部活、やめたら?
部活、やめたら?
作者 mairin(まいりん)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054935578172
中学の吹奏楽部でバリトンサックスを吹く私は先輩たちの嫌がらせを受け無視されるも、口の悪い部長が一計を案じて一時的に退部させ、いかにバリトンサックスが大事かを部員と顧問に知らしめ、いじめていた先輩たちは謝り、私は再入部して練習に励む物語。
朝井リョウの小説『桐島、部活やめるってよ』みたいなタイトルである。本作は、部活をやめるように促された人物がどうするのかが書かれているのかしらん。
しかも「後輩視点」「先輩視点」「第三者視点」にわかれて書かれている。それぞれの視点の違いから、なにか別の世界がみえてくるのだろう。これは実に楽しみである。
ある意味、吹奏楽部の部活ならではの日常みたいなものかもしれない。
吹奏楽部に限らず、部活をしていて大会に出場するメンバーに入れるかどうかは部員一人ひとりには重要なことなのだ。かといって、無視やいやがらせのような出来事は競い合うシーンに比べたら地味なのだけれど、そんな場面をわかりやすく切り取るように描いている。少なからず、作者の体験か見聞かが生かされた作品、かもしれない。
いじめを扱っているので、やや重い内容のため、軽めの文体にしてバランスを取っている。おかげで読みやすい。
第三視点で三人称が書けているので、作者は本作を三人称で書けると思う。そこをあえて後輩と部長、それぞれ一人称で書いたのには、そこに作者の書きたいことがあったのだろう。
各話で違う。
後輩視点では、バリトンサックスを吹く後輩の一人称「私」で書かれた文体。
先輩視点では、吹奏楽部の口の悪い部長の一人称「私」で書かれた文体。
第三者視点は三人称、前半は部長視点、後半はバリトンサックス後輩視点で書かれている。
複数の視点で書くことで、出来事の別の一面を見せ、変化に飛んだ話にしようとしているのだろう。
ベルギーの楽器製作者アドルフ・サックスが開発したサックス。
正しくはサクソフォーン、またはサクソフォン、サキソフォンと呼ばれ、真鍮製でマウスピースを使って演奏される木管楽器の一つ。一般的には、略称のサックスと呼ばれている。
一般的にはソプラニーノ、ソプラノ、アルト、テナー、バリトン、バスの六種類が使われることが多い。だが発明された当初、サクソフォンは十四種類あった。この楽器だけでオーケストラを作るという構想があったためと言われている。
バリトンサックス担当の後輩は、別パートの「先輩にいじめられてサックスに移った」のである。彼女の通っている学校の吹奏楽部にはバリトンサックスは一台しかないため、必然的に夏のコンクールに参加が決まっている。
他の部員は、各パートで出場できる人数が決まっているため、枠に入るためにしのぎを削ってパート練習に励んでいる。
夏コンクールは各都道府県で七月八月に行われる。
バリトンサックス担当の後輩は、別の楽器をしていたがそこのパートでいじめを受けて移動してきた。
部長と副部長の二人のLINEグループ内のやり取りで、部長が「二人はバリサクの子どう思ってるん?」と尋ねたとき、「すごいんじゃない? まだ半年しかやってないのにあのレベルって」「私のフルートも結構 肺活量いるけど、バリサクもいるんでしょ? 音もちゃんと出てるしいいんじゃない?」と答えている。
このことから、後輩は現在二年生と思われる。
一年の夏のコンクールが終わった後くらいにいじめを受け、以後バリトンサックス担当になったと推測する。
本作で無視されるきっかけとなったトランペットパートの先輩からの「AとBってどっちの方がうまいと思う?」という質問は、なぜバリトンサックス担当の後輩に投げかけられたのだろう。たまたま合同演奏する際、近くにいるからかもしれない。
彼女は実によく見、よく聞き、気を使う反面、軽率な一面がある。
三人しかいないのに、「この先輩は三年生のトランペット三人の中で三番目にうまい人」つまり、三人の中では一番下手ということだ。もちろん、三人ともレベルが高く、その中でくらべたら、この先輩が劣るというレベルなだけかもしれないけれど。
どちらが上手いか聞かれたのに、「まぁ、パートリーダーですしA先輩の方がうまいじゃないんですかね」リーダーかそうでないかで答えている。リーダーになるくらいだから上手いに決まっているという考えはあるかもしれない。けれど、この返事の仕方だと質問の答えとしては不親切な感じがする。
それでいて彼女は事情通だ。「トランペットパートはA先輩がパートリーダーだが、実質B先輩の方が権力を持っていることに。この先輩はB先輩の味方だったんだ……」二人以上のグループを組むと必ず派閥が生まれるのは、感情と理性を天秤にかけると感情が勝るためだろう。
薄氷を踏む思いで彼女たちは何気なく言葉をかわし、後輩はちょっとした軽率さから踏み抜いてしまったのだ。
聞こえるように嫌味をいう。部員全員からのいじめ。同調圧力のシーンは淡々と書かれてあるからこそ、如実に伝わってくる。
吹奏楽部の口の悪い部長は、全てのパートの楽譜が一つになった楽譜を見ながら「あー、なんでこいつら分かんねぇんだろ」「髪をわしゃわしゃとかき乱」して悩んでいる。
LINEで二人の副部長に「二人はバリサクの子どう思ってるん?」と問いかけても「うーん……いるとは思うけど……」「私もいるとは思うけど、理由を聞かれたら答えられないっていうか……」という返事。副部長の一人はフルートパート、もう一人はトロンボーンパートである。
顧問に至っては、部内の人間関係の指導を放棄している。
部長が「なんでバリサクは必要なんですか」の問えば「木低(木管低音楽器)の音量がなくなります」しか出てこず、怒りを通り越して呆れ、その呆れるを通り越して、なんだかキレ気味にもなっている。
彼女と、二人の副部長と顧問、見えている景色が違うから齟齬がおきているのだ。
イソップ童話の「三人のレンガ職人」を思い出す。
ある旅人が、道の脇で難しい顔をしてレンガを積んでいた男に「何をしているのですか?」と尋ねた。
その男は「レンガ積みに決まっているだろ。朝から晩まで、暑い日も寒い日も、風の強い日も、日がな一日レンガ積みさ。腰は痛くなるし、手はこのとおり」
もう少し歩くと、一生懸命レンガを積んでいる別の男に出会った。旅人は同じ質問をしてみた。「ここで大きな壁を作っているんだよ。この仕事のおかげで家族を養っていけるんだ。大変だなんていっていたら、バチがあたるよ」
また、もう少し歩くと、別の男が活き活きと楽しそうにレンガを積んでいた。旅人は先ほどと同じ質問を投げかけた。
「俺たちは、歴史に残る偉大な大聖堂を造っているんだ! 多くの人が祝福を受け、悲しみを払うんだ。素晴らしいだろ」
二人の副部長は、一人目の男だろう。自分が担当しているパートしか考えていない。どのような曲をつくっていくのか、そのイメージができていない。全体を捉えようとする意識に欠けている。
顧問は、二人目の男だろう。与えられた仕事をきちんとするが、彼の興味は顧問として吹奏楽部で演奏させることよりも、教職員という仕事と引き換えに手に入る報酬に向いているのだ。
口の悪い部長は、三人目の男だ。自分が苦労しているのは、美しい演奏をするためということを理解している。部長の目には夏のコンクールで金賞を取り、その先も見つめ、広い視野で自分の役割を捉えることができている。
「疑問に思ったらなんでも調べたい性格」の彼女の興味や視野は先を捉えているため、今後さまざまな分野に興味を持ち、自分をステップアップしていこうと考えるにちがいない。
口の悪い自分が「なぜ自分が部長に推薦されたのかは分からない。ほとんど自覚はない」と彼女はおもっているけれども、おそらく彼女を部長にしたであろう卒業してしまった先輩は、彼女の性格を見抜いて、この子ならば金賞をとれる部にまとめてくれるかもしれないと託していったのだろう。
だから彼女は、バリトンサックスの重要性を部員と顧問にわからせるために、退部させるという荒療治的なやり方を選んだのだ。
バリトンサックス担当の彼女が、次期部長になるかもしれない。
読後、中学のときのことを思い出す。吹奏楽部でいじめがあって退部し、私が所属していた科学部に入部した子がいた。なにがあったのかは一切聞かなかったけれども、吹奏楽部はいじめが起きやすいとこなのかしらん。
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