第4話 僕達のラブコメはこれからだ!

「これは凄く難しいからね? Olive et Tom』


「おりーぶ、え、とむ?」


 難しいというわりには、簡単に聞き取れた。


 おりーぶって、オリーブオイルのオリーブだよね……?


 『え』と聞こえたのは、おそらく et だろう。英語の and だ。つまり、「と」という意味。


 実は、僕は少しだけフランス語が分かる。


 中学生の頃に『フランス書院』の本はフランス語で書かれたエッチな本だと思いこんでいて、大人になったら『フランス書院文庫』や『美少女文庫』のようなエッチな小説を読むために、独学でフランス語を勉強したことがある。


 独学で「読むこと」だけを勉強したから、ヒアリング能力はない。


 けど et くらいは、なんとなく聞き取れたし、ほぼ間違いないという自信がある。


 となるとクイズの答えは「オリーブとトム」だけど……。


 アリスさんの表情をちらっと窺ってみると、よほど自信があるのか、笑い出すのを堪えるみたいなニヤニヤ笑顔をしている。


 多分、アンブラシとやらをくれるつもりがなくて、凄く難しいクイズなんだよね?


 オリーブが出てくるジャンプアニメってなんだ?


「分からないでしょ? 私は日本のタイトルを知ったとき、驚いたよ。難しすぎるからヒントね。主人公はOlivier Attonです。Tomは、Thomas Priceね。もう一回タイトル言うよ。Olive et Tomオリーヴ・エ・トム


「つまり、タイトルは『オリヴィエとトーマス』か……」


 うーん……。


 フランスで放送されるほど人気のジャンプアニメで、タイトルが二人の人名……。


 オリヴィエって女? 男?


 オリーヴが関係していて、イタリアの話?


 イタリアが舞台のジャンプアニメってある?


 主人公が植物っぽい名前?


「ね、ねえ、本気で考えすぎてない? ご褒美の embrasser は冗談だからね? ず、ずっとお喋りしてみたいなって思っていたアクタルスとアニメのお話できたのが嬉しくてつい口を滑らせただけで……」


 アリスさんが何か言っているが、僕は真剣に考えすぎるあまり、聞き逃してしまった。


「そんなに真剣になるなんて……。も、もしかして……(私のこと)好き、なの……?」


「もちろん。(アニメが)大好きだから、絶対に正解してみせる」


 あ。つい口が滑った。


 でも、いっか。

 海外だとオタクって、日本みたいに差別されていないんだよね?


 わりとカジュアルにアニメが好きだとか、オタクだとか言えるって、何処かで聞いた。


「(私のことが好きって)は、初めて言われた……」


「日本人は、(アニメが)好きだって、あまりはっきりとは言わないからね」


「そ、そうだよね……。だ、だから、急に言われて、ちょっとドキッとしちゃった……」


「ぼ、僕もちょっと言うの恥ずかしかった。人が居る所だと言えないけど、今は他の人が居ないから、(アニメが好きだって)言えた感じ……」


「そ、そうなんだ……(二人きりだから好きだって、言ってくれたんだ)。ど、どうしよう……。……どうしても正解したいの?」


「もちろん!(アニメオタクだし、アニメクイズには正解したい)」


「うっ、ううっ……(名詞の baiser だと発音がヴェーゼだから、キスってすぐに分かっちゃうと思ったから、動詞の embrasser って言ったのに……。フランスだと親しい相手と挨拶で頬に唇で触れるけど、そのノリのつもりで言ったんだよ? ……アクタルスは、私と本気でキスしたいんだ……。ど、どういうキスのつもりなんだろう……。凄く、真剣な目をしている……。ドキドキする。なんだか、今の状況がラブコメみたいで……少し楽しいかも……)」


 なんだ。

 アリスさんが頬を赤くして、目が泳いでいる。

 何かのヒントか?


 だ、ダメだ。可愛いからって見とれている暇ははない。


 先ずはクイズの正解を考えないと……。


「フランス版タイトルが『オリーブとトム』の日本のアニメ……。オリーブ……。ダメだ。オリーブオイルしか出てこない……」


「……特別にヒントあげる。スポーツ漫画だよ」


「ジャンプでスポーツ? オリーブ? トム?」


 ……あ!


 僕は思わず手を叩いた。


「分かった!」


C'est vraiセ・ヴラ?(本当に?)」


「オリーヴェとトーマスは、ライバルだよね?」


「う、うん……。ど、どうしよう……。本当に分かったの……?」


「答えは、『スラムダンク』。オリーブ、エ、トムは、桜木花道と流川楓でしょ! ジャンプ原作のスポーツアニメで、植物っぽい名前の主人公という条件を満たすなら、これ!」


「よ、よかった……不正解……」


 う、嘘だ……。

 悔しい。

 父さんの部屋に何百冊もあるジャンプの単行本はほとんど読んだし、ジャンプは定期購読しているのに……不正解だなんて。


「そ、そんなに、落ちこむんだ……」


「う、うん。(ジャンプが)好きだから本気で(クイズに正解)したかったから……」


「そ、そこまで(私のことが好きだからキスしてほしかったって)はっきり言われるのは、ちょっと嬉しいかも……」


「うん。だって、初めてたくさん話したけど、アリスさんって、僕がアニメを好きだって言っても、馬鹿にしたりしなさそうだし。だから、正直に言えた」


「……え? アニメを?」


「う、うん。漫画やアニメが大好きだから、クイズに正解したかった」


「そ、そっか! 私、ちょっと変な勘違いしていた!」


「え、何を?」


「な、なんでもない!」


「ところで、クイズの答えは何?」


「えっとね――『キャプテン翼』」


「なんで?!」


「だよね! 驚くよね! 私も日本の漫画を見て驚いた!」


「オリーブが大空翼だとして、トムって誰?!」


「若林君」


「若林君が、トム?!」


「フランスで放送されたアニメで、Tomの帽子に『W.GENZO』って書いてあるよ。私日本に来て漫画を読むまで、GENZOは帽子のメーカーだと思ってた」


「日本の漫画も読んでいるの?」


「うん。漫画とアニメのために日本語を勉強したよ」


「そうなんだ」


 フランス書院のエッチな本を読みたくてフランス語を勉強した僕との違いよ……。

 アリスさん凄い……。


 なんか惨めな気持ちになってきた。


「そ、そんなに落ちこまないで。embrasse は、も、もっと仲良くなったら……。あ、あの、それで……。もし、良かったら私と友達になって、またアニメの話をしてほしいな……」


「も、もちろん。僕で良ければ」


 女の子と友達になるのは気恥ずかしいし緊張するけど、アニメトークができる相手は僕もほしい。


「あ、そうだ。父さんがグレンダイザーのDVDを持っているから、もし良かったら」


「うん。こんど、遊びに行くね!」


 ――貸そうか、と言おうとしたら、被せるようにしてアリスさんが言ってしまった。


 どうやら、いきなり家に招くほどの友達になってしまったようだ。


 こうして、日本語が堪能だけどあまり分かっていないふりをするアリスさんと、ヒアリングは苦手だけどフランス語を読むことのできる僕は、教室内で堂々と、でもひっそりと趣味のオタトークをする関係になっていく。

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学校一の美少女アリスさんと僕は、誰も居ない教室でアニオタトークをする うーぱー @SuperUper

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