すと、病院のベッドで生まれたてのわが子を抱く母親が写し出される。生まれる前から彗と決められていた。

 幼稚園時の主人公は活発ではなく、優劣を意識してはいなかった。運動会のとき、主人公をいじめていた子の親は一位を取ってこいと声を上げる。主人公の親は「一生懸命腕を振って、『全力』で走ってこい! 父さんも母さんも『全力』で応援するからな」といい、初めて全力を出して一位を取った。脚を引っかけようとしたいじめっ子は転び、親にバレて主人公に謝りに来た。このとき優越感をおぼえてしまう。

 自尊心を肥大化させたまま小学校に入り、優越案を感じられなくなってからは群れることをおぼえ、純粋さはなくなり相手を見下すときにだけ笑う子になっていた。

 六年の春、中高一貫の私立進学校に受験するために塾へ通う。遊びに誘う相手に塾があるからと断り、自分は彼らと違うと優越感に浸りながらゲームで遊び、受験に合格できず、劣等感を抱くようになり、一番に固執するようになった。


 他人の人生を客観的にみるのは面白い。どこにでもいそうに思えて、どこにもいなさそうな子。だけど、こういう事はあるよねと頷いてしまいそうな心の弱さを丁寧に描いている。

 

 後半。

 劣等感を味わいたくない思いから勉強し、入学した中学の新入生テストで一位を取ろうとするも、学年二位。一位を取ったのは日高愛。この日から彼女に勝つことが、一位を取る事と同義となる。

 一年生時、一度も彼女に勝てず、隣の席になった二年生でも二位を取り続け、三年生となったとき、彼女は中学受験で落ちた中高一貫校の編入枠を狙うと告げる。そこは主人公が小学校のときに受けた学校よりもレベルが高い。編入するためには、全国トップクラスの学力がなければ強悪は難しい。それでも主人公は、「俺も、日高と同じ編入試験受ける。そこで日高に勝って、『一番』取ってやるからな」と決めるのだった。


 一位になれなかったといっても、ずっと学年二位を維持するのはかなりの努力が必要だ。つまり、ずっと三位の子もいて、どうして一位や二位を取れないのだろうと、悔しがっている子もいるはずなのだ。


 放課後は日高と隣の席で勉強をよくしていた。絶対に負けられないという思いがこみ上げてきて集中力を底上げした。あるとき、「ねえ彗君、ドロップいる?」と話しかけられる。好きな味を聞かれてハッカ味と答えると、「絶対嘘。他人と違う俺がかっこいいって思うの、辞めた方がいいよ」といわれてしまう。

 彼女が好きな味はイチゴ味。「もしハッカ味が一番最初に出てきたら、嬉しい?」嬉しいと答えると、「一番目がイチゴ味で、二番目がハッカ味だったら?」と聞かれる。

「イチゴ味は日高にあげて、ハッカ味は俺が貰うよ」

 うれしそうな目で日高は、「競争とか、一番とかって、意外とそんなもんなんじゃない?」といって缶をふって出てきたのはハッカ味。「良かったね。ハッカ味だよ。おめでとう、一番目」日高は嬉しそうに笑った。


 優越感や劣等感のために競うのではなく、自分が好きだったりやりたいことのために励むから、手にできたとき嬉しいのだ。

 その生き方を、主人公は彼女に教えてもらった大事なシーンだ。

 この部分を、彼は編集して神へ提出したのだ。


 受験は日高が合格し、主人公は不合格だった。卒業式を迎え、最後に挨拶ぐらいをしようと教室に行くと、いつものように日高が主人公の席の隣にいた。「どうやったら彗君に劣等感を残させずに終われるか、ずっと考えてた。結局思いつかずに卒業式が来ちゃったけど」私が君に残しちゃった悔しさとか、全部忘れてくれない? 彗君には、これ以上苦しんで欲しくない」

 主人公は一番が好きで、一番は日高。一位の日高に勝って一番になるしか悔しさを取り除けないから、ずっと一番でいてくれという。

「私はずっと『一番』で居続けるよ、彗君のために」

 これが日高と最後に皮した言葉だった。

 三カ月後、日高は自殺した。周囲は学業不振が原因だとみている。彼女は一番になれなかった。一度でも彼女に勝って一番になっていたら、編入試験で一番に合格していたら、彼女は死ななかったかもしれない。彼女の自殺から一週間後、主人公は自殺し、モニターの映像は終了した。


 日高は合格し、主人公は不合格だった。

 だけど、彼女が望んだのは主人公の隣で頑張ることになっていたのだろう。いくら一番で居続けると約束しても、隣には主人公はいなくて、頑張れなくなったのだ。

 人のモチベーションは上がったり下がったりを繰り返す。目標を掲げた高い位置のままモチベーションを維持することはできない。ちょっとしたことでかんたんに下がっていく。だから、目標を掲げたら常に意識できるよう、自分の目標を書いて見える場所に置き、毎日見ることで目標達成に一役買ってくれる。

 いままで毎日隣にいてくれた目標がいなくなり、紙に書いても維持できなかったのだろう。みるみるうちにやる気がしぼみ、目的も見失ってしまったのだ。

 

 映像を見返し、一番とか二番とか、どうでも良かった。二人の一番の幸せで救いは、隣に一緒にいることだった。

 放課後に日高とドロップを分け合った、僅か数分の映像だけを残して映像を提出した。

 採点終了後、「画面上のデータを参考に、転生先を選択してください」と機械的な天使の声でいわれる。選択肢の中で、最も夫婦仲の良いものを選び、決定ボタンを押すと、画面上に、赤色で警告の文字が浮かんだ。『警告:評価点が同点の魂との転生先の重複を確認。変更しなければ、二卵性双生児として二人で同じ家庭に誕生します。よろしいですか?』迷わず決定ボタン押すと、シアタールームの出口が開く。エレベーターに乗って現世に降りると転生され、魂の記憶の初期化が行われるといわれる。

 エレベータが途中で止まり、扉が開くと日高がいた。

「来世じゃ、私たち双子になるらしいよ?」

「それなら、ずっと隣に居ることになりそうだ」

 天から落とされた二つの飴玉は、隣同士で軌跡を空に描いていくのだった。


 神様は、主人公の映像には下位の評価を与えている。

 神様としては、与えられた困難に克服しようと挑んだものに評価を与えるのかもしれない。あるいは、似たような作品を見飽きたので、思いもかけない奇抜な生き方をした者に高評価を与えるのか。それともその時時の気分なのかしらん。

 主人公と日高が二卵性双生児として転生するということは、彼女もまた主人公と同じく、一番とか二番とか、どうでもいいから二人の一番の幸せは、隣に一緒にいることだったのだ。

 読後、タイトルを見て「飴玉の表現が実にいい」と、しみじみ感じた。

 自殺してドロップアウトした二人。

 冒頭で、持っていた缶から零れ落ちたヒビの入った飴玉が、落下と同時に砕け散った。同時に割れたのは魂かしらん。

 神に提出する映像は、放課後に日高とドロップを分け合った、僅か数分の映像。

 そして、最後は夜空に二つの彗星が輝き、天から落とされた二つの飴玉と表現されている二人の魂が、隣同士で軌跡を空に描きながら転生していく。

 映像を意識した描写表現がなされていて、これは漫画や映像とかで見てみたいと思える。

 この先二人が、支え合って楽しく幸せに生きていくことを切に願う。

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