ヨンケイ

ヨンケイ

作者 佐藤令都

https://kakuyomu.jp/works/16816452220655710442


 二年前、市内大会(某市中学校体育大会)に出場した路風中陸上部は四×一〇〇メートルリレーでアンカーを一年生の真木瞬介が務めることになっていたが、直前で三年生がボイコットして途中棄権となってしまった。以来彼はリレーを走らなくなってしまう。

 三年生になった今年、市内大会で真木瞬介をアンカーに走らせようと、顧問の波多野先生と篠田歩頼、水野大翔、加賀一成が協力して彼とともに出場して走る物語。



 ポプラ社から発刊されているチームワーク最悪の男子高校生たちが四×一〇〇メートルリレーに挑むスポーツ小説『ヨンケイ!!』を想起させるタイトルがついている。

『ヨンケイ』とは陸上競技の四×一〇〇メートルリレーを指す。リレーを日本語に訳すと継走。四人による継走だから、略してヨンケイ(四継)と呼ばれている。二〇二一年の東京五輪で日本選手がバトンを繋げず途中棄権となったのを見た人もいたかもしれない。

 本作はどんな話なのか、読んでみなくてはわからない。

 サブタイトルには「W-up」とある。ウォーミングアップの意味だろうか。

 各話にはそれぞれ、人物名がつけられている。

  

 縦書きに準じて漢数字および疑問符感嘆符の後はひとマスあける等は目をつむる。


 路風中学陸上部の物語である。

 四×一〇〇メートルリレーをうまく使って書かれている。

 メロドラマ的な展開。彼らは共通してクリアしなければならない障害をもっている。だからといって、個人の能力ではクリアできない。

 真木瞬介がメンバーに加わることで一人ずつの障害がクリアし、個々にも成長していき、まさにバトンがつながる如く物語が前へと進んでいく。

 W-upは陸上部の真木瞬介、一人称「俺」で書かれた文体。

 一話は、三年生の篠田歩頼、一人称「俺」で書かれた文体。

 二話は、三年生の水野大翔、一人称「俺」で書かれた文体。

 三話は、三年生の加賀一成、一人称「俺」で書かれた文体。

 四話は、三年生の真木瞬介、一人称「俺」で書かれた文体。

 一人称で書く時の利点は、読者は感情移入しやすく、作者はキャラの心情がリアルに描ける書きやすさがある。欠点は、主人公が知らないことは書けないし、相手の心情は察するしかなく、不在の場合は物語が続かないところにある。

 つまり、世界観や背景に隠されて事情の基礎情報を読者に与えにくくなる。物語の幅を広げる場面切り替えも使えない。その点を補おうと、各話ごとでそれぞれ出場選手の一人称視点で書いている。

 自分語りで実況中継な印象。場面の状況説明や描写が少なく、いつどこでの会話なのかがぼやけている。その代わり、心情がメインで書かれている。

 

 午後六時半ごろ。路風中陸上部の部活が終わって一人下校する真木瞬介は誰もいない土手を歩いていた。自分が市内大会の四×一〇〇メートルリレー出場に選ばれたことに対する苛立ちを、誰に聞かすでもなく吐露しつつ、二年前の出来事を回想する。

 当時一年生だった彼がアンカーに選ばれ、他の三年生がボイコットしてしまい、バトンが回ってこなかったのだ。以来、彼はリレーを走らなくなっていた。


 四×一〇〇メートルリレーは、四人のランナーがバトンを繋ぎながら計四〇〇メートルを走り、タイムを競う団体種目であり、短距離のオールスターが集結する種目といってもいい。

 走力はもちろん、バトンパスワークや走順による戦術が、チームのパフォーマンスを大きく左右する。そのためにもリレーメンバーや走順の決め方が重要となる。

 リレーメンバーを決めるときは、一〇〇メートル、二〇〇メートル走の速い選手から選ぶ。一走を決める場合、スターティングブロックからの加速が上手い人がいい。

 二走以下の選手は助走をつけてバトンをもらうため、タイムが速いに越したことはないけれども、リレーになると抜群の安定感を発揮し、ミスもなく、チームも活気づくなどの資質を持った選手を選出すれば良い結果につながるだろう。

 走順は戦略によっても変わる。

 速い選手を生かしてタイムを狙うか、バトンパスの失敗を防ぐか。

 前者なら、二走と四走にはタイムの速い選手を配置する。第二走者は、第一走者がバトンの受け渡しを行なうゾーンに入ってすぐにバトンを受け取るようにし、第三走者はゾーンギリギリでバトンを受け取り、第四走者もゾーンに入ってすぐバトンを受け取ることで、足の速い選手を生かすことができる。

 後者なら、バトンパスに不安のある区間を速い選手から遅い選手でつなぐ。前走者が次走者よりも速い選手だと、次走者は思い切りスタートを切りやすく、スタートを切るタイミングが早くなっても、前走者が追いつく可能性が高くなる。

 真木瞬介は、一年生ながらタイムが速い選手だったのだ。

 

 三年生がボイコットして記録が出せなかったので、四×一〇〇メートルリレーはその後の通信陸上大会、北信越、全国へと進む道を自ら絶ったことを意味している。

 個人の短距離走で記録を出していれば、そちらで進んでいくだろう。とにかく団体のリレーで勝ち進んでいく道を三年生は自ら放棄したのだ。

 タイムによって、陸上部で一番速く走れるのが真木瞬介で、顧問がアンカーに抜擢させたと推測。三年生がアンカーを走りたいというのなら、二走と交替してもよかったのではないかしらん。

 そういうことではなく、真木瞬介がいるために他の三年生がリレー選手に選ばれず、それでギクシャクしたのかもしれない。女の嫉妬はみっともないが、男の嫉妬はタチ悪いというから……。

 

 陸上部三年の篠田歩頼は、陸上部顧問の波多野先生に市内大会のリレーについて相談をするため、休み時間に教務室を訪ねた。市内大会の四×一〇〇メートルリレーのアンカーに真木瞬介を走らせたいのだ。現在の顧問は、二年前の陸上部顧問だった教師とは違い、波多野先生は今年入ってきたばかりの新任教師。「篠田を信頼して、決まったメンバーを俺が選んだかのように伝えるだけだ」と賛成してくれる。


 職員室のことを、新潟県では教務室という。

 市内大会が行われるのは六月なので、四月ないしは五月の話と思われる。新潟とはいえ、最近は四月後半から気温が高く、三十度近くなるため熱中症も懸念される。冒頭にある真木瞬介が土手に一人でいるシーンから、陸上部の部活を午後六時で切り上げていると思われる。暑い中より涼しい時間に集中して練習するほうが効率がいい。

「結果重視は息が詰まるからな!」と、プロセスを大事にしている。褒めるにしても貶すにしても、成果や結果よりもプロセスに目を向けることが重要なのだ。

 なので、新任教師の波多野先生は陸上経験があり、育て方が上手い人かもしれない。


 三年生の短距離走を走る中から残りメンバーを考えつつ、「お前にアンカー走ってもらいたいんだよ!」篠田歩頼は部活時に真木瞬介にリレーの話を伝えるも断られる。そこに水野大翔は「瞬介リレーやるの?? ずっと一緒に走りたいって思ってたんだよねー!」と顔を出す。篠田歩頼は瞬介に考えておいてよ、と声をかけるも彼からの良い返事はもらえなかった。


 篠田歩頼は「記録云々はどうでもいいんだよ!」と、一緒に走りたいことを彼に伝えている。また、周りからも期待されていることがわかる。

 仲間たちの気持ちを知っても、真木瞬介は一緒に走るのを頑なに拒む。昔のことを未だに引きずっている現れなのだろう。

 

 いつもどおりリレーの練習は、篠田歩頼、高井、加賀一成、水野大翔の順で走る。篠田歩頼が第一走者で走るのは、二年前の応援席で、バトンが回ってこずにトラックで立ち尽くす真木瞬介をみたから。一人ぼっちにさせてしまった自責の念をいまも抱いているから、次につなげるためにも第一走者を志望して走るのだった。


 二年前の陸上部顧問だった教師は、スポーツ根性論的な考えをしていたのかもしれない。上級生が下級生に対して偉そうに振舞うことを良しとし、上下関係を厳しくしていたと推測。部内でも、先輩だから威張るという習慣を継続させる部長が就いていたのだろう。

 どちらも今はもういない。


 陸上部の部活時、陸上部顧問の波多野先生の前に集合した部員たちは、今度行われる市内大会の出場メンバー発表を聞く。「男子、四×一〇〇メートルリレーのメンバーは、一走は篠田歩頼、二走は水野大翔、三走は加賀一成、そして四走は真木瞬介。補欠には高井が入ってくれ」

 暗い顔をして落ち込む真木瞬介の隣で水野大翔は、彼の実力を知りつつも「……うらやましい」と口からこぼす。彼と一緒に走りたいのは本心だったが、練習でアンカーを走っている水野大翔としては、加賀一成からバトンを貰って走るのが好きだったのだ。受け取る相手に今度は渡すことになる。それはそれで彼はワクワクしていた。


 状況の変化を楽しむことができる水野大翔は、実にいい性格をしている。

 変化を進化にとらえているかもしれない。変化を楽しむことで人生を楽しめるし、新たなチャンスが生まれ、柔軟な考えができるから人間関係の幅も広がる。リレーは四人で走るものだから、彼には適している気がする。


 バトンパスにはいくつかの細かいルールがある。

 テイクオーバーゾーンを越えてバトンパスを行うと失格。バトンは手渡ししなければならない。バトンを落としても失格にはならない。ただし、バトンパス完了前に落とした場合は前走者が、バトンパス完了後に落とした場合は次走者が拾う。

 バトンの受け渡しを行うテイクオーバーゾーンは、四〇〇メートルの中に三箇所、各三〇メートルずつ定められている。このことから、第二走者はバトンをゾーンの一番手前で受け取り、次走者への受け渡しをゾーンの最後で行えば最大一三〇メートル走ることができる。そのため、直線を走る第二走者の距離が長くなるよう設定し、エースを配置して勝負をかけるのが一般的な作戦だ。

 いままでアンカーを走っていた彼が、第二走者になった。つまり水野大翔は、真木瞬介に負けじ劣らぬエースかもしれない。


「俺が二走だ!  一番に持ってってやるよ!」「瞬介だけじゃないよ。歩頼のスタートの反応は誰にも負けないし、俺だってアンカーできるくらいには速い。イッセーは幅の選手だけど、コーナー走るの俺より上手いんだぜ⁉」

 真木瞬介に色々声をかけるも、なかなか首を縦に振ってくれない。そこに加賀一成が「大翔の言うとおり。俺のバトンパス最高だから! 専門は幅だけど、コーナー走れるよ‼」と声をかける。「補欠の俺に仕事は回すなよ? ハードル一本に集中したいからさ」と高井もつづく。

 そして市内大会に向けて四×一〇〇メートルリレーの練習が始まる。


 おそらくこの日の後の話が、冒頭の「W-up」だと思われる。

 篠田歩頼にアンカーを走ってくれと頼まれた日のあとでもいい気もするのだけれど、顧問から正式に発表されたから「よりにもよって何で四走なんだ」とつぶやけると思う。


 練習で第三走者の加賀一成は、真木瞬介にバトンを渡す。

 加賀一成は知っている。真木瞬介は二年生のときに中学の日本最高峰の大会、全国中学校体育大会に出場した県下に名前を轟かすショートスプリンターだということを。


 ショートスプリンターとは、短距離種目の中でも短めの距離である一〇〇メートル、二〇〇メートルを走る短距離走者のこと。市内大会で参加標準記録を出したので、全国中学校体育大会に出場できたのだろう。


 走っていく彼の姿を見送りながら思い出す。短距離走の一〇〇メートル、二〇〇メートルでのゴール結果はいつも瞬介、大翔、歩頼の順。「スタートは俺が一番だった」とか「腰の位置は俺が一番高い」とか「後半バテるのがいけないんだ」とか、ああでもないこうでもないと飽きずにギャーギャー喚く姿を、幅跳び選手の加賀一成はグラウンドの隅っこにある砂場から見ていた。いい感じに跳んでも称賛も指摘もない。彼らの輪に入りたいと思ってた。


 幅跳び走者は、部内に彼だけなのかしらん。後輩や女子部員は? おそらくいるけれども、同学年にはいないという意味と推測。


 その輪の中に自分がいて、走っている。加賀一成は真木瞬介に「いつか俺がバトン渡そうって思ってた」「瞬介、お前と走れて嬉しいよ」というと、「本番走ってから言って」彼はこそばゆそうに笑う。なんだか幸せな気分になる加賀一成。


 加賀一成の願いが叶ったのだ。

 とはいえ、彼らの目標はここではなく大会にある。


 補欠の高井との練習もし、新しいチームになったことをきっかけに、新しいことに挑戦しようとアンダーパスの練習をする。タイミングを合わすために何度も練習を重ねるが、誰も「やめよう」とは言わなかった。


 アンダーハンドパスは、バトンをもらう次走者は、目安としては親指の付け根の上に膝が来るように、膝の上に自分の胸の骨が来るように構えた中腰の姿勢で待つ。

 スピードに乗っている状態で、後ろの選手が「ハイ」と声が聞こえたら受け手は手のひらを下向きに拡げて手を出す。

 渡す方は、手が出てきたら相手の手に向かって、下から上に押し上げるようにバトンを渡す。

 パスする際もフォームが崩れにくく、スピードを出しやすいメリットがある。だが、オーバーハンドパスのように手を伸ばさないため距離をかせぎにくく、習得も難しい。なにより大事なのは、選手同士の仲の良さである。こいつだったら絶対渡してくれる。走る方も全力でダッシュしていくのだから、信頼が一番大事なのだ。

 その信頼を、彼ら四人は持っていた。

 だからこそ、誰も「やめよう」とも言わず、何度も練習を重ねられたのだ。


 市内大会当日。真木瞬介は競技場の四〇〇メートルのタータントラックの上に立っていた。「リレーなんて二度とやるか」「チームも仲間もいらない」と思いつつ、篠田歩頼と水野大翔がリレーで走るたびに「なんでお前らばっかり」と走りたい気持ちを抱きながら、リレーの話は自分にはもう来ないと諦め、それでも二年前に聞きたくて聞けなかった「がんばれ」も「おつかれ」を求め続けていた。

 篠田歩頼は「お前にアンカー走ってもらいたい」と声をかけられた。

 水野大翔は「県大会も、北信越も、全国にも連れてってよ」と頼まれた。

 加賀一成は「いつか俺がバトン渡そうって思ってた」と告げられた。

 彼らのバトンを受け取って、真木瞬介は一人ではないと気づきながら駆け抜けた。


 真木瞬介が求めていたすべてが手に入った瞬間である。

 でも、彼らが目指すのはもっと先。全国に向けて前へと進むのだった。


 読後、陸上部の経験がないのでわかりかねるけれども、経験者ならよりわかるのかもしれないと考える。

 彼らが話していたのは、昼休みか休み時間か放課後の出来事だったのか。場所は教室なのか、廊下なのか、グラウンドなのか。そういった状況説明が少ないため、ふわっとして幻想的な、それでいて彼らの思いは強く感じた。

 状況説明よりも心情を優先し、三人称ではなく各選手の一人称で描く手法を、作者はあえて選んでいる。そうする理由があったのだろう。

 おそらく、走者というのは食事や睡眠、身体能力やコーナーや直線の走りの技術面も大事だけれども、メンタル面が一番だと語りたかったのかもしれない。とくにリレーは、メンバーの仲の良さが何よりも大切だと伝えたかったのだろう。

 彼らが全国の中学生の中で一番速く走れることを、切に願う。

 

 

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