エキセントリック

エキセントリック

作者 陰陽由実

https://kakuyomu.jp/works/1177354054922388428


 忌み嫌われる外見を持って生まれた名も無き少年は、悪魔イフリートの策略によってどこか遠くに連れ去られてしまった御伽話。



 タイトルから、性格が風変わりな人が出てくる話なのかしらんと首をかしげる。知りたければ「読むしかないじゃないか」である。


 文書の書き方については目をつむる。


 御伽話とは本来、子ども向けの話ではなかった。

「とぎ」 とは、誰かの話し相手、特に身分の高い人のそばに仕えていろいろな話を聞かせて、その人の退屈を慰めることをいう。

 戦国時代から江戸時代にかけて、将軍や大名に『お伽衆』 なる特別職の人たちが、「これまでの合戦の逸話」「世を治めるための心得」「武士道の真髄」「民の暮らしぶり」「世間話」などを語り聞かせる役目を負っていた。時代が下れば下世話な話や猥褻話などへ移行していった。

 なので、御伽話は大人向けの怖い話だったり、人間の醜さを描いた話だったり、卑猥な話だったするもの。それらから考えても、本作はまさに「御伽話」といえる。


 主人公である名もなき少年「僕」の一人称で書かれた文体。サブタイトルから、少年は八歳と推定。

 父親は、ほかの御伽話にもみられるように暴力を振るうキャラクターで登場している。

 なぜ彼が暴力を奮っていたのか、すべては少年の見た目にあった、

 少年は普通の人と違っている。「右目は血のような緋色。左目は夜のような濃藍。生えた髪は残酷なまでに白くて、黒髪は一本も無く、代わりに左寄りの前髪の一房が、目に劣らないほどの深い赤をしていた。極めつけは左頬の痣。円形をした黒い三日月の中に囲われた、真っ黒な炎。さらにその炎の中に、唯一黒くない逆五芒星の紋様」だという。

 ハリーポッターのおでこの傷とはちがい、逆五芒星は 、西洋では悪魔の象徴として「デビルスター」と呼ばれている。悪魔の子の印と言われても仕方がない。


 おそらく父親は、はじめはいい人だったにちがいない。

 愛する妻と結婚し、子供が生まれた。その子供は普通の子供と見た目が異なっていたため、周囲からは「気味が悪い」「悪魔に入れられた刻印」と言われながら変な目で見られ、あげく話しかけても無視されるようになり、疎外感をおぼえるようになっていったのではないだろうか。彼もそう思い、だから名前をつけなかったのだ。

 母親は、どんな見た目でもかわいがったのだろう。父親は、周りの人たちがいうように、自分の子供を嫌い、暴力をふるって亡き者にしようとした。それを止めたのが母親で、毎晩のように夫婦は揉めたにちがいない。

 きっと酒場で飲んだくれているときにでも、自分の子を「悪魔の子だ」とでも叫んだのだろう。「古びた小さな町では、神や悪魔を宗教的に信じる人が多」いため、すぐに信じて噂が広まり、少年を見たこともない人でさえ、忌み嫌っていった。

 父親の暴力は日に日にエスカレートし、はずみで母親をころしてしまう。こっそり山に捨てに行き、穴をほって埋めたのだろう。

 残されたのは見た目のかわった一人息子。すべてはこの子供が、他の子と違うせいだと思って暴力を振るうも、愛する妻を手に掛け、埋めてきたときの生々しい感触が蘇り、子供を殺せなかった。だから、最低限の食事と扱いをし、自分の手ではころせないから野垂れ死んでくれたらいいのに、と心のどこかで思っていたにちがいない。



 少年の前に現れた少女の名前はトリアドール。

 彼女の容姿の描写がよく書けている。

  Toréador とは、古いフランス語で公共競争の中で雄牛と戦う者「闘牛士」を意味する。普通の親だったらこんな名前、女の子の名前にはつけないだろう。

 闘牛士の特徴として、戦うこともさることながら、牛を「操る」身のこなしをする。つまり、名もなき少年を操るキャラクターという意味合いがあるのだろう。

 おそらく、彼女は悪魔イフリートに操られている。その後の彼女の行動からみてもそうだろう。なので、トリアドール本当に彼女の名前なのかはわからない。


 彼女は少年を「ヘカテーの養い子」と呼んだ。

 ヘカテーは、豊饒の神としての性格を持つ一方、ギリシャ神話では魔術と冥府の女神であり、魔女集会「サバト」では魔女たちの女王として崇められていた。

 ヘカテーの起源は古代エジプトに遡り、蛙の姿をした水の女神ヘケトである。カエルは胎児のシンボル。ヘケトは夫クヌム神と共にあらゆる生命の創造主、呪術、出産、等を司る地母神だった。

 養い子とは、もらい子のこと。素直に読めば、ヘカテーからもらった子ということか。ということは、少年は父親と母親の間に生まれた子ではなかったのかもしれない。


 母親が言い聞かせていたこの辺に伝わる古い話の一つ、「夜に出歩くと悪魔に連れ去られてしまう。連れ去られたらどうなるか分からない。もし自分に関わりのある人が連れ去られたら、次は自分の元にやってくるかもしれない」が、この物語の重要な鍵となっている。

 流産したか死産だったかしてしまい、母親が途方に暮れて夜に出歩いていると、悪魔に出会い子供が欲しいと願って、もらったのが名もなき少年だったのではないだろうか。どんな見た目でも可愛がっていた。

 ひょっとしたら、「いつかは返してもらう」と言われたのかもしれない。だから母親は古い話し、息子に「だから、夜にお外に出たらだめよ。母さんとの約束ね」と約束させたのではないかしらん。


 トリアドールが少年に名前をつけたとき、「イフリート! あなたの名前はイフリートよ。大事になさい!」初対面なのに尊大な物の言い方をしている。いくら上流階級の子供とはいえ、それだけで悪魔の名前をつけるとはおもえない。


 イフリートとは、唯一神アッラーフが天使と人間の中間的な存在としてつくったもので、ムスリムの聖典クルアーンで言及される。イフリートはそんなジンニー、ジン(魔人、悪魔、精霊)の一種、あるいはその同義語とされる。

 ランプや指輪、瓶などに封じられていることも多い。「アラジンの魔法のランプ」に登場するランプの精霊も、実はイフリート。ランプをこすった人間のどのような願いでも叶えてくれる。実体はなく、変幻自在で、種々の魔法を使いこなすという。

 イスラム教における堕天使。性格は獰猛かつ短気で、厳つい顔をしている。様々な魔術を操る事ができ、変身能力など人間にはない力を持つ。


 トリアドールは、少年の過去に関心を示し、神の名前の本や草花の本、神話に昔話に英雄記。また悪魔の本、甘い香りの綺麗なお菓子を与えて親密さを高め、「本を貸してあげる」という理由から母親との約束を破らせて夜の外出をさせ、ついに目的を達成する。

 おそらく悪魔イフリートは、本に閉じ込められていたのだ。

 家にあった本を読んでいた少女は、イフリートに操られ、少年へとたどり着く。少年のおかげで本の外に出ることができた。その御礼に願いを叶える。

 悪魔イフリートが、『お前の願いをひとつ叶えてやろう』と申し出ると、少年は「知らないところに行きたい」と願い、「僕の、大切でいらない魂人を二つあげるから」と付け加えた。

 虐げてきた父親と、助けてくれなかった上流階級の代表として彼女を選んだのはなんとなくわかる。わかるのだけれども、なぜ悪魔はそれも叶えたのだろう。

 自分で「願いを一つだけ叶える」といっておいて、二つ叶えている。

 魂を代償にしなければ願いはかなわない、とは言っていないのに。

 しかも、知らないところに行った少年は、「以前は着られなかった肌触りの良い、白い服を身に纏い、白い素肌をした裸足が服から覗く。頭の上には光る輪が浮き、背中には白い羽が生えていた」「右の瞳は緋色。左の瞳は深藍。白い髪色。左寄りの前髪の一房だけが赤。左頬の痣。円形の三日月の中に炎。さらにその中には逆五芒星。ただ、色は白っぽい灰色になっている」という、天使のような姿になっている。あるいは堕天使かもしれない。

 悪魔イフリートの封印を解いたお礼に、少年は本来の姿になったのだろうか。なんて気前が良いのだろう。悪魔の考えることは、私たち人間には計り知れないということなのか……。

 タイトルの「エキセントリック」というのは、主人公のことで、見た目から虐げられてきた人を指すのだろうか。

 本作の御伽話としては、「虐げられてきた人は、優しく手を差し伸べても恨みは消えることはないから。虐げることはしてはいけない」という教訓を伝えるものかもしれない。




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