夢物語がおわるとき
夢物語がおわるとき
作者 夢叶
https://kakuyomu.jp/works/16816700426802901350
みた夢を小説に書いてミリオンセラーを叩き出してきた尾崎すみれは、自らの小説どおりの事件が連続して起こり、最新作に登場する快楽殺人鬼Mである家政婦の佐々波誠に殺される物語。
タイトルをみて、『夢見るころを過ぎれば : 村上龍vs.女子高生51人』という本がふと浮かぶ。たしか小説『ラブ&ポップ』を書くにあたって女子高生にインタビューをしたあと、今どきの(当時の)日本の女子高生はなにを考えているのかをインタビューし、それを文字起こしした本だった。本作とは微塵も関係ないだろう。
夢物語とは、見た夢を語ることやその内容のことである。つまり、自分が見た夢を語り終えたとき、どうなるのか。信じていた世界に裏切られて、なにかしらの現実を突きつけられるのだろうか。読んでみなければわからない。
全三話、「一変」「連続」「僕はスターじゃない」とある。なんだろう、と思わせてくれるサブタイトルである。
文章の書き方には目をつむる。
本作は、見立て殺人のミステリーからパニック小説の体をなしつつバッドエンドをむかえるホラー作品である。主人公がずっと受け身で、ようやく動き出したと思ったときにはバッドエンドの大口が目の前に開いていた感じ。とても良く考えて作られている。高校生がこういうのを書くのか……今後が楽しみである。
ホラーを読み慣れていないせいなのか、あるいは、タイトル以外の情報を入れずに読んだためなのか。
ミステリーかサスペンスか主人公を騙すドッキリ的仕掛けなのかもわからないまま読みすすめ、家政婦が主人公を殺害するラストを迎えたときには、これで終わりなのかと寂しくなった。
三人称、二十歳の尾崎すみれ視点で書かれた文体。ラストは家政婦佐々波誠のM視点で書かれた文体。
落ちこぼれだった主人公の彼女が見る夢は、質の高い映画のように登場人物はリアルであり、ドラマチックな展開が繰り広げられ、最高潮のラストを迎えて目が覚める。しかも普通の夢なら忘れてしまうところなれど、この夢は忘れずしばしの余韻があるという。
これを利用して十五歳のとき執筆して受賞して以来、高い評価を得ている。他人からの称賛に酔いしれ、自分の存在を認めてもらうべく、自ら創作できない彼女は夢をみては作品を世に出してきたという。
目が覚めたあと、夢の印象が強く残ってるほどはっきり覚えている夢なら正夢になる確率も高いという。正夢は、予知夢の一つである。
古来より、話すは放す、離すに通ずという。悪い夢は人に話せば正夢にならないといい、逆に良い夢ならば話してはいけない。「四は死に通ず」と同じである。
主人公は、見た夢を話したのではなく、執筆して「世に出した」のだ。結果、彼女が書いた作品は現実となったのである。
また、見たものを文章にする描写力が主人公にはあったのだろう。いくら予知夢を見たからといって、それを文章の羅列にして書き留めたものならベストセラー作家になれるかといったら違う。どんなに起伏ある夢をみたからといって、そのものズバリを文章で表現するのは難しい。
簡単だというなら、テレビのドラマなり映画なりを見て、文章に書き起こして心惹かれる作品にできるか試せばいい。
おもうほど簡単にはいかない。
なので、主人公は見たものを文章で表現する才能があったと思われる。自身の体験を元にした私小説やエッセイは得意だと推測できる。雑誌や新聞、ネット記事のコラムなどの仕事はしていたのかしらん。
前半、十五歳で文学新人賞に『リメンバーR』で応募して受賞し文壇デビューして以来、三十七作品を世に刊行してはミリオンセラーを叩き出す若手女流作家、尾崎すみれは三十八作目の最新作『僕はスターじゃない』を十月八日に発売するに当たって、同日T県Y市のショッピングモールのイベントストリートにて、午後一時三十分より「天才作家・尾崎すみれの最新作『僕はスターじゃない』の出版記念イベント」に登場。デビュー作『リメンバーR』からのファンと語らい、サイン本を渡したとき会場のイベントストリートの真上にある二階の巨大通路が爆発した。
どれほどの爆薬がいるのだろう。どうやって手に入れたのだろう。一番の問題は、どうやって設置したのか。二階の巨大通路を破壊して一階に残骸が落ちるほどの威力を出すなら、通路に穴を開けて爆薬を仕込んだほうが確実だろう。そういうことは通常できない。営業時間外の清掃員として入り、少しずつ準備していったのかしらん。
ショッピングモールで起きた爆破事件は、尾崎すみれの処女作『リメンバーR』と酷似しているとツイッターのようなSNSアプリで騒がれだす。
その後、二作目の『殺戮ロボット!レッツゴー!』三作目の『鉄槌よ』の作品と同様の事件が起き、作者に不信感をつのらせたコメントがSNSに溢れていく。
家政婦の佐々波誠によれば、総合週刊誌の最大手の週刊金報がSNSのコメントに興味を示しだしていた。
なにかあると、すぐネットで他人を誹謗中傷し、相手の家に押しかけるというニュースがここ十年くらいの間でよく見かけた。中島みゆきの『世情』の「世の中はいつも変わっているから頑固者だけが悲しい思いをする変わらないものを何かにたとえてその度崩れちゃそいつのせいにする」みたいな社会を描きながら、故意でもなければ意図なくしたことで追い込まれるほど責められる姿を描いて伝えたかったのかもしれない。
マンションの入り口には非常識な男どもが「未来予知、人殺し」と罵詈雑言を浴びせ、専属契約を結んでいる出版社の食田壮造編集長からの電話によれば、事件に関連して大手マスメディアによる大々的な報道から問い合わせの電話がひっきりなしにかかって社内はパンク寸前だと悲鳴を上げている。
タワーマンションの最上階に住んでいる彼女の玄関を叩くシーンがある。高層マンションの場合、エントランスのインターホンを押した住戸のフロアにしかエレベーターで行くことができないタイプや、フロントで貸し出されたカードキーがなければエレベーターを利用できず、指定階以外のフロアのボタンを押すことができないシステムになっているものもある。また、有人フロントやコンシェルジュがいるマンションにおいて、来訪者を通していいかどうかを訪問先に確認してからでないと通してもらえないなど、厳重なセキュリティ体制がとられていることも珍しくない。
なので、玄関ドアを叩くということはまず起こらない。それでも考えられるのは、同じマンション同じフロアに住んでいる住人やその友人達による行動だろう。それでも最上階になると下の階とは作りが違っていて、入口の扉の前にも自動扉があり、インターフォンのダイヤルロックを開けないと入れないところもあるし、なにより防犯カメラがエレベーター内やモニターを各住戸の玄関に設置しているケースもあり、管理人室やエントランス階でモニターされセキュリティー対策が取られている。
彼らはどうやってはいってきたのかしらん。
県警本部は尾崎すみれの著書との関連性を調べていくと発表し、捜査協力を求める警察が訪問、マスコミの前に姿を取られてしまう。
その後も作品をなぞるような事件が発生して最初の事件から三カ月か過ぎたころ。専属契約が打ち切られた主人公はフリーとなるも、どの出版社からも声はかからない。
主人公は、五年間で三十八作品の小説を書いている。一年で八作書いている計算だ。でも彼女曰く、夢をみて小説にしており、書き終わるのは数時間。初稿にかかる日数は、一年で八日。それ以外は手直しや書籍のデザインなどの打ち合わせに参加したり、出版イベントに出たり書籍まわりをしてサイン会を開いたりしていたにちがいない。
それでも、他の作家さんよりも多くの自由な時間をもっていたはず。その間彼女はどんなことをしていたのだろう。
後半、警察の協力を受けることになる主人公を取り囲むマスコミが「貴女は誰ですか」と問いかけるも、彼女は答えを持っていなかった。三カ月後、三十七作品に書かれた事件が起きたとき、主人公に家政婦が三十八作目のことを聞いてくる。内容を話す中、家政婦は三十八作目に登場する快楽殺人鬼のMであり、作中で二番目に殺される未来予知の人物が主人公だったと気づく。小説どおり、主人公はMに殺されてしまって終わる。
読み手側は、主人公が書いてきた三十八作品の内容を知らない。
一作目は爆破事件が起こる前に内容の一部がほのめかされているので、まだいいけれど、残りの作品は事件が起きたあとで説明されるので、読み手としては「そうなんだ」としか受け取れない。
三十八作目の最新作『僕はスターじゃない』にしても、登場人物すらなにもわからない。一人目に殺される人物は出版イベント時に説明があるので、なんとなく想像できる。だけど、「ヴィオラさんだよね」と主人公に家政婦が言ったとき、なんのことかしらとなる。最新作の小説に出てくる二番目に殺されるキャラの名前、と分かったときには殺される寸前だった。
なので、置いてけぼりにされていた読み手がラストに来てようやく、ちょっと参加できた印象をおぼえた。
各話ごとで前半後半でわけてみると、一話では、みた夢を小説にする主人公の称賛を浴びたい内面と新刊出版イベントの爆破事件。二話は、爆破事件と作品との類似性によるSNSのコメントの誹謗中傷と週刊誌と心ない連中が家に押しかけてくる中、マスコミの報道による出版社に問い合わせの電話が殺到する事態に発展。三話では、作品どおりの事件が多発し警察に捜査協力を求められ、家政婦が三十八作目に登場する犯人として主人公を殺す展開。
実によく考えて組み立てられている。
けれども、主人公は最後まで受け身だった。
コンプレックスの塊だった彼女は、確立した地位を守るための行動をしていない。
たとえ夢を小説にしてきたからといって、見たものを文字にして描写するにはそれなりの努力が必要だ。どんな作家も編集チェックが入り、手直し、書き直しする。最初に書いたものがそのまま出版されるわけではない。
SNSの書き込みは、出版社と弁護士で協力して名誉毀損で訴える行動をすればいい。そもそも一作目が発表されたのは五年前である。他の作品も同様だ。作品は世に広まり、模倣犯として考えるのが筋であり、出版社を通して警察へ相談する行動をなぜとらないのだろう。
考えられるのは、主人公は中学生から成長していなかったのだろう。年齢は二十歳でも、中身は幼い子供で、どうしていいのかわからなかったと推測する。ありがとうとごめんなさいは言えても、助けてくださいが言えない子だったのかもしれない。どうしていいかわからないまま時間が過ぎていったのだ。
とはいえ、である。
築き上げてきた社会的地位を守るための行動を、主人公はとるべきだった。
状況を打開すべく何らかの行動をしてもなお、裏目に出て、むしろ悪化し、事態はますます意図しない方向へと突き進んだ挙げ句、ラスト信じていた家政婦が作品内の犯人と同じ行動を取って主人公が殺されるという展開ならば、間違いなく本作は最高傑作だったかもしれない。
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