月の棺に花を添えて

月の棺に花を添えて

作者 狐のお宮

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894465829


 国の繁栄と王の寿命をのばす延命の儀の犠牲となる九番目の王子のもとに駆けつけた王子を愛する奴隷少女が、来世で結ばれるという逢瀬の儀を信じ、二人は業火に焼かれる物語。



 月の棺とはなんだろう。月にある棺なのか、月でできた棺なのか。ムーンという意味の月ではなく別な読み方、誰かの名前かもしれない。あるいは月曜日の略かもしれない。読んでみてのお楽しみである。

 サブタイトルに「朧月と地下の花」とある。春の、ぼんやりかすんで光が薄い月と、暗闇の地下深くに咲く花がどう関係してくるのだろう。


 三点リーダーや感嘆符や疑問符後のひとマスあけ云々には目をつむりたい。


 三人称で書かれた文体。御伽話のようでもあり、演劇のような話でもある。なので、舞台劇にしたら面白いかもしれない。


 冒頭、「どこからか微かにピアノの音色が聞こえ」「気づいた少女は、少しだけ日の差してくる小さな窓に駆け寄」り、少年も少女に付き添っている。二人の子供奴隷が出てくるのだけれど、日が差すではなく「日が射す」だ。そのまえに、二人の奴隷がピアノを窓辺で聞いている時刻は寝る前の夜遅くだと思われるので、太陽ではなく月明かりが射しているのだろう。

 少女は、「きっと王宮で、王子様が弾いている」と思い、少年は「なんで王子なんだよ。王女様かもしれないだろ」と言い返せば、「ううん、王子様だよ」とはっきり答えている。

 この後、王子様が出てくる流れなだから、少女が断定するのは当然だ。でもそんな考えをしてしまうと、せっかくのお話が楽しめくなる。

 なのでここは、少女だからこそきれいなピアノを引いている人物は、イケメンの優しい王子様を連想する。夢見る相手は、愛する王子でなければならないから。

 少年が反対意見をいったのは、彼としては、美人で綺麗で可愛いお姫様を連想したから。

 だけど「鞭打ち、また一緒だね。頑張ろうね」「うん」と話を切り上げられたのは、少年にとってピアノを引いているのが王子だろうとお姫様だろうとどうでもよくて、目の前の少女が大切だからだ。

 ここの冒頭の話が、これから始まる本作の根幹を物語っているのだろう。


 前半は、奴隷少女リディアは四時間しか許されていに睡眠時間をつかって、夜な夜な奴隷部屋を抜け出しては地上に出て、「朧月の化身」と民衆から呼ばれる九番目の王子と会って、彼の命が終わるのを知る。

 後半は、「王が自らの寿命を延ばすため、生身の人間を天に捧げる」ための生贄として、九人目の王子は命を奪われることを、愛するリディアに話していた。生きる意味をなくした彼女だったが、彼の儀式が行われるのが今日だと知って、最後にもう一度会いたい一心で駆けつけ、燃え盛る炎の中二人は重なり合って焼かれていく。その結果延命の儀が、逢瀬の儀になってしまい、二人は来世で結ばれる


 いくつか、もやもやする。


 どうしてリディアは「この地下にはもう一本だけ、地上につながる道がある」と知っていたのだろう。おそらく、彼女は奴隷部屋では古株なのだろう。昔、だれかが抜け道を見つけた子供がいたのかもしれない。道が塞がれていないところを見ると、監視には気づかれていないので、そこから抜け出してはいない。奴隷部屋から出られても、城の敷地内なのかもしれない。

 リディアは自分の目で確かめようとして、夜な夜な道をとおって地上に出たのだ。


 どうして彼女は、王子と会えたのだろう。「初めて会った日からこうして彼が会いに来てくれるのは、きっと朧月の魔法だろう」とあるけれども、彼の魔法によって地上で巡り会えたのだろうか。

 地上に出た彼女は、偶然にも王子と出会ってしまった。その運命のめぐり合わせを彼女ならではの表現として、「朧月の魔法」といっているだけかもしれない。


 あるいは、リディアはもともと奴隷になるような子ではなかったのだ。

 リディアとは、小アジア西部に栄えた王国の名前であり、そこから来た女性、美しい者、気高い者、高貴な者という意味がある。

 なので、彼女はもともと学識もあり、気高く、身分も高い人だったのだ。ひょっとするとこの王国で暮らしていた貴族の娘の可能性もある。家がお取り潰しになり、奴隷に身を落としてしまったとも考えられる。

 そう考えると、奴隷部屋の抜け道を知っているのも、奴隷部屋を作ったか、監視の仕事をしていた家だったのかもしれない。それならば、彼女がこっそり地上へと抜け出る道を知っていても納得はできる。

 王子が愛する相手としても、解る。

 それに、後になって、炎に焼かれる王子とともに身を焼くのも、逢瀬の儀を知っているならうなずける。

 もちろん、王子を愛するからこそ、彼が死んでしまうなら生きていても意味がないため、一目見ようと駆け寄り、そのままいっしょに焼死を選択するのもうなずける。

 うなずけるのだけれども、「思い当たるような顔をした」「その貴族は慌て気味に」「聞き覚えはありませぬか。身分の高い死んだ男に、身分の低い女が重なって共に焼かれると、来世で結ばれるという——」逢瀬の儀を語り、それを聞いていた貴族たちはリディアの行動に納得するという場面は、読者としては唐突すぎてそうなんだとしか言いようがない。

 だからリディアが、逢瀬の儀を知っている大勢の貴族連中と同様に、身分が高い子だったと思ったほうが、まだ納得がいく。

 来世で二人は結ばれますように。


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