サクラ越しに君に恋した

サクラ越しに君に恋した

作者 雨宮 苺香

https://kakuyomu.jp/works/16816700427152679263


 風景写真好きの佐倉は生徒会関係で赤西一輝と出会い、彼を撮るようになって恋を自覚するも告白できず、高校卒業から二年後、アマチュア写真を飾る展示会場に彼の写真が出展されるのを知って見に行き彼と再会する物語。



 桜の花が咲いている木のむこうにいた相手に恋をした、というシチュエーションから物語が始まるのかしらん。それともあるいは……。読んでみなければわからない。

 プロローグがあるのにエピローグがない。お話は途中なのかしらん。


 縦書きに準じて漢数字をというのは目をつむる。


 実際にあったことを切り取ったような、そんな印象をおぼえる作品。作者によれば、モデルがあるらしい。

 主人公、佐倉の一人称「私」で書かれた文体。自分語りで、体験したことが淡々と語られていく。写真が趣味だが風景専門。だからといって、構図やアングルなどにこだわった描写が多用されているわけではない。主人公のじれったさがよく書けている。


 前半、高校二年の冬、「飽きてきた高校生活の退屈しのぎ」にと主人公は生徒会役員に入り、書紀として生徒会活動に勤しむ。各委員会の説明の録音データを半分紛失し、再録音することとなった際、選挙管理委員会の副委員長、赤西一輝と出会う。昼休み、椿を撮った際に彼が映り込み、彼の名前とクラスを知る。


 主人公は彼を「風景の一部として人物を取り入れたくなるのだ。それは彼のような目立たなく淡い瞳を持った人」といっている。

 風景写真を撮るとき、人を点景として加えると風景がもっと引き立つことがある。気をつけたいのは風景が主体なので、人物を主張しすぎないようにしなくてはいけないこと。なので、人物が大きすぎると説明的になるため、引いて撮ったほうが風景が表現できる。また、人物を入れつつ景となる風景、空や山並みなどバランスを変えるとスケール感が変わるため、点景である人とのバランスをどう取っていくのかが重要になってくる。

 なので、このころの主人公は彼を点景としてとらえていたのだろう。


 ちなみに、「私はレンズを覗いて、のどかな冬の風景と向こう側の校舎を写真に収めた」とあるけれど、カメラのレンズを覗いてシャッターを切ったら、覗いてる人の顔が写る。ファインダーを覗いたのだろう。


 二月、録音に協力してくれた人たちにチョコを配り歩き、赤西にもチョコを渡す。笑顔で受け取る彼に、被写体としてドキドキする。


 風景の中の点景としての存在だった彼をアップで見たため、人物が大き過ぎると、説明的な写真になってしまうように、主人公は「椿じゃなくて彼にピントを合わせたらこうだっただろうか」という説明が必要になってしまったのだ。

 なので、彼との関係は自分にとってどういうものなのか、ますます説明を探すようになっていく。


 四月。桜を撮っているときに彼と出会う。桜を見下ろす写真を撮る手助けをしてもらう。撮ったのは彼だからと、データーを送るために彼と連絡先、LINE交換し、LINEのやり取りをする。


 主人公の目は「赤西くんの長いまつ毛が、カメラに触れるか触れないかの距離で止まっている」「あの冬に見たくっきりとした横顔」桜ではなく彼をみている。生粋の風景写真好きだったのに。

 しかも、「もう一度見れるなんて思ってもいなかった」「この時間がもっと続けばいいのに」とさえ思っている。

 彼とLINEのやり取りした夜は「上手く寝付けなかった。まぶたを閉じたら彼の笑顔が浮かんで、ドキドキが止まらなくて」とまでいっている。

 なのに、この主人公は「それからというもの、トーク画面は進むことはなく、学校でも話すことは無かった」と自身の殻を破るきっかけを得たにもかかわらず、行動しなかったのである。


 後半、あれからとくにLINEのやり取りすることもなく月日が流れた。体育祭の日、彼から「カメラ買っちゃった」と一眼レフカメラを首からかけて見せに来る。

 主人公も高校生活の思い出づくりにクラスメイトの写真を撮っていく。友達に「視線をそらせない」「フレームアウトさせたくないような感情」とはなにかと尋ねると、「恋だと思う」と返答。桜の日、あのとき自分は恋に落ちていたと気づく。

 撮り溜まった写真を見ながら、自分から動くことはなく、いつも話しかけてくれたのは彼からだったと思い出す。


 主人公たちの高校の体育祭はいつ行われたのだろう。いまは秋ではなく五月に行うところもある。彼は一眼レフカメラをバイトをしてお金をためて買ったという。新品を買うならレンズ一本がセットになったレンズキットがいいだろう。二万円相当のレンズがセットになっていて、価格は本体プラス五千円程度。レンズ二本がセットになったダブルレンズキットなんてのもお買い得だ。レンズキットは五万くらい。ダブルレンズキットなら七万くらいかしらん。

 そもそも主人公も彼も受験生なのでバイトに勤しんではいられないだろう。

 受験勉強しつつ短時間のバイトを継続し、溜まったお金で購入したのだろう。一カ月一万と稼いだと仮定して、五カ月あればなんとか買える計算。ということは、体育祭は秋かもしれない。

 彼としては、写真に興味をもっている彼女に近づくために購入したのかしらん。


 クラスメイトのおかげで彼が好きだとわかって「夜が更けるほど、赤西くんに早く会いたい」「赤西くんを見れるだけで嬉し」くて、「カメラを開けば赤西くんに会えた」ということは、風景写真好きだったのに、体育祭のときに撮れた彼の写真をみてはニヤニヤしていたのだろう。あるいは、その後もこっそり彼を撮ったかもしれない。にもかかわらず、「自分から動くように変われはしなかった」のだ。「自分のじれったさにため息をついた」とあるけれど、それは読み手側の心情だ。いやはや、まったくもてじれったい。

 しかも、そのまま卒業式を迎え、桜を撮影し、校舎を後にしてしまうのだ。


 じれったいのは赤西一輝も同じ。

 いままで彼から話しかけてきたというのに、体育祭以降なにもない。受験で忙しかったのだろう。卒業式には話しかけても良さそうなのに。まだ受験が控えているから受験勉強で話す暇なもなかったのかもしれない。

 きっと、クラスが違うので、話せなかったのだろう。


 卒業から二年後、主人公は一人暮らしをし、バイトをしては、写真を撮る日々を送っていた。『春の写真館』というイベント展示用に写真を送り、展示者一覧に彼の名を見つける。


「同姓同名の別人かもしれないと思った途端、私の足は会場に向かっていた」確かめずにはいられなかったのだ。思い出にして卒業したものの、焼き付いて離れなかったのだろう。


 展示初日、会場に飾られていた桜の写真。その中に、かつて主人公のカメラで彼が撮った写真があった。

 閉館時間となり、館外にでたところで彼と再会する。

 

 主人公は高校卒業後、写真を学びに短大か専門学校にでもいったのかしらん。

 彼は大学かどこかに進学したのかしらん。講義やバイトが終わった後、展示会場へ足を運んだのだろう。主人公が閉館までいなければ、出会えなかった。二人とも、運が良かった。お互いに行動したから、再会できたにちがいない。どちらか一方では、きっと会えなかったのだ。

 素敵な春を迎えますよう切に願う。


 

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