彼女は転生トラック屋
彼女は転生トラック屋
作者 @syusyu101
https://kakuyomu.jp/works/16816700426432564658
「異世界が確認」と公表され、世の人はこぞって異世界転生に旅立っていく。俺の幼馴染の若林さなは転生トラックの仕事をしていたが、実はすべてデマと知り取り乱して飛び出すところを助けた俺が車に轢かれ息絶える物語。
タイトルが、なんだろうと思わせる。もちろん「読んでからのお楽しみ」だ。
カテゴリーがSFとなっている。ホラーな内容。
持ち上げて落とす、価値観の転換で起きるどんでん返しの発想はすごい。
一人称「俺」で語られている。
前半は、「異世界の存在が確認された」ことを国連研究機関から発表され、全世界で異世界へ行こうとする機運が高まり、異世界に確実に飛ばしてくれる『転生トラック屋』の活躍によって、これまで世界中で抱えてきた諸々の問題が人口が減ったことにより解決した世界だと語られる。
後半は、転生トラック屋ではたらく幼馴染から話を聞いていると、「異世界はデマでした」と放送が入り、幼馴染は人殺しをしていたと錯乱。車に轢かれそうになるところを主人公が助けるも轢かれてしまい、「異世界へ行って、異世界はあったと伝えてやる」と言い残して息絶える。
現実世界で主人公が死んだあと別世界に転生するweb小説が数多く存在するなか、導入部で「トラックに轢かれて死ぬ」作品がとりわけ多かったことから、他の転生作品と区別して、「転生トラック」と呼ばれている。
転生トラックを使った物語は「小説家になろう」をはじめとしたweb小説に多数投稿されているが、その源流はネット黎明期まで遡る。だが、いまとなっては多くが閉鎖や消失されて探す手立てはない。
転生トラックの元ネタの一つといわれるのが、一九八二年制作『魔法のプリンセス ミンキーモモ』である。第一部最終回で主人公・モモが暴走トラックに轢かれて死に、その後モモは魔女っ子ではなく普通の人間に転生する。
もう一つは、一九九〇年開始の『幽☆遊☆白書』。主人公・浦飯幽助が道路に出た子供をかばおうとして車にはねられ死んでしまう。霊界案内人に「あなたの死は予定外だった」と告げられ、霊能力を手に入れる神様転生もののパターンを踏襲している。
……と、わざわざ説明しなくても、転生トラックは異世界転生のテンプレートの一つであると、異世界転生作品の存在を知っている者にとっては基本中の基本かもしれない。
なので、主人公が車や電車にはねられ、強盗に襲われ、大病を患うなど、不慮の事故で死んだのちに神様が異世界へと転生することも熟知しているはず。
異世界に行くんだとトラックによろこんで轢かれようとするのは、死へ誘惑して自殺させていった『バビロン』を彷彿させる。
なので、転生トラック屋が自殺幇助をしているようにしか見えなかった。
現在、他人が自殺しようとするのを手助け、または自殺の実行を援助して容易にする行為は、刑法第二〇二条自殺関与・同意殺人罪により罰せられる。
これを撤廃すると、死にたがっていたからと殺人が起きたり、安楽死を請け負う医師がでてきたり、社会秩序が崩壊しかねない。
そこで、時の政府は特例として、「転生トラック屋」にだけ、自殺幇助するのを許したのだ。国による許可を得ているため、人を轢き殺す音は「朝から晩まで鳴りやま」なかったのだ。
異世界の存在が確認されたのはいい。
異世界へ行こうと思い経つのも、わからなくもない。
そこから、異世界へいくのに転生トラックで轢いてもらおう、となるのがわからなかった。
異世界へ行く方法が「事故死して転生すること」と発表されたのであれば、旅行気分でニコニコ笑顔で轢かれていくのかもしれない。
でも、そうじゃない。
「異世界の存在」と、「転生トラックで轢いてもらう」をつなぐものが異世界転生作品という創作物だけでは弱い気がする。
ここには、「異世界転生教」なるものが絡んでいたのだろうと仮定する。
世界にある宗教の、表面にはなくとも潜在的に存在する輪廻転生思想と異世界転生思想の利害が合致し、異世界転生作品を経典とし、ネットを利用して信者を増やそうとする者たちがいた。その方法が「異世界は存在する」ということを権威ある人間、あるいは組織から発表させることだった。彼らは、どうにかして国連に取り入ることに成功した。
御存知の通り、この世界は様々な問題を抱えている。
増えすぎた人口と、利益のために犯し続ける環境破壊によって、温暖化の影響で気候に影響を与えている「海洋大循環」の安全性の一つは失われ、気候変動でアマゾン熱帯雨林の二酸化炭素排出量が吸収量を上回り、北極海の氷の面積の縮小、永久凍土の融解、西南極氷床の加速度的な減少、サンゴ礁の大規模な死滅など、すでに地球環境は取り返しのつかないところまで来ている。
新型コロナウイルスによるパンデミックにより、移動の自粛を制限したところ、一時的に好転の兆しが見られたことより、人間の活動抑制こそが危機的状況を打破できる鍵であり、劇的なる変化が必要だと知ったのだ。
収入と汚染レベルの間には因果関係があり、世界人口の約半分は一日三ドル未満で暮らし、汚染量も世界全汚染の十五パーセント。
世界の所得上位一〇パーセントは一日二十三ドル以上で暮らし、全世界のCO2排出量の三十六パーセントを占めている。
CO2排出最大の層が排出を減らすことが環境を変える最短ルートであり、肉、車、飛行機、この三つをカットするのが一番の早道なのだ。
環境に悪い消費行動がみられるのは少子化が進んだ国の豊かな層。その人口抑制をする目的のために国連は、異世界転生教を利用することにした。
国連の組織を利用して異世界転生教をある程度世界に広める手伝いをしてから、「異世界の存在が確認された」と発表。それにあわせて、信者たちが一斉に声を上げ、現代社会に不満がある人々たちも乗っかり、さらに各国政府も動き出すよう手はずを整えて。
結果、戦争や病気ではなく思想によって、人口が激減し、同時に石油燃料を燃やすのをやめ、家畜を減らしていった。
結果、四年で諸問題がうまく解決したのだ。
人口を減らすことが目的ではなく、地球に持続可能なバランスを取り戻すことが目的だった国連転生庁長官ナルーオ・カッキムは、達成したため「異世界の存在に根拠はない」ことを発表。おそらく異世界転生教は秘密裏に処分されただろう。望んだ異世界に行ってこい、とトラックにでも轢かれて。
そういうことがあったかどうかはさておいて、事実を知った転生トラックを運転していた若林が嘆くのは無理もない。誰かのためになると信じてしてきたことが、すべて嘘だとわかり、どれほど命を奪ってきたかと。戦争の兵士でもトラウマをおぼえるのだ。トラックのフロントからは、相手の顔もよく見えるだろう。ニコニコ笑っていた人が、次の瞬間には動かなくなるのだ。ハンドルの硬さ、体に来る衝撃。はじめて人を轢いた感覚。毎日毎日、幾百幾千幾万の老若男女を轢き殺してきたことが思い出されてきているのだ。
他人の嘘にだまされて、人生を狂わされた人の悲劇をだれが救ってくれるのだろう。そんな彼女を、主人公は救ってあげたくて、死に際に異世界に行って、異世界はあったと伝えるとつぶやいたのだろう。
本当にいけたかは、わからない。
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