傀儡

傀儡

作者 星野光留

https://kakuyomu.jp/works/16816452220863200353


 周囲に同調するものに必ずある糸が幻覚としてみえる天宮紘は、同調しない転校生織田倉結衣と親友になるまでの物語。



「くぐつ」「でく」ともいう操り人形、あるいは「かいらい」と読み、人の手先となって思いのままに使われる者を指すのかもしれない。どんな話なのかは読んでみなければわからない。


 縦書きに準じて漢数字をというのは目をつむる。


 マリオネットのように、周囲の同調や規範によって操られている糸が見えるという発想がおもしろい。人形劇で演じたら面白いものができるかもしれない。

 主人公は高校二年生の天宮紘、一人称「俺・僕」で書かれた文体。主人公は、人の頭や肘、膝などの関節、指先に糸がついていて、社会規範や同調圧力などによって操られているのがみえている。プロローグがあってエピローグがない。


 前半、子供の頃から人には糸がついているのがみえる主人公、天宮紘は両親に打ち明けると、「腫れ物のように扱われ、病院からは異常者のレッテルを貼られた」ため、みんなと同じ用に操られる「普通」になることを選んだ。


 長いものには巻かれろ、という諺どおり、同調圧力に屈する選択肢をしたのだ。

 ちなみに、この糸は規範などによるものらしいけれども、空高く上に伸びているのかしらん。どこにつながっているのだろう。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』に登場したAAAヴンダーの牽引ビームみたいな感じなのだろうか。


 高校二年の六月、織田倉結衣が転校してくる。同調しない独立独歩で素直な彼女には糸がついていなかった。彼女から声をかけられるも、糸の命令から逃げる行動をとってしまい、友人の坂上翔に相談すると『今週日曜十三時に、喫茶店【カスターニャ】まで来ること! ガールフレンドがお待ちだぜ☆』とメッセージが届く。


 カスターニャとは、ポルトガル語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語で「栗」を表す。また、カスタネットの語源。形が栗の実に似ているからとも言われている。

 カスタネットの楽器から店名を付けたのか、それとも栗を使ったスイーツを売りにしている喫茶店かもしれない。

「ボサノバ調のゆったりとした音楽が、店内を流れている」とある。

 実にいいムードである。

 友人の翔が店を選んだのだろう。主人公のためを思って、ムードのある店を紹介したにちがいない。

 高校二年の結衣はコーヒーを飲んでいる。大人な感じがする。対して主人公はメロンソーダである。きっと好きなのだろう。


 それにしても友人の翔は、実に友達思い。気が利いている。転校生の彼女とのセッティングをしてあげているのだから。


 当日、翔から『おじゃま虫は退散するぜ! グッドラック!』とメッセージが来て、二人きりで話をすることとなる。結衣から、翔と仲のいい主人公みたいに「親友を作れるように協力して」と頼まれる。「自分がなれば」と考えるも必要性はないとして、彼女の頼みを承諾する。


 自分で考えて行動できる彼女が、異性である主人公に協力を頼むというのはどうしてなのかしらん。同性に話しかけるのが自然な気がするのに。ひょっとすると結衣は親が転勤族で、何度も転校をくり返してきたのかもしれない。その中で、人付き合いが苦手となってしまったのではないかしらん。


 後半、同調することが苦手で、自分の考えや目標を立て行動する彼女。主人公のアドバイスをそのまま行動するため、困った行動する度にアドバイスしていく主人公。同調しない彼女に憧れながら、本当は自分が親友になりたいのに偽って協力するため、自分で自分を操ってしまう。結果、糸に縛られて身体が突っ張っていく。


 結衣はもう高校二年生で、幼い子ではない。自分で考えて行動ができる子らしいので、主人公の言うとおりそのまま行動をしない気がするのだけれども、やってしまうような子なのだろう。


 そんなある日、結衣の机に花瓶が置かれ、彼女から糸が伸びていた。

 犯人は女子生徒グループの元締め、潮田沙奈。彼女の報復が怖くて誰もが黙っている。結衣がそのことを知ったら必ず潮田に話をしに行くこととなる。そしたらもっとひどい目に合うかもしれない。主人公は結衣と話をしようとするも、身体を縛る糸で身動きできない、それでも必死にもがいて声をかけるも、結衣に避けられてしまう。

 昼休み、翔が「潮田を問い詰めて口を割らせよう。録音すれば教師もようやく動かせる。行くぞ」と声をかけてきたとき、結衣が先に潮田を問い詰めていた。


 翔は実にいい子である。かといって、一人では流石に怖いから主人公に協力を求めているのだろう。


「言っとくけど、足はつかせないし、あんたの言うことなんて誰も信じないから。分かった?」と潮田は結衣に言い、「どうしても止めて欲しいっていうなら? もっと空気読んで動けば? そしたらみんなも許してくれるかもよー?」と小馬鹿にするような笑いを浮かべる。


 クラスのみんな、彼女の話を聞いていると思われる。それでもだれも彼女に逆らえないとは、どんな権力を彼女は持っているのだろう。個人情報や人に知られたくないは恥ずかしい情報などを握られているのかしらん。女子のグループからはぶられると孤立は避けられない。おそらく彼女には彼氏がいて、男子に対しても権力を行使できる環境を整えているのだろう。掌握術に長けているかもしれない。


 それを見て主人公は叫ぶ。「許されねぇのは、どっちだよ」「人間ってのは、本来誰にも操られちゃいけないものなんだ。僕だって、結衣だって、他人を尊重しながら『自分』を持って生きようとしてた。それなのにお前らが邪魔するもんだから、何も喋れなくなった」「人を黙らせれば、そりゃ自分は優位に立てるかもしれない。自分が黙れば、本意不本意に関わらず、誰かが自分の変わりに行動する。でもそれが何の解決になる? 他人の意見を聞き入れて、自分の意見を話し、違いを見つけてそれを尊重し合うことこそ正解なんじゃないのか?」


 きっとこのあと、主人公はクラスメイトからはぶられたのだろう。そうならないよう翔は止めていたのに。本当に彼はいい友達だ。


 部活が終わった放課後、翔の計らいで教室に残ってもらった結衣に会いに行き、「僕はさ。自分に、正直に生きたかったんだよ。一人じゃできなかったことだった……でも、結衣がそのやり方を教えてくれたんだ」勇気を持って糸を断ち切り、「重荷じゃない。僕は結衣を助けたい。だから……結衣も、僕を助けてくれるなら……助け合って、尊重しあえる関係を作ろうとしてくれるなら」「僕と、親友になろう」

 主人公の前には涙混じりの結衣の笑顔があった。


 本作は、天宮紘は結衣や翔とともに学び変わった姿を描きながら、読み手にも学んで変わっていくことを伝えたかったのかもしれない。規範や同調などはある。それらは生きていく上では大切だ。けれど、ときに人の心を縛ることもあり、煩わしく感じるときもある。全てを切る必要はない。つないでおきたい絆もあるだろう。

 彼女彼らは良い学びをした。誰でも大人になる。学校では学ぶけれど、勉強だけが学びではない。人は死ぬまで学び続けていく。学びとは経験である。だから、一人では学べない、誰か相手が必要なのだ。

 三人はきっと、高校生活を仲良く過ごしていくにちがいない。

  



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