ドラゴンと囚われの姫


「あちちちちちっ」


 マルシェ王国を発ってから約一ヶ月後。俺はついにドラゴンと相交えていた。ドラゴンの後方には高くそびえ立つ塔が見える。おそらくあそこに姫様がいるのだろう。もちろん生きていればの話ではあるが。


 ドラゴンの吐く灼熱のブレスが肌をチリチリと焼く。ドラゴンのブレスは鉄など容易に溶かしてしまうほどの高温だ。


 俺が今消し炭になっていないのは、左手に構えたゴーレムの残骸から作った石の盾のおかげだった。なんか重いし何度捨てようと思ったかわからないが、やはり持ってきて正解だった。


 盾としての性能はうんちだが、こと熱を防ぐという一点において、この石盾はどんな伝説の盾も凌駕する。


 ブレスを吐いたあと、ドラゴンに一瞬の隙が生じたのを俺は見逃さなかった。俺はすかさず駆け出す。


 ドラゴンキラー、と俺が勝手に命名したミスリル製のクワが、首元にあるドラゴンの弱点、逆鱗へとざっくりと突き立てられた。


 ドラゴンが鼓膜が破れそうなうめき声をあげる。しかし決定打にはならなかった。ドラゴンは翼をはためかせ、空へと浮き上がる。


「ここまできて逃がすか」と、俺は翔び立ったドラゴンを、空中を蹴って追う。


 天翔の靴。あのマルシェ王国の王子がくれた空中を翔けることのできる魔道具だ。やはりドラゴンの飛行対策をしておいて正解だった。


 ドラゴンの懐へともぐりこみ、俺はもう一度、さっき傷をつけたのと同じ場所にクワを振り下ろした。


 さきほどより力ない鳴き声とともに、力尽きたドラゴンが頭から真っ逆さまに落下していく。


 そしてドスンと地面に激突し、地震かと思うほどに大地を揺らした。


 俺はついに、ドラゴンを倒した。


「どんなに硬い土もたちどころに耕すことから耕しの匠と呼ばれた俺のクワ捌きを舐めるなよ!」


 俺はドラゴンを倒したら言おうと煮詰めていた決め台詞をここぞとばかりに叫んだ。



「なんだ。ガキじゃないか」というのが、俺が塔のてっぺんに閉じ込められたお姫様を見つけて放った第一声だった。


 出るべき場所は出てないし、実に平坦な体だ。これが俺の嫁になるらしい。


「これでも今年で十五歳になったわ」


 お姫様はむっとしたように自分はガキですと自己申告してきた。


「そうか。俺はドラゴンを倒して君の夫になる予定の者だ。おまえを国に連れ帰れば金貨千枚も手に入る。とっとと帰るぞお姫様」と、俺はお姫様へと手をのばす。


「嫌よ!わたしは城には戻らないわよ!」とダダをこねるお姫様を乱雑に肩にかつぐ。


 なにやら「やめなさい」とか「下ろしなさいこの無礼者!」とか言って背中を叩かれる感覚があったが、こんなガキの攻撃なんて効くわけもない。


「あなた、ガルド王国のやつらに騙されてるわよ!」

「なに?」と、お姫様のその言葉に足が止まった。俺はお姫様を地面に落ろし、話の続きを促す。


「夫と言ったわね。大方、ドラゴンを倒したものを私の夫として王族に招き入れるとでも言われたんでしょう」


 見てきたように言い当てる姫様に、俺はうなずく。正確にはそういった内容の張り紙を見ただけだが。


「なんでわかったかですって?あの腐った王族の考えることなんて手に取るようにわかるもの」


 お姫様は憎悪のこもった言葉を吐き捨てた。


 そういえば、鍛冶屋のおっさんがメル王女は平民の妾との間にできた子、と言っていたのを思い出す。彼女の立場は王族内であまり好ましくなかったのだろう。


「あの国の王にわたしに対する愛など一欠片もないわ。父上の目的は私を救うことではなく、ドラゴンの亡骸よ」


「ドラゴンの亡骸?」と俺はオウム返しする。


「ドラゴンの牙や爪、鱗は死後も強力な力を宿しているの。それらを元に作られる強力な武具、ドラゴンウェポン。それが手に入れば、ガルド王国はすぐさま他国を侵略するでしょうね。だから、ガルド王国にドラゴンを渡すわけにはいかないの」


「ならドラゴンの目をかいくぐり、姫様を連れて逃げ帰ったことにすればいい」と俺は提案する。


「あなたドラゴンスレイヤーの称号が欲しくないの?」


 お姫様はその提案に驚いているようだったが、俺が欲しいのは別にドラゴンを倒した称号じゃなくて金貨千枚なわけだし、なんの問題もない。


 張り紙自体は王女を救うということに焦点を当ててるようだったし、無下にはできないだろう。半額の金貨五百枚は固いだろうと当たりをつける。


「ありがとう。でもそれもできないのよ。わたしが国に戻れば暗殺されて、テュルス帝国との戦争の口実にされてしまうもの」


 暗殺に戦争という穏やかじゃない単語に俺は眉をひそめた。「どういうことだ」と問いただす。


「ガルド王国とテュルス帝国は昔から不可侵条約を結んでいるのよ。でもね、今のガルドの王族どもはそんな条約守る気がないの。だから常に帝国に攻め入る大義名分を作りたがってる」


 不可侵条約。なんだか似たような話をマルシェ王国の王子、アルバートからも聴いた。きな臭いったらありゃしない。


「わたしはこれでも一応王族なの。テュルス帝国に行ったわたしが、テュルス帝国側の仕業に見せかけて暗殺されたらどうなると思う?」


「大使毒殺を偽装され、侵略されたマルシェ王国のようになるのか?」と俺は逆に尋ねた。


 お姫様は警戒するように目を細めて俺を睨んだ。


「あなた、何者なの?確かにガルドの大使が毒殺されたのは、ガルド王国の自作自演よ。でもその情報は、ガルド王国の上層部でもごく一部の人間しか知らないはずよ」


 どうやらアルバート王子の見立ては合っていたらしい。


 俺は「マルシェ王国の生き残りに話を聴いた」と答えた。


「ああ、よかった。生き残りが、いたのね。」


 安堵したように大きく息を吐く。ぽとりと、彼女の頬を涙が伝い床へと落ちた。


「……わたしはマルシェの悲劇を止められなかった。でも、また同じことをさせるわけにはいかないの」


 お姫様は力強い瞳で俺を見つめた。


「わたしはどうにか帝国に入る前に馬車から逃げたわ。ドラゴンに攫われたのはその時よ。でも、次はどうなるかわからない。だから竜殺し、あなたの力を貸してくれない?」


 俺は頭を悩ませる。それはきっと金貨千枚をドブに捨てるということだから。


「悩んでくれるだけありがたいわね。だって私が死のうが帝国が侵略されようと、あなたには関係ないことだもの。でもあなたはわたしに協力した方がいいと思ってるわ」


「なぜだ?」と俺は尋ねた。


「まずドラゴン退治を報告した場合、間違いなくその力を戦争に利用されるわ。そして王族のやつらにドラゴンを倒すほどの力を危険視されれば、あなたは暗殺されるでしょうね」


「好きでもない男との結婚を嫌がったわたしが寝込みを襲ったって濡れ衣を着せるために結婚させられるのかもしれないわね」とお姫様は嘲笑した。


 俺はドラゴンを倒した。たぶん、ちょっとは強いんだろう。でも毒殺とか、寝込みを襲われるなんて方法をとられれば、俺はころっと死んでしまう


「腐ったやつらのことだもの。あなたの大切な人を人質にとる、くらいは平気でするわよ」


 王女の言葉に俺は家族のことを思い浮かべて、クワを握る手に力がこもった。


「ドラゴンから逃げ、わたしだけ連れ帰ったと報告した場合も、ドラゴンがわたしを奪い返しに王国に危機が及ぶかもしれないと、わたしを連れ帰ってきたあなたは罪に問われる可能性がある」


「それにわたしとの結婚が報奨になっているのは、ドラゴンを倒すほどの武力を国につなぎとめる意味も大きいと思うわ。その価値がないと判断されたらやっぱり暗殺されるでしょうね」


 もし彼女の言うことがすべて当たっているとしたら、ガルド王国の上層部の連中は本当にろくでもないようだ。


「脅すようなことを言ってごめんなさい。あなたがなにもされず、国に重宝されて一生生活できる可能性だって、ゼロじゃない。わたしの話を信じるかどうかはあなたが決めればいい。ただ、わたしから見た王族というのは、そういうことを平気でする連中だということだけは伝えたかったの」


 そう言って頭を下げてくるお姫様を見て、俺は、旅の道中で出会った人の話を思い出していた。ガルド王国がすぐ他国に喧嘩を売る国のせいで隣国から鉱石を輸入できずまともに商売ができないと恨み節を吐いていた鍛冶屋のおっさん。


 そして、平和を望んでいたのに、不可侵条約を結んでいたはずのガルド王国に、理不尽に国を蹂躙されたとガルド王国を憎んでいたマルシェ王国の王子アルバート。


 そして目の前のお姫様。俺にはどうしても彼女が嘘をついているようには見えなかった。


「俺はおまえの話を信じる。どうすればいい?」


 と、俺はガルド王国ではなく、お姫様側につくことにした。鍛冶屋のおっさんにメル王女殿下を必ず救えと言われて、俺は頷いてしまったわけだし、約束は守るべきだろう。


「信じてくれるのね。簡単な決断じゃなかっただろうに、こんなわたしの話を信じてくれてありがとう。これからどうすればいいかよね。実は、ドラゴンに囚われている間、考えていたことがあるの」


「とりあえず、あなたが倒したドラゴンのところまでわたしを連れて行ってくれる?」


 お姫様は上目遣いで手を伸ばしてきた。俺はそんな彼女をまた肩にかついだ。


「そうじゃない」「せめてお姫様だっこを!」とか背中で騒いでいたお姫様だが、階段を降りるのも面倒だと思い、ちょうど塔のてっぺんにあった窓から外へ飛び降りたら静かになった。


 俺は空中を蹴って、下へと降りていく。やっぱり飛び降りて正解だった。階段よりこっちの方が大分早い。途中、お姫様を担いだ方の肩に、なにやら生暖かい感触があったが、なんだろうか?


「ほらお姫様、これが倒したドラゴンだ。……お姫様?」


 まったく反応がないのを不審に思い確認すると、お姫様は白目をむいて気絶していた。気づけばお姫様のスカートと俺の上着がびしょ濡れになっていた。どうやら、塔から降りているときに感じた生暖かさはお姫様が失禁したときのものらしい。



 その後なぜか塔にあった大量な女服の中から、お姫様は地味なものを選んで着替えた。


 大量の服はすべてドラゴンがお姫様に着せるために集めてきたものらしい。


「ドラゴンは美しいものに執着すると言われているわ。金銀財宝はもちろんだけど、絵を集めるドラゴン、なんてのも記録に残ってるわ。このドラゴンにとって、その美しいもの、というのが私だったんでしょうね」


 と、お姫様は自画自賛していた。


 さすがに男物はなかったので俺は今半裸である。ズボンの方は無事だったことが不幸中の幸いだろう。


 お姫様は服を脱ぐ俺を見て「は、はしたない……」と顔を赤らめていたが、人の肩に担がれながら失禁する方がはしたないと思う。


「本当に、倒したのね……。実物を見ても信じられないわ。一体どうやって倒したの?」

「いや、こうクワでサクッと」


 お姫様は怪訝そうな顔で首をかしげた。


「よくわからなかったけど。まあいいわ。目立った損傷はなく、状態は良好みたいね……これなら、いけると思うわ」


 と、お姫様はなにやら頷いていた。


「わたしはね、テュルス帝国に亡命してこのドラゴンを渡そうと考えているの」


「テュルス帝国にいっても、ドラゴンだけ盗られて暗殺されるんじゃないか」と俺は不安を口にした。


「大丈夫。何度か赴いたことがあるし、皇帝陛下にもお会いしたけど、あそこは良い国よ。民を見れば、その国の支配者がどんな人間かはよくわかる。テュルス帝国の民は平民も貴族もみな別け隔てなく幸せそうだったわ。わたしの人を見る目、信じてみない?」


 息がかかるほどの至近距離まで近づいてきて、彼女は自分の瞳を見せつけてきた。


 確かに、その瞳にはなにかそういう特殊能力があるんだって言われてもおかしくないほど、綺麗な青色をしている。


 田畑を耕せば耕すだけ増える重税のせいで、どれだけ必死に働こうが農民の暮らしに幸せなんてない。いつ天災で作物がダメになるかと怯えながら過ごす貧しい日々。しかし、テュルス帝国では違うのだろうか。


「わたしたちでこのドラゴンの亡骸をテュルスに売るのよ。ドラゴンウェポンがあれば、ガルド王国もそう簡単に攻め入ることはできなくなるはず。金貨千枚が欲しいんでしょう?このドラゴンの価値は、そんなもんじゃないわよ」


「俺の望みは金貨それ自体ではなく、家族と安寧に暮らすことだ」と告げる。


「王女であり、皇帝にも顔の知れたわたしなら、条件の交渉だってできると思う。あなたが家族と平和に暮らせるよう、どうにか取り付けてみるわ。安心なさい。あなたはドラゴンを退治するなんて偉業を達成したのだもの。ちょっとした土地と家くらい交渉でもぎ取ってみせるわ」


 お姫様はふんすっと両拳を胸の前で握りしめた。

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