私の恋心は彼に響かない

私の恋心は彼に響かない

作者 香珠樹

https://kakuyomu.jp/works/1177354054922439688



 恋愛に消極的な幼馴染の齋田雅之が好きな川岸紗雪は告白して友人関係を壊しても恋人になれない可能性を考えて踏み切れないでいたが、彼を好きな同級生の行動から告白を決意するも、ヘタレな彼とは友達以上恋人未満の関係となり、手をつないでいつまでも一緒にいられることを願う物語。



 そのものズバリなタイトルがついている。

 彼に響かないのなら、誰なら響くのだろう。



『らんま1/2』をはじめとする高橋留美子作品のような、友達以上恋人未満のラブコメ作品である。


 齋田雅之と川岸紗雪、二人の視点が交互に書かれている。

 齋田雅之の一人称「俺」、 川岸紗雪の一人称「私」で書かれた文体。自分語りな地の文と会話文で構成されている。人物描写等は少ない。特筆な点として、彼女彼のそれぞれの性格が現れた表現で書かれているところ。コミカルなラブコメ漫画を文字起こししたような印象。むしろこれを元にした読み切り漫画が書けそうである。


 本作の主人公は川岸紗雪だと思われる。

 川岸紗雪は齋田雅之「のことを考えるだけで今にも胸がはち切れそうになる」ほど好きなのに、彼が恋愛に消極的なため、臆病に拍車がかかる。

 告白して恋人同士になれなかったら「二人の間にあった友情に亀裂が入」り、彼と一緒にいられなくなるかもしれない。だったら「友人関係を深めていくほうが賢明だ」と判断し、彼への思いを隠しながら友人として付き合っているのだ。

 そこへ彼のことが好きな同級生の女子が現れ、気持ちが揺れる。彼女が告白すると決めたと聞き、「頭の中は一瞬で混乱状態に陥」り、「取られるんじゃないか」と気が気でなくなる。

 彼女が告白して振られたと知り、川岸紗雪は自分も彼が好きだといい、告白を決意する。告白すると、「恋人になるのは、関係が壊れるんじゃないかって怖くてできないけど」「ヘタレで臆病な俺でもいいんなら、俺をずっと紗雪の傍に居させてほしい」と答えた彼。

 友達以上恋人未満ながら、手をつないでずっと一緒に過ごしていく。

 いつか本当の恋人になるその日まで。


 齋田雅之は幼馴染の川岸紗雪のことを「互いの距離感を把握し、その範囲内で自由に過ごす」友達であり、「今のところ」恋人同士にも「なるつもりもない」と断言している。

「特別な関係となることにより、無意識に相手の大事さがぐんと跳ね上が」れば彼女を「『失いたくない』と思うことで相手の顔色を窺うかがったり、身の振り方を考えたりと、息苦しくなるのではないだろうか」と危惧しているのだ。

 平たくいえば、自由がなくなり気を使うのが面倒だから、いままでの友達関係のままでいたい、そう思っているのだ。


 彼から見た川岸紗雪は「幼馴染であるゴリラ」「迫り来る途轍もない破壊力を持つ脚を躱しながらも、俺の意識は別のところへ。ギリギリ、本当にギリギリ見えてはいないのだが、スカートが……なんというか、危うい状態だ。大事なことなのでもう一度言うが、見えてはいない」「美しい脚はモロに見えているわけであって……うん、エロい――」破壊力の蹴りと脚とスカート中身を見ないようにしながら興味を持つ健全な男子高校生である。

 そんな彼に、ある時見知らぬ女子生徒から声をかけられ「昼休みに屋上に来てほしいのっ!」「絶対に一人で来てねっ! 絶対だよっ!」と屋上に呼び出される。

 彼女の描写は「どことは詳しくは言えないが、大きさがちょっと違いすぎる。紗雪のソレは、ドラミングをして潰されているのかそこまでのボリュームが無く」と、胸に言及されている。

 どうも彼の視点には女性の顔には目が行かないらしい。


 告白してきた女子に対し、それはなぜかと問いかける。彼女は「カッコいいし、優しいし。だから、気が付いたら好きになってたの」と答えると、他の人が同じように格好良くて優しかったら好きになるのかと尋ね、「知りたいのは一つだけ。君は、何をもって『俺のことが好き』だと思ったんだ? 『俺じゃないとダメ』って思えるような、そんな理由があったのか?」と投げかけたのだ。


 彼の中には、恋人同士になると自由がなくなる、気を使うのが面倒だとする考えがあるので、軽率に異性と付き合うことにならないのだ。

 一般的に男子が自由でいられるのは、母親の手元から抜け出してから恋人を作るまでの期間だけなので、自由を享受したい頃は積極的に彼女を作りに出ない。でも、異性と一番接触する時期なので恋人を作りやすい年齢ともいえる。


「俺は、君の『好き』という気持ちを否定したいわけじゃない。きっとその気持ちは本物で、好きになることに理由なんて必要ないのかもしれない。恋をするのは生き物の習性であり、コントロールなんてできないだろうからな。だけど……俺にはその『恋』と言う気持ちが理解できないんだ。君は、俺と同じように顔が良くて、性格の良い人が現れたとしても、好きにならないかもしれない。好きになるには何かしらの因果関係があって、好きになるための『条件』が揃わなかったら好きになんてならないんだろう。要するに、恋って感情は偶然の産物だ。だったら……何をもって『好き』と言う感情はあるんだろうな。単純に種を残すのならば恋なんて邪魔なだけだし、非効率的だ」「それに、恋なんてしなくたって、友達としてお互い楽しい日々を送れれば十分じゃないのか? 恋人だなんて、感情の浮き沈みによって変化してしまう不安定な関係よりも、俺はずっと友達でいた方がよっぽどいいと思うんだけど」


 半分わざとだろうと思うほど、長々と語っている。ふつうなら、言われている女子は途中で冷めて、ウザっと思ってもういいわと告ったけどフッたみたいに立ち去っていくだろう。

 相手のことを知るために付き合うのだし、感情が先に出ているから好きになって告白したのに、理性的に小理屈を言われると、親しくない新参者の女子はみんな離れていくにちがいない。


 見知らぬ女子をフッたあと、今度は幼馴染の川岸紗雪から告白されてしまう。

「誰かを思いやれる、優しい雅之が。私が失敗して泣いちゃったときも、傍で慰めてくれた雅之が。喧嘩しちゃって、しばらくした後おどおどしながら謝る雅之が。嬉しいことがあった時に、笑顔で報告に来る雅之が。くだらない会話でも笑いながら楽しそうな表情を見せる雅之が。……雅之の全部が、私は好き。雅之無しじゃ生きていけないってくらい好き。一緒に居る時間は、私にとって何よりも幸せで大切で。だからこそ、もっと大切にしたかった。恋人っていう形をもって、嫌でも忘れられないような思い出にして」「――――私は世界で一番、貴方を愛してるよ」


 これだけの思いを伝えた彼女の「今までの人生でも最高レベルな笑顔」を目にしたにもかかわらずこの男は、「――俺は、紗雪とは付き合えない」「――でもっ! ……紗雪とはずっと一緒に居たい」と答えるのだ。

 一晩寝ないで考えて出した結論は「ずっと一緒にいたい」、だけれども自由な友達関係でいたいから恋人としては「付き合えない」、なのだろう。


 ちなみに、恋人になる線引きについて女子は、

「告白して了承してもらえたら」

「お互いに好きと確認して、付き合ってから」

 と考え、男子は

「手をつなげるか」

「思いを伝えて、両想いと分かれば恋人」

「好きと言わない限り、恋人未満」

 と考える傾向がある。

 男女ともに共通にあるのは、「互いに両想いと確認し、付き合うことになれば恋人」という点だ。


 それらを踏まえて考えると、本作の二人はもう恋人同士である。

 彼女から手をつなぎに来ている。

 あとは齋田雅之が彼女に「好きだ」といえば完璧。

 でもこれはラブコメなので、最後まで「好きだ」といってくれない。

 二人の進展は、今後の彼女の頑張り次第かもしれない。

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