自己陶酔、終わりが始まる鐘

自己陶酔、終わりが始まる鐘

作者 藍詠巫

https://kakuyomu.jp/works/16816700426115891115


 自他共に学級委員として、正義感の持ち主であるヤマダリコは、自分のいるクラスでいじめがないよう務めるも、結果として対立思想を持つワタナベリクトたちとの軋轢をくり返してしまい、やがて自信過剰が祟り致命的なミスをしてクラスで孤立してしまう物語。


 自分自身にうっとりすることに終わりを告げる鐘が鳴り響くのかしらん。

 ナルシズムが終わる話なのだろうか。読んでみなければわからない。


 疑問符感嘆符のあとひとマスあけは目をつむる。


 ナルキッソスの話を思い出す。

 ナルキッソスは湖に映った自分の美しさに惹かれ見とれているうちに、湖に落ちて溺れ死んでしまう。のちにその場所に花が咲く。その花をナルキッソス(水仙)と名付けた。この話には続きがある。

 ナルキッソスが死んだあと、彼を追いかけていた森の女神達がその湖を見つけた。湖は泣いており、涙のせいで淡水から塩辛い湖に変わっていた。何故泣いているのかと女神達は湖に尋ねると、「ナルキッソスのために泣いている」と湖は答えた。

 それほどまでにナルキッソスは美しかったのか、と女神達はまた尋ねる。

 湖はしばらく黙ったのち、こう言った。「ナルキッソスの美しさには気付かなかった。泣いているのは、彼の瞳に映る自分自身の美しさが見えなくなったから」

 本作は、良いときも悪いときも正面から自分自身を見つめ、受け止めるところからすべてが始まることを伝えたいのかしらん。


 三人称、学級委員長のヤマダリコ視点で書かれ、一部ワタナベリクト視点で書かれた文体がある。登場人物の名前がカタカナで表記されている。

 いじめられる側、いじめる側の話が具体的だからこそ、辛辣さが伝わるのだろう。


 前半、クラス内でサトウユータがいじめにあっている。正義感のある学級委員のリコは担任のハヤシ先生に訴えるも聞き入れられず、人権学習の劇をみた翌日、スピーチする機会を得た彼女はクラスメイトに「胸に手を当てて考えてみてください。貴方はいじめをしてはいませんか?」と訴えかける。


 早朝、ユータは机の落書きを除光液で落としている。

 おそらく昨日の放課後、リクトたちに書かれたのだろう。それを知っているから彼は早く登校して、家にあった除光液を持ってきて落としていると推測する。

 今回が初めてではなく、過去にも同様のことをされたことがあるのだろう。手慣れている。毎回除光液なのかしらん。無水エタノールの方が楽にはやく落とせる。いっそのこと書いた本人の机とすり替えるとか、相手の想像とは違う行動をみせていくのもユータの選択肢としてはあったかもしれない。それらができないほど、彼はすでに心が折れているのだろうか。


 他人をいじめる人は三種類にわけられる。

 自分の感情をコントロールできない感情型。

 自己愛が強い自己愛型。

 他者が自分にとって使える人間かどうかでしか判断しない他者利用型。

 本作に登場する人達は皆、自己愛型。

 つまり自己陶酔型である。


 首謀者のワタナベリクトからすれば「ユータで遊んでいるところに首を突っ込んできた」「ヒーロー気取りの偽善者」のリコが気に食わなかった。「直接行動に起こした方がわかりやすくて良いだろう」と考えていた。

 スピーチのあと、彼の仲間たちが「イインチョー面白かったからちょっとサトウいじるの激しめにしようぜ」「お、賛成。イインチョー絶対おもろい反応するだろ」と言い出し、これを容認した。


 リクトは、リコの姿に「自分が正しい」と思い込んでいる人の怖さをみているのだろう。

 同時にリコもリクトたちを、「いじめるのが正しい」と思いこんでいると見ているだろう。担任のハヤシ先生は先生で、自分のクラスにいじめはない、自分が正しいと思い込んでいるのだろう。あるいは、あるかもしれないけれども、自分は知らないというスタンスをとっているのかもしれない。

 リクトたちは、自分たちと違うからという理由でユータをいじめている。同調圧力に屈したクラスメイトは見て見ぬ振りをして、傍観者として加担している。


 後半、クラス内で財布が紛失する事件が起きる。エレナの財布がサトウユータのカバンから出てくる。彼は担任に叱責され、教室に戻ってこなかった。もちろん財布紛失は彼女彼らの仕業である。

 この事件をきっかけに、ユータへのいじめがひどくなっていく。リコは「やめよう」と注意するが、リクト達に「イインチョー、犯罪者庇うワケ?」と嘲るように言われて口を閉じてしまう。そんなリコにユータは「いかにも『私は味方です』みたいな雰囲気出しておいて、分が悪くなったら黙ってて。ただ見てるだけよりタチが悪い」「正義の味方気取りのイインチョーなら、ぼくの無罪を証明してくれるかと思ってたんだけどね」「弁明するだけの理由も無いってこと? まぁいいよ、どうせ最後だし」と言い残し、次の日から学校に来なくなる。そして、彼は引っ越しして転校してしまう。


 彼はいつから、転校することにしていたのだろう。

 通常、学区内の「全日制普通高校」から「全日制普通高校」への転学はできない。可能なのは、一家転住の場合のみである。

 故に彼は、引っ越しして転校したのだ。

 転学の際、転学照会をする。管理職である教頭や校長同士が、「転学したい生徒がいるが、転入学試験を受けることができますか?」と話をする。

 事情を知らないのに転学照会はできない。事情をぼかすと受け入れを嫌がられる可能性もある。だが、言いたくないことは無理して言わなくてもいい。

 なので、ユータは転校の話を親に話し、校長等にも伝えていたはずである。いじめのことは伏せていたかもしれない。「親の仕事の都合で引っ越しをするから」という理由にしたかもしれない。

 学校指定はできるが、全日制普通高校の場合、定員を満たしていたら転学はできない。その場合、転学したい都道府県の教育委員会に問い合わせをして、学力と同程度の、空きのある学校を紹介してもらえる。

 転学の際、転学入試がある。

 学校独自で入試科目を決め、学校独自で入試問題を用意する。不合格もある。

 これらを加味すると、机に落書きされて除光液で掃除していたときから、すでに引っ越しと転校の考えを伝えて進めていたかもしれない。

 だから登校最後の日、ユータはリコにこれまで言えなかった嫌味を言った。もう顔を合わすこともなくなるから。


 リコはリクトたちや担任、あるいはクラスメイトたちに歩み寄り、落とし所を探すことをしなくてはいけなかった。これが小学校や中学校の義務教育ならば担任の仕事であり責任といえる。

 公立の中学校の場合、子供の住民票の住所を基に学区内の学校への入学を許可しているため、住民票を学区外に変更すれば転校ができる。

 学区外に住居を用意して住民票をそこに移し、家族で引っ越せばいじめてくる事顔も合わさなくなる。

 また教育委員会による公式な転校理由にしたがって手続きを取る方法もある。「通学区域制度の弾力的運用について」には、いじめを理由に転校することができると書いてある。そのためには校長、学校側に「いじめがなかなか解決しないようなので、転校を考えている」と伝え、校長が生徒が転校することについての「意見書」を教育委員会に提出しなくてはいけない。

 学校側はいじめをなかなか認めない場合があるので、時間がかかるかもしれない。

 

 リコは、リクトたちに「サトウくんは『盗んでない』って言った。貴方達が偽装したんでしょ!?」「反省した方がいいよ。クラスメイトを犯罪者に仕立て上げるなんて最低!」と詰め寄るも、「あのさ、イインチョー。もうちょっと上手く生きられるように考えた方がいいと思うよ」とリクトに言われる。

 その日の夜、クラスメイトたちからいじめられる夢を見るリコ。翌朝登校すると、夢が正夢になっていた。

 

 本作は、ヤマダリコがクラスから無視され、はぶられるところで終わる。

 反面教師として、彼女彼らが取った行動をしてはいけないと学ぶのもいいし、学ばない自由も読者には委ねられている。

 物語はここで終わっているが、作品の前編をみた感じ。

 このあとの展開次第で、話をふくらませることができそう。

 リコが自信喪失してはぶられた矢先、新たな展開がおきる。クラスの状況を改善するには、リコの才能が必要となる。リコはリクトたちと状況を改善し、自信を取り戻すことで生まれ変わる展開にするとか。

 あるいは、本作のラストから数年後、彼女彼らが大人になってから殺人事件が起きていくでもいいし、異世界転生のファンタジーにもっていくとかでも、色々発展させることができるかもしれない。

 そういう展開を想像するのは読み手の自由で、別の話である。

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