桜色ドロップス

桜色ドロップス

作者 小和瀬 茉莉

https://kakuyomu.jp/works/16816700426714517845


 卒業式を終えたあとカフェに呼び出した井上奏に告白した一ノ瀬花鈴は、親の都合で外部受験して離れ離れになることも告げたが彼はそれでも好きだからと付き合うことになる物語。



 桜色のしずくという意味のタイトルつけられている。

 桜の花弁にイメージされる赤みを含んだ淡い紅色をさす桜色は、紅染めの中でもっとも淡く、ほんのり酔った女性の顔や皮膚が赤みをおびた様子にも使われる。ドロップスとは落ちるという意味で、桜色をした花弁か、あるいはほんのり頬を染めた女性が落ちることを示唆した内容なのかしらん。読んでみなければわからない。

 サブタイトルには『~花鈴side~』と『花鈴side』がつけられている。花鈴サイドの話なのはわかるけれども、あえて違う表記にしているのは何かしら意味があるのかしらん。他のサイドの話もあって、花鈴サイドだけを抜粋して掲載しているかもしれない。


 文章の書き方については目をつむる。


 卒業とともに起こる恋心の、揺れたりぶら下がったり舞い上がる季節を、青さの中にほんのりと甘く瑞々しい様を描いた作品。終わりのようで始まりであり、長い人生のほんの一瞬の、二人にとっては大切な思い出をのぞかせてもらった気分にかられる。

 主人公は一ノ瀬花鈴、一人称「私」で書かれた文体。問わず語りな実況中継の地の文は口語文っぽさがある。五感を使い、平易な言葉が、より素直に読み手に伝わってくる。

 好きな気持ちを隠しながら過ごしてきた一貫校に通う主人公が、外部受験をしなくてはならなくなり、片思いを終わらせるための行動を取って卒業を迎え、思いを告げた主人公は新たな未来へ旅立っていく。


 前半。

 卒業式二週間前、三月十一日。主人公の一ノ瀬花鈴は、校舎地下にある選択教室に井上奏を呼び出し、大きな木のあるカフェに一緒に行こうと誘うとOKをもらう。卒業式後に行くこととなる。


 中高一貫だから、東京都世田谷区にある成城学園のように校舎が大きく、地下があるのだろう。選択授業を受けるときだけに使われる教室と思われる。なので、出入りが自由にでいるのだ。

「まだ膨らみかけのプランターの蕾たちが、ちょっとだけ教室から見えた」とある。これは自分たちを表しているのかもしれない。


 奏が「あー、大丈夫っしょ」といっている。

 元々北海道で聞く言葉だったけれど、北海道から東京に渡ってきて東京でも、若い世代中心に普通に使われるようになったという。なので、主人公たちの高校は東京と推測する。

 内部進学や内部推薦を受けるから、バスケ部の彼は三月の時期に部活へ行くのかしらん。


 三月二十五日、卒業式当日。志織と楓花と話をし、「高校生の告白なんて一世一代の大勝負よ、家帰って早く準備してきな。乙女の身支度には時間がかかるんだから」と二人に背中を押され、「ありがとう二人とも!  卒業おめでとう! 大好きだよ!」解放感と寂寞が混じった教室を抜け出した。


 三月二十五日に卒業式を行う高校はどこなのかしらん。一般的には三月一日、おそくとも十日くらいまでが多い。かといって、ないわけではないので主人公たちの高校はそうなのだろう。

 中高大の一貫校の附属に通っている彼女たちは、試験を受けて各々の志望した学部へと進学していく。エスカレーターのようにあがっていく高校と他の高校との雰囲気が違うのが、会話の端々から感じる。

 三時から、彼とカフェに行くことを、友達の志織と楓花は知っている。しかも「我慢してるんでしょ、色々」「隠してても分かるよ、うちらには」ということは、主人公が彼女たちと同じ大学に行かないことを、知っているのだ。何もかも知っていて、「緊張してるの? ひどい顔してる。そんなんじゃ花鈴の可愛い顔も台無しだよ」「高校生の告白なんて一世一代の大勝負よ、家帰って早く準備してきな。乙女の身支度には時間がかかるんだから」送り出すのだ。

 彼に片思いで告白するのは、二人には秘密でもなんでもない周知の事実。だからそのあと、体育祭での出来事などを普通に語れるのだろう。よくわかっているのは、楓花よりも志織で、ひょっとしたら、楓花は主人公が外部の大学へ行くことを、まだ知らないかもしれない。


 後半。

 午後三時、カフェ《シュガーパルム》前で待ち合わせて、彼と入店する。花鈴はホットカフェオレ、彼はアイスレモネードを注文した。


 シュガーパルムは、花序と呼ばれる花をつけた植物の茎や枝や樹液から作られ、日本ではヤシ糖と呼ばれることもある、主にカンボジアやタイなどの東南アジアを中心に製造されているナツメヤシやオウギヤシなどのヤシ由来の砂糖――パームシュガーからきているのかもしれない。ミネラルやポリフェノールを多く含んでいるのが特徴で、独特の風味とコクのある味わいの砂糖だ。

 また、手のひら、という意味もある。

 シュガーには砂糖の他に、おまえとかあなたとか呼びかける口語の意味もあるので、あなたの手のひら、とも邪推できそうな店名だ。

 

 ホットカフェオレを注文するのはわかる。

 アイスレモネードを注文するのがわからない。三月終わりとはいえ、体が冷えてしまう。せめてホットレモネードだと思うのだけれども、暖冬だったのかしらん。

 あるいは、予定の十分前から来ている彼は、緊張していて喉が乾いていた。ホットだとなかなか一気に飲んで潤せないから、それでアイスを頼んだのかもしれない。

 平然な顔をしながら、何をいわれるのだろう、告白かな、とかあれこれ思いつつドキドキしているに違いない。


 店内に大木があるなんて、東京都世田谷区にあるカフェ・フーケかしらん。ファンタジー調なら、アール座読書館かしらん。中央の中庭に大木があるのだから、上野のカフェすいれんとかかもしれない。緑の多いカフェはいろいろあって、緑を見ながらくつろげるなんて素敵な店である。

 

 シャルトルーズイエローとは、やや緑がかった黄色のこと。

 フランスのグルノーブルにあるカルトゥジオ会の修道院で作られたリキュールの色に由来。シャルトルーズは、修道院およびリキュールの名で、最高級のリキュールとして世界的に知られている。

 緑みが強いリキュールの色はシャルトルーズグリーンという。

 あえてこの言葉を使って色を表現したというのは、アルコールを飲んでいる大人な雰囲気を、彼から感じたことを表していると推測する。

 いままでは、学生気分で子供だった主人公。卒業式を終えて、もう子供ではない。この先は、一人の大人として、彼と話をしていく決意のようなものを感じさせてくる色味だ。


「大好きです、君のことが」と告白し、「外部受験したからみんなと違う大学に行くんだ」「親の仕事の関係で北海道に引っ越さないといけなくなっちゃって……。一人暮らしは親にダメって言われたし、内部進学できなくなっちゃって」「向こうに行ったらこっちには長期休みの時位にしか帰れないから、井上くんには私の想い伝えておきたいなって」「すぐ遠くに行く人に告白なんてされても迷惑な話だよね、付き合えるわけでもないのに」さらに事情を説明した。


 たった十文字、されど十文字である。

 この言葉のために、人は苦しむのだ。

「親に何とか附設の大学に通えるように懇願したが、転勤を断るのも一人暮らしも許されることは無かった」とある。

 子供が一人暮らしをするだけならまだしも、家族が北海道へ引っ越すのだ。仕事とはいえ、交友関係もない不慣れな土地で生活していくのはお金以上に大変なことである。

 東京の家賃相場は他の地域と比較しても圧倒的に高く、北海道は安く感じる。マンションなら作りがしっかりしているため寒い冬でも温かいが、一年の半分が冬となる北海道での暮らしでは、光熱費がとても重要になってくる。一月は七月に比くらべ三倍以上のエネルギーを必要とし、その分光熱費がかかってくる傾向がある。

 とはいえ、札幌市で一年間にかかる平均光熱費は三十一万二千八百十八円、東京都区部では二十八万八十三円(総務省統計局 平成二十七年度「家計調査」二人以上の世帯の場合)。差は約三万三千円。月平均だと、札幌市のほうが約二千七百五十円多い。

 東京は夏のエアコン使用で電気代が増えるが、札幌市では夏よりも冬の暖房で電気代やガス代、灯油代が増える。

 光熱費が多くかかる時期は違うものの、年間で換算すればそれほど違わない。

 とはいえ、引っ越し費用がかかるのも事実。主人公にもし何かあったとき、親もすぐには駆けつけられない。いろいろ考えたが、やもえなかったのだろう。


 それをきいた彼は、「それでも、好きって言ってもいいですか?」と口にした。

 二人は両思いだった。花鈴は、彼を縛りづるけるなんてできないから、付き合うことはできるはずがないと思い、「お互いの気持ちを知れただけでも私はとっても嬉しいの」と言いつつ泣いてしまう。


 告白して上げたところに、外部受験したらと下げて、彼から告白されてまた上がる。この短い間で上げ下げの展開が読者も主事能と一緒に心を揺さぶられるところが良い。

 

 それを彼に指摘され、「毎日メールや電話する。長期休みには花鈴の方に会いに行く。だから、遠距離でも良いから付き合ってくれませんか?」「俺の、大切な人になってくれませんか?」と尋ねられる。花鈴も「もちろんです!」返事し、「私も大好きな奏くんを大切な人にしていいですか?」と聞き返す。

 彼は「当たり前にオッケー!」無邪気に笑い、二人は照れたように笑うのだった。これから紡いでいく二人の物語の始まりは、まるで桜のように鮮やかなピンク色で飴玉のように甘かった。


 二人の遠距離恋愛がはじまるのだ。

 互いが愛されていると時間できる方法を探し、根拠のない不安を抱かないようにすることが寛容だ。そのためのルールとして、彼は「毎日メールや電話する。長期休みには花鈴の方に会いに行く」と決めたのだろう。

 おそらく月内には北海道へ引っ越す。準備もあるし、入学した後の用意もある。友達の家に泊まりに行く約束だってある。これから毎日、彼女は忙しくも大切な時間を過ごしていくに違いない。


 読後にタイトルを見て、まるで桜のように鮮やかなピンク色で飴玉のように甘かった二人の物語の始まりのことを指しているのかと腑に落ちる。

 二人の行く末が、大輪の花を咲かせる桜のようになることを切に願う。

 

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