透明
透明
作者 越野 来郎
https://kakuyomu.jp/works/1177354054917517449
死にかけて透明な存在になった高校生にもう一度命を与える家系に生まれた彼女先輩に助けられた僕は一年後、彼女を探しに旅立つ物語。
シンプルなタイトル。カフカの「変身」をおもい出す。短いタイトルのせいかもしれない。透明人間がでてくるのかしらん、と想像する。なにが、だれが、どう透けて、どうなるのか。とにかく読んでみなければわからない。
文章の書き方等については目をつむる。
はじめは、透明になってまわりの人間から認知されなくなった主人公の会話文は他とは違うことを示すために、「 」をわざとひとマス下げて書いているのかとおもったけれど、最後まで同じだったので、そこまでこだわっていないとわかった。
一人称「僕」で書かれた、自分語りの文体。
地の文はわかりやすい。本作品の良さは地の文にあるとおもう。
冒頭より自分の体は見えるのに、周りからは見えなくなってしまった状況を端的に、淡々と書いている。
一カ月経つまでなく、食事や睡眠、着ているもの、お風呂などはどうしていたのだろうという疑問が湧いてくる。冒頭はパジャマ姿だった。部屋にある服を着がえているのだろうか。だったら洗濯は? 突然タンスから服が消えるなどして家族は不審に思わないのだろうか。食事はしなくてもいいということが後にわかる。トイレもいかなくていいのだろう。
夢をみていると思った主人公は、「腕をつねってみたり、頬をたたいたり、顔を水に沈めた」りしている。そのとき「痛い。痛い。痛い。苦しい。 怖い」という一行あけにして強調した書き方をつかっている。ここの表現も、使っている言葉はこむずかしくもない平易な言葉だけど、だからこそ主人公の悲痛な叫びのようなものがより伝わってくる。
透明の存在になった僕の置かれた状況というのは、風邪で休んだり天候や失踪など、自分がいた空間からいなくなったらどうなるのかを第三者の目で見たらこんな感じになる、という状況を描いているところがよく書けている。この視点はおもしろい。
食事をしなくても髪や爪が伸びるのはどうしてだろう。後半で、透明になった存在は一度死んだからだけど、まだかろうじて生きている状態だとわかるので、髪や爪が伸びるのは生きている現れなのだ。その間、点滴でもいいので水分や栄養を取らなければならな気もするけれど、その点はどうなっているのかしらん。
透明化は死んだからと、後に明かされる。そもそも死んだ理由がわからない。突然死的なものだったとしても、身体が透明になるのはどういうことなのだろう。
死が先にあるのではなく、透明な存在になって死ぬのではないだろうか。
クラスで目立たない子は、誰からも話しかけられず、まるでそこにいないように扱われて過ごす日々を毎日くり返していくと、自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなっていく。ある日気がついたら、自分の体が他人からは見えなくなってしまっていた、ということではないだろうか。
それでも、食事がいらなくなるのはどうしてだろう。霞を食って生きている仙人のような状態になったのだろうか。そういうことにしておこう。
見えなくなっただけで、どこにだって行ける。考え方を変えた主人公は国内の隅々へ行こうと「大きなバックに少しの着替えと小銭と地図を持って、駅に向か」っていく。ようやく話が動き出した感じ。冒険の始まりである。
部屋から主人公の私物がいろいろなくなっていたら、家族は気づいて驚くにちがいない。気づかなかったのだろうか。
最近はスマホがあるからと地図が売れなくなったと聞く。彼はよく、地図を持っていたものだ。地図といってもどれくらいの地図だろう。1/25000地形図? 1/50000地形図? 1/200000地勢図? まさか1/1000000地図日本なんてことはないだろうか。
電車に乗り込んできた少女と出会うことで、物語が加速していく。彼女は主人公が見えるし、主人公も彼女と話せる。このとき彼女の様子が描かれているけれど、服装までは書かれていない。「耳にイヤリング、首元にネックレスなど、かなりおしゃれであった。高校生くらいであろうか」おしゃれなら女子高生、という図式が彼の中にあるかもしれない。
そもそも、彼も高校生。同じクラスにいた女子を参考に比較して、電車に乗り込んできた彼女を、高校生かと思ったのだろう。
彼女のセリフ「そんなにじろじろ見ないでくれる? ケーサツ呼ぶわよ」で、もやっとした。語尾に「~わよ」とは、最近聞かない。口語文で書かれた作品が多い中ではなおさらみない。なので、古さをおぼえながら文語文で書かれたものかもしれないと一度は考え、読みすすめるも、その後はほとんどみられない。
こういうとこに、作者のなにげない意図が潜んでいるにちがいない。
次に使われるときは、彼女の秘密が語られる場面だ。
彼女は主人公のような存在にもう一度命を与えることができる家系に生まれ、「十八歳と同時に霊となるわ。殺されるとはまた違う。幽体離脱というのかしら。本体は奥の神殿に寝かされて、そこに保管される。もうわたしは自分が何歳なのか数えるのをやめたわ。ずっとこの体のまま」と主人公に語る。
主人公と同じ、見た目は高校生でも同い年ではないことを現すための表現として、あえて「わよ」のような語尾を使っているのだろう。
食事しなくてもいいはずなのに、二人で過ごすようになってから「お昼ご飯は町に出て買っておいた食材を二人で料理する」ようになっている。料理するであって、食べていないかもしれない。けれど毎日料理をするだけでは食材はもったいない。食べている、とみるべきだろう。
半分死んで、半分生きているような状態らしいので、食欲はなくても彼を死なせないため、自分が死なないためにも食事をしていたのだろう。ただ、このときの食費を出しているのは主人公なのかしらん。
ログハウスは彼女が建てたと語っている。
幽体離脱する前に建てたのかもしれない。電気や水道は使えているので、税金や使用量金は彼女の一族が支払っているのかしらん。なんて事前的な活動をしていることだろう。突如、高校生が透明になっていく話を聞いて、なんとかできる能力をたまたま持ち合わせていたため、義憤にかき立てられたのかもしれない。
主人公が息苦しさをおぼえ、痛み、倒れていくときの、表現がいい。自分に起きている状況を実況中継をしている。おかげで読者になにが起きているのかがより伝わる。そのあとの、ベッドに寝かされていたときの状況も「頭がぐちゃぐちゃになって、ズキズキと鈍い痛みが体を襲う。おでこには水でぬらされたタオルがのせられている」彼自身に起きていることを実況しつつ、「そうか。先輩がここまで運んできてくれたのだろう」推測し、「一人で来るのはなかなか大変だ」感想を述べる。痛みに苦しんでいたのに、彼女を思いやっているのがわかる。こういう辛い状況にこそ、その人の性格が現れるものだ。
のちに彼女から透明化について、「簡単に言うと、あなたは死んでいるの。一度ね」「思春期の人には、生きたいとか、輝きたいっていう願望が強く出ることがあるの。そういう魂が時にこうやって、体を動かし続ける」と、語っている。だから、主人公は痛かったり寒かったりしていたのだ。
もちろん、彼は周りから見えなくなっているとおもっていただけで、そんな状況にあるなんて、読者も思ってもみなかった。主人公を通して読者も感じられる作りになっているところが一人称のいいところだし、本作の良さだ。
つぎに主人公が目を覚ましたとき、「僕は病院の中にいた」とある。
これまで何人もおなじような高校生を救ってきたので、段取りができているのだろう。おそらく彼女が連絡し、一族の人に迎えに来てもらい、彼を顔なじみの病院へと運んだのだろう。
一年後、彼は自分の体験を語って、ちょっとした有名人になっている。おそらく、透明になる前までは、あまり目立たない人だったのかもしれない。
透明になって学校では失踪したとクラスに伝わったとき、「驚いている人もいれば、面白がっていた人もいたが、それが三日も続けばみんなの顔は深刻になっていた」とある。クラスみんなで、彼を無視したりいじっていたりと、後ろめたいことおをした覚えがあったのかもしれない。透明になる前のことがもう少しわかると、はじめと終わりの変化がより明確になってくる気がする。
彼女と会ったとき、「君はネガティブすぎる」と言われている。ひょっとすると、透明化になった高校生は全員、ネガティブな性格だったのではないだろうか。今回の経験を経て、少なくとも彼はバイクに乗って彼女先輩を探しに出かけるほどのポジティブさを持てたにちがいない。
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