第2話 僕達はアニオタの「濃さ」を探り合う

「ねえ、見たの……?」


 アリスさんの声が詰問調で、やや早口だ。


 とりあえず、近すぎるから僕は半歩下がって視線を逸らす。


「ど、どうして、視線を逸らすの?! やっぱり見たんでしょ!」


 見たけど、正直に答えたら、アリスさんは精神的ダメージを負うし、最悪の場合、不登校になってしまうかもしれない。


 僕も、中学二年の時に、中二病全開で心に傷を負ったことがあるから、彼女の不安はよく分かる。

 そう、アリスさんの今の行為は、間違いなくアニオタムーブ!


 今のアリスさんは恥ずかしくて泣き叫びたいはず。


《O... On ete vu ...Euh...Mon destin est a deux choix. Partagez-vous le secret de seulement deux personnes comme une comedie romantique d'un light novel...Ou peut-etre etes-vous menace et etes-vous confronte a un livre mince...》


 何を言っているのかはさっぱりだけど、めちゃくちゃ動揺しているっぽい。

 完璧美少女が一瞬で、残念美少女みたいに狼狽えている……。


 見ていないと嘘を吐いても、通じないはずだ。

 もし、僕に虐められたと言われたり、泣かれたりしたら、僕の高校生活は一瞬で終了し、クラスからハブられるだろう。


 だったら、ここは仲間アピールをして、彼女の警戒心を解くほうが得策だ。


 アリスさんを刺激しないように僕はゆっくりと彼女を避けて部屋に入ると、入り口近くの椅子に座り、頭上にある見えないレバーを手前に引くフリをする。


「シュートイン」


 床を蹴ってアリスさんから離れるように移動し、180度ターン!


 そう。僕は知っている。アリスさんの謎の行動の正体を!


 その動きを完全再現する!

 再び床を蹴って移動し、180度ターン!


「ダイザーゴー!」


 決め台詞と共に立ち上がった。


 ちょっと、恥ずかしい。


 僕が何をしたのかというと、父さんが子供の頃に大ヒットしたロボットアニメ『UFOロボ グレンダイザー』のワンシーンだ。普通に今でもアニメのリメイク版やゲームの新作が出ている。


 飛行ユニットのコクピットから、人型ロボットのコクピットに移動するとき、操縦席が移動するんだけど、その時に座席が移動しながらくるっと回転するのが特徴的だ。


 アリスさんはそれをやっていたのだろう。


 僕は父さんの影響もあって、ロボットアニメに詳しい。

 そして『UFOロボ グレンダイザー』はフランスで視聴率100%の大ヒットをした人気作だ。

 つまり、アリスさんも僕と同様に、父か祖父か兄弟の影響で、『UFOロボ グレンダイザー』を知っているというわけだ。


 そして、化学実験室に、足が車輪で座面が回転するというおあつらえ向きの椅子があったことを前回の授業で知り、こっそりと、やってしまったのだ。


 分かる。車輪の椅子があれば床を蹴って移動したくなるのは全人類共通の性質だ。


「あ、アクタルス……。Goldrak、知ってるの?」


 やはり、アリスさんの言葉は阿久田隆介がアクタルスって言っているように聞こえる。りゅうすけって言いにくいのかな?


「えっと……。ゴルドラックってグレンダイザーだよね?」


 お互い拳銃の抜きどころを探るガンマンのようにゆっくりと動き、相手の位置を探りながら、入り口近くの同じ机(化学実験室特有のデカいやつ!)の対角線上に座る。


「そ、そう。名前『は』知っているのね……」


 む……。アリスさんの発言の『は』の発音が強い。

 まるで、名前だけ知っていて、内容は知らないだろうと言っているかのようだ。

 僕はオタクの悲しい習性で、つい対抗意識が燃えてしまう。


 ここからはオタク深度の探り合いだ。

 アリスさんが、たんにグレンダイザーを知っているだけなのか、アニメオタクなのか……。


 もし彼女が一般人なら「フランス人だからグレンダイザーを知っているのは当然でしょ? 私はオタクじゃないし。阿久田隆介はオタクなんだ。キモッ」と、僕を蔑むだろう。


 お互いアニメオタクなら、どの程度「濃い」かによって、話は変わってくる。


 先ずは彼女の「濃さ」を調べるために探りを入れてみるか。


 僕の中で、アリスさんアニオタ説は、限りなく確信に近い。

 それは向こうも同じだろう。


 これから僕達はお互いに相手の腹の内を探り、「濃さ」を暴き出すライバル!


「グレンダイザーは、うちにDVDボックスがあるから全話見た」


「え、そうなの?!」


 僕達高校生にとってDVDボックス持っているアピールはかなり強烈だ。

 アリスさんの瞳に一瞬、羨望の色が浮かんだ。

 嫌悪感の類いはない。

 先ずは、アリスさんがオタクを馬鹿にしない側だということは確定した。


「父さんがロボットアニメ好きで。少し前に、ゲームが出たでしょ? アニメもリメイクされたし。その記念で、オリジナルの全話視聴に付きあったよ。……マチューさんは?」


 我ながら良い質問だ。

 僕は『父さんがロボットアニメ好き』という事実は提示しつつも、自分については伏せた。これにより、アリスさんが一般人ムーブをとったとしても、僕も一般人ムーブが可能だ。


 さあ、アリスさんは一般人なのか、アニオタなのか……。


 なんて駆け引きを勝手に頭の中でして、しゃがみ弱パンチのような牽制をしていたら、アリスさんはいきなり勝負に出た。

 アリスさんは立ち上がり、僕の隣の席に座ると、頭突きをかますような勢いで顔を近づけてきて、目を輝かせる。


「大好きよ! おじいちゃんもパパもお兄ちゃんも、みんなGoldrakが大好き。日本人が思っている以上に、フランスではGoldrakが大人気なのよ」


 目、蒼ッ。

 アリスさんが真っ直ぐ僕を見つめてきて、その大きくて、まんまるな蒼い世界に僕がいる。異性に近づかれて照れた僕がいる!


「テレビ局の民営化とか放送法の影響で今は地上波で日本のアニメは放送していないけど、少し前までは沢山放送していたのよ」


 敵に洗脳された人みたいに感情のない喋り方をする人だと思っていたけど、ラブコメの元気系ヒロインみたいな弾む声だ。


 あと、日本語が分からないという噂と違って、すっごい流暢に日本語を喋ってる。


「そ、そうなんだ。日本のアニメが海外でも人気があるってたまにネットで見かけるけど本当だったんだ」


「こんなに広い教室で、動く椅子があったら《Transfert》したくなっちゃうよね?」


「え。マチューさん、グレンダイザーごっこするために、わざわざ早く来たの?」


「アリスでいいよ。アクタルスも、《Transfert》しにきたの?」


「うん。そうだよ」


 僕はアリスさんに気に入られたくて日和見した。

 だって、ここで正直に「深夜アニメを見たから眠くて」なんて言って「じゃあ、寝ていいよ」なんて言われたら、会話が終了してしまう。


 女子とアニメトークするなんて、一生で最初の最後かもしれないんだし、もう少し話してみたい。


 だって、僕は三次元の女子と会話するときは、ついどもっちゃってまともに喋れないのに、アニメの話題だからか、アリスさんは凄く喋りやすい。

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