リッチと死霊の国の王子様
マルシェ王国。聖職者たちの集まる聖都として栄えたのも今は昔。かつてガルド王国に敗戦した際、マルシェ王国が最後のあがきとして唱えた死者を蘇らせる禁呪、ネクロマンスによって今では死靈達がうごめく、誰も近寄ろうとしない場所となっている。しかし俺は今そんな国を目指している。
なぜかといえば、この国の国宝、天翔の靴を手に入れるためだ。空を翔けることのできるその魔道具が、空を翔ぶドラゴンとの戦いに必要不可欠だと俺は思ったのだ。
天翔の靴。その国宝は強力な死霊達がうようよしているせいで誰も見つけられていないが、未だに、マルシェ王国のどこかに隠されたままだ、という噂を聞いてやってきた。
俺はまずマルシェ王国にもっとも近い街の教会で、死靈対策に聖水を買おうとした。しかし聖職者に祝福された本物の聖水ってやつは、俺の想像していた10倍は高かった。今の手持ちじゃあ買えて一つというところだった。
途方にくれていると、教会の神父さんらしき人が「どうしましたか?」と声をかけてきた。
俺がマルシェ王国に行くつもりだが、聖水を買う金がないと話したところ、
「マルシェ王国ですか……。わかりました。わたしがなんとかしましょう。」
と言って、神父さんは聖水をタダでくれた。聖水をくれる際、
「どうか、マルシェ王国を救ってくだされ」
と神父様は頭を深々と下げてお願いしてきた。
なにやら勘違いしているようだったので、「自分は天翔の靴を探しにいくだけで、国を救うつもりなんてない」と伝えたのだが、「いえいえ、それでも持っていってください」とニコニコしながら返そうとした聖杯を押し付けてきた。
こういう人が聖人ってやつなんだと思った。
神父さんに貰った聖水を持ち、俺はマルシェ王国へと旅立った。
※ ※ ※
マルシェ王国の城下町の跡地、その廃墟となった建物内で俺は息を殺して死靈をやりすごしていた。
天翔の靴がありそうな崩れた城に近づこうとするほど、死靈達は数を増した。ここまでくるのに貰った聖水も残りわずかとなっていた。
引き返すか、このまま進むか。そう悩んでいる時、隠れている建物の2階からガサゴソと物音がした。ネズミなどの小動物ではなさそうだった。俺は聖水を構えながら階段を昇る。物音がした部屋を探索すると、ベットの下に身を隠しているガキを見つけた。
名を尋ねると、「ぼくの名前はアルバード。アルバード・フォン・マルシェ。この国の王子だったものだ」と俺につままれて持ちあげられた情けない体勢でガキは偉そうに名乗りをあげた。まあ、王子だから偉いのか。
アルバード王子は死霊となってしまった国民達を救うためこの国に来たらしい。まだ十代前半のガキにしか見えないのにご苦労なことだ。
「君はなぜこんな国に?」と聞かれたので。俺はお姫様を攫ったドラゴンを退治するため、天翔の靴を求めてガルド王国から来たと告げた。
「ガルド王国……?」
ガルド王国の名前を出した途端、彼の雰囲気がガラリと変わった。
「帰れ!この略奪者め!」
そして人が変わったかのように王子はそう怒鳴る。
突然略奪者扱いされた俺は王子の尻をペンペンしてからなぜ怒ったのか理由を尋ねた。
「わ、わかった。答えるからもう叩くのはやめろっ」
こちらの説得が通じたようなので、言われた通り床に下ろして話を促す。
「3年前、ガルド王国がマルシェ王国へと攻め入った」
「戦争なんてそんなもんだろう」と告げると、「違う!」と王子はまた声を荒げた。
「マルシェとガルドは不可侵条約を結んでいたのだ!しかしある日、ガルドからの大使を城で歓迎している時、大使が毒殺された。それを口実にガルドは不可侵条約を無効としマルシェへと攻め入り、兵のみならず、民までも虐殺した」
そう語る王子の握りこぶしが、怒りのあまり震えていた。
「我々は、マルシェは誰もが平和を望んでいた。だからこそ、ガルドとの不可侵条約をみな喜んでいたのだ。あの毒殺は、ガルドの手による自作自演だ。……証拠はないが、そう信じている」
ど田舎の農民に、そんな情報は入ってこなかった。俺は「戦争なんてそんなものだとか、知ったような口を聞いて悪かった」と謝罪した。
「わたしはガルドが憎い」
王子は涙ぐんだ目で俺を睨んできた。
「……でも、悪いのは侵略を命じた王や虐殺を行った兵達だ。君に罪があるわけじゃない。ぼくも怒鳴って悪かった」
と、彼の方も頭を下げた。
「さっき尻を叩かれているときに見たが、その腰に下げた聖水、ヨーゼフの作ったものだろう」
誰だそれ?と俺は首をかしげた。王子が話すそのヨーゼフさんの特徴は、この聖水をくれた神父のものと合致していた。
王子に聞くと、あのヨーゼフという神父は元々このマルシェ王国の司教様だったらしい。
まさかそんな高名な聖職者だったとは。今度あの街に寄った時改てお礼を言おう。
そのヨーゼフさんがこの聖水をタダでくれたと告げると、「そうか。ヨーゼフは君に託したんだな……」と、王子はなにやら思案するように目を閉じた。
「君に頼みたいことがある。もしぼくの望みを叶えてくれたなら、君が求めている天翔の靴の場所を教えよう」
しばらく目を閉じていたと思ったら、そんな取引を提案してきた。彼はこの国の王子だ。天翔の靴の在り処を知っていても不思議はないだろう。
「わかった。おまえの望みを言ってくれ、王子様」と俺は取引に応じることにした。
「君にはかつてマルシェの宮廷魔道士でありながら禁呪によって国の民を死霊にし、今ではリッチへとその身を堕としてしまったルーカスを打ち倒してほしい」
「ルーカス?」と俺は尋ねる。
「ルーカスはネクロマンスを発動させた宮廷魔道士だ。彼を倒せば、ネクロマンスされた死靈達はあるべき姿に戻るだろう」
なんと禁呪を発動させた魔導士はまだ生きているらしい。リッチになってしまったことを生きていると言うのならだが。
「彼は、愛国心ある優秀な魔道士だった。禁呪を使ったもの、虐殺された民を生き返らせたい、これ以上ガルドの連中にマルシェを汚されたくないという一心だったのだと思う」
「けれど、彼は禁呪の反動で魔物へと変わってしまった。人としての心など、もう無くなってしまっただろう。あるのは国を、城を守るという執着心だけだ」
王子は悲しげに目を伏せた。
「城は、ガルド王国が攻め入ってきた時の争いで半壊してしまった。君も崩れた城を見ただろう?」
俺は頷いた。
「ぼくが過ごしたあの美しかった城も、今ではもう見る影もない」
在りし日の城でも思い浮かべているのだろうか。王子はどこか遠くを見るように目を細めた。
「守るものなどもうなにも無くなった今でも、ルーカスは城を守るという使命に取り憑かれている。彼を、呪縛から解き放ってくれ。そうすれば、ぼくは君に天翔の靴の在り処を教えよう」
「まかせておけ」と俺は胸を叩いた。
しかしどうやってリッチなんて高位の魔物を倒したものかと頭を悩ませる。「まかせておけ」と格好つけておいて恥ずかしい話だが、リッチと戦う以前に、城にたどり着くまで聖水がもつかどうかもわからない。そう王子に相談した。
「君はなぜその……クワを使わないんだ?見たところ、その輝きはミスリル製なんだろう」
王子は「すごい純度だな。これを作ったのはさぞ名のある名工に違いない」と感心するように唸った。同時に「だがなぜクワなんかをミスリルで……」と首かしげてもいた。
「聖水は直接死靈に浴びせるだけでなく、武器に振りかけることで一時的に武器に聖気を付与できる。ヨーゼフの聖水なら効果も絶大だろう」
王子がなにを言いたいかよくわからなかったので、俺は「つまりどういうことだ?」と聴く。
「……ミスリル製のクワとヨーゼフの聖水。これらを合わせればリッチにも致命打を与えられることもできるかもしれない、ということだ」
王子はなぜわからないんだとでも言いたげだった。それはもちろん俺がバカだからである。農民に学なんてあるはずがない。
俺は城へと向かい、リッチ……元宮廷魔道士のヨーゼフと対峙した。
リッチはなにやら黒い球みたいのを飛ばして攻撃きたが、クワを振り下ろすとかき消すことができた。
道中、死霊たちを退治しているときにも感じたが、ミスリルと高位の聖職者の聖水は、死霊に対して思った以上に相性が良いらしい。
もっと早く気づいていれば聖水も無駄にせずに済んだのに……。今度ヨーゼフさんにあったときに無駄遣いしてしまってごめんないさいと謝らなくては。
俺はものすごいスピードで絶え間なく飛んでくる黒い球をクワでなんとか防ぎながら、ジリジリとリッチとの距離を詰めていく。そして、ついに俺のクワがリッチの骨を砕いた。
リッチの骨が地面へと崩れ落ちる。
気づくと、危ないから建物内に隠れていろと残してきたはずの王子が倒したリッチの側へといつのまにやら立っていた。
「安らかに眠れ、ルーカス」
王子がそう呟くと、リッチの体が淡く光り出し、浄化されるように光の粒が浮かび上がる。それと同時に、王子の体も同じように淡く光りだした。そして、王子の体が宙へと浮き上がる。
「ありがとう。これで、この国の死霊は開放される」
そう言って、王子は半透明な体で俺に微笑みかけた。
「おまえも……死靈だったのか」と俺はつぶやく。
今にして思えば、死靈がうようよしている中、丸腰の子供があの建物までたった一人でたどり着いた、というのもおかしな話だった。
「騙してすまない。でも幽霊だなんてバレれば、すぐにそのミスリルのクワで葬られるんじゃないかと怖かったんだ。もっとも君はミスリルの力を知らないようだったから、その心配は杞憂のようだったけどね」
と、王子は苦笑した。
「ガルド王国のやつなんて大嫌いだけど、君のことは結構好きだったよ。これは約束を果たし、ぼくたちを救ってくれた君への対価だ」
彼の手には、羽根で装飾された一対の靴があった。約束の対価ということは、あれが天翔の靴なのだろう。在り処を知っていると言っていたが、最初から彼が持っていたらしい。
「一応、国宝なんだから、大事に使ってくれよ」
そう言って、王子は靴をぼくに手渡した。
「ああ、そろそろみたいだ。やっと、静かに眠れるよ。ぼくも、みんなも。ありがとう。君はまだ、こっちに来ちゃダメだよ」
最後にそう言い残すと、王子の体はどんどん透けていって、最後は淡い光の粒になって、空へと溶けていった。
それに続くように、国のいたるところから淡い光の粒が浮かびあがり、空に舞い上がる。
その日、死霊の王国から死霊はいなくなった。
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